第145話「男根会議」 ベルリク

 セリンがバシィール城へ休暇で訪れている。

 セリンが務めるイスタメル海域提督業務というのは中々に忙しい仕事で、代理業務が出来る人材を確保しておかないと休めたものではない。ちゃんと仕事を押し付ける相手がいるようで何よりだ。

 辛抱堪らず部下の頭をパックリ粉砕しているような姿が容易に想像できるおリンちゃんであるが、意外と部下教育はしっかり出来ているのだ。出来なければいくらギーリスの娘と言えど部下はついてこないし、功績があっても要職を任せられることもない。

 そんな意外性に溢れるセリンとジルマリアと初顔合わせの時は、暴れないように両脇をアクファルとシゲで固めて腕を絡ませ、偵察隊が銃を構える中で引き合わせたものだ。

 事前に何度か「殺したらてめぇ、ルー姉さんにルサレヤ館長、ウラグマ総督にまで泣きついてやるからな」というような内容を伝えて、めっちゃ不服そうな低い声でセリンが「はい」と言ったものだ。

 女同士の話し合いってどうなるのかと思ったが、直ぐに決着した。

「あんた、何で”私の”旦那と結婚したの?」

「基本的に嫌いです。ですが好ましい部分、その軍事力は非常に好ましいです。だから拒否する程ではありませんし、しかし愛してはいません。いきなり猥褻行為をしてくる頭のおかしい男にそんな感情は芽生えません。結婚を受けたのは悲願を成就させてくれた返礼です。私の身では礼など頭と腹を差し出すより他に何もありませんでした。それから後方での秘密警察や治安維持部隊の指揮官として働かせて頂くことに非常に魅力を感じました。私は彼ではなく、彼の武力と結婚しました。ですからどうぞ、我が身、将来の子供達も含めて遠慮無く政治にお使い下さい。差し出します」

 その時の、流石の余りな言いようにラシージに泣きついてみたら、よしよし、と頭を撫でてくれた。まあ、ジルマリアらしい感じは凄くするのでそこまで悲しくなかったけど。

 あとラシージは女より良い匂いがする。絶対香水ではない。

「愛は愛する人との間で育んで、妻との間では子を育んでいれば別に何も問題はありません。お家の結婚とは昔からそういうもので、別に不思議なことは無いではありませんか。愛はセリン提督のものです」

 この発言でセリンの態度がガラっと代わって「え? へへへー」とニコニコし始め、絶対可憐乙女になってしまった。ほっぺた突っつけば「あん」とか言うぐらい。

 披露宴はセリンが取り仕切って無事終了。馬鹿女お得意の馬鹿で乱暴な宴会が始まり、標的になったジルマリアはあの馬鹿に潰されて寝ながらゲロを吐いて窒息しかけた。笑いながら介抱しようとしたら殴られ、アクファルが面倒を見た。アクファルにあれこれ世話を焼かれるのは全く嫌ではないようだ。

 そして宴も終わって、多少時間が経っているとはいえ、まだまだ新婚なのだがあの糞女はまだ居た。居る上にべったりしてきていた。何かセリン用の気を散らす玩具とか何か無いのかな? と探したが、玩具は自分だった。

 妻二人の仲は良好である。ジルマリアが徹底的に下手に出て、セリンこそが自分に相応しい女性だとか、色々持ち上げたのが功を奏している。彼女は頭が良いので直情的な馬鹿のあしらい方は心得ていたようだ。傾向ぐらいは研究済みだっかもしれない。

 二人がお茶を飲んでいる様子をアクファルに報告して貰ったが、ジルマリアが詐欺師のような耳心地良い喋りでセリンを褒めてふにゃふにゃしてしまっているとのこと。お前それ褒める内容じゃないだろ、というところも褒め千切るらしい。


■■■


 それからもう一つ、セリンがまだ居残る理由があった。アクファルとシゲの結婚を望んでいるのだ。

「こらシゲ、フニャチン野郎。いつまで手こずってんのよ。いつまで手で擦ってんのよ? ああ?」

 シゲはセリンに蹴り回され、髪の触手でぶん回され、半死半生にぐったり。

 シゲがアマナ語でブツブツ覚悟の程みたいなものを語りながら、セリンもアマナ語でナメてんのかと言わんばかりに罵倒して、語りを途切れるように脇腹を蹴っ飛ばしているのが面白かった。

