第270話「二連包囲作戦」 ゲサイル

 低い気温と発射熱の落差が大きいせいか砲身寿命が想定より低下している。いかに万全に準備がされているとはいえ前線工廠という応急施設で作られた大砲は特に短命。マトラやシャルキクで採れる鉄と微妙に性質が違うバルマンの鉄を使っているからかもしれないが、科学的に対応するにはこの戦場は忙しい。

 暦上の明確な冬が到来。秋だけが異常に寒いわけではなかった。記録によれば年中ずっと寒かった。

 ここ数年の気象観測情報、ランマルカと共同研究した結果が揃い始めている。ランマルカの北海、新大陸の南北、東西に長い帝国連邦、赤帽軍へ派遣した軍事顧問団、産業振興団へ混ぜて送った気象観測員が送ってくる魔神代理領中央近辺。いずれも冷え込み、日照量が低下しているのは確実。原因は明らかではないがタルメシャ南洋諸島東部での大規模な火山噴火による噴煙の上空への滞留ではないか? というのが魔神代理領の、長年空を見てきた魔族の天文学者の意見。ランマルカにもキューベクス諸島での大噴火による長期的な冷え込みの訪れが古い記録に残っている。古エデルト人が大陸に移ったのもその時期ではないかと言われているらしい。

 このまま気温が下がり続けるか、今年が底かは分からない。分かることは気温の低下と日照量の低下は食糧不足を招いて世界に混乱をバラ撒く。その最たるものがこのロシエ動乱であり、世界に革命勢力を広げる好機。ユバール革命戦線という同胞同志の勢力がロシエ動乱で発生した革命ユバール政府内部で活動を始めているという。

 良い傾向、実に良い傾向。ランマルカ、マトラに続きユバール。今の時代は反撃の時代だ。世界革命の達成が見えて来ている。今と次の世代では無理だろうが、このまま天候不安が続けば人間の絶滅も夢ではない。少なくとも世界を分かつ日が来る。

「どんどん撃て撃て!」

『大砲ドンドン!』

 観測班が試射の着弾情報を確認、伝令が着弾情報を該当砲兵隊に連絡。砲兵隊がその着弾情報を元に砲角、装薬量を調整。弾薬装填、信管装着、指揮官の合図で発射。轟音、発射煙、震動。行動に支障が出る量ではないが積雪が進み、砲声が雪に吸収されて音が響き辛くなってきている。そして着弾情報が再び伝令を通じて送られてくる。目標への効果が認められれば効力射へ移行、そうでなければ再度試射を行って弾着修正を続行。戦況に応じて指揮官に指導方針が伝えられ、要射撃目標が変遷する。

 中央軍の拠点パム=ポーエンより北、ワゾレ方面軍の拠点エムセンより南、双方の南北街道とバルマン王国首都ヘルムベルに直通する街道が交差する町、バルマン住民が退去したヒューベルバウムに砲兵陣地を構築。大砲、特に重砲を集中配置して敵主力を迎撃中。砲弾薬の消耗が激しい。鉄巨人という謎の技術で動く大型機動兵器に勇気付けられた敵の前進機動が積極的で手強い。遂に投入された敵精鋭予備軍である。

 教導団で研究を続けている光学魔術応用による弾着観測を交えて行っている。観測班に頼らず砲兵隊に術使いを直接配置する方法と、観測班に術使いを配置する方法の二つ。まだ試験運用段階で観測術使いの配備は一部のみ。

 光学魔術式弾着観測は空中に鏡のように像を反射する面を術で作って連続配置して遠くの風景を見るという技術を用いて行う。空高く、遠くへ反射面を複数生み出さなければならないのが術使いにとって酷い負担になっており、長時間の行使が困難。そして気象条件に左右されやすい。降雨降雪が当たると反射面が乱れて使用不能になり、晴天時でも太陽光が反射すると使えなくなる。夜間は逆に敵の灯火だけが目立つので発見だけはしやすいが、目立つそれが一体どの地点に当たるのか割り出すのは別の作業となる。研究発起時の想定より遥かに使い辛い。廃止してしまうには惜しいので研究は続ける。古くは敵陣偵察用に使われた技術だが、元は昔風の短期決戦のために考案されたものなのでどうにも、現行の観測班が有能だと思ったより優れていると感じられない。他国の砲兵の間では評判が良いらしいが。

