第6話 動き出す、王都『キングス・ルフェルス』 上
『宰相の部屋』
「動議を発動するだと!エルソア、気は確かか?」
「現国王が逝去をされたら、現皇太子『セラスナル』様が王になります。現在、セラスナル様を抱き込んでいるのは、軍…。我々の対抗処置を考えると…これしかありません」
「…人間至上主義のあいつらか…。」
「宰相としての意見をお聞かせいただけたらと思います。この動議には、軍事大臣と徴税大臣、商業大臣があちら側と思われ、外交大臣と法務大臣…そして、宰相である、オルテアさまと…。」
「内政を取りまとめる、そなた…。」
「現段階では、優勢と思われますが…。」
70歳近く、目尻に皺が深く刻まれた顔のオルテアは、顎に手をあて小さく瞳を閉じた。
夕刻の陽ざしが窓から差し込んで来て、王都の街が、別の意味の騒がしさを見せ始めている時間であった。
「…今夜、動議を出し…明日、朝一で評決をとる。…過半数…4人の賛成を固めておくのじゃ…」
「かしこまりました…。」
「うむ…私の方から、今の国の在り方にいささか不安を持っている王妃へは話しておく」
「お願いします…、私は…行方の分からない、『セナスティ』皇女の捜索を急がせます…。」
「あぁ~、内密にな…。あやつらも…皇女の行方を追っているようだ……」
エルソアは小さく顎を引いてオルテアを見ると、オルテアは小さく頷いてみせた……。
『キングス・ルフェルス、馬房』
シダの紋章がついている防具を着ている兵士5名が馬の準備をしており、そのリーダー的な者が最後に現れて馬の準備を始めた。
「…ダーレイン閣下、お待ちを…」
ダーレインと言われた男が振り返る。
その顔は左の目を黒い布で覆っていて、顔に無数の傷のある男であった。
「…ッチ、策士か…」
吐き捨てるダーレインは、鍔を吐くと姿勢を変えて顎をあげ、声をかけたモノを見た。
「お探しの方の行方はお分かりで?」
「ドミニク公…、それは愚問だ!」
ドミニクが声をかけたようであり、その傍らには巨体のビッグベアの姿があった。
ビッグベアにドミニクは小さく目で、その場を離れるように合図を送ると、目を細めたビッグベアは、一度ダーレインを見て、その場を後にした。
背後でビッグベアの気配が無くなると、袖に隠していた紙を出してダーレインへと手渡し、受け取ったダーレインは、怪訝そうな表情でドミニクを見ながら開いて、小さく視線を落とした。
「文字は…お読みで?」
「貴族出身で無いからと言って、バカにするなよドミニク公。出なければ…」
「…そうですよね、このような任務の長は任せられませんからね…」
言葉を遮ったドミニクに一度視線を向けると、再び小さく視線を落として目を細めた。
「主からの伝言です…。早急に…抜かりなく…と…」
ダーレインに近づいたドミニクは押し殺した声で話すと、体をダーレインから離して細くした視線をむけ、その視線を見たダーレインは、小さく頷くと紙をドミニクへと渡す。
「処分を頼む。」
その言葉に、小さく膝を折り、腰を折って頭を下げたドミニクの後頭部を見て、小さく鼻で笑うと馬へと進んで跨った。
そのダーレインに視線を向けたドミニクへ、小さく手を上げて馬を進め始め、その後ろ姿を、意味深な笑みを浮かべて見ていたドミニクの姿があった…。
『キングス・ルフェルス アルゼスト宮廷』
その場所は、王の住む城が一望できる場所にあり、国王軍統括将軍の地位で手にした宮殿である。
国王軍大臣がセルゼットであり、彼の宮殿も城が見える場所にあった。
アルゼストの手には、ガラス細工職人が作り上げたカップがあり、そのカップには、薄い赤紫色の飲み物が入っている。
ワインである。
ブドウの果汁を発酵させたアルコール飲料であり、『ゴロバセラ・バスネットプレス・シラーズド』と言われるワイン。
古の伝統的な造り方を守り続ける生産者ゴロバセラが、作成した最もエレガントと表現するのにふさわしいワインと言われ、入手困難な品物である。