「アクファル、このボケのどこが気に入らないのよ。まだ何かあるの? クセルヤータとか化物の方がいい?」

「何時までも引っ切り無しに条件を突きつけていたら終りがありません。毒と怪我から復活した体で戦果で示して下さい。今まで通りに前線でその姿は拝見しますが、まず一角の首でもって良しとします。勿論、生きて五体無事でなければ認めません。雑魚相手に死に掛ける程度の武人ならばその辺にいくらでもいます」

 そして遂に条件が出揃った。兄としても年跨ぎでヤキモキしていたが、ようやく現実路線になった。

「応!」

 元気を取り戻したシゲが鼻血を流しながら応えた。

「やったじゃない! 気張れ!」

 後に確認したが、気張れ! とセリンがシゲの背中に入れた張り手。内出血で出来た手形は長期間残った。

 セリンには神聖教会圏で傭兵仕事をしていた間の、アクファルとシゲのやり取りを説明していたのでこの方法にいたく納得していた。毒塗りの弾丸で銃撃した話もしたけども「それでいい」と頷きながら何回も言っていた。


■■■


 べったりとセリンがこちらにくっついて髪の触手を絡ませて、馬鹿みたいに酒を勧めてくる間にジルマリアは勉強中だ。新妻が嫁に入ったところの何かしらを勉強するというのは珍しいことではないだろう。

 レスリャジン部族がある。部族の下には大きく八氏族があって、支配層のレスリャジン族も入れれば九氏族扱いになる。

 九つの氏族は、更に小さな分派氏族、弱小氏族に単純な血縁婚姻関係の家族が集まって構成されている。同じ血族でも本家、分家間の違いも当然ある。

 また血縁単位以外にも互助組という、数家族単位で――親戚同士が多い――遊牧生活を支え合って生活する単位がある。移動する部落のようなものだ。これが定住型の、普通の村や部落と平行してある。またその定住型の村、部落も半遊牧生活を送る者の一時的な居住地であったりもする。ただ完全に無人になるわけではなく、留守担当の者がいて管理は継続される。とにかく多様。

 またスラーギィも西部の比較的豊かな草原、中部のダルプロ川沿いの農地がある地帯、東部の環境が厳しい荒地、砂漠地帯に三分され、そしてマトラ県南部にもアッジャール朝との開戦前に、一番先にこちらへ下ってきたレスリャジン族の中でも支配的な、頭領ベルリクの血縁者が多い一派もいる。

 言語はセレード語が主流で、同じ遊牧諸語のアッジャール語がそこそこ、ラグト語が多少入り混じる。またセレード語の中でもエデルト語の単語が大きく入った方言と、純遊牧的なセレード語に分かれる。オルフ語もあって、遊牧諸語が混じって方言化したものもいくつかあり、中でもスラーギィ方言がオルフ語系で一番強い。プラヌール氏族は遊牧諸語と大内海周縁の山岳諸語混じりのナシャタン語系で、魔神代理領共通語が使えなければナシュカを通訳に通さないと会話が困難。

 さて神聖教会圏にあっては博覧強記で通るジルマリアだが、これらを今から勉強して頭に入れるのだ。僧院ごとに洗礼者名簿を揃えているような神聖教会的な組織も無いので調査は困難で、これに加えてその周辺勢力も同様に把握する。そしてその膨大な情報量を目の前にして挫ける様子も無い。

 とてつもない労力がいる勉強だ。それを文句も言わずにするというのだから、本当に頭と腹を差し出すことに嘘偽りは無いのだろう。

 同時にジルマリアには今まで我々が持っていなかった秘密警察を一から作って貰う。妖精による対外勢力を敵と想定している保安部隊ではなく、人間による対内の情報、処刑部隊だ。

