シャム猫とバナナ
山田波秋
第1話
ある雨の日、秋なのにまるで梅雨の季節のように長雨が続いている。僕はそんな毎日にふとため息をつく。午後2時。淹れたてのコーヒーから上がる湯気を見ながら、憂鬱な日々を送っていた。
「外が暗いと気分も落ち込むな。」こう言う時は発想を切り替えて読書でもすればよい。目の前のテーブルには未読の本が何冊も積まれている。「ふぅ」僕はその積まれた本の中から一番上の本を手に取り、パラパラとめくり、また元の場所に戻す。
ゴロゴロゴロ。
ソファーを我が城としている飼い猫のミューも退屈そうに体を伸ばしている。昔同棲していた時に彼女が誰かから貰ってきたシャム猫。そんな彼女も今は居ない。いるのは猫のミューだけだ。僕の家には、僕とミューしかいない。
元々、猫や犬と言う動物は好きではなかった。子供のころにひっかかれたり、噛まれたりした経験がたぶん、好きと言うよりは嫌いと言う感情を呼んでいるのだろう。彼女が最初に猫を連れてきた時は僕も嫌悪感を感じたが、慣れてしまえば何も問題はない。
シャム猫は気まぐれであるが、犬のように忠誠心があるらしい。時に僕に甘えてくる事もある。ほぼそれは、餌の催促である事が多いのだが。
雨が降り止む気配がない。
晴れたら近くの街まで歩こうと思っていた。でも、傘をさしてまで歩く気はない。
ミューを抱き寄せようとするが、今は機嫌が悪いらしく、差し出した手を跳ね返されてしまった。ここらへんは、女性と一緒だ。女性は気分屋で自分が一番で、そして、飽きたら出て行ってしまう。
ふと出て行った彼女の事を思い出したが、出て行って2年。彼女の記憶も随分と薄れて行っている事を実感する。時間は解決するんだな、そう思いながら忘れないと新しいものを受け入れられないんだろうな、と思っていた。ただ、彼女のメモリーは今の所、空白だ。ポッカリと穴が開いている。”for Rent.”そんな看板が心の中に出来てから2年か。
ただ、得たものはそれ以上に大きい。僕にとってミューがそれにあたる。彼女はミューを連れてくるなり、餌当番に僕を任命した。なので、あっという間に僕に懐き始めた。彼女はそんな様子をみて、別に悔しそうにもしていなかったし、今思えばニコニコしていたようにも感じる。母性みたいなものであろうか?
テーブルの上に果物があるのを眺める。昔は絶対に果物なんて買い置きしていなかったのだけれど、彼女がいたころの癖
-テーブルの上にはリンゴとバナナを皿に置く-
が抜けていないままなんとなくその状態が続いている。果物は身体に悪いものでも無いし、なんとなく健康になるような気がして続けている。何より、見た目が良い。赤と黄色。日常生活ではなかなか目に入らない色だ。
ふと、コーヒーを淹れていたのを思い出し、一口飲みこむ。まだ喉には熱さが残る温度だ。
口がさみしくなる。バナナを手に取る。
ミューがパチりと目をあけ、テーブルの上に飛び載ってきた。
「おいおい、これはねこじゃらしでは無いよ」と思いながら、手渡すと器用に皮を剥いた。そう。いつの時代も猫はバナナの皮をむく、のだ。
おいおい、僕は物語のようにバナナの皮では転ばないよ、と思いながら一通りミューが飽きるまでコーヒーを飲みながら眺めていた。
むきおわった実を食べる。ミューにはペットショップで買ってきた餌を準備してあげた。
ミューはむしゃむしゃと餌を食べる。
そして、僕はバナナを食べ終わると、残ったコーヒーを一気に飲み込みさっき読みかけた本にもう一度手を付ける。
ミューは満腹で満足したのか僕の身体に飛び乗りテーブルから顔を出した。
一緒に読書するのも悪くないね。
勿論、手に取った本は、リリアン・J・ブラウンの「猫はバナナの皮をむく」だ。こちらのシャム猫はどんな活躍をしてくれるのだろうか。少し楽しみがわいてきた。
-了-
シャム猫とバナナ 山田波秋 @namiaki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
近況ノート
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます