第147話「北西開拓業」 ベルリク

 ダルプロ川沿いより新しく北西へ伸びるこの街道は大砲を引き入れる基準で整備されている。

 草原は平坦なようで起伏があって地面は波打ってガタガタ、所詮は草が生い茂っているだけの荒地だ。良く整備しないと無駄になる。

 草原は水場も少ないので作業員用の給水作業が中々手間で、遮る物がない平野だから風も強くて作業も通常よりは遅れ気味。そして冬になると強風が、場合によっては”死の風”こと畜害風も吹くので冬季作業は様子を見ながら慎重にやることになっている。

「将軍閣下だ!」

「我等が英雄!」

「ばんざーい!」

「勝利そして大勝利!」

「労働突撃!」

「突撃作業!」

「作業前進!」

「前進労働!」

 作業員の妖精達が整備中の道ですれ違う度に声を掛けてくれる。

 その冬が厳しくなる前にスラーギィ西、正確には北西部ワゾレ地方の開拓事業の視察に向かっている。

 スラーギィ東の方は、今にも抜刀して突撃せんとするような啖呵はとりあえず切っておいたが、実際は確実に段取りをしている。

 以前から少しずつ砂漠の水場を基準に駅や拠点を設営していた。今はそれら施設の増強と、輸入した駱駝の到着待ち、そしてフダウェイ氏族による先行偵察だ。借金を肩代わりした代償を今後、血尽き骨果てるまで払って貰う。その代わりに金は出さないが名誉はくれてやるので良いだろう。良くなくてはならない。ならなければ、どうするかな?

 現地ワゾレは西方のククラナにもマインベルトにも――道の整備次第で――出られる森林山岳地帯で人が住むには強い支援が必要なほぼ未開の地。バルリーが主張しているワゾレ州領域との重複は怪しいところ。

 報告では現状、確認出来る限りではバルリーの施政権は現地のワゾレには及んではいない。駐在官の姿も無く、大使相当の役人もいない。商人はいたようだが、あんなものは無人地帯じゃなければどこにでもいるし、商人の往来だけで占有の旗を立てて貰っても困る。無視する。

 施政権であるが、名目上だけ持っているという立場の可能性は十分にある。セレード王国領アルノ=ククラナ、オルフ領――たぶん――ペトリュク、マインベルト王国、バルリー共和国、そして我々スラーギィと五勢力の接点となるのが現地ワゾレである。要地だ。

 要地は、普通は欲しいもので唾をつけておくもの。なのだが、逆に考えると無いものとして放置しておかないと維持費がとんでもなく掛かるし厄介だ。常に敵かもしれない四勢力と接触する貧しい土地だ。精強で勇名な傭兵を抱えるバルリーと言えど容易に踏み込めまい。大分、白黒がハッキリしない灰色な処置で済ませていると思われる。

 柔らかい腹だ。

 最近はオルフ難民狩りでの実施訓練も数の減少で盛り上がらなくなっている。定期的に紛争を起こして実戦経験を積ませ、戦訓を積ませ、常に平和に弛緩しないように緊張させる必要がある。

 ワゾレは戦いの源泉となる。湯水のように敵兵士が湧く未来が見える。

 同行者は最低限。アクファルとシゲは我が身同然。ルドゥに偵察隊、ナシュカに飯炊き班は個人的なお付きなので当然。加えて、現地で指揮を執っているジュレンカと直接バルリー対策について協議を行うボレスとお付の将校数名である。

 ジルマリアはバシィール城に残ってお勉強と組織作り、また部族会議での発言をまとめて調査をしている。

 中でもカラチゲイ氏族長ジェグレイの”アッジャールはアッジャールの物だ”という発言をジルマリアが気にして一番に調査報告を上げてくれた。どうもアッジャール朝支配領域の後継は自分であるという意味合いがあり、同時に今一番アッジャール朝の後継者としては有力なオルフの幼王ゼオルギ=イスハシルは認めないという意思表示も兼ねるそうだ。どうも故イディルとカラチゲイ氏族は一悶着あって、孫の代でも薄れぬ恨みが残っているらしい。今後オルフ王国との折衝は避けられないから少々面倒が予想される

