動き出す、王都『キングス・ルフェルス』 下

 『王妃の部屋』


 窓からうつろな眼差しで外を見ている『セナ・エナ』王妃は、部屋をノックする音に振り返り、扉を守っている衛兵へと小さく頷いてみせた。

 その行動を見た衛兵は扉を開ける。


 扉が開くと同時に、なだれこむように入って来たエルソア。

 その姿を見たセナ王妃は、立ち上がり大きく腕を広げた。

 セナ王妃の前に進み出たエルソアは、ハグを小さくすると片膝立ちの状態になり頭を下げた。


 「いいわ、立って話しなさい…あの人は…」

 セナ王妃の言葉に立ち上がるとまっすぐな視線を向けた。

 「…そうですか…」

 「手配は済んでおります…、逝去と共に…」

 「…いえ、先ほどオルテアから聞きました。女系王族の流れを作ると…」

 「でなければ…、王都…、いえ、王都だけではありません。この国全体が血で染まります、そして…、スティアスの意思を継ぐためにも…」

 「…王の考えが正しいのか…、今、こうして人間至上主義の動きが正しいのかはわかりませんが…」

 うっすらと涙を浮かべるセナ王妃は、エルソアへとまっすぐな視線を向けた。


 「私が言えるのは…子供たちを巻き込まないで欲しい…。王の座が欲しいなら…あげます…。わたしは…セナスティとセラスナルを連れて、故郷に帰ってもいい…だから……お願い…。2人が揃うまでは…」

 「とにかく王妃、セラスナル様は救出し、そして…セナスティ皇女も見つけ出します…」

 「軍の精鋭部隊が向かったと聞いたけど…もしかしたら…」

 「それは…いつですか?」

 「先ほど、オルテアが来た時に話しておりました…」

 驚いた表情をみせたエルソアは、小さくうつむき考えた。


 …この動きを察知された、なら…王族の根絶やしも考えなければ……どっちにしても……。


 「…とにかく、この件はこちらで何とかしますので、王妃は逝去と共に…」

 視線を向けたエルソアに向かい合ったセナ王妃は、小さく息を吐くと、振り返り窓辺に進んで街を見下ろした。

 そこには『キングス・ルフェルス』の街に、6時を告げる鐘の音が鳴り響いていた……。


 『城中庭が見える廊下』


 廊下からは、枯れ始めている木々が見え、赤や黄色に色の変わった葉たちが、暖かな色彩の絨毯を敷き詰めていた。

 小さな中庭と言っても、城の中庭であり、小さな民家一軒分の広さはあった。


 池に彫刻、花壇に細い木…。

 春から夏を彩る光景は、中庭と言っても、風光明媚な雰囲気を出し、宮廷で働く者らの癒しの場になっていたが、その時期とは違い、秋から冬は、風光明媚な風景も物寂し気になり、雪が降る頃には、風よけや雪よけの板がつけられ、その景色は、暖かくなるまではお預けになってしまう。

