第3話 納豆
「どうもです。」
1人の女が笑顔で道を歩いていく。沿道のファンに手を振りながら。人気歯科医師の美代である。最近は、歯科で働くよりも、テレビのコメンテーターとして、楽に小銭を稼ぐことに味を占めている。
「ありがとう。」
美代は、軽快に運転手が開けた車のドアから、車の後部座席に座る。運転手は、ドアを閉め、運転席に回って座り、高級車を発進させる。
「どうもです。」
これは、最近娘、綾の歯を治療することにより、世間で噂になり、開業医として、のし上がり、セレブ生活を手に入れるというお話である。
話は、過去に遡り、開業初日の1人目の患者、綾(名字なし。)の歯から生えた、チョコキノコと苺を撤去するだけで、全体力を使い切り、その日は病院を閉めた。
「ああ・・・体がだるい・・・筋肉痛だよ。」
待機室で、美代は手足を伸ばして、背伸びをしている。
「先生・・・私もう、嫌です・・・病院を止めさせてください・・・。」
助手のみなみちゃんは、昨夜もチョコキノコと苺に襲われる悪夢を見た。2人とも体調は最悪である。
「開業したばかりなんだから、冗談はやめてよ・・・許しません!」
「だって、また来週には、来るんですよ!? 綾ちゃんが・・・。」
みなみちゃんは、よっぽど綾のことが気にいったらしい。
「私は、セレブになるんだ!」
これが美代先生の口癖である。
「先生、私のお給料も上げてくれますよね?」
「もちろんだ! 私がセレブになれば、助手もプチセレブになれる!」
「プチセレブ!?」
たかが歯科助手に大金を手にする術はない。歯科医の先生についていくしかないのだ。幸い女医さんなので、みなみちゃんは、セクハラされることはないのだ。
「先生! みなみ、がんばります!」
「さあ、みなみ君。始業の時間だ。金づるの入り口を開けてくるんだ!」
「はい! 分かりました!」
美代先生は、お金が大好きな先生で、歯科助手も、やっぱり、お金が大好きだ。
「みなみは、プチセレブ。」
助手が楽しそうに、歯医者のお客様入り口の扉を開けようと、ドアの外を見た。
「ギャア!?」
助手は、病院の前を見て、大声を出して驚いた。
「どうした!?」
その声を聞いて、奥から美代先生も飛び出してきた。
「せ、せ、先生。あれを見てください。」
みなみちゃんは、腰を地面に漬けながら、振るえる手で外を指さす。
「え? ギャア!?」
助手に言われて、外を見た美代先生も大声を出して驚いた。
「なんだ!? この行列は!?」
病院の外には、何人か数えきれないぐらいの患者さんが列を作って並んでいた。
「先生!? 何か悪いことをしたんじゃないでしょうね!?」
「そんな!? 医療ミスもないぞ!? だって、まだ細菌娘1人しか治療してないもん! 私は悪くない!?」
美代先生は、必死に答弁する。
「何なんでしょう? この人たちは?」
「とにかく開けようか、大事な金づる・・・いや、患者さんだし。」
そういうと美代先生は、待機室に逃げて行った。助手のみなみちゃんが恐る恐る、お客様入り口を開けた。一人目のお客さんが入ってきた。年配の女性だった。そして、いきなり質問をしてきた。
「この病院は、あの綾ちゃんの虫歯を治した歯医者さんですか?」
「え!?」
助手は、驚いた。昨日、綾の歯から生えたチョコキノコと苺と戦ったことが、もう世間では、大ニュースになっていたのである。
「そ、そうですよ。」
「よかった! 私の虫歯も直してください! どこの歯科に行っても、治療できないって言われて、困っていたんです!」
「は、はい。うちの美代先生なら、どんな虫歯でも治してくれますよ。」
「ありがとうございます。」
患者のおばさんは、大いに喜んだ。
「まさか!?」
助手のみなみちゃんは気づいた。
「外で並んでいる患者さんは、綾ちゃんの虫歯を治せるんだったら、自分の虫歯も治してくれるんじゃないか? と思っている患者さんなんですね!?」
「そうだとおもいますよ、みなさん、歯を手で押さえて、痛そうにしていましたから・・・。」
みなみちゃんは、真実に気づいてしまった。
「ちょっと待ってくださいね。先生に報告してきます。」
助手は慌てて、先生の所に駆け付ける。
「先生! 事件です!」
助手は、先生を見つけて、大声で報告する。
「こっちも事件だ。」
先生も、助手を見つけて、事件と言う。その声は、不機嫌そうだった。
「何かあったんですか?」
「何かあったんですかじゃない。昨日のパソコンの診療予約は確認したの?」
「してません。綾ちゃんで疲れたので・・・。」
先生は、パソコンの画面を助手に見せる。
「アクセス殺到のため、つながりにくくなっています。」
パソコンの画面に出ている。
「え!?」
助手は、驚いた。
「それと、電話のコードが抜けてるんだけど。」
先生は、電話のコードを持って振り回す。
「私、知りませんよ!」
必死に身の潔白を主張する。
「みなみちゃんが悪い!」
「そ、そんな!? あんまりです! プンプン!」