 ラシージは対バルリーの山岳要塞、坑道網の整備。やるなら勝つ戦争だ。

 カイウルクはスラーギィ以東への侵略のための準備。

 ナレザギーはカイウルクの手伝いで草原の交易路、つまりは進撃路上の情報収集を商人経路で行っている。

 ニクールは一度ギーレイの故郷に帰り、そして準備整い次第こちらにやって来る最中。時期的には洋上か、南大陸の北岸で出港準備中か、そんなところ。

 トゥルシャズは各氏族の女兵士の訓練に回っている。何通りか想定して演習に参加出来る錬度まで引き上げるようにと命令してあるが、どの程度にまで仕上がるかは未知数だ。

 兵士とは鉄砲弓矢が放てて刀が振るえれば務まるわけではない。統制された集団行動が出来るか、である。戦列歩兵のような機械人形になるまでは要求しないが、しかし一斉射撃と指定方向への移動、あと待機と言ったらちゃんと待機するぐらいは出来て貰いたい。


■■■


 現地ワゾレの拠点前に到着するとジュレンカが胸に飛び込んできた。

「嬉しい! 私に会いに来てくれたんですね!」

「顔を見に来た」

「ふふふ」

 確実に、そう確実にあの死んだシクルと違ってねっちょりした感が無い。

 ジュレンカが手で促すのに従い、マトラ自治共和国飛び地ワゾレ市に入る。

 市と言っても人口は町程度だが、既に我々がここを統治しているという強い主張をするための市という行政区分である。

 もし敵に滅ぼされても、村を焼かれた、と市を焼かれた、では宣伝の威力が違う。

 丸太造りの門を潜れば、マトラ人民義勇軍の儀仗隊が儀礼用の詰襟軍服で両脇に徒列し、軍楽隊も演奏準備を完了。その後ろには一般の妖精達が群れを成してワーキャー騒いで手に手旗を振っている。

 そして出迎えた市長が口上。

「最大不滅の我等が大英雄、第二の太陽、無敗の鋼鉄将軍、鉄火を統べる戦士、雷鳴と共に生まれた勝利者、海を喰らう龍、文明にくべられし火、踏み砕く巨人、空を統べし天馬……ベルリク=カラバザル・グルツァラザツク・レスリャジン国家名誉大元帥よ永遠なれ! その偉業を称え万歳三唱!」

『万歳! 万歳! 万歳!』

 市民妖精が万歳を三唱。

 それに続いて、他人はどうか知らないが個人的に超恥ずかしい”ベルリク行進曲”が演奏される。

 だって、自分の歌だぞ? 故人に贈られたようなものならともかくだ。


  我等は無敗の人民軍

  その旗は腸(わた)に突き立ち翻る!

  暗闇でも、嵐でも、一時も休まず、

  我らは戦い続ける!


  命令せよベルリク

  雷鳴の如く、速攻を仕掛けろ!

  我等は人民軍

  全てを差し出そう!


  我等の勝利の大元帥

  その拳を振り上げ『突撃に進めぇ!』

  包囲下でも、野戦でも、閣下の側には、

  親分ラシージがいる!


  命令せよベルリク

  暴風の如く、鉄火を浴びせろ!

  我等は人民軍

  全てを差し出そう!


  我等が誉れの大遠征

  その銃(つつ)で敵に撃ち掛け滅ぼす!

  荒野でも、吹雪でも、銃剣を並べ、

  人食い豚のッ! 心臓へッ! 食らわせろ!


  命令せよベルリク

  災禍の如く、軍靴を進めろ!

  我等は人民軍

  全てを差し出そう!


  ・間奏


  命令せよベルリク

  行こう、盟友レスリャジン!

  我等は人民軍

  次なる戦場へェー!


  ・短い間奏


  我等に行けぬ土地は無し

  その足は血潮に濡れそぼる!

  未知でも、彼方でも、火砲を揃え、

  無慈悲に撃ち放て!


  命令せよベルリク

  烈火の如く、灰燼を降らせろ!

  我等は人民軍

  全てを差し出そう!


  我等の疾風(はやて)の大元帥

  その声を張り上げ『生か死か!』

  攻撃でも、防御でも、閣下の側には、

  四駿四狗がいる!


  命令せよベルリク

  天罰の如く、墓穴を掘らせろ!

  我等は人民軍

  全てを差し出そう!


