ありあけの消失
霧が晴れ、探照灯は何もない海面を照らす。
「沈没では……ないんだよな?」
私はゆっくりと口を開いた。
「艦影は、下に沈んだり爆発したようにバラバラになった訳ではありません。消えたんです」
艦橋が息を呑んだかのように静まる。俺の指示を待っているのだ。
ありあけは、F-35が消えたほぼ直下にいる。そこで、消えたのだ。近くにいる我々も巻き込まれる可能性は、大いにありうる。
「両舷後進強速! と~りか~じ!」
俺は声を張り上げて言った。
「と〜りか〜じ!」
ワッチに就く航海当直が、俺に負けじと声高々に復唱した。
かがは、後進を始めると同時に左に旋回をする。艦首が030度になり、
「第二戦速! よ~そろ~!」
と、令を更新した。
7月9日、
先日まで、航海に必要な電子機器があったところには、乱雑にメモ書きが貼られ見る影もない。どこから持って来たかも分からないホワイトボードが艦橋にあり、今に至っては、"ホワイト"ボードと言って良いのかと首を傾げてしまう程水性マーカーで文字や簡易的な図が書き込まれていた。見張りを行って居る当直の一人は、目視と測距儀を使い僚艦との間隔をいつも以上に確かめている。私は、居ても立っても居られず、仕方なく羅針盤に目を落とす。そして、双眼鏡を用いて全周の警戒を開始した。
言っておくが、ここは"加賀"ではなく"かが"だ。
何故、原始的な航海をしているのか。理由は単純だ。電子機器が役に立たないから。
太平洋の特に日本近海で、最近突如として磁気嵐のようなものが発生。そのお陰で、電子機器が全く使えないのだ。
行方不明者捜索混成団派遣支援隊旗艦として、安全で正確な航路を導かなくてはならない。幹部候補生時代の練習航海より難しい航海を行っていると言っても過言ではない。
ちなみに、その磁気嵐の"源"があったようで、国は「磁場の特異点」と名付けたそうだ。防衛省は、作戦に用いる秘匿名称として「DoMaFi」を設定。Distortion of Magnetic Fieldの略称である。
「間もなく、目標座標に到着するものと思われる」
艦橋の一角で航路を求めている航海員が、コンパス右手に海図から目を離さずに言った。長の古賀は、そんな彼を指導して居る。こんな時でも、教育を怠らない。いや、こんな時だからこそ、教育をするのかも知れない。
恐らく、政府は、我々が消えることを望んでいるだろう。消えたありあけは、即座に戦闘状態に陥った。消えた先に何かしらあるのは明らかだ。
「各部、艦橋。ありあけが戦闘態勢に入った海域に近付いた。全周警戒を厳となせ。艦内警戒閉鎖。霧中航行、配置付け」
当直が、俺の令を復唱するかの様に、マイクで艦内放送を入れた。
古賀を見る。さっきよりも増して、海図に目を向けている。そして、顔を上げた古賀と俺の目が合った。
「到着です」
古賀が報告した。すかさず私も命じる。
「支援隊!両舷停速!」
「両舷ていそーく!」
航海当直が復唱した。
司令から、場所に着いたら止めろ、と令されている。
「発光信号、送りました!」
「電報の送信、完了とのこと」
外でサーチライトを扱った見張員の大きな声、更に受話器を取った当直海士が伝えた。
「艦長、どうなさいますか?」
古賀が俺に質問した。
そう聞かれても、上からの命令はここまでなのだ。調査のためヘリコプターを飛ばすべきか、僚艦にアクティブで水中を確認すべきか。
「横須賀とは交信できるか?」
「いえ」
通信員でない当直海士ですら、反射する様に首を振った。
「……じゃあ、横須賀から別命あるまで待機。司令から今後の方針を伺ってくるから、今のうちに休憩」
「了解」
俺は休憩しろと言ったが、そんなことが可能な人間はいない。航海当直は特に、休めと命令されても拒むしかないだろう。
さてと。支援隊司令は、恐らく磁場の歪みのためトイレに立て籠もっている。流石に、トイレの扉越しに会話するのは失礼極まりない。と思う。
何か起こるまで休むか、と考えた頃には、既に艦長席に座っていた。不覚にもこの眠気には耐えられそうにない。
うっすらと目を開けると、白く鋭い光が私の目をこじ開けた。
目を開けても、窓枠が細い影となって若干見える程度だ。この感覚は、朝。俺はまさか、夜が明けるまで眠りこけていたのか? だとしても何故……俺を起こしてくれたって良いじゃないか。
「当直!」
俺は、
私の声は、誰の耳にも届くことはなく艦橋の奥の通路へと吸い込まれていった。
恐る恐る艦長席から立ち上がり、誰かいないものかと舵を覗き見ると床に古賀が突っ伏している。
「おい!だいじょう――」
大丈夫か、と声をかけようとすると、なんと古賀は寝言のようなものを口に出した。フニャフニャしていて何を喋っているかは分からなかったが、これは心配すれば良いのか注意するべきか悩みどころだ。
そもそも、何故寝ている? 古賀だけでなく、他の当直士官、海士や船務長、挙句の果てには第4分隊長でもある
不可解な現象過ぎて頭の処理が追い付かず、何となく通路に出た。そこで目に入ったのは、倒れている乗組員と便所の扉の前で同じくして倒れている
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