先生は、指を指して、助手に罪を被せる。みなみちゃんは、やっぱり、この病院で働くのが嫌になり、辞めたくなった。
「先生、外のお客さんは、この病院が綾ちゃんの虫歯を治したということが、口コミで広がったようです。」
「なに!? そりゃあ、あの細菌娘の虫歯を治せれば、私の腕前が証明されたようなものだからな! ハハハハハ!」
外のお客さんの事情を聞いて、美代先生は、自分実力が広まったことを喜んだ。
「わかったぞ!」
突然、美代が叫んだ。何かを閃いたようだ。
「我が医院は、完全予約制にしよう! 1日1人までにして、あとは、VIPのお金持ちだけを相手にするんだ! セレブの友達をたくさん作るぞ! 私は、セレブになるんだ! ハハハハハ!」
美代先生の野望が燃え盛っている。
「先生、お金のことばっかりなんですね・・・。」
助手は、呆れてモノが言えない。
「そうと決まれば、外のお客さんに説明して、予約を取ってきて。あ!? 土日は、休むから、予約は取っちゃあダメよ。プチセレブ助手。」
「はい! 行ってきます!」
助手は、プチセレブという言葉に期限を良くして、外のお客さんの説明と予約を取りに行った。
「セレブ生活が近づいてきた! ハハハハハ!」
美代先生は、絶好調である。
「先生、今日の患者さんがお待ちです。」
予約を取り終えて、みなみちゃんが帰ってきた。
「分かりました。いきます。」
美代先生は、颯爽と椅子から立ち上がる。その顔は、歯科医師として、自信に満ちていた。美代は、歯科医師としての、第2歩を踏み出す。
「待ってろ! 金づる! 私は、セレブになるんだ!」
歯科医師としての腕前と、本人の歪んだ性格は別物で会った。
「どうされたんですか?」
患者の前に来て椅子に座り、金の亡者とは、少しも感じさせない清潔感のある、優しい笑顔の美代先生。
「プププププッ。」
そのギャップに、助手のみなみちゃんは笑いをこらえるのが必死だった。
「実は、歯から納豆が生えているんです。どこの大学病院に行っても、治すことはできないと言われてしまうんです。」
「どれどれ、歯を見せてくださいね。」
患者の年配のおばさんが口を開ける。美代先生は、口の中を覗き込む。口の中で納豆菌が、ネバネバ田植えをしていた。
「あ、これは、まだ初期症状ですよ。安心してください。私なら治せますよ。」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
美代先生は、綾の口の中でバカンスするチョコキノコと苺を見ているので、納豆が繁殖しているぐらい、免疫ができているので、なんとも思わないのだ。
「みなみさん。」
先生は、患者さんの前で、助手の名前を笑顔で呼ぶ。
「ドキ!?」
みなみちゃんは、嫌な予感しかしない。
「歯のクリーニングよろしく。」
美代先生は去っていった。
「そんな・・・。」
ガーン! 笑顔の先生とは反対に、助手の顔は真っ青だった。
「どうやったら、歯から納豆が生えてきたんですか?」
「納豆が好きで、食べ過ぎたんです。」
助手の質問に、模範解答が帰ってきた。
「それでは、いすを倒しますね。」
患者さんの準備を整え、いよいよ作業に入る。
「それでは、歯のクリーニングを始めますね。」
ジュイーン! っと歯を磨く機械が動き出す。
「みなみ、がんばる!」
助手と納豆菌との激しい戦いが始まった。
(落ちろ! 納豆!)
(なに!? このネバネバは!? 私が押されてるというの!?)
(みなみは、最強の助手なのよ! 私に取れない細菌は無い!)
そう、美代先生は、実は普通レベルの歯科医師だった。この歯科医院で優れた腕前を持っているのは、助手のみなみちゃんであった。
「あはははは! そんなことがある訳ないじゃない。」
休憩室で、横になりながら、テレビを見てせんべいを食べている美代先生。
「せ・・・先生・・・。」
休憩室の扉が開き、フラフラの助手、みなみちゃんがやってきた。
「大丈夫か!? みなみちゃん!?」
「せ、先生・・・納豆菌は、きれいに取りましたよ・・・バタ。」
みなみちゃんは、力尽きて、意識を失った。
「みなみちゃん、君の死は無駄にはしない!」
先生は、白衣を着て、気合を入れる。
「敵討ちに行ってくる!」
先生は、患者さんの元に向かった。
「虫歯を削りますね。口を開けてください。」
美代先生は、患者さんに歯を見せてもらう。
「真っ白だ!」
患者さんの歯は、助手の命と引き換えに、キラーンと真っ白になっていた。
「みなみちゃん、後は私に任せて、安らかに眠れ。」
美代先生の目から涙がこぼれる。
「はい、それでは、歯を削るので、痛かったら、我慢してくださいね。」
ギュイーン! っと、美代先生の普通の虫歯治療が始まったのだった。
その日の夜ご飯。
「う・・・納豆・・・。」
最強の助手、みなみちゃんは、しばらくの間、納豆が食べれなくなった。
つづく。
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