  ・歌無しで一番空演奏


 恥ずかしくてたまらず、誤魔化しにジュレンカを肘で突っついて聞いてみる。

「四駿四狗って誰?」

 遊牧帝国域では割りと昔から一昔前まで、ある指導者の良き臣下を挙げ列ねる時に使う言葉だ。指導者というのは統一皇帝バルハギンだが、その無数の――自称を含む――末裔もそれにあやかっている。

「四つの駿馬とは頭領代理カイウルク、ナレザギー殿下、ニクール様、奥様です。四つの狗とはゾルブ将軍、ゼクラグ将軍、ボレス将軍、そして私になります」

「そういう分け方か」

「はい。将軍閣下の意図よりある程度離れて、協力的に行動する者達を馬と表現しております。狗とはそう、命令のままに捨て身の指令も躊躇しません」

「お前、狗か」

「わん、わん!」

 グーにした手を胸の前、手首を曲げて狗っぽい真似をするジュレンカ。笑顔で首を傾げる。あざといが、人間らしい嫌らしさが無いのでよろしい。

 人間なら、こうすれば可愛い、それで気に入られる、何かしら優位に、とまで見える。妖精なら、こうすれば可愛い、で止る。たぶん。

「私も狗ですかな?」

 ボレスの二重顎の肉を掴む。

「この辺が品種改良した闘犬そっくりだ」

「はっはっはっはは」

「ラシージは別か」

「親分は別格です。それに歌の最初の方で取り上げています」

 アクファル。シゲヒロ、ナシュカとかは軍を率いる役ではないから除外か。

「ルドゥは?」

「既に将軍閣下の身の一部と考えられます。もう一つの目、腕で武器です」

「そうかそうか」

 気分が紛れたと思ったら、アクファルが背中をさらっと触ってきた。

「ん?」

「お兄様行進曲」

「おいやめろアクファル!」


■■■


 歓迎式典もそこそこに終り、市長の案内で市内を回る。

 市の位置は見通しの良い山頂部で、井戸が掘れる位置が選ばれて山城の趣き。

 外交的なやり取りは置いといて、妖精達を入植させて実効支配する計画である。今はまだ軍事拠点の建設が先行。本格的な居住地や農地はまだ後の話だ。

 最初は居住区。

 家屋の内部は半地下式でパっと見で分からない……梯子付きの七段寝台が九つある。そして床には蓋がしてある。

「何人寝られる?」

「全居住区合わせて常設寝台数は八千です」

 住人の妖精が床の蓋を開けるとまたその七段寝台の部屋が続いている。通気はあるようで空気は淀んでいない。

「我等人民は皆労農兵士! ここが我等が兵舎でもあります!」

「将軍閣下のおかげで新しいお家が建ちました!」

「閣下は生存圏を拡張するのが得意な英雄なんだ! すごーい!」

 次は監視塔に上る。

 周囲を眺めれば、森が切り開かれて見通しが良いように工夫がされている。

 今は自分を見に集まっているが、普段なら木を切り倒す音が響いているだろう。

「全面木製のようだが、耐火は?」

「掘り下げた貯水槽、及び毛皮が壁と屋根全面を覆う分用意してあります。毛皮を濡らして全面に張るまでは、準戦闘配置ならば百数える前に終わるよう訓練してあります。コンクリート要塞に補強し直すのはまだ先になります」

 市長の合図で、妖精達が城壁の一部に濡らした毛皮を被せて固定する様子を見せてくれた。

「我等が砦は鉄の守りで不落!」

「やがてこの壁は敵の血で塗装されるでしょう!」

「守り守られるは闘争資源、生産工場、人民不屈、不動の極星!」

 次は地下倉庫を見学。地下だが奥から風が吹き込んでいるのが肌で分かる。複数の出入り口、それと換気口か。

「どのくらい包囲に耐える?」

「備蓄食糧のみに頼っては現五千名で一年半分。狩猟採取、敵兵を食べ、共食いをすれば更に持ち応えることが可能です。壁内から鉤縄にて敵兵を収集する訓練もしております。武器は市民人口に対して十五割。やや多いですが修理生産設備が貧弱であるのでその対策です」

