第112話「祝勝会」 ベルリク

 遂にやった賊軍首都のリャンワン襲撃。中途半端なところで引き上げたが相当な被害は与えられた。被害は主に敵戦力ではなく、民間人に対してであるので恨まれているだろう。とんでもなく酷い名前でレン朝の歴史書に載りそうな気がする。ここまでくれば官軍の頼みでやったこととはいえ、あちらにも恨まれていると感じる。だから敵地内での顔合わせはせずにアマナへ戻って、そして帰ろう。天子レン・エイシュだとか南王王子レン・セジンだとか節度使サウ・ツェンリーだとかどうでもいい。会見予定なんて組んだら何年待たされるか知れたものではない。とにかくもう手は切る。ここまでやって成果無しとは言わせない。泥沼など泳いでやるものか。

 というわけで祝勝会だ。

 場所はマザキの領主の屋敷で、一階の襖を全て取っ払っての大宴会場である。屋敷だけではなく近所の台所を総稼動して料理が用意されている。連合艦隊の高級職の者を集めただけでもかなりな数で、街中、船中で行っている分も入れれば相当な規模だ。規模が大きいので、リャンワン襲撃から帰港した当日には行えず翌日の今日、夜になってしまったものだ。

 自分の席の左隣にセリン、右隣にアクファル。後ろには控えるようにラシージ。ラシージは酒は飲まないし小食だし、騒ぐ性格でもない。たぶん。

 ファイードが立ち上がって杯を掲げる。

「死んでいった者、新たな仲間、沈んだ船、奪った財宝、この出会いと別れに乾杯!」

 今日の口舌は短かった。

『乾杯!』

 皆で一斉に酒を飲み干す。

 飲んで早速やってきたのはルーキーヤと男の子一人。

「セリン、子供出来ないんだからウチの次男坊連れてくかい?」

 長男が健康で次男も健康であるのでその次男はどうだという話。病弱で養子のやり取りはしないだろう。

 その次男、しっかりした姿勢で正座し、腹の据わった顔で静かにしている。躾は良い。

 女じゃなくて男を出す母の顔は真剣である。女は結局嫁に出すので遅かれ早かれであるが、男ならば長男は次期マザキ領主だし、次男は長男が死んだ時の大事な予備だ。長男の方に男子が生まれなかったら次男の方に生まれた男子がその次代である。年増は年増だがまだ余裕で五人十人は産めそうなルーキーヤではあるが、三男がいないのでこれはご遠慮すべきだろうか。ファイードのところは捨てるだけいるみたいだが。

 セリンが義理とはいえ息子が欲しいかどうかであるので口は出さない。こっちは既にアクファルが一応養女だし、カイウルク筆頭に親戚一族がいて、親父と後妻の子も夭逝してなければいるはずだ。それから普通の嫁を見つけるのも悪くはない。セリンに殺されないような奴でだ。

「ルー姉」

 セリンが首を振る。魔族化の儀式の時にも子育てなんかしている場合ではないと解釈出来るような文言を魔導師が喋っていた気はする。

「そっか。娘はねぇ、外洋出れるように育ったならねぇ」

「お姫様でしょ、ダーメ」

「私の子供がお姫ね。信じられないわ」

 女同士の会話には割り込むものじゃないだろう。

 おい、アクファル割り込め、と思いながら右を見れば、アクファルが膝にラシージを乗せてちょこちょこ頭を弄って暇を潰している。こいつの旦那どうしよう。イスハシル級は高望みし過ぎだって分かってるんだけどな。

 思い切り割り切ってセレードで領土分捕れるような相手って考え方もありか? 後はスラーギィで良い男がいたらそいつか? 悩ましいなぁ。そろそろ行き遅れの歳になってしまう。自分で決めさせるか。高望みし過ぎて相手が全部霞んで見える。

 既に酔っ払ってフラフラしているファスラがやって来た。今日はまだ裸じゃない。

「ルーキーヤんとこは一品物みたいに出来が良いからそりゃ貰えねぇさ。淫乱ハゲんとこでテキトーにボカスカ量産してるガキでも帰り道に貰ってけばいいんだよ。あんなな、名前つけんにも億劫になってるぐらいいるんだぜ。何人とかじゃなくて何箱勘定で詰めてきゃいいんだ。放し飼いにしたっていくらか生き残るぜ。どうせ相続で殺し合いでも始めるから今の内に間引いとけ。見込みありゃちゃんと育てりゃいんだ」

 そして冗談でも言ってるようで、顔も口振りも真剣だ。酒の席で相談する話じゃないと思うのは西側の人間の感性か?