「がんがん撃て撃て!」

『大砲ガンガン!』

 波状攻撃を弱らせたい。単純に頭数を砲弾で潰して減らしても終わりが見えずこちらが不利。歩兵の波でこちらの砲を間接破壊するとは面白い策だ。更に継続的に射撃が出来る砲兵組織が必要と分かる。砲身の強化や砲弾形状の改良は当然だが、必要最低限の装薬による弱装発射での砲身薬室への負荷低減技術の研究を進める必要がある。今は現行の操典に基づいた上で現場判断で砲角調整、装薬量調節、前進機動を行って距離を詰めて必要装薬量を低減させているが、最適化と体系化が十分にされていない。火薬の燃焼速度調整まで突き詰められればかなり改善されると推測しているが情報は足りていない。情報は蓄積中。

 いずれは、砲身薬室への負担を減らすということで減圧射撃法と命名した技術を体系化したい。過剰な高圧力を大砲に与えないようにして寿命を節約するのだ。今後の世界的総力戦でその技術が必要になると確信する。

 情報ではエデルトのシルヴ元帥は首狩り砲撃が出来るという。指揮官を大砲で狙撃するという離れ業らしい。流石にそこまでの精度は出せないが、発想は素晴らしく応用を利かせる。観測班が敵指揮官の位置を把握、連絡。砲兵がその位置へ試射を行う。次に随伴している術使いが光学魔術式弾着観測を使って、伝令を介さない素早い弾着修正でもって最短で効力射へ移行して撃破する。術を使う場面を限定すれば良いのだ。これは応用が利く。指揮官以外にも大砲、弾薬庫を狙っても良いし、敵の奇襲突撃を破砕する時、観測班が間に合わない時にも使える……つまりは要所以外で使わない、これだ。

「ばんばん撃て撃て!」

『大砲バンバン!』

 このヒューベルバウムから東へ行けば前線工廠へ直結。更にヘルムベルまではさほど険しくない山を越えるか、北に少し迂回して平坦な道を行くだけで良い。今、帝国連邦軍の物流を支える一大拠点はヘルムベルである。今この戦争の趨勢を決する地点はここ。動乱前までのロシエの戦略観ではここは重要拠点ではなく、要塞すら無く、防壁も敢えて排除されたような少々市場の広い程度の宿場町だった。

 そんな場所を敵に抜かせてはならない。そのためか敵はここを重点的に攻撃してくる。最新の偵察情報では更なる予備軍、ロセア直属の理術部隊という精鋭中の精鋭が控えているというのだからまだ戦いは佳境にすら入っていない。

 再編を終えたバルマン軍の一部が最前線の各所へ出向くようになり、前線の安定度が高まって来た。まだ全軍の再編をバルマン王国が終えたわけではないが、予備兵力の投入ということである。後が無くなってきた。

「ぼんぼん撃て撃て!」

『大砲ボンボン!』

 最前線では縦深陣地にて後退前進を巧みに組み合わせ、死体の絨毯で足止めをして敵の撃退を続けているが終わりが見えない。こぼれた肉と内臓が湯気を上げる足場に慄いていた敵兵も、最近では慣れてきたとも聞く。雪と凍てつかせる寒気が悲惨さを覆い隠しているからかもしれないが。

 ストレム軍が到着すれば状況は変わる。何の妨害も無ければ止めの一撃を食らわせられる。

 ジュオンルーに向かうと思われた敵のモズロー軍が南へ変針してこちらの戦線に向かっているという新情報があるので、到着したならばまたその時に状況は変わる。モズロー軍をエデルト軍が追撃しているらしいが、どこまで追うのか? 期待出来ない。

 アラック軍は食糧不足を押してこの防衛線のポーエン川沿いへ、再編を終えた革命軍を随伴して総兵力二十五万で到着したと連絡が来ている。それと入れ替わりにこれまで川沿いを担当していたロシエ軍右翼は後退し、北岸へ渡河してこちらへの攻撃を強める流れになっている。当然のことながら南で動きがあるだろう。以前と軍様は違い、精強なアラック軍が混ざって数も多い。ゼクラグ軍に任せるしかないが正直、何かあってもこちらが手を回す余裕は無い。ロシエ軍の迎撃で手一杯で、むしろ増援が欲しいくらいだ。北のワゾレ、イラングリ方面軍にヒューベルバウム方向への攻撃を弱める作戦を実行して貰いたいぐらいだ。

「にゃ……あれれ? 敵が後退してるよ」

 光学魔術式弾着観測を行っていた術使いより連絡が入り、敵の後退が確認されたという。情報は不確かなので射撃中止命令はまだ出さない。

 観測班からも敵の後退の情報が、そして前線からも伝令がやってきた。

「砲兵司令官! 前線司令部より射撃中止要請です! また総統閣下より、何か仕掛けてくる、です」

「了解。全隊、射撃中止。整備にかかれ」

「は!」

 アラック軍が到着して間も無く、こちらを疲弊させる目的で行われる波状攻撃が中断された。作戦協議をするためだろうか?