 遊牧民というのは集まりだすと途端にアッジャール朝みたいな大勢力になるが、イディル王が戦死するような大事件が一つ起こるだけで途端に千々に砕け散る。定住民のように固定資産を持たないのであっちに行ったりこっちに行ったりするのが容易であるからその傾向に拍車が掛かる。農民ではそうはいかない。

 この何時反逆するかも分からない連中を恐怖で縛りつけ、死ぬまで戦わせるようにするのだ。恐怖と名誉、両方だ。名誉は自分が与える予定。

 今はまだだが、しかしこの秘密警察が稼動し始めた時に一番暗殺の脅威に晒されるのがジルマリアだ。部族の者から見たら言葉も通じない変な見た目の外人であり、身内よりは精神的に殺しやすい。

 であるから新設の警護隊を編制。偵察隊のような奇抜な格好をしない妖精による身辺警護部隊である。偵察隊も拡充してきているのでいくつか人員を引き抜き、そして何より専用に女性隊員で固めた。これからずっと、寝室で浴室においてすら警護に当たるのだから配慮した。

 ジルマリアよりは目が良いので遠くから警護される姿を盗み見ると、可愛い女性隊員相手に結構デレデレになっている。自分相手には絶対に見せない顔だ。

 こちらのことはマジで嫌いらしい。


■■■


 セリンがマリオルの海軍基地に帰った後に部族会議を開催した。

 場所はバシィール城の会議室。イスタメル州第五師団の、妖精達のみで構成される三角帽子のバシィール城連隊とは同居状態であるが全く問題無い。

 ここが第二の故郷、我が家である。第二の人生が始まった生誕の地……は大袈裟過ぎるか。とにかく、記念碑を建てるならここだ。建てないけど。

 会議中は魔神代理領共通語を原則使用する。共通語に堪能ではない族長もいるので、通訳が可能な者を一人連れて来て良いことにしている。相談役も一人連れて来て良いので、各代表は三人まで。

 自分は通訳としてナシュカ、相談役枠でカイウルクにジルマリア、秘書にアクファル、警護にルドゥとシゲだ。警護は会議中にアホなことをしようとした者を無力化するのが役目。

 呼んだのは八氏族の各長と付き人が――少数派でも有力な氏族族長を付き人という扱いにしているところも――一人か二人。そしてマトラ人民義勇軍指揮官であるラシージに、師団長級のボレスとジュレンカ。それから部族内で氏族関係なく要職を務めるか、これから務める人物が若干名。

 他の師団長級のゾルブとゼクラグだが、ベリュデイン総督の協力で作り上げられた妖精達の自治区警備隊訓練の総仕上げをしに行っている。この総仕上げは重要で、ここで魔神代理領軍務省に精強と見られるか否かで親衛軍、各国軍、州軍に続く妖精による軍管区制による第四の常備軍化が成功するか決まる。税金の代わりに軍事力を提供して互恵関係に至り、妖精達に権威が与えられるかの分かれ目だ。

 ラシージの派遣も考えたが、オルフで行われている未亡人戦争への介入検討がヴィルキレク王子から、遠回しに――直接だと交渉段階で議会圧力が掛かって面倒――打診があった。それは重大案件であるが、しかしこちらの予定と衝突しそうである。とりあえず自分が留守でも対応出来るようにと残すことにした。留守中に部族の誰かが反乱を起こしてもラシージがいれば勝利確定だろう。

 何年も前ならばともかく、重大案件を任せられる人材が増えてきた。四方に事を任せられる人物を派遣出来るというのはまるで分身を得たかのような心地。素晴らしい。

 それはさておき、会議だが、賑やかだ。

 アベタル氏族。セレード系の中でもエデルトに近い地域にいた者達だ。族長はメキシリエル・ナロサ。

「火も知ってるか怪しい糞土民が、てめぇのとこのコソ泥がかっぱらった羊を返すかその分の金出すか首出すかどっちかにしろってんだよ!」

 プラヌール氏族。ジャーヴァル北部の山岳出身で、通訳に苦労するプラヌール方言を話す。族長はサティンバダイ。

「えー父、族長はですね――俺の縄張りに入ってきたものは俺の物だ。定められた領域がどこまでかも知らず、放牧もマトモに出来ない西瓜頭は春先の狐も食わない――と言っています。この腐れ頭が」

