第195話「明日からよろしく」 大尉


 くだらない仕事をしている。

 クストラ連邦の役人を旧ロシエ=クストラ領内の、目指す農場まで案内する。

 威嚇射撃をして興奮する農場主に撃たれない位置へ役人を誘導する。

 横合いから音も無く疾走する”猫”が農場主の小銃を弾き飛ばして奪う。

 それから強面役として”狼”が正面から農場に入って一家、奴隷を大声で集める。その時に自分は後方から支援。銃撃しようという者がいたら体を狙わずに小銃を撃って壊す。

 必要があれば”狼”が手加減して殴る蹴る程度の暴力を用いて降伏させる。殺してはいけない。

 そうして安全を確保してから役人が「権利も保障するし税金も昔より安いから反抗しないで昔通りに暮らしなさい」と、その言葉に準ずる内容の契約書を出して書かせるというものである。

 旧ロシエ=クストラ領内にはクストラ連邦への合邦に賛成しない勢力がいる。

 新しい政府が受け入れられない連中はロセアと一緒に本国へ帰れたのだが、地主の者達は財産を捨てて帰るわけがなかった。

 捨てたくないのならば新しいクストラ連邦政府の下で緩い統治を受ければいいのだが、意地がそれを許さないらしい。

 どちらかと言えば組織化されている都市部は、税も安くなるし自治権も強化されるとのことで反抗も少なくクストラ連邦に従ったものだが、独立性の高い農場主を中心にロシエ勤王党なる新勢力が現れて抵抗している。

 新勢力といっても各地での連携も取れておらず”我等の父たる国王陛下から畏れ多くも土地を頂き、感謝の念を同じにする者はこの神聖なる国土を守るために立ち上がれ”と扇動する言葉が流れているだけで中心点が無い。

 くだらない仕事とはそんな感謝の念を共有する農場主達を殺さずに説得することにある。焼討なんてものは当然厳禁。

 これはクストラ連邦政府の仕事であるのは明白だが、警察組織すら傭兵と民兵頼りの地方自治重視、政権虚弱の政治方針であるが故、頼りないのでランマルカが手助けすることになった。職業軍人である我々が無頼者が金を貰ってやるような仕事を手伝っている。

 ”狼”と”猫”は元からこういう仕事をしてきた者なので手馴れているが、どうにも相手を殺さないというのが習慣に馴染まず精神に一本杭を打ち込まれた気分になる。

 大陸宣教師である同志キャサラの命令でこのような状態だ。軍法的には違反するところは皆無であり”同盟国”を支援することに異論など無い。

 しかし先のロセアへの狙撃の中止に続いて己を否定されている気がする。この心の迷いはペセトトで亜神になったせいで生まれるようになったのか?

「逃げんなてめぇ」

 ”猫”が逃亡しようとした奴隷に素早く反応して殴り倒す。最近ではヤンヤンという鳴き声? が普通に言語として聞こえてきた。付き合いも長くなってきた。

 役人が何度も農場主に対してどういう法律の下で権利保障がされるということをしつこく説明し、国王の肖像画を家に飾っても問題無いし、ロシエ=クストラの旗も州旗としてそのまま採用するから玄関先に掲げても問題無い、クストラ国籍とロシエ国籍は二重に持てる、自衛のための武器は引き続き所持していて良い等と説明し、罰則規定の話や奴隷は解放しなくても良いという話に至ってようやく抵抗を諦めた。


■■■


 役人を護衛して回って何件もの説得を行って春になる。もう間もなく神聖教会における新年が訪れ、休暇になるということで中間報告にとアシェロルに戻る。人間の習慣に合わせるのは革命前以来で何とも気色が悪かったが致し方がない。不満ばかり胸に沸き上がるのをどうにかしたいが……ロセアを撃てなかったことへの八つ当たりのようなものなのか?

