第3話

しばらく、立川の彼女が頭から離れなかった。正直、自分の夢に出てきた女性とあまりにも似ているからだ。夢の中で見た女性だったが、立川の彼女を見てから自分の頭の中にインプットされてしまった。それにしても六本木の朝、か。ありそうなシチュエーションではあるな。


今日も仕事はいつも通り。上司・先輩から貰う仕事のルーチンワーク。思えば、もう入社して1年。まだ雑用から抜け出していない。そんな自分の無力さと、立川の一歩抜きん出た立場に焦ると言われれば、焦っている訳で。でも、僕に何が出来るか?と思うと、………何も無い。なんで、この会社に入ったんだろう?OB訪問の時には、「商社の仕事は奥が深いぞぉ~、あと夜はみんなで飲みに行って楽しいし、悪い職場ではないと思うよ。」って聞いて、「明るい職場なんだなぁ~」なんて思ってみたものだ。騙された?いや、自分が動き出そうとしていない。もどかしい自分がいる。


そんな事を喫煙室で煙草を吸いながら考えていた。


それと同時に、あの時の夢で見た、明け方を思い出す。どこか懐かしく、どこか殺伐とした風景。目が慣れていなくて、まっくらで、そのなかでぼんやりと街の輪郭を映し出す風景。8ミリフィルムに閉じ込めたような風景。鮮明では無い。どこかで見た覚えがあるような風景。


「どこだっけなぁ~。」ぼんやりと呟く。


「おーい、これコピー18部、大至急!」あ、仕事だ。今は言われた事をこなすだけ、こなすだけなんだ。


今日も19時に仕事は終了。いつもの居酒屋へと向かう。河合さんを目の保養に、いつもの面子で。だが、立川は今日もまだ来ていない。


中野はあれから、立川主催の合コンの話ばかりしている。サインはどうするだの、二次会のカラオケで何を歌うだの。物凄く乗り気だ。

「立川、早く来ないかなぁ~。スケジュール決めたいよ。5対5だからな。それも一組は付き合っているので実質4対4だ。あの写真の子が連れてくる女の子だ。期待も膨らむぜ。」

四谷と神田は、少々冷静。いつものように、にら玉をもくもく食べながら最近見たTVの話をしている。僕は、まだ、あの夢の風景を思い出している。上の空だ。


「おい!聞いてるのかよ!」中野からの激が飛んだ。どうにもサインは決まった模様。あとはいつ合コンするかだけになった。しかし、立川はまだこない。最近、立川はどんどん集まりが遅くなってきている。それだけ仕事をしているのだろう。


四谷が呟いた。「立川はいいよなぁ~、職場に恵まれて。仕事も大分任されてるんだろう?入社してまだ1年だけどさ、なんか差をつけられた気分だよなぁ~。残業代も貰っているだろうし。カワイイ彼女はいるし。」


神田もうなずく。僕はと言えば…魚肉ソーセージをほうばりながら、ビールを飲んで、ふと思う。

”それは違うぞ。立川は人知れず頑張っているんだ。努力している。だから結果がついて来るんだ。ぬるま湯に浸かってもエスカレーターには乗れないぜ。”

自分で思っていながら、自分の思想を認めたくない自分がいる。配属された部署が悪い、先輩からの指示が悪い。そうやって、第三者に責任を押し付けて逃げようとしている自分がいる。


自己嫌悪って奴だ。


ビールを流し込みながら、しばらくみんなの会話に頷いていると、立川がやってきた。「わりぃ、今、契約書の資料作っててさ。最近、遅くて悪いなぁ~。契約書って大変なのな。細かく規約が決まっているから。見逃しは許されないし。あ、河合さん、ビール頂戴!」


本日3度目の乾杯をあげ、みんなでビールを飲む。そして、うれしそうに、「諸君、合コンの日時が決まったぞ。向こうも美人を揃えてくるみたいだ。来週金曜日、19時30、新橋SL広場集合!いいねぇ~!」


一番最初に喜んだのは中野だ。まるで、立川を崇めるべく「やったー!」と騒いでいる。四谷、神田もスマートな顔をしているつもりだろうが、顔がにやけている。多分、僕の顔もにやけているのだろう。


兎にも角にも合コンは決まったのだ。僕達はしばらくビールを飲み、中野考案のサインの話をして、その後、カラオケに移動して、十八番の曲を練習して、久々に終電まで飲んで、寮に戻り、それからも、中野の部屋でしばしビールを流し込んだ。


合コンは決まった。そして、それまでの間。僕は電車に揺られ、会社で決められた仕事をし、また電車に揺られて帰る生活が続いた。それは、合コンが始まるまでの消化試合でしかなかった訳だ。

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