 カラチゲイ氏族。アッジャール系の中でも古い系統で、古さだけならイディル王の本家系列に匹敵するらしい。族長はジェグレイ。

「やいこの地リスの金玉野郎、良くも俺のとこの女を殺してくれたな!」

 シトプカ氏族。セレード系の中でもオルフから略奪した女に子供を大量に生ませた時代があって、セレードというよりオルフ人面。族長はグウェニャフ・ポドロヅィツァ。

「はっ! 仕事も出来なけりゃ飯ばかり喰らってるグズの頭叩き割って何が悪いんだよ。おめぇのとこの娘っ子は全部アレか?」

 スラーギィ氏族。アッジャール系やオルフ系の混合で、人為的に最近作り上げた。中心になるのはスラーギィ系のオルフ人である。族長はアルフダン・エゴルウィツク。

「お前等がどれだけ世界の大辺縁から来た超田舎者か知らんが、畑を馬で踏み荒らせば収獲出来なくなるって分からないのか? おい、農作物って言葉は聞いたことがあるのか?」

 ムンガル氏族。ラグト系の中でもかなり北方、馬だけでなく馴鹿も家畜にして橇を引かせていたらしい。族長はオロバルジ。

「スラーギィごときで都会ぶるとは笑えるな! 街を知らん本物の田舎者だ。あんな雑草で騒ぐとは底抜けにミミズだ。這い蹲って土でも食ってろ農民が」

 スタルヴィイ氏族。セレード系の中では一番レスリャジンに近い系統である。特別待遇にしているわけではない。族長はロマトール・マニファリス。

「継承戦争の時の塩代と、オルフから南下してきた時の身代金。金を返せ。借りた物は返しましょうって、お前の母ちゃんに教わらなかったか? 乳ばかり吸って聞いてなかったのか?」

 フダウェイ氏族。オルフ内の少数民族がセレード化した部族で、白髪に近い金髪とか赤毛が多くて目にやかましい。族長はイフラディロ・グダルチュイ。

「全く男らしくないなぁ、ええ? 男同士の貸し借りってのはよ、そのままくれてやるのと同じよ。お前ホントにチンポコついてるのかよ」

 部族会議は、各族長が面を合わせたのっけから喧嘩で始まった。

「うるせえ黙れてめぇらブチ殺すぞ!」

 皆が黙った。号令以外でかなり久し振りに怒鳴った気がする。とりあえず記憶にはあんまりない。

「小せぇお子様チンポみてぇな話題で揉めてるんじゃねぇよ。何が縄張りだ!? 殺しに畑に金がどうした。百人死んだか? 被害額は一万ウラクラもいったか? 減った分は女に産ませとけ。物は敵から奪え。使いもんにならねぇもんばっかりぶら下げてんのかお前等!?」

 ズボンを脱いで、出す。

「お前等も脱げ。ついてるんだろ? 無いのか?」

 族長達が皆、脱ぐまで待つ。カイウルクが脱いだのを皮切りに、黙って座っていた者達も脱ぎ出す。

 勿論だがアクファル、顔をしかめて背けるジルマリア、妖精達は脱がない。これは族長達のチンポが子供か大人かという話なのだ。

 参加者の内の一人、元気そうな中年女が堂々と自分のチンポを正面から見てハッキリ言う。

「頭領のブツがどんなものか興味がありましたが、イディルよりご立派ですね」

 元アッジャールの大王イディルの数多くいた妻の一人トゥルシャズだ。これは照れちゃうが、たぶん、自分を持ち上げるためにさり気なく一言話を盛ったのだろう。

 怒鳴られて、チンポ放り出して、気が動転している皆が鎮まるのを待つ。ズボンは上げない。

「スラーギィの範囲を押し広げるぞ。西はククラナまで繋げる。東は砂漠を越えて旧アッジャールにラグト、ハイロウ西のヘラコム山脈が目安。馬鹿は止めて、馬鹿みたいなことをするぞ。時代が時代なら帝国が名乗れるところまで広げる」

