雷鳴

総員起し

 イュイ13番目。

 艦長室の狭い机の上で、報告書を片付けている。狭いと言っても、曹士やその他幹部からすれば、喉から手が出る程欲しいだろう。

 異世界に来てからというもの、報告書が何時いつも以上に多くなり此処ここ数日間、確認中に日を跨ぐ事が多い。

 しかし、今日はいつもと違った。

 電話が鳴った。


「当直士官から艦長へ。陸自駐屯地に閃光を確認しました」

「……陸自の訓練とかじゃなくて?」


 当直士官からだ。

 駐屯地で発生する閃光となると、発砲かライトか……それ位しか考えられない。最悪な場合は……想定したくはない。


「分りません。上空から曳光弾の様なものが――」

「今行く」


 百聞は一見に如かず。

 もし、戦闘が繰り広げられていれば、支援を要請される可能性がある。又、こちらからも偵察を出したい。



 艦橋は、赤色灯に加えて月明かりがあり、妙に眠気が襲って来る。

 ここには、当直士官と話を聞きつけた海曹数人がいるだけだ。


「御疲れ様です。閃光らしい物と言うのが――」

「あれか……」


 言われずとも分った。

 かがは、艦首をあの高過ぎる壁に向けて停泊して居る。艦橋の小さな窓からそれを望めば、閃光らしい物、とやらが見える。当直士官の報告にあった様に、あちらは陸上自衛隊壁外駐屯地だ。

 然し、流石にあんなに遠いからには、その委細が裸眼で見える訳がない。艦橋の棚に置いてある艦長専用の双眼鏡を手に取り、負い紐を首に掛けた。

 てっきり、閃光は、下から上へ上がって居る物であると思って居た。然しそれは、突然暗闇の空から生まれ、下へ落ちて居る。断続的に。その光から、雲の影がくっきりと見え、同時に雲から生まれて居る事が分る。閃光は細長く、曳光弾の軌跡に酷似して居る。


「ヘリを出そう。総員おこし。出港準備、合戦準備。以上」

「掛ります! 総員起ーし!」


 当直士官は、直様すぐさま総員起しを掛けた。正直、この言葉自体、俺も嫌いな物で、間近で、しかも大声のそれを聞きたくはなかった。

 どうやらここにいた海曹の一人に、信号員が居た様だ。「喇叭持ってくる」と告げていなくなったとたと思ったら、またすぐに現れた。当直士官の総員起しの号令で、喇叭らっぱが、艦内マイクに向って吹奏される。かなり早い拍で吹かれる起床喇叭は、目が覚めて直ぐに焦燥に駆られる。


「総員起し!」


 一気に艦内が騒がしく成る。隔壁等を伝って、総員五百名以上が、階級に関係無く飛び起きた事が分る。

 次に入れる合戦準備等は通常、舷門ではなく艦橋から令する号令だ。


「出港準備。艦内警戒閉鎖。合戦準備」


 と、号令を出し終った所で、もう顔を出した人物が居る。


「何何? どうしたの?」

「気を付け、敬礼!」

「省略」


 円城寺が艦橋に上がった。

 当直士官が、号令を掛けたが、片手で軽く払われてしまう。


「陸自駐屯地が攻撃を受けた可能性があります」


 当直士官は、先の扱いに戸惑ってしまったから、俺が代りに報告した。

 それを聞き、儀礼等でしか着ない礼装、詰り普段は着ない制服を身に纏う円城寺は神妙な面持おももちを見せる。


「敵は?」

「詳細不明。ヘリを準備して居ます」

「は? レーダーは?」


 ……レーダーの存在を失念して居た。あの距離なら、ぎりぎり対空レーダーが届くかも知れない。

 眠かった、と云う言い訳は通用しない。


「支援隊艦艇全部総員起し、合戦準備。各種レーダー発動。航空機即時待機。準備出来次第発艦。各部、対空警戒を厳と成せ」


 例え司令の令であっても、直ぐに立直たちなおった当直士官は素早く反応した。艦橋にある電話テレトークに向う。宛先はCICだろう。


「当直士官です。申し訳ないですが、今から各種レーダーを発動して下さい。対空警戒を厳として下さい」


 合戦準備というのは、過ごし易い様に整頓された艦内を直様戦闘状態に移行する為に準備をする事だ。片付けてある消火ホースを使い易くしたり、配置に付く場所に電話を準備したりする。勿論、武器も一回動かして動作するかを確認する。だから、一時間程掛る。レーダーの発動位なら直ぐ出来るかも知れないが、そこから使うとなるとまた話は違ってくる。