 静かになった。嵐の前の、というやつだろう。


■■■


 その日の夕方、西日を背負うという古典的だが有効なやり方でゼクラグ軍の川沿いの防衛線に対してアラック軍と革命軍が攻勢を開始した。増水した川越しという、膨大な損失を厭わないやり方で。これは明らかに陽動と分かる陽動だ。何か仕掛けてくるのは間違いない。

 その陽動攻撃は夜通し行われた。総統閣下は「やれることだけやればいい」と言うだけである。

 前線ではなく予備配置にいたレスリャジンの女一万人隊をヒューベルバウム南側へ重点配置して不意の事態に備えることにした。

 そして朝になりブレンゲンからやって来た、跨兵も乗せていない竜からの口頭伝令「ブレンゲン方向から渡河したアラック騎兵軍多数。北へ向かって突進中! 間も無く、ヒューベルバウムに攻撃見込み」である。

「妨害は? ブレンゲン、いや奇襲か。ヴィットヴェルフィムのマトラ方面軍は動いたのか?」

「迎撃に失敗。ほぼ素通りの様子ですが、続報が来るはずです」

 各部への連絡が遅れすぎている。要因は様々あろうが、単純に敵アラック騎兵が恐ろしく速いということだろう。噂の勇猛果敢なアラック騎兵だ。

 世界一速いとも言われるアラック馬。竜の伝令よりは遅かったようだが、各部に対応させる時間を与えない素早さ、恐るべし。竜は空から障害物を無視して動けるが、障害物の無い平原を疾駆する良馬には敵わない。冬季により風は北から吹いているので逆風でもあった。冬の北風が敵に利した。

 我が軍の良馬揃いの伝令が敵騎兵より遅い。来ていない。狩られたか、咄嗟に出せなかったか、丁度出払っていたか。ゼクラグ、何にしても不手際だぞ。

 あの神経細やかなゼクラグがする失敗とは考え辛い。今原因を考えても仕方がないが、瞬時に思いつくのはブレンゲンが奇襲を受けてしまった後、伝令を封鎖されたことか。その伝令より早く動いてヴィットヴェルフィムも封鎖されれば騎馬伝令はやってこない? 竜の伝令がいたからいいが、彼等は真の帝国連邦市民とは言い難く、いつまでも頼れる存在ではない。竜ありきの思想では困る。

 川がある、船はどうした? 増水で操船が難しくて竜より遅れたか? 川沿いに展開している部隊は盲にでもなってたか? 川越しとはいえ陽動攻撃がされていて忙しかったのは分かるが、後方にいた予備部隊はどうしていた?

 シトレからの後退で全体に疲労が蔓延して注意散漫傾向にあると考えた方が良さそうだ。遠路本国よりここまで遠征してきた疲れもある。

 ここが攻勢限界。少なくとも、拙速に攻撃したならばここまで。もっと準備、休養期間があれば違っただろうが。それを凌駕したアラック騎兵の迅速さが脅威であることには変わらない。とにかく、ここは一つこちらの失敗だ。その失敗を挽回する。

 竜の伝令の二番手がもう少し詳細な情報を送ってきた。「ヒューベルバウムに到着見込みのアラック騎兵の数、道中損耗、分割するも一万騎を越えて騎馬砲兵を含まず」である。妨害は一応されたらしいが十分な脅威。この砲兵陣地を殲滅するのに十分だ。

 トゥルシャズ率いる、銀の半仮面を付けたレスリャジンの女一万人隊が荷車防壁をヒューベルバウム南側へ向け、第一次防衛線として展開、砲兵陣地の防御を固めさせる。出来るならもっと兵力が欲しいが、最前線の方でも攻勢が始まっていてその余裕は無い。予備のバルマン軍も最前線に派遣された分以外に即応出来る部隊はいない。再編を終えた部隊は順次やってきてはいるのだが、この時間帯にここへ到着する部隊が丁度いない。伝令を出し、後詰か後退する時に支援出来るように準備しておくようにと伝えておくがどこまで対応出来るものか。

 そんな状況だから西側最前線への支援砲撃を行いながらも南側への防御行動も取る。砲兵司令として現在管轄している各砲兵隊へ、西と南双方への射撃目標転換準備を命じておく。

 次に護衛歩兵と予備配置の軽砲兵隊を第二防衛線に配置。第一次防衛線が破られ、女騎兵達が撤退する道――軽砲陣地間の隙間、動かせる馬防柵――を用意して相互確認をしておく。

 西の最前線への砲撃を行いつつ、待った。来た!