「だったらあんたが持ってって育てりゃいいでしょ、一人もん」

「結婚もどきしたからって良い気になってんじゃねぇぞ化物が」

「おリンの結婚がもどきだ? 顎ごとクソ髭ブチ抜くぞてめぇ」

「三人共止めないか!」

 ギーリス四兄弟姉妹が固まって暑苦しくなって来たのでその場を離れる。アクファルはラシージを抱えてもっと早くに離れていた。

 どの辺の席にお邪魔しようかとウロウロしていたら、またも生存していたヒナオキくんが行く手を塞いで土下座をする。

「どうした?」

 言葉通じないんだっけ?

「俺も連れて行って下さい! 外の世界に行きたいんです!」

 と思ったらなんと魔神代理領共通語が話せるようになっているじゃないか。勉強したか。

「じゃあ来い」

「はい!」

 アクファルがアリファマに何故かラシージを手渡して膝の上に座らせているのでそちらへ行く。

 グラスト魔術戦団の席回りでは酒は余り飲まれてはいないが、食う飯の量が半端ではない。手の込んだ宴会料理等出すのは諦めて巨大な桶一杯の飯とか、もうただ火を通しただけの肉とか野菜に、味付けはご自由にと塩と味噌と醤油が壺のままドカっと置かれている。宴会に出すような代物ではない干物から漬物まである。屋敷の冬の蓄えまで食う心算じゃないよな。

「アリファマ殿、かなり食いますね」

「これは将軍。えーと、秘密です? うん、すみません」

 あの魔術の秘密の一つにやたら飯を食うというのがあるらしい。

「ラシージ、暑くないか」

「常人の体温ではないと思います」

「そうか」

 アリファマからラシージを受け取る。

 ギーリス四兄弟姉妹の血が出そうな雰囲気の口喧嘩に領主ハルカツが割って入った。得物を使わない徒手での喧嘩でも死人が出そうな四人だから近寄りたくないよね。

 何だかグラスト魔術戦団の席回りは気温が実際に高くて暑いので席を離れる。

 ナレザギーとルドゥ――相変わらず小銃を手に警戒中――という変な組み合わせの席へ行く。

 アクファルは外に行った。クセルヤータの所にでも行ったか。

「ようナレザギー、黄金の尻尾でも掴んだか」

 試しにルドゥへラシージを手渡そうとしてみたら、ルドゥが三歩下がった。流石に無理か。抱っこして座る。

「偵察隊の彫刻が民芸品の度を越した物なんですよ。今ルドゥに龍人の角で作った短剣の柄頭を見せて貰っていたんだけどね、あれは凄いよ。あんなに殺気に満ちて叫んでいる龍人の顔、本当に陳腐な表現かもしれないけど生きてるみたいなんだ。動き出してもあんまり驚かないんじゃないかな」

 とまで言われたら気になるのでルドゥに見せて貰うと、芸術は良く分からないがナレザギーの言葉は事実と受け止められる程の代物だ。

「大将、こういうの好きか」

「これ見せられたらそうなるな」

「大将の刀と鎧通し用に組で作るか」

「お、マジで」

「捕虜の龍人がいるだろ。あいつの角が良い。奴等の角は普通の動物と違ってかなり頑丈だ。削り辛いが持ちは格段だ。変な筋目が入っていないから剥がれるみたいに折れない」

 ギーリス四兄弟姉妹と領主が始めた殴り合いを囲むように人の輪が出来て、卓が引っ繰り返されて障害物にされている。何だか喧嘩が始まった時の話題から離れて子供の時の話でやり合っているようだ。仲良いよな。

「後でセリンに聞いてみよう。良かったら頼むぞ」

「任せろ。何が良い?」

「お前の感覚に任せる」

「分かった」

「ルドゥ、私の方でも暇な時でいいからそういう細工物お願い出来ないかな。ちゃんと見返りはするよ」

「親分」

 収入源という事であるならばラシージ親分の判断が無ければ妖精として動けまい。

「偵察隊としての職務が第一。納入期限は設けない。批判等は受け付けない。責任は持たない。依頼で製作した物は全て買い取る。不当な買取額であると判断したら契約打ち切り。契約書類にするならまだ続きますが、よろしいですか」