 警備兵が倉庫内の、武器弾薬箱にかけてある覆いを取って見せてくれる。

「敵を刺し殺す銃剣であります!」

「敵を撃ち殺す小銃であります!」

「敵を弾き殺す弾薬であります!」

 次は工場。流石に規模は小さい。

「どの程度の物が作れる?」

「交換用の簡単な機械部品、農工具は生産可能です」

 本格的な生産設備はマトラ山地にあり、また鉱山と備蓄資源もそちら。

 ワゾレでの資源採掘がどの程度のものになるかはまだ未知数なのでこんなものか。

「鍬で耕した農地は、何れ敵を討つ!」

「斧で開いた土地は、何れ敵を克つ!」

「剣で守る我等がワゾレは何者も寄せ付けぬ!」

 次は市庁舎。建物の周囲は一個師団を入れられる閲兵広場のように広く、星型に基礎工事中である。基礎工事範囲で要塞を造ってもまだまだ広い。

「要塞で囲うようだが拡張の余地は残さないのか?」

「運営上、規模は現状で問題ありません」

「要塞規模は?」

「重砲十二門、大砲二十四門、臼砲十六門を設置します。また撃ち下ろし可能な傾斜も設けます」

 ここはあくまでも森林に囲まれた山谷である。道を作らなければ容易に大砲も運び込めず、荷車の侵入も厳しい地形だ。そのように完成したのなら相当に鉄壁だ。

「火力の防壁は草の一本を敵の墓標に変える!」

「幸福のワゾレは雷鳴の鉄拳にて永遠に無敗!」

「労働と軍務! 軍務と労働!」

 市庁舎に入って地下坑道を覗く。まだ掘削中でゴミゴミしている。

「どこまで延長する予定だ?」

「後四つの要塞を建設して接続する予定です。ククラナ、マインベルト、バルリー、オルフ、そしてスラーギィの全方向からの攻撃に対応できるように広げますので距離は相当なものになります」

 坑道を張り巡らせた複数の、火力の高い山岳要塞が連携した、周囲に略奪する物も無く、冬の厳しい降雪地帯、と言ったような要塞になるだろう。

 絶対に攻めたくない要塞だ。ただ要塞というのは敵に無視されない位置になければ意味が無いので、こんな辺境だとその意味が怪しくなってくる。道の整備次第か。

「真に無敗はワゾレなる!」

「世界が灰に舐められようとワゾレは健在!」

「無敵要塞絶対不敗!」

 それにしても市長お付の妖精達はうるさいな。

「現地のワゾレ人は?」

「彼等の村は生活には便利ですが防御拠点としては不適、そして敵に利用される可能性を考慮して焼却処分済みです。住民は選別中です」

「選別? 手間を掛けるな。奴隷なんか手間が掛かるだけだろ」

「特異な技術を喪失しないためです。無ければそのように」

「こんな田舎にあるか?」

「名人にはなるもので、発想は生まれるのです。必要があれば何れ辿り着くのが知恵ある者の定めで、それが集まって文明であります」

 市長を任されているだけあってやはり意志の強い妖精。言うことが違うな。

「そうか」

「失礼しました。説教するような物言いをお許し下さい」

「いやいい。要人は?」

「無抵抗で降伏したトラカ族の族長を捕らえております」

「それ以外は?」

「おりません」

 この世にか。

「ジュレンカ?」

「日時を合わせた夜襲において首狩り作戦を用いてワゾレ地方を制圧しました。そうして組織を崩壊させてから降伏勧告、召集、一斉処分をしております」

「なるほど」

 ワゾレ人。その言語はオルフ語を基幹にヤガロ語系統の単語が大量に入っている方言で、顔付きはオルフ人らしくはない、らしい。そのように報告を受けている。

「見学されますか」

「今日もやってるのか?」

 城内を見る限りは歓迎行事に合わせて警備は炊事洗濯のような休むことの出来ない労働以外は停止している様子だが。

「処分する者に与える食糧が無駄ですので」

「なるほど」

 城内でも外れの方、ゴミや屎尿処理をするような場所で選別が行われている。

 椅子に座った妖精が、地下牢と思しき出入り口の奥から列になった――綺麗に一列になるよう、棍棒を持った兵士が脇を固めている――ワゾレ人相手に面接? をしている。

 面接担当の傍には通訳がついていて、その通訳も妖精。妖精だからといって外国語が習得出来ない道理はない。ナシュカが最たる者だ。

「君は何が得意な人間なの?」

 通訳の妖精が喋り、現地人が答える。そして通訳。

「妻に子供がいると言っているので、繁殖活動が得意みたい」

「君は生産技術を持たない人間なんだね」

 現地人の頭を、その後ろにいた妖精が振った棍棒で殴る。頭がへこんで血が流れ、体は痙攣する。

「あれ? 綺麗に割れないよー」

「もっと振り切って!」

「こう?」

 次に面接? 待ちをしていた人間の頭を棍棒で、下半身を良く使って最大限大振りに打ち、髪の生えた頭蓋の一部が吹っ飛んで脳みそが散る。

「そう!」

「あ! その人間にまだお話聞いてなーい!」

「わっ、どうしよー!? 誤処分だよ!」

「そうだ! えーとね」

 面接担当の妖精が、脳みそがこぼれ出た現地人の頭の近くにしゃがんで喋る。

「君は何が得意な人間なの?」

 返事は無い、死んでいる。

「君は口が利けない人間なんだね」

「そうなんだー!」

 納得した処刑担当の妖精はその崩れた頭を再度叩き潰した。

 この調子では職人も殺すだろう。まあ、別に特にこだわって欲しいわけじゃないけど。

「君は何が得意な人間なの?」

 通訳の妖精が喋り、次の現地人が震えながら答える。そして通訳。

「石を切って整える仕事をしているんだって!」

「君は生産技術を持っている人間なんだね! 仮居住許可証を発行しますので次の窓口にお進み下さい!」

 その石工は生かされた。今のところは。

 現地少数民族ワゾレ人はこのように虐殺中である。彼等をバルリーが国民と見做すのなら挑発になり、そして介入してきたら開戦の口実作りに成功する。挑発に乗らないのならば支配が完了するだけ。

 民衆に議員を納得させるような口実なんぞは妖精達には不要である。上がやれと言ったらやるので反発など起きない。何のための口実かと言えば神聖教会圏と魔神代理領に関わってのこと。

 我々はあくまでもイスタメル州に存在するスラーギィ県民でありマトラ県民である。かなり重武装で、傭兵仕事で小国の征服程度なら簡単にやってのける軍事力を持っていて、レスリャジン部族、そしてマトラ人民義勇軍という独立軍事集団として軍務省に登録していても一般市民。我々の権利が害されれば魔神代理領は支援に回る。そのために税金を収めている。

 バルリーは当然それを分かって二の足は踏むかもしれない。魔神代理領の領域に兵を進めて武力衝突を起こしたとなるとただではすまないのが常識。

 ワゾレ地方への侵攻は魔神代理領にはどう判断されるか? 地図への記載も国への帰属もあって無きような辺境の山中での事変という状態では何も判断を下さないという判断が下される。

 魔神代理領の許可無しに行った越境攻撃ならば? 懲罰必至。首が胴体から離れる。

 さてウラグマ総督の判断はどうか? 独立軍事集団としてこの地域を開拓したと資料を送付し、総督府で「いいんじゃない?」と認可済み。イスタメル州地図の修正も準備されている。内務省へも資料が送付される段取り。後背は固めた。ただし「バルリー共和国への先制攻撃はダメだよ」とのこと。あの人がそう言うのなら逆らうのは愚か極まる。

 バルリーが事を起こそうものなら、マトラからバルリーへ侵攻準備を整えた人民義勇軍のみならず、人民防衛軍も後備として動員され、イスタメル州第五師団では州軍の対バルリー動員が行われないのであれば大量一斉に休暇申請が――でも総督府とは応相談――出される。そうしてバルリーを侵食、虐殺、マトラ妖精が入植すれば、もっとマトラが広がる。

 聖戦軍を召集、指揮する権限も無い聖王を頂点に頂く、先の戦争で財政が真っ赤になった聖王領諸国が動く可能性は非常に低い。バルリーと親交の深いブリェヘム王国は少し怪しいが、仮に動いても山岳戦ならば全軍まとめて来ても負ける気はしない。

 マトラ山地は、バルリー高地、そして彼等にとっての霊峰ダカス山と接続している。昔の人間の土地認識、検分、地図作成がもっと詳細に行われていたのならこれらの山岳地帯は別の、一つの名称になっていた程に同一地域だ。同一名称にしても良いではないか。マトラ山脈に昇華するのも一興。

「ジュレンカ」

「はい」

「市長と調整してスラーギィの方へ、女兵士向けの射的用に処分する人間を送っとけ。ただ頭を潰すより教材にした方が有用だ。別に今、あれを食用にしているわけじゃないんだろ?」

