老人の言葉とベア兄弟 下

 …王都 中央区…


 巨大な体を揺らしながら、男は扉を開けて部屋へと入った。

 部屋の中には、天幕付きのベッドに裸で金髪の男が座り、銀で作られているカップでワインを飲んでいて、そのベッドには、ネコの亜人と人間の合いの子と思われるイィ・ドゥが横になっており、その向こうには、真っ黒く頭から顔まですっぽりと隠れる兜をかぶり、真っ黒に染められている重そうな鎧を全身に纏っている者らが5名、警護の形を取って、窓辺に立っていた。


 入って来た男にむかい、ベッドに座っている男は、顔を小さく上げて確認をすると、ワインを飲み干し、高々に放り投げた。

 「みろ!ドミニク!この女。もうあそこがガバガバで、俺のナニが、こいつのナニを感じることが出来ねぇ~、アバァ~はどうした?」

 巨体な男の後ろから黒い宮殿服を身に纏った、オールバックの男が現れて腰を折りながら頭を下げた。


 「クレミア子爵閣下。それはさぞ気分を害しておりましょう。申し訳ありません。こちらも八方を探してはいるんですが…」

 「探すもなにも…、アバァだけが奴隷狩りをしているんじゃないだろう!違うやつのでもいいから、…とにかく別のを連れてこい!」

 「かしこまりました…クレミア子爵殿下…ですが…、このようなご戯れを…」

 「あぁ?なに言ってんだぁ?お前も爵位が欲しいんだろう?次期国王の息子がご所望なんだよ!わかるかぁ?」

 「えぇ~、その点は…。こちらも色々内密に動いてますので…」


 ドミニクは頭を下げ、その姿を、顎を上げてみているクレミアの瞳はうっとりとなった。

 「わかっているなら…早く連れてこいよ!」

 言葉を発した子爵はベッドに倒れ込み、横になっているイィ・ドゥへと覆いかぶさり始めた。


 「それでは…」

 「あぁ~まてまて…、お前の用心棒に用がある…」

 クレミアの言葉に止まったドミニクは頭を上げ、そばにいる巨体の男を見上げてから、ベッドでイィ・ドゥの胸をむさぼり始めているクレミアへと視線を移し、少し目を細めた後、小さくため息をつきながら、そばにいた男の胸を小さく叩いて部屋を後にした。


 扉が閉まる音が聞こえたと同時に女から体を離したクレミアは、ベッドから飛び降りて巨体の男へと進んだ。

 イチモツが半立ちの状態であるのに、怪訝な表情を見せた巨体の男。

 「なぁ~、お前がビッグベアか?ほんとにデカいな!なになに…イィ・ドゥなんだろう?」

 近づいて来た男は、腰に手を当てて男を見上げ、ビッグベアは、その視線を一度見ると、窓の前に立つ者らへと視線を移した。


 「わかっているじゃねぇ~か。そうだよ…、人間様とは、お前らみたいなものは、目を合わせってはいけないんだよ!」

 クレミアはニンマリとした笑みを見せると、ビッグベアを上から下まで舐めるように見てから、顔へと視線を向けた。


 「なんで、お前を置いていかせたか、わかるか?」

 「いえ閣下。」

 「閣下か…、こりゃいい!いいぞビッグベア!」

 クレミアは振り返り、窓に並ぶ者らを見ながらねっとりとした笑みを浮かべると、再び振り返り、ビッグベアを見上げた。


 「おまえに紹介したい者がいる!」

 言葉を発すると、踵を返したように振り返り、窓の方へと小さなステップを踏みながら進み、立っている5人の中の真ん中に立つ者の前で立ち止まった。


 「驚くだろうな…。驚けよ!ははははは!お前の…弟だ!」

 叫びながら黒い兜の顏側にあたる部分を開いて見せ、そこには、茶色いモミアゲが顎辺りまであり、人の鼻に口が付いているが、その作りに似つかわしくない細く長い髭のある男の顔が現れた。