『ギーダロッシェ!』

『ギーダラック!』

 整った雁行体形を組んで、ブレンゲンからの長距離疾駆の疲労も、湯気上げる汗と息以外に見せず突撃してくるアラック騎兵へ、女一万人隊が荷車防御陣地を使って迎撃射撃。小銃、旋回砲を使った一万近い一斉迎撃射撃が始まる。銃弾、砲弾、散弾、白煙を吐いて騎兵を崩す。

「アッララレーイ!」

『アッララレーイ!』

 勇猛果敢のアラック騎兵。歩兵と砲兵の支援も無く、丘や林を使った防御的な前進もせず、ただ見晴らしの良い草原を馬鹿みたいに突っ込んできて大絶叫。接近するまでの間に数千に昇ろうかという脱落者を出しながらも一切減速せず、味方の死体を軽やかに跳び越えて襲歩に加速してやってくる。まるで生き残ろうという気配の無い突撃騎兵の見本。

 アラック騎兵は拳銃射撃もそこそこに、荷車防御陣地に激突。跳び越え、跳び越え損ねて荷車にぶつかり、時に同時に複数騎が衝突して引っ繰り返して激突死。

 女騎兵との白兵戦が始まる。軍楽隊が応援に”ウガンラツの早馬”を行進曲に編曲したものを演奏。

 レスリャジンの女騎兵、筋力は男に劣るが士気は負けていないか、むしろ旺盛で無鉄砲感すらある。そして『ギー!』『ギャー!』と耳をつんざく悲鳴のような喚声を上げて刀に槍に拳銃で戦う。

 迎撃射撃と荷車への激突で一万を越えていたがそれ以下に消耗したアラック騎兵は数的には劣勢だが白兵戦となると仮面の女騎兵では分が悪く、優勢に転じる。

 劣勢になった状態をわざわざ続けるような馬鹿をしないのが遊牧騎兵。早々に指揮官トゥルシャズが小旗を付けた槍を振って、ラッパ手に合図させて後退を始めた。負傷した女、馬か駱駝を失った女達が殿になって残る無事な者達を逃がす。

 アラック騎兵はそう簡単に諦めない。背面騎射を行う女騎兵に追いすがり、撃たれて落ちて、刀を届かせて切り倒す。ラッパの合図で新たな殿部隊が逃走中の騎兵群の中から抽出されて減速し、追撃を押さえ込みにかかった。操典に倣うのならあれら殿部隊は年長、年寄りの女達だ。

 若い女騎兵達が第二防衛線の後方へ避難する。

 第一防衛線に残った女騎兵達は皆殺しにされ、追撃のアラック騎兵が数を増しながら、殿部隊との遅滞戦闘を行う。

 護衛歩兵が殿部隊の女騎兵を誤射しないようにアラック騎兵だけ狙って撃つが、動き回って縺れ合って影が重なる騎兵の混戦では流石に誤射が混じる。護衛歩兵の指揮官が「射撃中止!」を命じる。

 しかし殿部隊を指揮するトゥルシャズが射撃の中止を察知した途端に銀仮面を捨てて睨んで叫ぶ。

「なめるな、殺せ! 撃て!」

『ホゥファー!』

 殿部隊の老いた女騎兵が叫んだ。

 少し遅かった。殿部隊は減り、アラック騎兵が抜けて第二防衛線に迫る。

 軽砲兵隊が缶式散弾を一斉発射、殿部隊諸共アラック騎兵を撃ち、馬上の敵も味方も一気に倒れ伏した。だがアラック騎兵の先陣を切った隊こそ壊滅状態になったが、第一防衛線から遅れて追いかけてきた隊は無事だった。そしてここまで生き残ったそいつらは速かった。

 銃弾、散弾。銃兵、女騎兵に軽砲兵の射撃を受けて更に半数以上を減らしたアラック騎兵は止まらない。

「クラーン……ラリマー!」

『クラーン・ラリマー!』

 黒い長髪の派手な男が喚声で激励する度にアラック騎兵は疲れも吹っ飛んだように前へ進んでくる。

 アラック馬の速さは噂以上、想像以上で一気に距離を詰めてくるので軽砲兵隊が軽砲を放棄するか、直前まで狙いをつけて散弾を撃ってから生き残りに刀で頭を叩き割られる。

 南側から砲兵陣地内を縫うように後退させる。若干名生き残った殿部隊が逃げて来るが多くがアラック騎兵に捕まって落馬。指揮官トゥルシャズは巧妙で、散弾一斉発射の時からそうだが敵、時に味方の陰に移って弾丸を防ぎ、今では死んだ馬から駱駝に乗り換えて逃げて来ている。潜った修羅場の数の違いが分かる。

