第5話 トランプ
「どうもです。」
美代先生は、天皇陛下の宮中晩餐会に国賓として、招待されている。
「ようこそ、お越しくださいました。」
天皇陛下が美代先生にお言葉を掛ける。
「私ごときに、もったいないお言葉です。」
「いえいえ、私の虫歯が治ったのも、美代先生のおかげです。」
「ただ、当然のことをしたまでです。」
美代先生と天皇陛下が握手しているシーンが、テレビを通じて、お茶の間に放映される。美代先生は、日本の天皇の虫歯を治したのである。
「どうもです。」
美代先生は、カメラに優しい笑顔で手を振る。
「おいしい! キャビアもフォアグラも食べるの初めて! キャハハ!」
会場の隅っこで、料理をひたすら食べている女。助手のみなみちゃんである。もちろん、天皇陛下の虫歯も彼女が治したのである。
「どうもです。」
この物語は、外面がいい美代先生と、その先生にこき使われる最強の助手、みなみちゃんのサクセスストーリーである。
ある日の朝。美代歯科医院に大物が来た。
「なんだ!? なんだ!?」
「先生!? 怖い!?」
美代先生と助手は、抱き合って怖がった。いきなり、黒服を着たボディーガードの男が50人ぐらいで病院の中と外を囲んだのである。
「何でも治せる歯科医師の美代先生でよろしいですか?」
黒服が質問してきた。
「は、はい。」
美代先生は、ビビりながら答える。黒服は、後部に連絡を送る。
「おはよう。」
「そ、そ、そ、総理大臣!?」
そこに現れたのは、日本の総理大臣だった。なぜかマスクをしている。
「実は、総理大臣は謎の虫歯に侵されています。」
「謎の虫歯!?」
また来たよ!? と、変な患者がやって来たと思う。
「有名大学病院の名医の教授にも診てもらいましたが、ダメでした。テレビの放送を見て、美代先生の歯科医師としてのレベルの高さに、総理大臣自らの希望でやってきました。」
「先生、どうか私の虫歯を治してください。」
「ええ!?」
総理大臣自らが、美代先生の手を両手で力強く握りしめ、頭を下げてお願する。
「わ、分かりました。私が治します!」
「先生! ありがとうございます。」
美代先生は、総理大臣のプレッシャーに負けて、治療を引き受けてしまった。
「先生、どうするんですか!?」
「知るか!? 断ったら殺されるぞ!?」
先生と助手は、ヒソヒソ話をする。
「言い忘れましたが、総理大臣が虫歯と言うことは、国家秘密ですので、もし、このことが明るみに出た場合は、お二人は闇に滅されると覚悟しておいて下さい。」
「ギャア!?」
黒服が、恐ろしいことを口にする。
「そ、それでは診察室にどうぞ・・・。」
「うむ。」
美代先生は、総理大臣を案内した。
「口を開けてください。どんな状態か見ますね。」
診察室にやってきた美代先生は、助手が総理大臣に前掛けをし、椅子をリクライニングさせる。黒服4人が四方をガードしている。
「ギャア!?」
総理大臣がマスクを取った口の中は、全ての歯にトランプのデザインがプリントされていた。
「トランプ!?」
前歯がジョーカーとスペードのエースといったように、奥歯までトランプのデザインがプリントされている。
「これは、いったい何があったんですか?」
「実は、アメリカの大統領と首脳会談をしたら、虫歯になりまして、気がつけばトランプのデザインがプリントされていたんです。」
「確かに、謎の虫歯だわ・・・。」
痛いというより、恥ずかしい感じだった。
「先生、この歯を治せますか? 治せますよね?」
総理大臣は、半分、脅しのように美代先生に迫る。
「報酬は、国会議事堂非常勤歯科医師の称号でいかがでしょうか?」
黒服が、美代先生に報酬をチラつかせる。
「こ、こ、国会議事堂非常勤歯科医師!?」
美代先生は、驚いた。
「これは名誉だ! 御家柄を手に入れるチャンスだ!」
美代先生の物欲センサーがMAXを振り切って爆発する。
「だ、大丈夫ですよ。こ、これくらい・・・。」
明らかに美代先生は困っていた。
「みなみちゃん。」
「え!?」