 何度か都合で中断こそしたが、狙い続けてきた最大の目標を目前で取り上げられたのだ。意志の弱い同胞の従順さがあればまだ少し気楽であろうか。

 アシェロルの港ではまだロシエの新大陸軍が本国帰還に向けて出港する作業が続いている。あの十万以上の大軍に大洋を渡って上陸してからも行動出来る分の補給物資を持たせた上で送り届けるというのは大事業だ。物資を無視しても何往復かしなければ輸送し切れない人数でもある。

 出発待機組にロセアはいない。一番の船で帰還してしまっている。順風ならばそろそろロシエに到着している時期かもしれない。

 大陸宣教師は今、船に乗せる物資の調達と、アシェロルで出港を待つ者達のための物資の調達で忙しい。その上で本国への帰還で主を失った土地の多い旧ロシエ=クストラへの移住希望者の集める事業、それに伴う土地売買の仲介まで手伝っている。

 原住民の人間、原住民の妖精、旧大陸からの移住者、旧大陸から排斥されて来た異端宗派、南大陸から連れて来られた奴隷、解放奴隷、解放奴隷の一世二世三世、そして時来るまで潜伏する我等が同胞同志達、それらの混血の一世二世三世。色々だ。

 役人の休暇で戻って来てからも同志キャサラに「連絡があるまで待機」と命令されて長らく待たされている。待っている内に新年も過ぎる。

 クストラ連邦出身の”狼”は契約の更新も無かったので里帰りにと不在で、どこの出身か知らないが”猫”は当然行動を共にして不在。

 暇だ。”鳥”は時々見かけるが、伝書鳩のように手紙の配達でこちらを気に掛けもしない。

 狩りに出かけてもこの界隈は既に人間に目立った獣は狩り尽くされた後。鳥撃ちは難しいが手応えが足りない。鰐撃ちは獲物の回収が面倒臭い。

 街中は騒がしいし、自分の尻尾を見て騒ぐ連中が多いのでダメ。同胞達は直前まで敵であったロシエ人を前に厳戒体制を崩せず遊ぶ暇もない。

 こんなに精神が不安定な時期があっただろうかと過去を振り返り、郊外ではぐれた人間でも撃とうかと検討している時にようやく同志キャサラからお呼びが掛かった。

 アシェロルでは大陸宣教師が高級宿を一つ貸し切って大使館、事務所の代わりにしている。

 その玄関にランマルカ国旗が掲げられている。警備兵に敬礼し、厳重に警備されている宿に入り、最上階が丸ごと一室になっている特等室へ入室する。

 同志キャサラに対して敬礼。

「こちらへ」

 促されて応接間の、香りを楽しみながら珈琲を飲む同志キャサラの向かいの席の後ろより距離を取って立つ。

「これはポドワの高地で栽培した珈琲だそうですよ。魔神代理領のスライフィール州の竜が住む高地が原産地なんですって。ロセア元帥から頂きました。味気なく白湯を頂くより良いですね。意識も覚醒しますので労働効率が上がる可能性を秘めていますね」

 同志キャサラは、奴隷時代は旧主人が狩りの帰りに必ず寄っていた酒場で小芝居から歌、踊り、接客までやっていた女だ。革命前夜からは情報収集に当たっていた。

 小太りだった体も細くなり、既に顔には老いの兆候が現れている。老衰も間近だろう。

「クストラ連邦へ非常に大きな貸しを作っておきたい情勢なのです。我慢して下さい」

 我慢ならぬ、とは口に出していない。しかし腹が減った時には残飯を分けてくれた仲だ。見て分かるのだろう。

「西部においてピエター同志より異変が発生しているとのことです」

 脚を動かし続ける偵察任務ならこの不満を抱いている暇は無いだろう。歓迎だ。

「西側の沿岸部に見たことも聞いたことも無い連中が上陸していて、言葉も通じないという話を又聞きで聞いたそうです。それから獣の丘でも妙な現象が多発していて長老会議の流れが攻撃的な方向に流れる傾向が見られるそうです」

 新大陸北部では獣の丘と呼ばれるティトルワピリの泉に似た、術の才能がある人間を”狼”や”猫”のようにちょっと野獣に近づけた姿に変える聖地が存在する。そこを広範囲の周辺部族が知恵者の年寄りを出し合って長老会議というものを開き、誰かが獣の丘を独占しないように共同管理している。会議の面子に同志ピエターもランマルカ部族代表で入っている。

「エスナルはともかく団結が必要とされます。クストラ連邦を緩衝地帯から友好国へと段階へ引き上げる時期に入っています。ですから面白くない仕事を手伝って頂きました」

「ご命令は?」

「その何者かの調査。可能ならば外交使節としてこちらまで案内すること。敵対的ならば生捕りにしてこちらまで連行すること」

「案内人、協力者が必要です。契約更新がされなかったので以前までの協力者が不在ですが、代わりはおりますか」

「あら? これは私、引退しないとダメね……」

 同志キャサラが首を傾げる。まさか単純な不手際だったとは。察しの良い”狼”なら早めにこちらへ顔を出してくれそうな気もするが、どうしようか?

