第4話 パキラ
「どうもです。」
美代先生は、たくさんの記者から写真攻めにあっている。それもそのはず、胸元には、大きな宝石が輝いていた。
「今年の宝石が似合う女性グランプリは、歯科医師の美代先生です!」
「おお!」
今を時めく人気歯科医の登場に会場のお客さんは、大きな歓声を上げる。
「患者さんのために、日々がんばっている姿が認められたのだと思います。」
「おお!」
パシャパシャ! カメラのフラッシュが無数にたかれる。
「どうもです。」
美代先生は、セレブ街道一直線である。これは、患者のことを金づると言う、金の亡者が歯科医師として成功していく、サクセスストーリーである。
美代歯科医院は、新しい朝を迎えた。
「にしても、何で、こんな変なお客さんばかり来るんだろう?」
美代先生は、毎日の患者さんの診察に疲れていた。
「先生は、まだいいですよ! 変なモノを取り除くのは、私なんですからね!」
助手のみなみちゃんは、満身創痍であった。
「昨日は、さんまが歯の穴の中で泳いでいたり。一昨日は、ガリガリ君アイスで歯が凍っていたんですよ!? ありえません!?」
助手は、もう心身ともに、壊れそうでした。
「ああ~、開業して、保険の違法請求をしまくって、税金からガッポリ儲けて、セレブになる! はずだったのに・・・勤務医の方が楽だ・・・。」
美代先生は、野心を持っていたことを後悔した。
「あ、誰か来た? みなみちゃん出て。」
「ええ~。先生が見てきてくださいよ。」
「私は、セレブの相手しかしません! みなみちゃんは助手でしょ? 接客も助手のお仕事ですよ。さあ、行った、行った。」
「はぁ~い。」
その時、ピンポーンと呼び出しベルが鳴った。先生と助手は、面倒臭いので、どちらが見に行くかを擦り付ける。結局、立場の弱い助手が見に行くことになった。
「は~い、どちら様ですか?」
「すいません。私、テレビ局のモノなんですが、行列のできる歯科医院の特集をしてまして、こちらに腕利きの先生がいらっしゃると聞いたので、ぜひ撮影させてもらいたいと思いまして。」
なんと開業4日目で奇跡のテレビ取材の話がやって来たのだ。
「すいません。うちは完全予約制で、お客様の治療を最優先にしていますので、申し訳ありませんが取材はお断り・・・。」
助手が、テレビ取材を断ろうとした時だった。
「お待ちなさい!」
美代先生が颯爽と現れる。
「せ、先生!?」
助手は、驚く。
「助手が失礼しました。」
「いえ。」
「テレビの取材ですか?」
「はい。」
「いいですよ。」
「え? いいんですか?」
美代先生は、簡単にテレビ取材を承諾した。
「先生!? またダブルブッキングしても知りませんよ!?」
「大丈夫。今回は患者じゃない。テレビ局の取材だからだ。」
美代先生は、宣伝広告になるテレビ局の取材を断る訳がなかった。
「私はセレブになるんだ! カモがネギをしょって、バン! バン! バン!」
「先生、心の声が外に出てますよ。」
美代先生の18番、カモネギの歌である。助手は、諦めた。
「その代り、患者さんの許可は、テレビ局の方で取って下さいよ。」
「わかりました。モザイクもちゃんと入れます。」
そこに患者のおじさんがやって来た。テレビ取材もOKした。こうして、美代歯科医院は、テレビ取材してもらうことになった。
「それでは、助手の方が患者さんのクリーニングをしている間に、先生のインタビューを撮影しましょうか。」
「インタビュー!? ああ~、開業してよかった!」
美代先生の周辺に光に照らされる。美代先生は、笑顔で思わず1回転している。
「みなみちゃん、後は頼んだよ!」
先生とテレビ局の取材スタッフは休憩室に消えていった。
「ええ~!? 先生だけ!? 私もテレビに出たかったのに!? ガーン!」
みなみちゃんはがっかりした。助手は、あくまでも助手であった。テレビ局の取材も用事があるのは、やっぱり先生だけなのである。
「今日は、どうしましたか?」
助手は、患者のおじさんに質問した。
「実は・・・歯からパキラが生えてきたんです!?」
「パキラ!? 観葉植物ですよね?」
「間違って、酔っぱらっている時に食べたら、歯から生えてきたんです!?」
「そんなバカな!?」
おじさんの話を聞いて、助手はおじさんの口の中を覗く。歯から緑の葉っぱが生えている。観葉植物のパキラだ。
「ほ、本当に生えてる!?」
「助けてください! どこの大学病院に行っても断られたんです。」
それは断られるでしょう。と思う助手であった。先生が金の亡者で、患者を金づると思い、セレブ生活を手に入れるために、何でも受け入れる美代歯科医院がおかしいんだ! と思う助手である。
「わかりました。何とか、やってみましょう!」
「ありがとうございます。」
そして、未知の病原菌と戦うのは私・・・と思う、みなみちゃんであった。
「みなみ! いきます!」
助手は、フル装備で、パキラと戦う。
(どこから生えてるんだ?)