 護衛歩兵を前へ、密集陣形を取らせる。銃剣の壁でアラック騎兵を脅かしながら、徐々に後退しつつ小銃と予備の拳銃で射撃。

 砲を放棄した砲兵、弾薬兵は大砲を順次、利用されないように点火孔へネジ入れしてから小銃を装備して銃兵へと転換。

 護衛歩兵の背後に生き残りの女騎兵。歩兵の頭越しに、馬上の高い位置から射撃。

 ロシエ軍への砲撃を、南側から段階的に停止させ、南へ砲口を向けて大砲の隙間を縫ってくるアラック騎兵へ向けて砲撃させる。大砲、弾薬ごと射撃。弾薬をわざと撃たせて大爆発させてアラック騎兵を吹き飛ばす。

 砲兵全体としては、後退する南の前線から放棄、南迎撃、南迎撃用意、以降は西迎撃の順に行動方針を入れ替えさせていく。

 敵騎兵の突撃を受けた状態でも砲兵陣地を極力麻痺させず、迎撃、抵抗排除の行動を止めない。壊走するには早過ぎる。まだまだ諦めるような状況ではない。マトラの砲兵は戦い続けるのだ。

 しかし砲兵司令として、まさか砲兵陣地内でこのような指揮を下す日が来るとは、想定はしていても現実となると非科学的現象に襲われたかのような感覚に陥る。これは戦訓に残さなければ。次の訓練と戦争に役立つ。

 砲兵陣地内における後退戦は功を奏した。アラック騎兵の多くは馬を失い、衝撃力を喪失した。馬を失って下馬して徒歩になっても刀を掲げて突っ込んでくる勇猛果敢さは激しいものがあるが、これに敗北する様子は失せた。

 だが砲兵陣地の南から北まで、ヒューベルバウム全域が戦闘状態となり、砲兵としての行動が出来なくなっている。アラック騎兵は激減、遂に後退をする必要も無くなり、逆襲に転じて追い払う段階になってはいるが、まだ活発に動き回る騎兵もいれば、人馬の死体を上手く使って防御陣地を築いて騎兵銃で果敢に射撃を浴びせてくる一団もいる。中には砲弾さえ潰せばと発想し、集積している弾薬に火を点け、己ごと微塵に砕ける者まで出てきた。確かにそれはこちらへの非常な痛手だ。弾薬の無い大砲はただの置物だ。

 最後の足掻きを潰す策の一つとして敵指揮官の首を狩れば、と考える。偵察兵にあの「クラーン・ラリマー!」と、通訳官が言うには”魂を燃やせ”という意味の掛け声で激励を続ける長髪のアラック騎兵指揮官――一説にはアラック王レイロス当人、本当か?――を狙撃するように命じている。だが絶妙に銃弾が当たらないらしい。熟練の狙撃手を揃えて複数で巧妙に、陽動、護衛排除、一斉狙撃など様々な技法を交えて狙っても当たらないという。

 銃弾避けの幸運を持つ者はたまにいる。当人も理解不能に何故か当たらない。理由も理屈も科学的根拠も無く、魔術や奇跡が発動している気配も、術の流れも感知出来ず、超常に理解不能な霊力に守られているとしか言いようがない生存適者が存在する。総統閣下もその一人であり、激励する長髪もその一人なのかもしれない。

 こちらも無傷ではない。大砲が麻痺している。アラック騎兵に使われないように点火孔に入れたネジも、専用器具で抜けば再利用可能だが時間が掛かり、弾薬ごと砲撃で吹き飛ばした影響で大砲の数が減っている。戦闘で砲兵も減っている。再配置、指揮統制の回復まで火力が減じてしまった。最前線への支援射撃が弱まった。

 これは危険だ。

 その危険な状態で最前線から連絡。敵精鋭予備軍の、その中でも精鋭中の精鋭と見られるロセアの本隊が正面から来ているというのだ。

 その本隊の先陣、最前線の防衛陣地を突破中との報告が続々とやってくる。順次砲兵に射撃準備を整えさせているが、自由に動き回っているアラック騎兵の生き残りが、中でも目敏いやつが観測班の伝令に目をつけて襲撃を仕掛けている。女騎兵が対応するが完全ではない。

 最前線の防衛陣地をロセアの本隊が突破中であるという。ロシエの新技術の理術をふんだんに用いた精鋭中の精鋭であることは確実で、古参親衛師団でも歯が立たないというのだから別格の感がある。