 理解して、理解出来ず、どちらにしても会議参加者の多くが呆気に取られた間抜け面を披露する。それはそうだろう。だから理屈ではないところで納得させる。

「これが大人チンポだ」

 合点がいった顔が見られた。そういうものだ。

「この会議が終わったらとっとと兵隊揃えろ。お前らは農民女じゃないだろ?」

 馬に乗れるのが特技の獣共が納得した顔をしやがった。

 紛争調停完了。ちょろい馬鹿共だ。餌を下げたら食いつかなければ本能のごとき伝統が許さないのだ。

「スラーギィ西、ククラナとの回廊の接続と現地の制圧、入植はジュレンカ、お前が指揮を取ってやれ。妖精の生存圏を拡張しろ」

「はい将軍。ふふふ、じゃあ私は大人マンコですのね」

 素晴らしい発言だ。上品な口調でそんな風に言うのが個人的に素晴らしい。狙って人選したわけじゃないが”旨”が良く伝わる。

「ボレスはマトラ山地からバルリーに圧力を掛ける準備だ。回廊の接続の邪魔は有りうる」

「三正面作戦とは豪気ですな」

 西スラーギィのバルリー、北の分裂オルフ、東スラーギィ以東への遠征。確かに三正面だ。三本の腕であるから十分足りる。

「ラシージ、カイウルクは共同してバルリーとオルフに備えろ。エデルトからオルフへの軍事介入の要請もあり得る。全てを任せる」

「はい頭領!」

「了解しました」

 ラシージとカイウルクの序列関係であるが、マトラとスラーギィ双方に担当が分かれている上で軍令と軍政の権限は共にラシージが優越して持っている。傭兵契約を取り決めて調整する権限もラシージが持っている。レスリャジン部族自体の序列二位は頭領代理カイウルクであるが、傭兵稼業を営む独立軍事集団としての序列二位はラシージである。

「スラーギィ東、砂漠を越えて以東、ハイロウ手前まで突っ込むことを目標にするぞ。俺が出る。メキシリエル! ロマトール! グウェニャフ! イフラディロ! アルフダン! ジェグレイ! オロバルジ! サティンバダイ! お前等も出ろ。早急に後継者を決めて、スラーギィに残して出撃だ。死ぬ気でついて来い。俺が先頭に立って突っ込む時に、お前等は一体何処で何をする心算だ!」

「突撃だ!」

「前線に決まっている!」

「前進、攻撃だ!」

「セレード魂を見せるぞ!」

「征服者になるぞ!」

「アッジャールはアッジャールの物だ!」

「ラグトまで!」

「死に場所は彼方に――と族長は申しております」

『ウォー! ホゥファーウォー!』

 争いは外へ持ち出すものだ。だから本当に、良く良く部族の兵士達、血の気の多い犯罪者予備軍である男達を殺して金に換えてやらないと我が部族は割れる。組織が割れる前に生の頭を叩き割る必要がある。

 人口許容量はダルプロ川沿いの農地開拓で徐々に増やし、一家族あたりの必要な放牧地の削減に努めているが、根本的な解決となるまでは一体何年掛かるか知れたものではない。農業技術の飛躍的発展なんぞ知るか。

「これから周知して貰うことがある。今後は老齢の兵士達には前線に立って率先して死んでもらう。残るわずかな寿命でのんびり暮らしたいのならここから出て行け。残る寿命は氏族、部族のために散らせ」

 若者の心を掴んだので、今度は年寄りを戦いで死なせよう。無用なことを考える世代は消す。

「全部族には不定期に、予告なく軍の査閲を行う。武具も揃えられない、戦えもしない雑魚はいらない。不十分な者達には相応の罰が下る」

 勝って負け知らず、金が余るようになって、そして平和まで訪れたら軍は腐り始める。出来るだけ新鮮にする努力を怠ってはならない。

「稼いだ金は可能な限り軍事に投入する。お前等の取り分も装備自弁に回せ。豪邸で良い生活を送りたい定住民もどきがいるのならとっとと出て行け。スラーギィでは名誉を得られるが裕福になれない。無駄に長い寿命も無しだ。そうではないのなら我が部族ではない」