「了解しました。そのようにします」

「……美味いの?」

「ふふふ、優秀ですよ」


■■■


 ワゾレ人の選別を見学した後は食事休憩を取り、それから至ククラナ街道を見学した。

 街道を見学といっても着工すらしていないが、担当の森林警備隊員なら徒歩でククラナに出るまで案内出来るとのこと。

 近場の川も見た。いくつか繋げて掘り下げて水量を増やして河川交通にも使える可能性があるとのこと。上流、水源はこちらが抑えているので主導権は下流の他国には無い。

 鳥と獣が時々騒ぐくらいで、獣道があるかもあやしい街道候補地。休憩場所ではアクファルとジュレンカが互いに野花を髪に差し合って遊んでいた。

 見学の帰りには森林警備隊による現地人狩りも見られた。やつれてボロボロになったワゾレ人が妖精や猟犬に追われて殺されていた。その内、生き残りも死ぬか逃げるかするだろう。


■■■


 至ククラナ街道の見学から城内に戻る頃には既に夕方。

 歓迎行事も無さそうな集会? があったので覗いてみると、バルリー共和国の山と鷹の旗を持った高級将校の男に、白旗も持った護衛らしき兵士が四名、銃剣付き小銃を持った妖精百人くらいに囲まれて両手を上げていた。囲まれたといっても、友軍に射線が被らないように二方向から横隊整列状態で射撃体勢をとっている状態で、士官は射撃号令が何時でも出せるように指揮刀を振り上げている。

「ジュレンカ、下がらせろ」

「はい。全隊射撃用意収め、解散!」

 百名の妖精達はほぼ同一動作で射撃体勢を解き、士官の号令で行進縦隊で去って行った。

 バルリー兵の者達が深く息を吐いた。

「遠路遥々ご苦労様です。バルリー共和国の方で間違いないですか?」

 言語はフラル語に。

「これは、人間の方がいらっしゃるとは良かった。バルリー共和国軍マバイ・グルネチ少佐です。失礼ですがそちらは?」

「レスリャジン部族頭領ベルリク=カラバザル・グルツァラザツクです。そちらの方では悪魔将軍と呼ばれていたとか」

「え?」

「ははは、こんなところにいる人物ではありませんな。ご用がおありならワゾレ市の市長がいるはずですが、さて?」

 市長ならば意志の強い妖精なので普通に人間とも会話が出来るはずだが。いない?

「ジュレンカ?」

「日没も近いですから、今の時間帯なら今日最後の書類の整備をしていることが多いですね。市庁舎に参りましょう」

 バルリー兵諸君を連れて市庁舎へ。移動を始めると同時にサっと偵察隊が彼等を包囲する。使者を務めるぐらいだから彼等五人はもう腹を決めていてグダグダ何か文句を言う気は無いようだ。

 市庁舎内はマトラ妖精伝統? の間仕切りの無い大部屋一つ。

 グルネチ少佐が玄関に入り、残りの護衛四人は偵察隊が隙間に割り込むように入り口を塞いだので外で待つことになった。

 我々が入って来ることを認めた市長は書類弄りを切り上げて応接席へ。

 市長の横に頭を花塗れにしたままのジュレンカが座り、対面へグルネチ少佐が座る。

「ワゾレ市市長エルバゾです。ご用件を伺います」

「バルリー共和国軍マバイ・グルネチ少佐、ワゾレ州防衛司令部付き将校であります。お伺いしたい」

「何なりと」

「ここは我がバルリー共和国のワゾレ州です。この地で何故あなた方が我が国民に対して聞くにおぞましい暴虐を働き、そして何故このような要塞を建設しているのかご説明して頂きたい」

 そうか、やっぱりこのワゾレ地方は自分の物のつもりか。崩壊前のアッジャール朝スラーギィを併合した時にバルリーの外交官がチラチラ顔を出していたが、その気なのか。

 ”聞くにおぞましい”というこよは、避難したワゾレ人がバルリーに泣きついたと見える。ワゾレはそこそこ彼等の物という認識でも良いようだが、そこは大人チンポ、奪うしかない。

「ここはマトラ自治共和国ワゾレ市の行政管轄内であります。ここには我等が同胞、我等が人民が居を構え、労働し生産して明日への勝利と革新のために突撃奮励努力を継続中であります。親善の申し出ならば予告無く応対するもやぶさかではありませんが、突然にこの地が己が物であるが如き発言をするとは何事でありましょうか」

「ワゾレ州の設置は二十八代前のオルドアン大公の時代より古くから続くものです。あなた方がここを行政管轄内と宣言するのは侵略行為に他なりません」

「初めに我々がこの地を探検したところ、如何なる政府の権力が及んでいる事実も確認出来ませんでした。そこでここは未開の地と認定し、人材物資を送り込んで管轄することにしました。一体この地方のどこにそのバルリー共和国の旗が立っていたのでしょうか? 目撃情報はありませんが」