 数十分経った所で、円城寺は発言する。


「CICに。レーダー、反応あるか?」

「CIC、艦橋。レーダーに反応あるか?」


 当直士官からのアイコンタクトで、予め受話器の側に立直りっちょくを始めた信号員長が、それを素早く手に取った。一等海曹は伊達では無い。流石、と言った所だ。


「艦橋、CIC。感無し。厚い雲のせいで、感明不良の可能性」


 結局、レーダーは駄目だった。


「ちょうかいのSPYスパイ−1は? 感明弱くても知らせ」


 円城寺の頭は、起床直後の他の人間に比べて、尋常じゃあ無い程冴えて居る。


「MCH−101が、第1エレベーターから上甲板に上がる」


 ものの十分で、ヘリコプターの準備が出来たらしい。射撃幹部の自分には、どれ程大変か分らないが、苦労があった事は間違いない。

 放送の通り、艦橋から見て左下に位置する第1エレベーターから、SH−60Kと比べれば断然白い機体が上がって来た。

 MCH−101は、ヘリコプター牽引装置に、発着艦を行うスポットにかれる。曳く、と言うより、ヘリコプターに有線制御装置の付いた動輪を与えた、と言った方が分り易いだろう。MCH−101は、着いた途端に回転翼機ヘリコプターに欠かせない、回転翼とも言われるブレードの展張を始めた。

 艦載を想定して設計された、掃海輸送回転翼機、MCH−101は、虫がはねを休める様にメインローターと呼ばれる機体上部に在る大きな回転する翼を折畳む事が可能で、艦上と云う狭い空間に作る格納庫に適応出来る様に成って居る。更に、人が乗れる箱の様な所から、機体後部にあるテイルローターと呼ばれる小さな回転翼迄の部分であるテイルブームも折畳おりたたむ事が出来る。丁度今、それも展開作業に入った。

 航空系の作業を行う、5分隊は続続と配置が完了して行くのが、目に見えて分る。

 遂に誘導灯を持った隊員が現れた。


「飛行長から。発艦用意宜しい!」


 電話を取った信号員の海士が、体を硬くして声も必要以上に大きな声で伝言した。誰が見ても、緊張して居ると云う事に気付く。


「ちょうかいから入電! SPY−1レーダーの反応は無いが、気象条件に因りレーダーに影として映る箇所が、丁度駐屯地と重なる。以上!」


 「ちょうかい」から「かが」電信室。そこからCICに伝えられ、艦橋に上げられた。


「飛行長へ。発艦」


 この場に司令もいるから俺は無視し、発艦の指示を与える。

 以後も作業を熟し、遂にMCH−101は発艦した。

 現在時刻、0021。総員起しから数十分で発艦を完了させた事に成る。これも、円城寺のスパルタ的演練の御蔭だろう……。



 0100。士官室。

 かがは、大量の幕僚や士官を乗せて居る、言わば海を進む司令部なのだ。士官室も、食堂と見間違える程広い。

 MCH−101は、そろそろ目標に到着するだろう。この湾から壁内駐屯地迄、実は百五十キロメーターも離れて居る。大型機と分類しても遜色無いMCH−101が態態わざわざ選ばれたのは、発動機が三基も在り、燃料を大量に積めるからだろう。


「さあね」


 陸上自衛隊を襲撃したのは誰なのか、ビルブァターニの娘はどうしたのか、と云った議論が士官の間で過熱し、遂にその結論を求められたのは第4護衛隊司令でもある円城寺。


「それを知って居たら――」


 喋って居る途中に、唐突に思い立ったかの様に、海士達が握ってくれた塩結しおむすびを口に入れる。丁寧に咀嚼して、飲み込んでから


「ヘリの燃料は勿体無いし、もうこの場にねこは居る筈でしょ」


 円城寺の話す事は最もで、士官、幕僚等はそれを知って居る。知って居て、こんな無利益な話を続けるのは、MCH−101からの報告が待遠しく、何をしたら良いか分らなくなって居るからだ。

 皆、黙り込む。運悪く、今この場に大量の塩結びを乗せたトレーを持って来た海士は、右に左に顔を振り、足を士官室に入れようか入れまいか迷って居る。

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