 軍事偏重のレスリャジン部族とその伝統を作り上げる。これが何時でも通用するかは時代が決めるが、今はまだだ。

「各氏族に女性兵士の定期訓練義務を課す、指揮官も選抜しろ。武器も金が足りないならこちらから貸与しよう。横領した場合は引き回しの後に処刑するから氏族全体の名誉も地に落ちると思え。我々レスリャジン部族全体の女性兵士についてはトゥルシャズ、君が責任者だ」

「はい頭領!」

 元イディルの妻トゥルシャズは女達から姐さんと呼ばれて慕われている。そして出身のケリュン部族に女性兵士の伝統があってその作法が良く分かっている上に自衛組織程度だがそれでもちゃんと運営実績がある。アッジャール朝崩壊後はどこかの氏族に属しはせずに放浪していたが、カイウルクが見出して食客にしていた。お子ちゃまだった時のカイウルクが何だか信じられない。

 既にレスリャジンとスラーギィの女達は先行して訓練をしており、「皆、都会のお嬢様じゃないから練習繰り返せば普通に兵隊になります。男に弓で勝つのは無理だけど、銃なら全然大丈夫」とトゥルシャズが評価している。アクファルも訓練に参加しており「名人は性別に関係なく名人でした」と評価。

 それからセレード伝統の仮面についてだが「臆病な子にはいいかもしれないけど、視界が悪いのはやっぱダメですね。突撃する時は脅しにもいいかもしれない……あとはお祭の時とかにいいと思う。多分、そんな感じです」だそうだ。使いよう、か。

「全員、肝に銘じろ。豊かになる必要はない。常に強兵であれば良い。豊かな地域に侵入した遊牧民が定住化して現地人と融合し、豊かになって本来の勇猛さを失ったという歴史は良くある。千年前のヤガロ人の元になった遊牧民はかつて遊牧帝国域を半分所有していた。レン朝も北方遊牧民の出身で、大帝国は最近まで保持していたがあれを勇猛と呼ぶのは違うだろう。スラーギィで行っている家畜の放牧、川沿いの農業、あれらは全て我々が食べるもので売り物じゃない。自活出来るものはやるが最低限だ。残る全ては戦いに注げ。今までは食い物だった農民達が大量の火器を持って我々を凌駕しつつある。蒼天の神が見下ろし、祖先の風が吹く中、我々が恥知らず、取るにたらぬ雑魚と言われぬようにするには常に強くなければならない。そうでなければただの、農民以下の乞食に成り下がるぞ」

 皆が話を飲み込むまで待つ。ズボンは上げない。

「さて、お前等の揉め事を解決しよう。私闘は許さない。もし決闘なりなんなりがしたいのならこっちに話を持って来い。勝手にやったら族滅だ」

 当事者を指差す。

「アベタル氏族とプラヌール氏族の家畜。盗んだ分を返せ」

 何らかの罰は付け加えない。

「カラチゲイ氏族とシトプカ氏族の殺人。家族同士、老人子供含めてどっちか皆殺しになるまで戦わせる。決闘から逃げたら無条件で殺すから良く伝えろ。場所は中州要塞、全氏族は代表を出して見に来い」

 殺人の場合は取り返しが付かないので、今後そんなことが容易にしたくなくなるように見せしめをする。ただ鬱憤が溜まって無茶苦茶な暴発をされては困るのでやる時はやれるようにする。

「スラーギィ氏族とムンガル氏族の畑荒し。収穫見込み分を家畜で払え。食い物で困るようだったらこっちで食わせる」

 こちらも罰は付け加えず、その分返させる。腹の問題に繋がると厄介なのでそれはこちらから出そう。

「スタルヴィイ氏族とフダウェイ氏族の借金。こちらでまず立て替える。フダウェイ氏族は今後の作戦で良く死ぬ役目を負って貰うから今の内に大量に子供でも産ませておくんだな」