ドライフルーツ(レーズンやイチヂクやプラム)とコーヒーを原料に混ぜて、バランスのとれたテイスティでやや控えめなオークの風味があり、よくこなれたタンニンと力強さ、フルボディの個性を持ちながらも非常にエレガントな仕上がりの逸品。
その余韻は美しく長く続く…。
適切なセラリングにより今後20年以上の熟成は可能だと思われる物。
それを手に出来るのは特権があるからだ。
口に含み余韻を交えながら城を眺めている。
王に毒をもった者は、誰なのかはわからないが、絶対的権力者が不在の中で、軍としての宿敵、幻獣がいなくなった今、彼の目の前にあるのは支配である。
その支配を手にする事を、幼い頃から夢見ていたアルゼストであった。
『エルフェルス』区の村で生まれ、コーヒーと言う飲み物の原料を栽培していた両親と、弟の4人で暮らしていたが、彼が12歳の時に村がマモノに襲われ、両親と弟を失った。
そんな彼は、兵士の募集を受け、盾持ち騎士で戦場に出て以来、武勲を数々上げ、30代で将軍の地位に就いた。
彼の武勲はマモノの討伐であり、その数は、並の兵士では考えられない程の討伐数を誇り、今でも語られる存在である。ただ、実直な正確なため、マモノの討伐以外では能力が発揮できない、そこに現れたのが、まったく逆な性格、セルゼットである。
軍部大臣の彼が宰相となり、次期皇太子を説き伏せ、『オースティア大陸』は完全なる人間しかいない国として、今、この国に吹き荒れている『人間至上主義国家』の設立を目論んでいたのであった。
軍を指揮してマモノを狩り、両親や幼くして亡くなった弟の仇を討ち、マモノが存在しない国になるだけで本望であるが、それをもし皇太子が拒否したら、セルゼットと共にクーデターを起こし権力を持つ、その後は…国の運営やなんやらは、セルゼットにまかせればいい…、彼はこう考えていた。
王の死は悲しくは無く、彼に将軍の地位をくれたのは、王であるが、楽観的な他種族共栄構想には、反吐が出る程に毛嫌いをしており、王が、それを言葉にするたびに、首に手をかけてやりたいと思うほどである。
マモノと共存…。
下等な生物…。
彼らはバケモノなのだ!
王の間で叫びたい気持ちを、いつも…、いつも押さえていたが…。
次期国王は手中であり、まだまだ子供で教育次第では、現国王の夢物語を壊すことが出来る…。
殺せ!殺せ!マモノは…すべて殺せ!
その為にでも、この国の金や財宝すべてを狩猟者と言う者らに与えてもいい!
彼の考えには、おぞましいと思える程の執念しかなかった…。
とにかく…マモノは…殺せ!
「いい感じですな…将軍……」
小柄で大きく張り出した腹を、見せつけるような歩きでセルゼットが現れた。
「いい感じか?大臣…」
「まぁ~まぁ~、王に誰が毒を持ったのかはわかりませんが…。風向きはこちらに吹いております。王がご逝去をした後、皇太子を王へ…そして…私が…」
「…宰相にか?」
ニンマリした表情を見せたアルゼスト。
「まぁ~、息子もそろそろいい歳なんで…。それだけの地位があれば…後は、息子が登り詰めればいい…」
「そうなれば摂政への道もあるのか?…それは、それは…」
含んだ笑みを見せあう2人。
「ところで?ご子息は?」
セルゼットの言葉に笑みを見せたアルゼスト。
「私と違って、これと言った物を持ってはいないからな…。どこで何をしているのか……、私の名前で、将校の位は与えたが……はははは…」
「まぁ~、なんにせよ、まだまだ…若いですから…」
セルゼットは、テーブルに置かれてある、ガラスで出来た透明のコップにワインを注ぐと口に含んだ。
「これは…、また…」
「はははは…いかがかな?お口には?」
「これほどまでの美味を口にした事はありません…」
「なら…、堕ちた暁には…」
「えぇ~、よろしくお願いしますよ…」
2人が見上げた城が、宵闇に浮かび始めていた。
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