 今は…秋であり、冬の訪れに備えている跡が丁寧に積まれ、ひそかに佇んでいた。


 その光景を見ながら、前に2名、後方に2名…隣に2名と警護兵を伴い、長いドレスの裾を引きずりながら金髪の王妃は進んでいた。

 王への謁見の為であるが、王であり、夫であり、2人の父親。そして…旦那の見舞である。


 毒を使った卑劣な暗殺に、命尽きようと言う今、最後…とは言いたくは無いが、一目、顔を見ようと進んでいる。


 エルソアの言う通り…、逝去したら…。


 進む廊下の終わりに立つ3つの姿に立ち止まる。

 「王妃殿下…これから王のところへ?」

 声をかけて来たのはドミニクである。


 小さく腰を落とし、そして、頭を小さく垂れたドミニクは、王妃の顔を見ながら姿勢を戻した。

 傍らにいるのは、簡単な装備に剣を携え、細い髭を上唇の上にはやしている者と、巨体で熊のイィ・ドゥ…だが、顔を覆っている毛以外は、人の顏の男が王妃を見下ろしていた。


 3人を見ている王妃の目には、暗闇が包み込み始め、ときの異様な明るさで映し出されていた。


 「ドミニク公、いかがなされましたか?」

 「いえ…、先ほど、オルテア様にもご報告を致しましたが…、どうやら王国騎士団の精鋭が、皇女をお探しに参ったようでして…」

 「聞きましたわ、ドミニク公。エルソアからも…、彼も兵を差し向けたとの事ですね…」

 王妃は、ビッグベアを見上げた。


 口を真一文字に結んでいる表情ではあるが、なにやら…もの寂しげな視線を感じる。


 「皇太子『セラスナル』公の行方も分かっていないとか……」

 「軍事大臣が、手元に置いていると聞いてましたが…」

 ドミニクの言葉に返すセナ王妃。

 「ほう…そうですか…なら、安心かと…」

 小さく頭を下げて、言葉を発したドミニクへと視線を移した王妃。


 「安心とは…いえないと思いますが、こちらでも手を…」

 返す王妃の視線に映るドミニクの表情は、決して心を許してはいけない者の表情である。

 表情で人を見極めてはいけない事は分かっているが、この者の瞳の奥には、違う景色が映っているようにしか感じられなかった。


 王妃はドミニクから視線を外し、ビッグベアを見た。


 巨体で粗悪そうな雰囲気を出しているが、瞳には悪意を感じられず、反対に、哀れ、悲しんでいるようにも見え、それが本心かはわからないが…。

 その瞳が願っているように思えた……。


 「時にドミニク公。その者らは…あなたの奴隷?」

 「?」

 小さく驚いたドミニクは、姿勢を正して王妃を見てから、左右にいる両名を見た。

 ビッグベアはまっすぐに見て、となりの男は薄い笑みを見せている。

 「奴隷ではありません閣下。この者らは…」

 「…なら、大きい方を、私に譲ってもらえますか?」

 「え?」

 瞬きを何度か見せてからビックベアへと視線を移す。


 ビッグベアは、王妃へと視線を向けている。

 「…そう言われ…」

 「金貨500枚でいかがですか?そのお金で、また、警護の者を用意しても、おつりは来るのでは?」

 ドミニクは、薄い笑みを浮かべているモノを一度見ると、その者は眉をあげて小さく頷いている。

 その表情を見てからビッグベアへと視線を移した。


 「まぁ~、王妃殿下の…」

 「700枚…」

 王妃の言葉に止まったドミニクは、小さく腰を落として頭を下げた。


 「おうせのままに……」

 その言葉を聞いた王妃は、ビッグベアへと視線を移すと、小さく頷いてから進み出した。

 頭を下げているドミニクを通り過ぎる際に発した言葉。


 「本日内に、あなたのお屋敷に届けさせます…。」


 この言葉を言いながら、ドミニクと薄い笑みを浮かべているモノを通り過ぎた…。

 気配がなくなるとドミニクは姿勢を正し、王妃の背後を進むビッグベアへと視線を向けて、小さく舌打ちをした……。


 廊下を過ぎた王妃らは立ち止まり、ビッグベア以外を払って2人きりになった。


 「あなたの事を信用する事は出来ないけど、私のお願いを聞いてもらえますか?」

 なぜ言ったのだろう…王妃は、ビッグベアの瞳を見て話している。

 哀れに満ちている瞳だけを信用したと言えば、バカだとに感じるが、王妃としては、今は誰も信用が出来ない。なら…。

 一つの賭けでもあった。

 「忠誠を誓わせたいけど…、私は、あなたの忠誠を貰えるだけの事を、あなたにしてない…。でも…、お願いを聞いて欲しい。あなたは、今から自由よ…。金貨300枚をあなたに渡す…だから…娘を助けて……」

 小さく流した涙に瞳を細めたビッグベア。


 …そして…。

 大きな巨体をゆっくりと動かし、膝間つくと……。


 「おおせの通りに……」



 【ゲルヘルム】からのトンネル出口…。


 馬に乗っている5人の者が、暗闇が覆いつくし始めたルフェルス地方を見下ろしていた。

 その瞳は…遠くにある城を見ているように感じられた……。

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