 懲罰部隊であるが名誉を率先して貰えるという役回りでもある。


■■■


 会議は終了した。ズボンを上げる。

「流石頭領だよ! 凄い凄い!」

 カイウルクがズボンを下げたまま感激している。

「奴等を管理しろってことですか」

 ジルマリアは酷い顔をして目を背けている。

 遊牧民の伝統として、夫の留守中は妻が取り仕切るものだ。永久に留守になった時は、後継者が決まるまで間を取り持つという重責を担うこともあるから重要な話題が昇るところには居て貰わなくてはならない。それに我が部族の面々の細々とした弱みを把握して貰う必要もあるから顔を見て、声を聞く必要がある。いつか、もしかしたら粛清する時のために。

「見ての通り、頭蓋骨を除去して鉛の言語で伝えないと理解出来ない連中だ。馬に乗るのが得意な獣ばかりだ。頑張れ」

「いつか皆殺しにしてやります」

 ジルマリアがやる気を出した。良い心がけだ。そのくらいじゃないと恐怖で縛ることは出来ない。

「そうだ奥方、ぶっ殺せ!」

 気勢を上げるカイウルクはズボンを下げたまま。上げてやる。

「ナメられたら終りだ。舐められていいのはチンポだけだ」

『チンポ舐める??』

 会議室に残った男。シゲとカイウルクが言葉を合わせる。

「ありゃ上手けりゃケツよりいいぞ」

 ジルマリアが舌打ちする。彼女にして貰ったことは無い。

「セリンだ、セリンな。奴、加減知らないから千切られるとこだった。拳骨六発やってやっと離したんだぞ。え? 何? ダメ!? ってな」

 笑ったのはカイウルクだけだった。


■■■


 部族会議が終わって少し。物で解決する問題は簡単に終わった。

 そして物で解決しない問題の処理に入る。

 スラーギィの中州要塞には特設の決闘場を設置し、高いところから観客が見下ろせるようにした。

 カラチゲイ氏族とシトプカ氏族の、被害者、加害者家族が決闘場で対面する。赤子から歩くのがやっとな年寄りも含む。

 この決闘に備えて親戚に子供を預けたり養子にした者も連行して来て決闘に参加させた。

 早くもジルマリアが作った情報網に引っ掛かったのだ。所詮は口止めもされていない噂、他人に隠す気も無い世間話経由での情報ではあったが、それでも網に引っ掛かって実力行使が出来たという実績は重い。

 予定通りに決闘には部族全体から代表者を集め、その様子を見させた。見せしめである。

「両家は存分に殺し合うように。またこの決闘によって死んだ者の仇を取ることは決して許さない。今日この場の死闘で持って今件は完全決着とする」

 男と戦える女に老人達の戦いは命を削り合う勝負で見応えはあった。

 初めに揃え構えた弓矢に鉄砲で撃ち合う。槍を揃えて殴って刺して、至近距離で拳銃を撃つ。

 刀に棍棒を持って突っ込み取っ組み合い、転ばせて短刀で掻っ切り、突き刺し抉る。

 ただ武器の扱いを知らない女子供は、例え手に武器を持っても相手を目前にすると使うことも忘れて奇声を上げては掴み合い、髪を引っ張り、引っ掻いたり噛み付いたりで見っともない。短刀を持っても刺さずに、仰天した頭は柄でひたすら相手の顔面を殴り続ける。

 そして衰えた老人に小さな子供は哀れを誘うように鈍くてか弱く、頼り無い動きで殺すに殺せず軽傷を与えるのがやっとな喧嘩にしても喧嘩以下の戦いだ。更に戦うも何も無い赤子や状況を理解することも出来ない幼子は泣き喚くだけ。

 この決闘を各地から集めた連中に見せた。見ていられないと退場しようとする者は追い返して終わるまで見せた。

「こんなアホなことがしたいなら互いに殺し合え。でなければ仲良くするんだな。こうしてまでも決闘がしたいのなら遠慮しないでこっちに話を持って来い」

 決闘場から逃げ出した子供が射殺され、ボロボロの血だるまになった女が這い迫り、最後の生き残りである赤ん坊の首を絞めて決着がついた。

 逃げ場が無いせいで両家とも瀕死の重傷を負っても熱した頭で戦い続けたせいか、即死はしなくても勝負の後に生き残った者は一人もいなかった。

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