第4話

そして、また僕はオフィスに篭る事になった。日下部さんに聞くと「和歌子」からの電話は無かったらしい。恐ろしい位に僕を見ているのだろうか?その時、日下部さんが、ある一言を言った。

「川本さんってもしかしてブログ書いたりしてますぅー?」

一瞬焦る。僕は、会社の不満や買い物などをブログに更新しているのだった。無料で作れるブログで携帯からも更新できる。もう2年になるか。毎日ではないが何かあったら更新している。しかしなんで、日下部さんが…。

「あのー、みんな居なかった時にー。暇だったからー、ネットで色々と検索していたんですぅ~。そしたら、気になったブログに『茅場町のバカヤロー』って事が書いてあって、うちの会社の人かなぁ~って、ちょっと悪いと思ったんですけれど、前の日、前の日…って巡っていったら『W子から電話。何者だ。』とか色々出てきたんで、もしかしたら川本さんかなぁ~って思って。」

ビンゴである。

「あ、あぁ、知ってたんだ。知ってたんだったら言ってくれればいいのに。」

「だから、今言ったんですよ。あぁ、『K部さんと飲みに行きたい。』って書いてましたねぇ~ウフッ。」

顔から火が出る思いだった。出来ることなら今すぐにこのブログをこの世から消して、ついでに日下部さんがこのブログを見たって記憶も消して欲しい。」

「ば、ばれてたかー。恥ずかしー。もう、ブログ止めるよー。」

「別に止めなくてもいいですよ。私ももう見ませんし。」

本当かどうかは解らなかったが、恥ずかしい記事を見られてしまった事には変わりない。これではむっつり君ではないか。


…僕がブログを始めた理由。それは片思いだった。2年前、僕はお客先の女の子に恋をしていた。勿論、一方的な片思いだ。ライバルは多かったと思う。いつも、誰かがその女の子の廻りに居た。

僕は胸が苦しくなって、その子への思いを言いたいけれど言い出せなくって、ブログに書き始めたんだった。それがずるずると今まで続いている。そして、心の底ではまだ、その子に恋をしている。今、どこで何をやっているんだろうか?


「ごめんなさい。やっぱり読んじゃった。辛い恋をしたんですね。」日下部さんが言う。

「で、和歌子ってやっぱり面倒ですか?」

「いや、話した事が無いから解らないよ。電話に出ても直ぐ切るし。」

「新しい恋ってしないんですか?」

「いや、したいんだ。したいんだけれど。その一歩が踏み出せない。どうしても比べてしまうんだ。」

「私でも、駄目ですか?」

「えっ!?」

日下部さんが僕を誘う!?何かの罰ゲーム?それとも、遠くからそれを見て誰か笑ってるの?どこまで本当?嬉しい!でも、…マジで?

頭の中がパニックになる。

「どうですか?」

「僕なんかでいいんですか?」

「あなただからいいんです。」

「あなたのその純粋な物の考え方が好きなんです。ブログを読んでそう思ったんです。」


「川本さん。私のフルネーム言えます?」

「え?わ、解らないです。いつも苗字でしか呼んでないから。」

うふふっ、と日下部さんは微笑みながら、

「和歌子。」と呟いた。そして、数秒後にもう一度、

「日下部 和歌子。私のフルネームです。」


頭の中が真っ白になる。

色々と考えるのに時間がかかった。


整理するとこうだ。架空の和歌子が僕が出社した時に電話をかける。出るのは日下部さん。でもその相手は架空の和歌子。きっと近くの内線から日下部さん自身が電話したのであろう。僕は架空の和歌子を断り続けていた訳だ。


だから、僕が出社する時も時間も、茅場町に行っていたのも、日下部さんなら全部把握出来ている訳だ。


「嫌いになりました!?」

「ど、ど、どうして、そんな事を!?」


「私、あのブログのあの子になりきれるか考えていたんです。新しい女の子から電話がかかってきたらどう対応するかとか、あと何回目の電話で、私が和歌子って気づいてくれるか。…結局気づいてくれませんでしたけど。私から言っちゃった。」


日下部さんはもともと、僕に出会う前から僕のブログを知っていたらしい。そして、会社とかが特定できるような情報をつかんで、うちの会社に派遣として入ってきたんだ。


「ずっと、言い出したかった。」

「わざと会えたんだよ。」


僕は頭が混乱しながら、とにかくパニックになっていた。


数ヶ月が過ぎ、日下部さんは職場を去った。僕もブログを閉鎖した。何も変わらない日常に戻ったって?


いや、今は、家に帰ればいるから、さ。

「川本 和歌子」が。

ちゃんと話ができる「和歌子」がすぐ、そばに。現実となって、凛々と。


おわり


参考「キラーチューン / 東京事変」

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キラーチューン 山田波秋 @namiaki

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