「元からその心算だよ。審美眼は持ってるし、買い手からは信頼されてるんだ。たぶん想像してるよりお金になるよ」

「ルドゥ、決めなさい」

「趣味以上の事はしない。材料を持ってくれば手は付けるかもな。期待するな」

「それで良いです。因みにですが、マトラにそういった細工技師は?」

「部門がありませんのでおりません」

「外貨獲得は考えませんか?」

「国家国民需給品目審議数量査定委員会で決定する事なのでそちらへ掛け合ってください」

 久し振りにその早口言葉みたいな組織名が出てきたな。三回連続で綺麗に言える気がしない。

 ナレザギーが妖精の産業に対して商売の種を見つけたらしく、ラシージ相手に熱くなってきている。抱っこしたラシージは降ろし、別の席へ移る。

 ガジートが黒くてデカくてモジャモジャな体で、青と銀色でデカくてスベスベな体のナサルカヒラ海軍のレイディン提督と、畳に寝そべってとんでもなく太い腕を使って腕相撲をしているので観戦。右腕での勝負はレイディン提督が勝った後で、今は左腕での勝負になっている。

 獣人奴隷と魚人将校が応援し合っていて、獣臭くて生臭い、わけではないがそんな見た目だ。

 賭けはやっていないが、勝敗の行方を予想する。種族的にはおそらく魚人の方が怪力だ、体格がまず違う。ガジートは優れた剣士でもあり、利き腕も反対の腕もちゃんと鍛えこんでいるはずである。それから魚人だが、あまり長く陸上で熱を上げるような行動は出来ないだろう。今この宴会場は暑い。もう冬になっているが。そして今この勝負、持久戦となっている。ガジートが勝つ。

 そんな感じで分析して見守っているとガジートが勝って、レイディン提督が力尽きたように息を吐く。

 勝った、負けた、もう一回で人外共がぎゃあぎゃあ、猫に犬に魚に蛸が騒ぎ出したので離れる。彼らの騒ぎ方がどうにも人間とノリが違って近寄り難いのだ。混じったら怪我しそうなぐらいに動き回る。

 場所を移す。

 あの五人の騒ぎは沈静化した後であるが、魔族のセリンは手加減はしたと思うが揃ってグッタリしている。放っておけば良い。

 ルサレヤ閣下の方へ行けば、隣のスライフィール人の老人が席を譲ってくれた。

「どうも」

「いえいえ」

 隣に座る。

「これでもこの前より大人しく騒いでますよね」

 この前、マザキ初入港の時だ。捕虜だの何だの引っ張り出して銃で撃ち殺してからその死体を刀で真っ二つにしてた。

「お前は小さい頃から一緒に育った兄弟はいるのか」

「母親が小さい時に王朝交代でセレードを離れたのと、親父が貧乏貴族で再婚相手が見つからなかったのでいませんね。母親も自由な人で、狩りへ遠出したり、草原の方へ行ったりとか、家にいなくて子供作る時間も無かったようで俺一人です。結婚自体、領地持ち貴族と遊牧貴族の友好関係構築の一環みたいな、何だかぼやっとした政略結婚だったようです。不幸でもなければ幸福でもない、って感じですかね」

「お前の心はどっちにある?」

「両方ですね。定住地から歩兵を大量に出して金をかけて砲兵を作って、放牧地から飢えた騎兵を引っ張り出す。最高じゃないですか」

「そうか。レスリャジン氏族だが、部族に昇格するのか? 大分規模が膨れてきただろう」

「そうですね。第五師団は退職して、武装集団レスリャジン部族の頭領として軍務省に登録する心算です。ジャーヴァル戦役以降、もうスラーギィはレスリャジン氏族だけで収まらないですからね。部族の下に氏族を分けて千人隊で分けたいですね。数が不揃いのところはまあ名前だけ千人隊にしたり百人隊にしたり、調整はありますけど。それから傭兵会社作って、出稼ぎします。スラーギィはまだまだ広いですけどいつかは限界が来ます。”親父”としては”子供達”を食わせないとならないですから」

「マトラはどうするんだ?」

「州軍とは別の人民義勇軍はそのまま一緒に活動しますよ。彼らの目的は人間社会に対して妖精侮り難しの印象を植え付ける事にありますからね。利害は一致してます。妖精達曰く、レスリャジンは”盟友”ですから。それからラシージですが、俺はあいつ無しで戦場に出るのは怖いので一緒に退職しますよ。それからナレザギーが遊び次いでに販路拡大を目指してまして、資金源も確保してあります」

「うん、夢があって良い。それにただの子供の戯言でもない。だが戦場はどうするんだ? その規模になると雇い主は指折りの権力者になってしまうじゃないか」

「ヴィルキレク殿下に第十六聖女猊下からお誘いの手紙を貰っています。遠出し過ぎたのでちょっと時期が外れる可能性はありますが、かなり大きな事を企んでいるのは分かります」