(歯周病菌が根っこになってるんだわ!?)
(ここだ! これを取り除くことができれば!?)
助手とパキラとの戦いは白熱した。
「先生がヘタレだから、私が治療しないと、失業してしまうでしょ!?」
助手は、思わず本音が出てしまった。
「やった! パキラ取れました!」
最強の助手、みなみちゃんは勝利を収めた。
「フ~。先生を呼んで来ますから、ちょっと待っててくださいね。」
助手は、一息ついて、美代先生を呼びに行った。
「先生、歯のクリーニングが終わりましたよ。」
休憩室で、テレビ局の取材スタッフとお茶を飲んでいる。インタビューは、もう取り終わっているみたいだ。
「遅いじゃないか、みなさんお待ちかねだぞ。」
「ええ!? 私ですか!?」
みなみちゃんは、一生懸命にパキラと戦っていたのに・・・。
「さあ、みなさん。私の腕前をご披露しますよ。みなみちゃん、お茶を片付けといてね。行きましょう、行きましょう。ハハハハハ!」
美代先生は、テレビ局の取材スタッフと共に、診察室に消えていった。
「そんな・・・。ガクン・・・。」
助手は、先生の態度にがっかりした。
「さあ、虫歯を治療します。」
美代先生がおじさんの虫歯を治し始める。カメラが撮影している中で、作業が進む。もちろん、虫歯もパキラも、助手の技術で、ほぼ完治しているのだった。
「終わりました。どうです、この真っ白な歯。」
美代先生が、自慢げにおじさんの歯をカメラに撮影させる。
「すごい!? 真っ白だ!?」
テレビ局の取材スタッフは、とても驚く。それぐらい、助手の仕事っぷりは完璧であった。美代先生は、ほぼ何もしていない。
「これぐらい歯科医師としては、当然ですよ。ハハハハハ!」
美代先生のセレブ生活が、また1っ歩近づいてきた。
「ありがとうございました。」
患者のおじさんは、助手のみなみちゃんに深々と頭を下げ、お礼を言う。患者さんには、誰が自分の歯を治してくれたかは、分かっているのだ。
「あの、これ、どうぞ。」
助手は、美代先生の湯飲みに土を入れ、植えたパキラを差し出す。
「歯に生えてたパキラです。どうしようか迷ったんですけど、ご本人に反す方がいいと思ったので。水を上げるだけで、簡単に育ちますから。」
「ありがとうございます。記念に育ててみます。」
おじさんは、お礼を言って去っていった。
「ルンルルン!」
先生の湯飲みにパキラを植えたのが、助手にできる精一杯の仕返しであった。おかげで、みなみちゃんは、気分が良くなりました。
「あれ? 私の湯飲み知らない?」
「知りません。」
美代先生は、テレビ局の取材スタッフが帰ったので、お茶でも飲もうと思った。しかし、湯飲みは無かった。真相を知っている助手は、とぼける。
「まあ、いいか。テレビで私の雄姿が放送されれば、もっと儲かるし、もっと高い高級湯飲みを買いに行くんだ! ハハハハハ!」
上機嫌の美代先生は、古い湯飲みなど、まったく気にしなかった。
後日、テレビで美代先生が放送された。
「多いんですよね、有名大学病院って、難しい虫歯になると、できませんって言うところ。うちの歯科医院は、最後の砦なんですよ。」
美代先生は、軽やかにインタビューに応えている。
「私は、虫歯に困っている人を見捨てません!」
美代の言葉は、多くの大衆の心を掴んだ。
「歯が真っ白です! 先生、ありがとうございます!」
やらせっぽいが、患者が美代先生に感謝している。そして、患者の歯は、キラーン! っと、真っ白だった。
「きっと、すばらしい技術を持った先生なんだ!」
多くの大衆は、美代先生を素晴らしい人と思い込んだ。
「ハハハハハ! 私、最高!」
美代先生は、安いワンルームマンションで、自分の映像を何回も何回も見直していた。1人で寂しく、コタツに入り、安物のワインとミカンで乾杯していた。
「私は、セレブになってみせるぞ!」
美代先生が、高層タワーマンションの最上階に引っ越す日も、そう遠くはないかもしれない。
つづく。
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