碧い太陽

 幹部候補生の練習航海では、世界一周をしてきたが、俺が聞いたことのない言語だ。ロシア系の言語のようだが、そう言ってしまうとロシア語を知らない日本人が片仮名で書かれたロシア語を読んでいるかのようだ。一音一音をしっかりと発声し、たまに巻き舌を挟む。

 妙な寒気を覚えた。未知との遭遇とは、ここまで人を不安にさせるのか。とは言っても、流石にDoMaFiを渡れた訳ではないだろう。呼吸は出来るし、他の惑星のように重力がおかしいわけでもない。

 ……防衛省はDoMaFiの向こう側を仮称異世界としていた。もしそこが、俺みたいな奴が好んで読む、所謂ライトノベル的な場所だったら?

こんな事を考えたら、もうそろそろ話が逸れるな。

今は目の前の事に集中だ。船を運用する程の者なら英語は絶対に分かる筈だ。分からなくてはいけない。だが、一応近隣諸国の言葉でも警告文を発した方が良い。


「『ちょうかい』に発光信号並びに電文。和文、英文、中文、ハングル、ロシア語での警告を開始せよ」

「通信室からです!ノイズが更に酷くなり、通信が不可能かと思われる、とのことです。」


 まだ電波障害が続いているのか。気を失う前と変わらないということは、やはりまだ仮称異世界には到達していないのではないか?


「ちょうかいより、返信!」


 返信だと?返信がこんなにも早く届くなんて、トラブルが発生したと考えるのが妥当か。やはり、実戦では全てが俺の思い描いたセオリー通りに行く訳がないか……淡い期待を信じすぎたな。


「我、拡声器の故障につき警告出来ず!」

「しょうがない、我々が行うぞ」


 これ以上、警告段階で留まっていてしまっては、相手が何をしでかすか分からない。


「警告始め」


 航海員がマイクを手に取った。


《こちらは、海上自衛隊である。こちらは、海上自衛隊である。国籍不明船に告ぐ。国籍不明船に告ぐ。直ちに、包囲網を解除しなさい。直ちに包囲網を解除しなさい》

《This is Japan Navy. This is Japan Navy. We tell the ship of unknown nationality. We tell the ship of unknown nationality. Unlock the siege immediately. Unlock the siege immediately.》

《这是日本海军。这是日本海军。我告诉不明国籍的船。我告诉不明国籍的船。立即解锁围攻。立即解锁围攻。》

《이것은 일본 해군입니다.이것은 일본 해군입니다.국적 불명 선박에게 고함.국적 불명 선박에게 고함.즉시 포위망을 풀어 라.즉시 포위망을 풀어 라.》

《Это японский флот. Это японский флот. мы говорим корабль неизвестной национальности. мы говорим корабль неизвестной национальности. Разблокировать осаду немедленно. Разблокировать осаду немедленно.》


 ロシア語のみは、別の航海員が行った。

 そして、双方が静まり、数分が経とうとしている。


「該船の行動は?」

「波に流され、少し動いているということ以外には、なにもありません」

「ソーナー室は?」

「パッシブを継続中ですが、反応は鯨のような鳴き声のみだそうです」


 相手が潜水艦か何かの攻撃を待っているという訳でもなさそうだ。ただ、そろそろ動いてくれないと、こちらとしても立ち入り検査と称して強行突破を行うしかないだろう。


「司令、如何――」

「左舷の該船が行動を開始!」


 円城寺の考えを聞こうと思ったが、聞くべき事が変わった。


「司令!」

「力久、該船は恐らく、おおすみと接舷しようとしている。おおすみに、協力命令を!」


 元々、円城寺は頭が良い。だから、このように素早く的確に判断をすることが出来る。防衛大学校は首席で入学したという噂だ。


「おおすみに発光信号で伝えろ!」

「発光信号で伝えます!」


 しかし何故、高校卒業後に俺と一緒に初めて受けた防衛大学校入学試験に一緒に落ちたのだろうか……一年後の二度目の試験では受かった上に、円城寺は首席だというのに。


「おおすみ、陣形より脱します」


 おおすみは大きく取舵をとり、帆船の左舷へ回り込んで接舷をした。

 自分の首にぶら下がっている双眼鏡で、おおすみの様子を観察する。

 甲板では、陸自迷彩の人が十数人動いている。もし、乗艦してきたのが敵勢力であった場合の対策か。今、艦橋構造物から夏服を太陽光で碧白く輝かせた男が一人出てきた。妙に論理的で哲学的な佐貝艦長だ。

 ……碧白く、ねぇ。

 目に入ってきた情報の違和感に気付いた。何故か「碧」という情報が追加されている。反射的に艦橋の窓に自分の顔を押し付けて、空を見た。ギラつく太陽が、視界の端に入る。本能が瞼を閉じようとしたが、理性が目を細めることで妥協させた。

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