 優先して復帰、護衛歩兵を多めにつけた、稼動可能な重砲兵が観測情報を受け取る。突破中のロセアの本隊を射程圏内に収める。そして重榴散弾を一斉射撃。

 驚くべき観測情報が届き続ける、ロセアの本隊、理術と思われる謎の技術で重榴散弾が降らす鉛弾の雨の中を密集隊形で行進中とのこと。信じがたいが事実であり、現実を否定して愚かな行動は取らない。観測情報を元に、恐らくは無限ではないであろうその理術の”傘”に砲弾を浴びせ続ける。

 しかし問題はいくらでもある。アラック騎兵の弾薬爆破行動が続いたせいで弾薬不足だ。特に集中的に管理していた重砲の弾薬庫が吹っ飛んで、誘爆して砲弾が飛び散って爆発して爆風で大砲が転がった惨事があり、射撃の継続が困難になったのだ。

 誘爆対策に各砲の陣地は土嚢などで区画分けをしているので被害は爆発規模に対して小さかったがそれでも砲兵陣地としての機能が不全状態に陥り始めている。

 総統より伝令がやってきた。”撤退してくる中央軍主力と合流したら、ヒューベルバウムからそこそこに抵抗しつつ順次後退。装備の喪失など恐れるな、くれてやれ。そこが奴等の墓場だ”だ。

 我々は東へ、前線工廠の側へ後退することにした。伝令より続いて作戦内容が明らかにされ、次の行動が決まった。

 中央軍主力は最前線を放棄してこちらにやってくる。どの程度収容してどの程度置き去りにするかは戦況次第である。

 騎兵主体の総統直率軍は、パム=ポーエン北の石切り場にいる第二山岳師団”ダグシヴァル”と合流しつつ、ヒューベルバウム北東方向へ後退する。一時この場を放棄した後の逆襲の用意に移るのだろう。

 イラングリ方面軍は部隊を分ける。敵雑兵軍左翼軍の牽制と、敵精鋭予備軍への北からの攻撃の二つを行う。

 エムセンのワゾレ方面軍、パム=ポーエンで編制された中央軍分遣師団は敵精鋭予備軍を無視して西へ攻勢を開始。シトレ方面からやってきている補充部隊、並びにポーエン川南岸から北岸へ渡河集結中の敵雑兵軍右翼軍を攻撃。

 ゼクラグ軍は北上して敵精鋭予備軍の後方を遮断、孤立させる。

 ヤシュート一万人隊はパム=ポーエン下流域を封鎖する。

 この状況で間も無く到着するストレム軍はワゾレ方面軍と中央軍の助攻としての側背面攻撃を行う。

 予備、補充戦力として各地に派遣されているバルマン軍部隊は近隣の我が軍に従って動くことになっている。

 これで敵軍全体を分断しつつその前後を包囲する形になる。二連包囲作戦だ。これが成功すればロシエ軍は主力を喪失、崩壊する。

 それを実現するためにはまだまだ努力がいる。

 アラック騎兵は壊滅状態にあって壊走せず”クラーン・ラリマー”魂を燃やせと叫んで挫けない。死ぬまで戦う構え。あの長髪を殺せれば良いのだが、それが出来ないから抵抗が終わらない。

 被害甚大。予備歩兵、女騎兵が逆襲に転じて殲滅を図っているが、既に西側からの攻撃が到着しようとしている。ヒューベルバウムは整然と撤退出来るような状況からは遠い。可能な限り部隊を整列させ、西の敵正面を捉えるようにさせる。捉えれば後退も攻撃も効率的に行える。

 前線部隊が後退してきている。同胞に人間、フレク族、ダグシヴァル族、チェシュヴァン族の各労農兵士が敵に押されてヒューベルバウムに逃げ込んで来る。騎兵隊が何とか徒歩で逃げる者達を援護している。

 白い光が眩い。太陽光ではなく、眩みそうな目を細めて確認すれば、光る器具を背負った敵騎兵。

 光る騎兵が前線部隊を追撃してやってくる。目が痛い程に光っている。

 光のせいで照準が付け辛いが迎撃射撃が開始される。しかし、命中率が悪いどころの話ではなく一騎すらも脱落せずに整然と隊列を組んで迫ってきている。銃弾も散弾も受け付けない! 試しに発射された榴弾は、爆音に驚いた馬が転倒した程度のようでほぼ無効。そして接近、追撃に追いつかれた前線部隊の労農兵士が銃剣に槍や弓矢を用いて反撃するがまるで歯が断たず、一方的に槍と棍棒で打ち倒される。理術騎兵、恐るべし。