「未開の地ですと!? ここにはワゾレの人間達が住んでいたんですよ!」

 旗が立っていなかったことは否定しないようだ。

「人間ですか。長年我々妖精は人間と生存競争を繰り広げて来ました。人間が我々を家畜のように殺し、捕らえて、犯し、家を焼いて物を畑を奪い、それなのに罪に課せられず、罰も与えられず、奪った酒と食べ物で宴を開いて笑い、それが今になって急に一体何の話をしに来たのですか? それもマトラの西から十一代前のヤロシュ大公以来我々を虐殺して追放してきたバルリー人が一体、何を今更お話になりたいので?」

 それ以降はエルバゾ市長が、グルネチ少佐も知らないバルリーの歴史を交えて言い負かした。


■■■


 グルネチ少佐が疲れて完敗状態になったところを見計らい、エルバゾ市長にその辺にしとけと収めさせて解散させた。

 もう日も沈んだのでお泊りである。一番良い建物、部屋は市庁舎なので市庁舎に泊まる。

 飯と酒は市庁舎の外で、星空の下で食べる。少々寒いが、中でやれないことがある。

「グルネチ少佐、大変でしたな」

「いえ、はい」

「良い酒を持ってきています。どうですか」

「あ、はい。ありがたく頂きます」

 妖精ではない、人間である自分が話が通じる者だと思ったのか、礼儀と思ってか、グルネチ少佐が受ける。

「ルドゥ」

「何だ大将?」

「使者殿に杯をここで作って差し上げろ」

「了解だ大将」

「杯?」

 グルネチ少佐が首をやや前に傾げる。横に傾げると嫌味だからしない、かな。

「ジュレンカ」

「はい」

「トラカ族の族長」

「はい」

 グルネチ少佐が首を横に傾げた。

「トラカの族長殿がいらっしゃるのですか」

「そうですね。シゲ」

「応、大将」

「ルドゥに切ってやれ」

「そういうことか!」

 ジュレンカの命令で妖精の兵士がトラカ族の族長を連れて来て、グルネチ少佐が知り合いらしい族長に声を掛けようとしたところでシゲが首を落とした。首から下が崩れ落ちて、断面から血噴出す。

 ルドゥが首を持って皮と肉を短刀で素早く剥いで削り出す。

「アクファル、適当に良い酒持って来い」

「はい」

 族長の皮肉が削られ、脳に眼球、脊椎に神経系が抉り取られる。

 グルネチ少佐は既に吐いている。護衛の四人も吐いたり、その様子を見て連鎖的にえずいて、悲鳴を上げて椅子から転げ落ちる者もいた。

「何……何と?」

 フラフラとグルネチ少佐がそのまま席を立とうとしたので袖を引っ張って座らせる。

「どうぞ」

 アクファルが持ってきた酒瓶を受け取る。

「細かいカスは煮ないとダメだな」

 ルドゥから渡された首も髑髏と呼ぶに相応しい見た目にはなった。まだ赤とか桃色部分があるけど。

 髑髏を逆さにして酒を注ぐ。目鼻から漏れない程度、頭頂部ぐらいに溜まるように。

「さあ私の酒ですよグルネチ少佐。どうぞグイっと」

 髑髏杯というか髑髏を両手で受け取ったグルネチ少佐は今にも倒れそうな顔になっている。

「後頭部の方から、流れてしまいます」

 グルネチ少佐は外交儀礼は重んじる? らしく、髑髏の後頭部の方に口をつけて酒を飲んだ。

 一口……二口目はいかずに卓の上に髑髏を置いた。アクファルがさっと手を出して転がらないように髑髏を掴んだ瞬間、グルネチ少佐はひっくり返って倒れた。シゲが容態を確認する。

「失神だ。軽い毒でも盛ったのか?」

「お酒に細工はしていません」

「じゃあ根性無しか」

 根性無しか。良いだけあった気もするけどな。

 それにしてもこんな洗ってない死骸の一部で良く飲む気になったな。

 髑髏を掴み、ちょっと軽く一口戴く。

「うぇっ!? クソ、生臭っ! アホか、飲めるかこんなもん!」

 髑髏を地面にぶん投げた。

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