第7話 戦場跡地を通る 上

 タイロンが見ている風景に、ジェンスが小さく息を吐ていて、メガネのブリッジを上げ、馬車前方で立って辺りを見渡しているクラウトの姿があり、馬車の上ではセラとケイティが、その光景を見入っていた。

 ジェンスの傍にアサトが来て、しばらくするとシスティナとアリッサが現れた。


 丘を登った場所から見える広大な平原には、消えそうな煙が小さく上がっており、なにかの塊が無数に、そして、無造作に転がっている。


 どう見ても…戦場のようだ…。

 まだ先にもある塊だが、はっきりわかる…。

 死体の山だ…、いや、死体の平原…だ……。


 「どのくらいの人が亡くなったんだろう…」

 システィナが呟く。

 アサトは一度システィナを見ると、再び、平原へと視線をむけた。


 通ろうとしている道の右側に平原があり、丘の峯をなぞるように道が続いている。


 クラウトはメガネのブリッジを上げて見ている。

 このまま…


 「このまま道を通って行った方が良いと思う。戦利品漁りが見える…ゴブリン…オークに…亜人…人間の姿も…」

 言葉を発したクラウトは、視線をアサトへとむけると、その言葉に目を細めた。


 確かに、遺体の上を進んでいる者らの影が見え、時より武器を交じり合わせているのが見えている。

 幻獣討伐戦の時も…、戦場跡に狩猟者が戦利品漁りに行って、犠牲になった者がいたと言う話を聞いた覚えがある。


 …ここは、『ルヘルム』地方ではない、王の腕章や旗を翻しているマモノはいない…いるのは…敵になりうるべきマモノ…。


 クラウトが言った事は、そのような戦いを避けるべく、戦利品を漁らずに進もうと言う事なのでは無いかとアサトは思ったので、クラウトへと視線を移して小さく頷いて見せた。

 タイロンが手綱を弾いて馬を進め始めた。


 そうそう。

 馬は4頭である。

 今説明するのもなんだが…。


 4頭で馬車を引き、必要に応じて2頭で引き、2頭に騎乗する事にしていた。

 またグリフは、非常食にも使えるとニカニカしていたのを思い出していた。

 馬車の大きさが、若干大きくなり、海を渡るときは、馬車を積める船を見つけろと言う事である。


 武器も、アサト以外は、他の地で用意することが出来るが、太刀に関しては。多めに持ってきていた。

 12本と妖刀…、そして、長太刀3本に長い妖刀…これだけで、馬車下に付いている収納庫3個の内、1個を使っていた。


 まぁ~、今説明する必要は無いが……。


 馬車は峯を進み、右手に戦場跡を望んでいる。

 先ほどの場所では分からなかったが、煙は…、マモノが死体を焼いて食っている煙と言うのが、何か所かから見え、また、装備品を荷馬車へ積んでいる人の姿も見えた。


 その者らが休憩していたと思われる場所からも煙が上がっており、彼らの話し声とは違う、呻いている声も聞こえ、進んで行く内に、白い旗を背中に掲げて、生存者を探し、保護している人間の姿もあり、祈りをささげている神官の姿も見えた。