 後退のための斜陣形、完全な布陣を行ってからでは後退が間に合いそうにない。

 決死の殿部隊を、部隊再編が完了していない、手すらつけられていない労農兵士から編制させる。殿部隊指揮官を任命し、集団行動が出来ていない者へ片っ端から声を掛けて応急編制をさせるのだ。そのように操典にもあって訓練されているので凡その労農兵士は即応する。

 軍楽隊は応援に陸軍攻撃行進曲を演奏する。

 殿部隊は理術騎兵に目を眩ませられながら抵抗を続けるが芳しくない。武器が通用しない。そこでヤケクソになったフレク族の労農兵士が素手で殴りかかったところ、何と理術騎兵の騎手を打ち倒した。

 偵察兵の観察によると理術騎兵の装備は木製の呪術刻印がされた槍と棍棒だという。金属が通用しないと推測が出来る。そして徒手空拳、松明、薪雑棒に石、投げ縄で対応させる。集団で集って引き摺り下ろして撲殺するのだ。

 攻撃手段さえ分かれば戦闘意欲旺盛な労農兵士達は反撃に移る。負傷兵も突撃し、女兵士も高い声で叫ぶ。混戦状態なので少々危険はあるが、随伴工兵による火炎放射攻撃は有効である。ただ燃える燃料を浴びた騎兵が暴れ回るので弾薬に引火するなどして被害が拡大するので最善の手とは言い難い。

 理術騎兵にアラック騎兵、双方への対処が進む。放棄する大砲も可能な限り爆破していく。

 理術騎兵の突撃だけで追撃が終わるわけもなく、鉄巨人が高い背を揺らして歩行補助に杖を突いて歩いて来た。あれは大砲でなければ対処不能。砲兵に、大砲の爆破は一時中断させて直接照準射撃での撃破を試みさせる。直撃すればほぼ確実に動作を停止させられるが、応急修理や操作員――潰れて死んでいる――の交代が手早く行われ、素早く復帰してくる。

 斜陣形はまだ組み終わっていない。

 鉄巨人に随伴するように密集陣形を取る長槍兵も進んでくる。前時代的に過ぎるが恐らくあれも理術装備の理術槍兵。理術騎兵準拠の装備と考えるなら金属攻撃が通用しない。あれは素手に棒きれでどうにか出来る相手ではない。

 殿部隊が死んでいく。死で稼いだ時間で統率が行き届いている部隊が順次斜陣形へ加わり、大砲に車列、隊列を整えて並べて後退、脱出準備を済ませていく。

 準備完了の報告が上がり、ラッパの合図で斜陣形は射撃しながら段階的に後退を開始、前線工廠へ向かう。

 散開して敵へ射撃を行っていた騎兵隊が斜陣形の後退行動が軌道に乗るまで、殿部隊を盾、足止めに利用しながら牽制行動に移る。

 これで上手くいくかと思われたが、鉄巨人が頭部に相当する部位から斉射砲を撃ち、騎兵を薙ぎ倒す。小型の榴散弾のような物を連続斉射出来るようで百、二百とあっという間に被害が続出。たまらず退避した騎兵は攻撃体勢が取れない。取れば一千と死ぬ勢い。

 そして新たな増援、理術装備では無さそうだが雑兵とは一線を画す装いの戦列歩兵、重装槍騎兵、補助の軽騎兵の隊列が姿を見せた。砲兵隊の射撃体制が整っていない状況でそれを抑えることは困難であろう。

 そして各騎兵隊は独自判断で後退を開始した。騎兵指揮官のカイウルクから「親父様に合流する」とのこと。ここで踏ん張らせても意味がない。見送った。二連包囲作戦はまだここからだ。

 毒瓦斯をありったけ撒かせる。敵と防毒覆面を装着するのが遅れた殿部隊の味方が苦しみ始める。相次ぐ攻撃で毒瓦斯の備蓄が減っていて、今はここで使う分しかなかった。

 薬缶投射砲は強力だったが、薬剤消費量が膨大で補給計画が狂ってしまった。明日にはここに到着する計画だったと記憶しているが、間の悪いことだ。大量消費戦争を遠隔地でやるとこうもなる。

 更に敵の増援が見える。敵精鋭予備軍の全貌が明らかになるようで、遂にその姿を見せたかと多少の達成感を感じるも状況は、少なくとも局地的に悪い。遂に引きずり出したが、予備兵力を引きずり出せる状況というのはこちらが不利な時だ。

 毒瓦斯に紛れ、放棄する大砲弾薬の爆破が徹底的に実行される。

 敵は対毒瓦斯装備も無く、大砲弾薬の爆破に多少の混乱をしてか、整然と後退が始まった斜陣形に対する追撃をしてこなかった。人間が強い意志で我慢しても馬は我慢してくれないということもあるだろうか。