美代先生の顔が不気味に笑っている。助手は、嫌な予感しかしない。
「あと、よろしく。」
「ええ!? 先生が自分でやるんじゃないんですか!?」
「まだ死にたくない!」
「私は死んでもいいんですか!?」
「私、経営者。あなた、雇われの助手。」
「そんな・・・。」
明らかなパワハラだが、それを言われると、助手は反撃できない。
「後は、よろしく!」
そう言うと、美代先生は、休憩室に逃げて行った。
「こんな病院なんか、辞めてやる! ・・・お金があったら・・・ガクン。」
助手は、がっかりして、諦めた。
「総理大臣、今から歯のクリーニングをします。痛かったら、諦めてください。」
助手も美代先生に性格が、だんだん似てきた。ウイーン! と、歯をクリーニングする機械のスイッチを入れる。
「みなみ! いきます!」
助手とトランプのデザインがプリントされた、総理大臣の歯との戦いが始まった。
(うわ!? 奥歯まで、キッチリ書いてる!? すごい~。)
(歯周ポケットには書いてないのね? 私なら、そこまでやるんだけどな~。)
(意外と簡単に落ちるわね? 大学病院の教授も、命が惜しいから、治療しなかったな? また美代先生の株が上がっちゃうよ!?)
「できました!」
助手は、総理大臣のトランプのデザインがプリントされていた歯を、キラン! っとした、白い歯にクリーニングを終わらせた。
「先生を呼んでくるので、少し待っててくださいね。」
助手は、休憩室にいる、美代先生を呼びに行く。
「みなみちゃん、安らかに眠れ!」
美代先生は、助手の命がなくなったと思い、手を合わせて拝んでいた。
「先生、私、死んでませんけど・・・。」
「ギャア!? お化け!?」
助手の登場に、美代先生は驚いた。
「歯のクリーニングが終わりました。」
「ええ!? 終わっちゃったの!?」
「今度は、先生が死んでらっしゃい!」
「嫌だ! 失敗したら、殺される!?」
「行け!」
「ギャア!?」
嫌がる先生を、みなみちゃんは、休憩室から追い出す。
「死にたくないよ・・・セレブになりたかった・・・。」
美代先生は、渋々、総理大臣の待つ診察室に行く。
「お、お待たせしました。虫歯の治療を始めますね。」
美代先生は、総理大臣の口の中を覗いた。
「あれ!? 虫歯が無い!?」
そう、奇跡的に総理大臣には、虫歯が無かった。
「ラッキー!」
美代先生は、喜んだ。もちろん軽度の虫歯は、みなみちゃんがクリーニングの時に取り除いている。優秀な助手なのだ。
「総理大臣、治療が終わりましたよ。」
美代先生は、総理大臣に鏡で歯を見せる。
「おお! トランプが消えている! 真っ白な歯だ! すばらしいよ! 美代先生! ハハハハハ!」
「ありがとうございます。」
総理大臣は、歯が治って、上機嫌だった。いつもは絶好調の美代先生も、自分の命がかかっているので、緊張している。
「先生は、私の恩人です。これで来週の日中首脳会談に向かうことができます。ありがとう。友達の政治家に、歯医者は美代歯科医院がいいよって、言っとくね。」
「ありがとうございます。」
「また、何かあったら来るね。さよなら。」
そう言うと、総理大臣と黒服たちは消えていった。
「もう来なくていい・・・。」
美代先生は、この日、総理大臣ダイエットで、5キログラムも体重が痩せた。
「先生、塩をまきますね。」
助手も総理大臣は、気疲れするので、コリゴリであった。
「ああ~、これで私はセレブに近づいたんだろうか? 国会議事堂非常勤歯科医師か・・・、気疲れが凄そうだな・・・。」
「先生、1人で行ってくださいね。私は、行きませんよ!」
「ええ!? みなみちゃん! 美代を見捨てないで!」
「もう総理大臣なんかに、会いたくありません!」
「そんなこと言わないで! 特別手当を出すから!」
「特別手当!? 行きます~♪」
しかし、先生と助手は、総理大臣とは、直ぐに出会うことになるのだった。
つづく。
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