 1人助ければ、2人…。

 クラウトが言っていた。


 なぜクラウトが神官の力を使わないのか…。

 その言葉に答えがあったのをアサトは実感している。

 これは…、クラウトⅠ人でなんとかできるレベルではない。

 生きている者皆を救うには、それなりの組織が必要なのだと言う事を……。


 生きているマモノに剣を突き刺して歩く兵士の姿も見え、また…死体の山から飛び出し、兵士を襲うマモノの姿もある。


 駆け出したい気持ちはあるが…、これは戦争であり、狩りではない……。

 どちらが正義の為に戦っているのかを見極めなければ…手を出してはいけない…。

 たとえ同種族が襲われていても…。


 延々に続く平原には、石投機が倒れていて、その前に潰されている兵士の姿に、システィナが馬車の中に入り、セラも馬車上から降りてきて中に入った。

 アリッサは目を細めて歩いて、ジェンスは口に手を当て、アサトは辺りを見渡している。


 タイロンが指を指す…、そこには遺体の山があり、煌々とし炎を上げている。

 どうやら火葬をしているのだろう。

 その周りには神官の姿があり、それを護衛するように自衛団みたいな者らが、気だるそうに周りを見ていた。


 こちらの動きに気付いた者が、腕組みをしながら見ており、その視線は険しい…、表情から見て、怒っているように感じられた…。


 ところで…なぜ戦が行われたのか……。


 お宝好きのケイティが動かないのも妙な気になった。

 こんな場所は、お宝の宝庫…。

 ウチの姫にとっては、楽して成金の場なのに…。


 馬車の上に視線を移すと、ケイティは胡坐をかいて平原を見ている。

 そう言えば…カエルの戦利品は思ったより多かった。


 金貨が11枚に銀貨が128枚、銅貨は165枚で、盾を3つに剣を4本。

 槍を2本手にしたが、1本はケイティが持つ事になった。

 装飾品が14点…。


 クラウトの見立てでは、防具や武器は、そんなに価値は無く、質素な造りで急ごしらえのようで、木と革で出来た防具とさほど変わらないと言う事であり、その時に言っていた…、兵の数は増やしたが、戦備が追いついていないのではないかと…。


 そうなれば、ケイティが動かないのは納得できた。

 装飾品を漁るにしても、遺体が遺体である…と言うか…。

 再び見上げると…、コックリコックリとしている姫は…寝ているようだ…。


 …もしかしたら、動くのが面倒だからか?…。


 とりあえず進む馬車は、1時間ほどかけて戦場を後にしたが、これと言った収穫は無く、戦闘にもならなかった…。

 戦場を後にする前に丘で立ち止まり、もう一度戦場を見たが、なにも変わった事は無く、通って来た黒鉄くろがね山脈が、朝より小さくなって見えていた。


 しばらく、その景色を見ていたアサトは、両手の掌を顏の位置で合わせ、小さく頭を下げて黙とうをした。


 いつも思う…。

 どうしてこうするのか…。

 体が、覚えているのだろう。

 死者を尊む仕草を…。

 これが、今、僕が出来る最善の事……。


 その姿を見ていた仲間も、自然に同じような姿になり、静かな時間に黙とうをささげた。

 奪ってはいけない命もあったはず、死にたくないと思っているモノのいたはず…。

 命は、簡単には奪ってはいけない……。


 黙とうを終えた一行は、『アルフェルス』へと続く道を進み、平原をぬける道しるべとなると言われている、『エスマカ』領地の砦まで来た。


 この場所からは、森を通る事になるようである。


 クラウトが得ていた情報では、この森を抜けると、『エスマカ』領地を統治する諸侯が住む小さな集落があるようで、ココでカエルから拾った戦利品を金に換えることにした。


 砦周辺には、兵士のテントが無数にあり、その状況を見たクラウトは、情報を収集することにし、クラウト、アサト、そして、アリッサがテントへと向かい、セラの傍にはジェンスとシスティナがいる事にし、ケイティは馬車上からの監視、タイロンは、いつでも動けるように馬車の手綱を持って待機をする。

 この地方の状況から見て、人…人間族と分類される者の近くでは、セラは馬車の中から出さない事にした。


 数名の兵士に話を聞く。

 怪しまれないように、アサトらは、『クレリアレシク』へ輸入品の受け取りへ向かう一行と言う事にしたが、疑いの目を向けられた所を、クラウトがうまく説明をして難は逃れた…と言うか、3人の人間族に属する者の話しであるので、信じたに違いない。

 この地方の状況を知っているので、兵士の中から護衛が欲しいとか、なんとかと…、兵士を持ち上げるような言葉を並べていた…。


 …いらないんだけど…。


 とりあえず、数人の兵士から聞いた話によると、戦があったのは2日前である。

 この森沿いにある『ミュム』と言う、最近大きくなった街があり、その街は、得体のしれない者が、マモノと共同で街を築いたようである。

 その街を制圧に動いた国王軍兵士であったが、街に着く前に、解放軍と言われるマモノの軍隊と遭遇。

 あらかじめ、街を攻める為に用意していた投石器などを使い、戦となったようである。


 国王軍兵士10000人に対し、解放軍は4000人と言うことであったが、辛くも殲滅をした…と言うか…。

 戦の中で、『ミュム』からやって来た者らに、お互いの軍を壊滅状態にさせられたようである。


 …それって、無差別?……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る