 …しかし…。


 「……」

 ビッグベアは、開かれた兜の扉の向こうにある瞳が真っ白であるのに、目を細めた。


 「ははは…驚いただろう!俺も正直驚いた!これがなんだ!死んだお前の弟を、俺専用の傭兵にしたんだ!…なっ、なっ!すごいな呪術って!」

 しばらく見ていたビッグベアはクレミアへと視線を移した。

 「ご用は…、他には…」

 冷静に言おうとしていたが、まっすぐに見ている弟と思われしき男の白い瞳に、怒りがこみあげてきている。


 それもそうである。

 弟を殺したのはビックベア本人であり、弟は山賊と言う群れを作り、村を襲い、女を犯し、そして…、殺して歩いていたモノで、討伐以来の挙がっていたモノであった。

 病気の母親の面倒を見ていたビッグベアは、弟の話しを聞き、母には話さずに、事を収めようと王都へ来て、依頼所で登録をして…弟を狩ったのである。

 その報酬金で母の薬代をと思っていたが、村が奴隷狩りにあい、そして…母は、犯され…殺された…。

 怒りと憎しみを抱いたままに、村を襲った者らを王都で襲っていた所をドミニクに拾われ、用心棒として雇われたのである…。


 弟は札付きの悪であり、討伐されたことを知ったクレミアが取った行動が……。


 「久しぶりの再会に…ご用は?だって?……」

 眉間に皺を寄せて見ているクレミアに向かい、ビッグベアが視線を向けると、その威圧感に小さく後退し、傍にいるビッグベアの弟を見上げて不敵な笑みを見せた。

 「あ…そうだそうだ…。いいモノを見せてやる!こいつが俺に忠実である事をな!デスベア…あの女の首を刎ねろ!」

 クレミアはベッドに横になっている女へと、笑いながら指をさし、そのベッドで事の成り行きを見ていたイィ・ドゥは、急な言葉に体を起こし、四つん這いの姿で、目を見開いてクレミアを見た。


 もっさりと動き出したデスベアは、腰に携えている大剣を鞘から抜き、大きく振りかぶると、女に向かい勢いをつけて振り下ろし、肉と骨を断つ音と共に、目を見開いた状態の首が、ベッドから転がると同時に、切り離された身体から血が噴き出し、勢いそのままに天幕のついているベッドも、大きな破壊音を立てて斬られ、それから間もなく、力を無くした天幕の残骸が降り始めると、首が刎ねられた姿で、四つん這いになっている女の身体を潰すように崩れた。


 その威力に目を見開いたクレミアは、小さく口角を緩めて笑い始め、時間を置かずに大きく笑い、そして、腹を抱えて笑う。


 その光景を目を細めて見ていたビッグベアは、剣を仕舞おうとしているデスベアへと視線を移す。

 「はははは…どうだ、お前の弟は!」

 「ご用が無いのなら…ここらで」

 ビッグベアは静かに言葉にすると、笑いをやめたクレミアは、小さく辺りを見渡す。


 「…あぁ、とにかくアバァは見つけろ!行け」

 手を払って言葉にし、その言葉を聞いたビッグベアは、小さく頭を下げると部屋を後にした…。


 その表情は………。


 …トンネル出口…


 「え?」

 「…なんだ…これ……」

 「まじかよ…」

 トンネルを抜けると、夕方の宵を感じさせる暗さが、辺りに見受けられる雰囲気であった。

 おもったより早く出たアサトら一行の前に見えたのは……。


 ……これが、警告……


 その様子に、クラウトはメガネのブリッジを上げ、タイロンが顎を小さく引き、ジェンスが生唾を呑み、馬車の屋根にいるケイティは目を細め、システィナは口を押さえ、セラの目を覆ったアリッサが悲痛な表情を見せ、アサトは…小さく声に出していた…。


 …そこにあったのは………。

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