「クストラ連邦に赴いて再契約を交わして参ります。そしてそのまま任務に掛かります」

「あなたにお任せします。あー、本国に後任を要請しなくちゃ」

 同志キャサラが困り顔のまま執務机の方へ移った。


■■■


 会計課に資金を、補給課に弾薬と食糧を要請して受け取り、アシェロルを出て北へ向かう。

 アシェロルからクストラ連邦首都ダリーバトム行きの船便は現在不定期で当てにできず、街道沿いに行く。道中、行き会う可能性もある。

 意図しない出会いもある。

「腹が減った、助けてくれ」

 道端の木に背を預けて、新大陸ではあまり見慣れない妖精がこちらに向かって手を伸ばしている。服装は植民地人風。

「同胞ならば援助するに差し支えないが、所属はどちらか?」

「名前はヒルド、あー、ロシエ人の傭兵団と契約してたが船で逃げやがった」

 名有りの傭兵の同胞? まず乳脂肪と塩とトウモロコシの粉を混ぜて練って乾燥させた携帯食糧を一食分と水筒を渡す。少し齧っては水を含んで口内で混ぜながら食べ始めた。

「入植者か?」

「いや、出稼ぎだ。新大陸の方が稼げるって聞いてザーンから出張ってこの様だ。アシェロルからダリーバトムに戻ろうと思って、金無くて腹減って、疲れてここで寝てたら体が動かねぇ」

 空になった水筒を取って先を行く。給水出来る場所はそう遠くない場所にある。

「おい! なあ、あんたランマルカの兵隊だろ。単独行動してるし意志が強い方ってことは何か任務中だ。雇ってくれ」

 動けないと言った割りには素早く立ち上がって後をついてくる。腹より気力が足りなかったのだろう。それか追い剥ぎだったか。

「途中で行き倒れるような奴は要らない」

「まあそう言うなよ。一応こっち来て長いんだ」

 勝手についてくる。同じ妖精とはいえこれ以上助ける義理は無い。ランマルカ、ハッドの同胞、ペセトトの同盟ならばともかく、旧大陸から出稼ぎに来ている人間もどきのような、おそらく解放奴隷の者に何の同情をしてやるというのだ。


■■■


 ”傭兵”に隙を見せぬよう、背の高い木の上で寝るようにしてダリーバトムを目指した。

 徒歩の速度は、亜神になった体力と比較しても少し速めにしていたのだが、”傭兵”は辛そうにしながらも早さに合わせられるだけの体力はあった。

 道中何度も食事を要求されたが無視。”傭兵”は宿場町で浮浪者と残飯の取り合いをして凌いでいた。

 それから道端で見つけたトカゲを”傭兵”にくれてやったら「捌いてくれ」と言い、大蜘蛛をくれてやったら「気持ち悪ぃ!」と大声を出した。自活能力の無い奴だ。

 その調子でダリーバトムに到着。”狼”の家がここにあるのは聞いている。どこにあるかまでは詳しく聞いていない

 アシェロルのような石造りの要塞や背の高い建物は余りなく、雑多な中下層の庶民が住む下町が大きく広がっているような街だ。一番大きい建物が並程度の教会という様相。

 人口は多く、人種種族入り混じった人通りは何だか眩暈がしそうである。大柄で体毛が濃くて肉食獣の歯型をしている”狼”はあまりここでは目立たない気がしてくる。

「俺が案内するよ兵隊さん」

 演技ではなく体がよたついている”傭兵”が言う。会計課から受け取った金を握らせる。

「人探しだ。”狼”と僕は呼んだ」

「”狼”? 人?」

「獣の丘で変化したことがある、百歳以上のランマルカの人間だ。天然痘で原住民が何割も死んだ時代からいる」

「あー、俺、中央同盟戦争で傭兵団壊滅して、稼ぎ口も神聖公安軍に潰されて流れてきた口だから街の案内もちょっとしか、あははは。有名人ならちょっと知ってるんだけど」

 下手に誤魔化されるよりは良かったが、これでは。

 しかし迂闊だ、同志キャサラに老いたなどと思っている場合ではない。任務上であの二人と知り合って協力関係になって以来”狼””猫”で通してたから名前が全く分からない。

「あ、でも情報通、有名人は知ってるぜ」

「案内して」

「はいよ」

 そして”傭兵”の動向に細心の注意を払い、側面背面からの奇襲に備えつつ大通りから脇道、脇道から別の商店街通り、そこから階段で下がって堤防、川を板だけ敷いた橋を渡り、海が見える塩性湿地帯沿いに進み、船員向けの繁華街に入って、大きな酒場と宿のわずかな隙間に立てられた紫色の怪しい天幕まで辿り着く。

