航海の終着点

幼馴染

「司令!司令!起きて下さい!」

 体が勝手に反応した。

 木登りをして遊んでいた子供の頃に、円城寺が足を滑らせて落ちた時。俺はあの時の事を鮮明に憶えている。円城寺が人形のように動かなくなり、正しい応急処置の仕方を知らなかった俺は、ただ円城寺の名前を呼び続ける事しか出来なかった。幸い、その声で大人達が気付いて救急車を呼んでくれた。

 俺はこの一件から、円城寺に二度とこんな事に遭わせないと誓い生活してきた。俺が航空自衛隊に入隊したいと言うと、円城寺は「じゃあ、私は海上自衛隊ね」と言い返されたときは驚いたし、反対もしてしまった。海上自衛隊は、実戦に一番近い部隊と言っても過言ではない。そんな危険なところに行かせたくないという思いがぶつかり合った結果、俺も海自へ行くと決めたんだ。

 絶対に、円城寺を傷付けてはいけないし、傷付けようもするならばそいつを徹底的に追い込んでやる。


「円城寺!円城寺!円城寺!!目を開けろ!」


 気付かぬ間に苗字で呼んでいる。


「おい!早く…早く起きろよ!水無月!!」


 久しく、名前で呼んだ。


「ん?……あ、あれ?慎護、どうしてここに?」

「あ…水無づ、き……水無月…!」

「え?ちょっと、何泣いてんの?」


 円城寺は、笑った。

 円城寺から、泣いていると指摘されたが泣いている感覚は感じられない。だって、そんなことより、円城寺が目を覚ましたんだから。


「一体、どうしちゃったの?」


 どれほど泣いているのか分からないが、円城寺は困惑した面持ちで上体を起こした。


「あれ、そういえば、何で私、こんな所で……」

「あ、あぁ…それなんだが、どうやら俺も含めて皆眠ってしまったみたいなんだ」


 ある程度、気持ちが落ち着いてきた。流石に、名前で呼ぶのは恥ずかしいので、苗字で呼ぶことにする。


「そう。それは分かった」


 円城寺と目が合った。


「さっきさ、泣きながらどさくさに紛れて「水無月~」って私の名前を大声で呼んだよね?に」


 うぐっ……円城寺のこれは、中学の頃にどこかで習得してきた、からかいの眼差しだ。これが意外と、心臓に来るので俺は目を合わせることが出来ずにそむけてしまう。


「どういう事かなぁ~?慎護くん~?」


 心臓が妙に跳ね上がるのを感じる。名前で呼ばれる感覚が、久しく体を駆けた。


「と、ともかく、司令!今は、どうかご指示をお願いします」

「え~」


 何故か不満げな円城寺を連れて、直ぐそこの艦橋へと戻った。

 円城寺の手を離すと、今度は古賀を起こしにかかる。古賀は、苦しそうに顔を右へ左へと動かしている。夢でも見ているのか?ならば、と頬を軽くはたいた。幸い一回だけで目を覚ましてくれた。何回も頬をはたいていたら、誰から見てもパワハラだ。俺のちょっとした感謝を知る由もない古賀は、有り得ないものを見たかのような目をしている。


「古賀、早く起きろ。そして、2分隊の点呼とれ」

「は、はい!」


 しかし、俺が命令すると、無駄な事を考えず自分の事は後回しにする。

 よし。とりあえず、現状の掌握が最優先だな。俺は、昨晩から首に掛けっぱなしだった双眼鏡を手に取り、外の状況を確認しようとした。


「力久……」


 円城寺が俺の名前を、艦橋の外に目を向けながら言った。円城寺の視線の先を見ると、船がいることが確認できる。それは、にわかには信じがたいが日本丸のような帆船、しかもそれがパッと見ただけでも数十隻はいる。


「前方、帆船との距離!」


 俺は自体掌握のために動いた。それには、第二分隊が動く。測距儀を持ち出して、右舷ウィングから距離の測定に入る。


「全科、点呼よし!」


 古賀が艦橋に戻る。


「古賀、そういえば機関停止してるよね?これ」


 口に出して気が付いたが、ガスタービンの甲高い音がしない。


「その点は安心して下さい!機関室、行って来ました!」

「おお!よくやった!」

「奢り、期待してます!」


 ……そうきたか。まあ良い。働きは事実だからな。


「目標との距離、約1キロメートル!」


 1キロメートルか……帆船が動いていなければ、安全ではあるな。

 丁度報告を聞き入れた時、機関が始動した。それを見計らい。新たに命令しようとした時、艦内放送が聞こえた。


《水上戦闘用意!》


 艦内放送と言っても、後方の護衛艦のものだろう。俺はそれに驚いてしまい、小走りで左舷側から状況を窺った。

 先程の放送は、『いなづま』のものらしい。そしてそれは、複縦陣形を乱している。おおすみの後方を護ろうとしているのか?


「現状の掌握!そして、各艦に「これ以上動くな」と発光信号と無電で伝達!」


 乗組員は、この混乱の中で俺の命令に従事する。

 その乗組員達の声とは明らかに違う、誰かの声が聞こえた。これに気付いた乗組員は少なくない。


「該船が外国語で呼びかけを行っている模様」

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