 後は負傷兵が操典通りに死ぬまで殿として戦って後退時間を稼いだ。


■■■


 前線工廠まで後退。出撃前のバルマン軍各隊が新鮮な状態で戦闘に移れる用意を整えていた。雰囲気だけの直感であるが、裏切る空気は感じられない。

 敵は馬鹿ではないはず。歴戦の、それこそ魔族化を果たして百年以上生きるロセアが司令官である。二連包囲作戦には今は気付かなくてもいずれ気付く。

 エムセンとパム=ポーエンの軍が既に動き始め、精鋭予備軍の後方遮断を行っているはず。その動きは大きく、これに気付けば容易にこちらの意図は知れる。知れた後にどう動くだろうか? 折角奪取したヒューベルバウムを放棄、後退して後方の部隊と合流することが精鋭予備軍の生存への道となるが、果たしてそれを選べるだろうか? ヒューベルバウム奪還で落とした将兵の命の数は、感傷的な人間ならば耐え難いと呼べる程に多い。

 総統閣下の指示は、あの精鋭予備軍は東へ進むか、もしくはその場で停止するかという前提に基づいている。そしてその前提、予定が狂った場合の複案は示されていない。予定に無いヒューベルバウムからの後退をした場合でも疲労の少ないゼクラグ軍が接敵することになるので、そこから彼等に足止めをさせて後背を突き、挟撃すれば効果的ではあるが。

 我々は甚大な被害を、特に多数の重砲、大砲は損失してしまった。今後の火力低下、攻撃力と作戦能力の低下は強烈。バルマン軍の戦力に頼りがいが見出せてしまうぐらいである。しかしまだワゾレ方面軍に砲兵あり、ゼクラグ軍に砲兵あり、前線工廠で生産される砲があって今退避している部隊には、砲は失ったが小銃を持って一時銃兵をやっている砲兵がいる。二つ合わされば砲兵隊が復活する。当然のことながらまだ戦える。

 伝令、にしては少々雰囲気があると思った騎兵がやって来たと思ったら総統閣下が直接やってきた。護衛も無く、単騎である。腹の前に娘を乗せているが勘定に入らない。

 総統閣下はやけに嬉しそうな顔をしている。良いことがあったに違いがなく、顔がつられてしまう。部下の同胞達も「わっ!」と笑って嬉しくなってぴょんぴょん跳ね出す。トゥルシャズの煽りもあるが女騎兵が武器を掲げて喚声を上げ、人間達も疲れた顔をしていたが途端に血色が戻る。表情の分からない獣人達も何となく高揚し、寒気に白く見える鼻息が荒くなる。

「ちょっとロセア元帥を挑発して来た。たぶんあの感じじゃ後退しないで前線工廠に突っ込んでくるぞ」

「そのように対応します」

 ベルリク=カラバザル、それが出来る人間であった。予定など狂わせず無理にでも合わせられるという顔をしている。運命すら引き寄せるという霊力を感じる。これに銃弾如きが当たるほうがおかしい。

「ヒューベルバウム、見てきたぞ。エラいことになってたな」

「大量の砲、弾薬を喪失してしまいました。パム=ポーエンの分遣師団の分がまだ残っておりますが、中央軍の砲火力は四分の一、いえ、弾薬補給頻度に鑑みれば十分の一以下にまで低下してしまいました」

「そうか! 激戦だったな。楽しかっただろ?」

 楽しいとは、どうだろうか。苦労はした。

「親父様、最高でしたよ!」

 小賢しくて立ち回りに定評があると言われるケリュン族のトゥルシャズが合わせ、女騎兵達が笑いだし、皆が、同胞も含めて笑い出す。都合の良い仲間すら引き寄せているわけだ。

「皆がんばってね! ホーハー!」

 総統閣下の娘が愛想良く声を、喚声を上げる。

「ホーハー!」

『ホーハー!』

『ホゥファー! ウォー!』

『グベェエ!』

『ギュエーン!』

『キュー!』

 同胞の労農兵士が反応、喚声、楽しい!

 気付けば口が動いていた。流石はラシージ親分も見初めたベルリク=カラバザルの血統か薫陶か、妙に惹かれる。所詮は子人間か、などと軽んじられない。

 生存圏が重複しない遊牧民ならば絶滅しなくてもいいと思う。ランマルカの絶滅派は島に閉じこもって多様な文化との交流を持たないからそのような過激な思想になるのだ。殺して良いのは我々が住み易い土地に住む人間だけだろう。砲術以外の論文発表をしたことはないが、短くても意見ぐらい出しておこうか。

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