 目がいくつも刺繍された布が出入り口に垂れている。

「占い師とか妖術師って言われてる人だ。営業時間は不定期だから運が良かったよ」

「妖術?」

「妖術」

 ”傭兵”を先頭に中に入る。中は日の光を断って暗く、蝋燭で照らしている。

「お待ちしておりました。人のような妖精と、妖精ではない妖精」

 変な声色を使う、視覚を惑わし正視が辛い六つのずれた目が彫られ描かれた仮面を被った女。体格を隠すような派手で大きな外套を羽織る。そして香水臭い。

「情報通と聞いたが間違いないか?」

「一側面を表現するとそうなるでしょう」

「”狼”を探している。獣の丘で変化した者で、百歳を超えるランマルカ人だ。案内人として非常に優秀な男だ」

「では占ってみましょう」

 占い……。

「それは超自然現象を発現する術としての呪術か、それとも精神療学的な呪術か」

「私は妖術と呼んでおります」

 仮面を剥ぎ取る。白人と原住民が混血した面の人間の女だ。

「あ、ちょっとお客さん! 何するんですか!?」

「小手先の技術は不要。的確ならば報酬を支払う」

「ランマルカの妖精さんなのに乱暴ね」

 人間の女が煙草を蝋燭の火で点けて吸う。

「この辺じゃ有名人だけど、ご用は何?」

「契約更新」

「あぁ、仕事か。嘘じゃないみたいね。ロダリア通りの看板の無い酒場に来ることもあるわよ」

「”傭兵”」

「傭兵って……ああ、その場所なら分かる。ちゃんとあるよ」

 確認も取れた。

「相談料は半クリンになります」

 一クリン銀貨を渡す。

「削れてないピカピカ! お、お釣りは出ないよ。そんなに持って無いからね」

 天幕内、人間の女の後ろには、板に墨入れに掘った文字で”一回十メサ黄銅貨”とあり、文盲向けに十メサ黄銅貨が埋め込まれている。吹っかけは三倍か。十進法を使えば良いものを。

「”狼”の本名は?」

「マティルズ、あ、うん、マティルズ」

 占い師の天幕を出る。

「案内して」

「へーい」

 ”傭兵”の案内でロダリア通りを目指す。海と反対、山のある内陸側へ。

 港の方からダリーバトムの街の端が見えるぐらいに歩いて通りに入る。通りは川沿い。

 看板無しの酒場はあった。街の壁の外である。建物と中の造り、客の入り様から外食店と分かる。中に入る。

 煙草を吸いながら客を眺めている店員に尋ねる。

「マティルズという男がここを訪れると聞いた」

「何か注文してくれ」

 ”傭兵”が早速席について「飯と酒をくれ」と言う。

「任務中に飲酒とは反逆に等しい」

「やっぱり牛乳」

 店員が奥の厨房に入りながら「飯を食いにくるかもね。そうでなきゃ川を上った伐採所」と言う。”狼”への尋ね人は多い方と見える。

「君はここにいて、マティルズが来たら自分が戻るまで留まるように言うように。自分は伐採所へ向かう」

「へーい。長くなります?」

「酒を飲んだら任務放棄と見做して射殺する。理由は聞くか?」

「はい。いいえ、待機します」

 川沿いに伐採所を目指す。

 高低差もわずかな道に入り、切り株、腐った切り株、芽の出た切り株が目立つ。奥ほど細めの若木ばかりになっている。今は切っていないようだが、その昔はここで伐採した木材を川に落として下流の街に届けて建築に利用していたことだろう。

