第113話「最も古い訳」 フンエ
頭が変だ。最近は何時もそう思う。何処を目指して歩いているのか分からない。体は動いているが誰かに操られているようだ。
今日の朝は気がついたらきちんとした、湯気が立った野菜と肉が揃った米の飯を食べていて、近くには命乞いをしていた夫婦がいて、足元には赤ん坊が寝ていた。理解が追いつかなかったがとりあえず残さないで食べた。
それから何時の間にか用意していたロバに乗り、オウレン盆地内だとは思うが焦土化されていない場所、そこに通る全く見覚えの無い農道を進んだ。周囲はすっかり雪を被っている。
平らな土地に突然現れたかのような小高い丘があり、石造りの階段があるのでロバから降りて上る。自然に動く体はそこを目指していた。
上ると頂上は平らに均され、丸太に囲まれた大きな岩がある祭儀場のような場所に到着した。道を行けば時々すれ違うような旅の龍僧が何人かその場にいたが無視していいようだ。
何の為にここへ来たのか不思議に思って立っていると、赤い霧が岩から? 広がってきた。龍僧達が何やらブツブツ呟きながら拝み始めた。気味が悪い。
気味が悪いと思っていたら空気が急に温かくなって、景色が変わった。
空が赤く、雨こそ降っていないが曇天のように白い雲が覆っている。しかし中々に明るい。
周囲は故郷のバテイン程度の山地など低地を思わせるような断崖絶壁の剣のような峰が連なる山。山だけだ。冠雪はしていないが空気の薄さは高地のものだ。
足場は山道になっていて人が歩けるように幅が取ってある。その幅を越えれば底が知れない谷底だ。これは何だ、幽地の底の世界?
そんな疑問を抱いている内に体が山道を進む。奇怪な風景に目が奪われる。ふと道を踏み外さないかと思い出せば冷や汗が出る。
道の脇には時々不思議な植物が生えている。全く水気も無さそうな場所であるが、雨が降るのか?
踏み外せば断崖の谷底へ落ちる道から、登攀不可能な崖に挟まれた底の道に入る。落石でもあったら終りだと思って上を見る。空は見えているが壁のような崖が、目が変になりそうな程に高く続いている。
現実を忘れそう……現実がそもそも最近良く分からないが、そんな道を進めば綺麗に凹凸を削ったような洞窟に辿り着く。入り口周りには石柱があるのでここも何か意味ある場所か?
中は暗いが何の迷いも無く足が動く。
暗い道はあまり長くなかった。明るい部屋が見えてくる。光源は岩の天井に空いている空だ。太陽のようなものは改めて見回しても見えない。
部屋の中央には意味不明な器具が並び、それを囲むように棺桶が百以上は同心円上に並んでいる。蓋が開いて空の物が十はある。
何となく一つの棺桶の蓋を開けると、綺麗だが黒い鱗と角が生えた奇妙な裸の女性。死体?
精神集中? するために手を合わせて、何だ? 今まで想像したこともないような何か、考えに思考が頭に流れこんできて、無理矢理にそれを頭の中で組み立てている。誰かに勝手に頭を弄られている!? 恐ろしく気持ちが悪い。倒れて死にたい……あ、抜けた?
何かが抜けた。
「ふぅ、やれやれ」
死体に思えた女性が目を開けて、「んー」と唸りながら起き上がる。
「あたたた、冷えてて固いのう。寒い寒い。お湯掛けるの忘れてたわ」
「へ?」
「危うく死に掛けるとこやった。予備は大事やのう」
「あの、ここは?」
何だか頭が明快になったような気がする。あれ、どこだここ? 誰だこの姉ちゃん?
「方術仕込むなんて久し振りで間違えないか焦ったわ」
「誰? あ、俺はあの……」
「子ネズミちゃん、最後の仕事頑張ってな」
微笑んだ女性の手が頭に乗った。
■■■
そして気がついたらヤンルーに戻っている。寒さが酷く厳しい。
ヤンルー? どこだったっけ、天子様がいる京だったか。何だこれ?
城門から自分は何故か飛び降りていて、騎乗して正門を通っている偉そうな格好の老人の頭目掛けて風切って飛び込んでいる。え!?
顔から血の気が飛んで冷える。何だ!?
とてつもない衝撃、変な音がしたと思ったら体の内から膨れて弾けるような変な感じが来て、耐え切れず、叫ぼうとしても声が出ない。
周囲がとんでもなく騒ぎ出しているようだが苦しくて聞き取るところではない。
息が出来ない。苦しい。
少しでも節度使様の近くにいてお助けしないといけないのに何をやっているんだ?
ここ何処だ? ベイラン? え? 違う、何処だ!?
誰かに引き摺られる。
息がしたいが出来ない。腹の奥から何か出てくる。吐くのも辛いが止らない。
見た事の無い街並みが見えて視界がぼやける。
苦しい死にたくない。
助けて母ちゃん。
何にも分からない。
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