 余り深くまで歩かぬ内に、飾りこそ無いがまだ住人がいると分からせる煙が上がる煙突付きの建物がある。家、小屋というよりは共同宿舎と木材加工場が合わさった規模。

「何だぁお前!」

 聞き覚えのある声の方角を向けば、道具小屋と思しき建物の屋根の上で”猫”が手を上げて振っている。

「連絡不徹底だ。新たな任務に随行して貰いたい。再契約を希望する」

「おいデカブツ! ”猿”だぞ”猿”!」

 ”猫”が屋根から飛び降り、母屋の扉をバッタンバッタンと叩くと”狼”が出てきた。

「お、大尉さん遠路遥々来たな。やっぱりそうか。キャサラの婆様も呆けたもんだな」

 ”狼”が笑う。

「老いの傾向が出た。そろそろ引退する」

「そうか。そんな時代か……そりゃ革命暦も五十年になるな」

 笑い顔が消えた。

「内容は?」

「西岸に正体不明の集団が上陸。獣の丘で異変、長老会議が攻撃的な方向に流れている。その上で謎の集団の調査を行う」

 扉の次は膝を叩き始める”猫”を手で捌きながら”狼”が渋い顔を作る。

「仕事じゃなくても無視出来んなそれは。出る支度をする。ちょっと待て」

 ”猫”がこっちの足元まで走って来て止まる。

「早くしろよデカブツ」

「はいよ」

 ”狼”が扉を閉めて中へ戻り”猫”が自分のにおいを嗅ぐ。

「お前、あのくっせーインチキに会ったろ!」

「インチキ?」

 あの仮面占い師か? 手の平を自分の顔の前に上げて、仮面? とやる。

「インチキインチキ!」

「知り合い?」

「インチキくせーだろ!」

 らしい。

 煙突から出る煙も早々に消え、”狼”の支度も済んで来た道を戻る。

「デカブツ遅ぇ!」

「お洒落だからお前と違うんだよ」

「うるせーデカブツ!」

 革の帽子に外套に服に靴に背負い鞄、短剣に手斧と生活用具と兼用の武器の”狼”。

 毛皮なのか厚い布なのか良く分からない服一着で毛深く皮の厚い裸足の”猫”。

 看板無しの酒場へ戻り、”傭兵”の手を掴んで飲み物のにおいを確かめると水だった。

「いや、ランマルカなめてませんよ!」

「成功報酬」

 協力者への報酬基準に照らし合わせ十二クリン大銀貨を渡す。

「え、マジ、十二!? あの糞会社なんて戦場引っ張り回して飯代引いて削れて錆びた七クリンだぞ!?」

 ”傭兵”は契約を終え、店員に高い酒を頼んだ。

 情報提供の行方が気になったらしい人間の女が原住民と入植者の服を混ぜた格好で店にいる。”猫”が傍によって床に座る。

「インチキお前くっせーんだよ!」

「はいヤンちゃん、ヤンヤーン」

 ”インチキ”が”猫”を撫でる。そのヤンヤーンには何の意味も含んで聞こえない。

「そりゃお前がケツに物突っ込んだ時に出す音か?」

「んふふ、可愛いねぇ」

 どうやら”インチキ”は親しいようだが”猫”の言葉を聞き取る程ではないらしい。

「丁度良い、獣の丘に行くぞ」

 ”狼”が”インチキ”の向かいの席に座る。

「あっち行くんですかマティルズさん」

「どの道迎えが来るはずだ」

「それは……はい」

「大尉さん、彼女は獣の丘案件で重要だ。面倒は俺が見るから同行を許可してくれないか?」

「ケツの面倒も見て貰えよ」

 ”猫”が”インチキ”の膝の上に上半身を乗せて足をパタパタ動かす。

 ”狼”が言うのだから本当に重要なのだろう。詳しい役目は情報漏洩しないような場所で教えてくれるはずだ。

 ”インチキ”の卓に報酬の前金、一タリウス金貨を五枚置く。遠距離偵察任務は戦場へ赴くのに匹敵する。

「あぁ……! 金ピカだぁ!? きゃー!」

 眼球が突出したかと錯覚する程に”インチキ”が目を見開き叫ぶ。猫が飛び退く。

「耳痛ぇよインチキ」

「俺も行く! 俺も!」

 酒が入って理性を欠く”傭兵”は尻尾で椅子を掴んで殴り倒す。

「これには支度金も含まれている。準備期間が要るなら明日一日待つ」

「あ、あっ! あ、大丈夫です! 商売道具は貸し倉庫、あるから、大丈夫です。明日朝でも大丈夫!」

「明日からよろしく”インチキ”くん」

「は、私?」

 ”狼”が頭を抱え、”猫”が腹を抱えて爆笑。

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