「エデルトと聖皇領が動くとなると、目的は有象無象の中小諸侯が固まっている神聖教会で言う”中部”か」

「広義での”中部”になりますかね。私達が言うエデルト以南の北部諸侯と、聖皇領の影響下に入っていない南部諸侯も含んでいます。普段ならそこに介入しようとすれば強力なロシエ・ユバール・アレオンの王国連合とやり合う羽目になりますが、今やロシエは財政破綻でボロボロ、アレオンに至っては失地状態、ユバールでは議会が王を変えるか議論しているところでしょう。他の主要国でもエスナル王国は新大陸開拓事業で北大陸情勢などお構いなし、ベルシア王国は先の大戦で復活不能な打撃を受けた上に復興が聖皇領頼りで言い成り状態。バルリー共和国は傭兵の輸出準備でもしているでしょうがそれだけ。もし他所から本格介入してくるとしたらランマルカの軍事支援が共和革命派向けにあるかどうか、ですね」

「いつも次の戦争が無いか考えているんだな」

 超遠距離なので時差は酷いが、シルヴとは定期的に手紙で西側の情勢は報せてもらっている。最新情報ではまだまだ一応、各国は準備段階だ。先の大戦での消耗とそこから生まれた混乱は色々と足を引っ張っている。この東大洋遠征も案外、丁度が良い時間潰しだったかもしれない。

「勿論です。戦争屋ですから」

「魔なる教えではそれは否定されない。子孫の為ならば尚更だ」

「お墨付きですね。無益な殺傷とか、魔導師に言う人はいますか?」

「戦争行為を含めた狩猟活動から徐々に畑作による自給自足へ移行して皆菜食主義になるべきだって言っていた奴がいたな。闘争は防衛に限るとか、予防戦争は敵戦力撃破にのみ集中するとかな」

「何千年先ですかそれは」

 そう言えば手紙でヤヌシュフが人格が変わったように逞しくなったとか書いてたな。シルヴの義理の息子で甥と自分の義理の娘で妹を結婚させる? ん、まあ顔合わせくらい一回改めてさせたくなってきたな。


■■■


 祝勝会の後は各船の修理や乾船渠を使っての最終点検があり、負傷した兵士が長い船旅に耐えられるまで復活するのを待つ休養期間が設けられた。冬にはなっているが、南大洋回りの航路は常夏の世界なので冬越しではない。

 マザキ近郊の温泉宿で温泉に浸かり、その後は領主の鷹狩り場である原野を借りて馬を走らせている。アマナ馬は脚の早さこそ大したことはないが荒地や湿気に強くてこれはこれで良い。土地に合った品種改良や、それから適者生存の結果だろう。

 とりあえず動く目標は何でもいいのでアクファルと銃や弓で狩れるだけ狩って乗馬の勘を取り戻す。船上生活が長くて鈍るのが怖くなるぐらいだ。

 何度か利用する内に草を毟って石で組んだ簡単な炊事場で今日の兎と雉を焼いて、愛用の低い椅子に座って食って休憩していた時に珍客が来た。

「お初にお目にかかります。このような醜い姿で現れた事をお許し下さい。タウ・ヒンユと申します」

 手を縛られ、剃髪して眉も鼻も耳も無く胸も抉った姿の全裸の女? か去勢した男が偵察隊に銃口を突きつけられながら現れた。声は男女ともにありそうな声で実体を見せない。

 レン朝の隠密ってのはここまでやるのか? 恐ろしいそのハッタリにはとても見えない姿を活かす程の連中が是非欲しくなってしまうが、懐柔出来る気配は一切無いし、真似するにも技術に経験が全く足りない。ランマルカ仕込みの工作員が遊んでいる子供に見える。

「賊軍は……あれか。南朝方ルオ家の手の者で間違いないかな」

「その通りです。メイツァオ様をお返し願えないでしょうか」

 どうしよう、角二本もいだ事言った方が良いのかしら。

「セリンに当たってくれないか。あの龍人の身柄はあいつのものだ」

「存じておりますが、夫であるグルツァラザツク将軍の口添えが無ければ死は免れぬと考えました」

「血の気が多いからな」

「お願い出来ませんか?」

「彼にまた襲われては酷い目に遭う。手足くらいなら生えるか無くても動きそうだ。もうそんな事は無いと君にそんな保証が出来るのかな」

「我々は既にそちらへ干渉する気はありません。魔神代理領へお帰りになられるのであれば元の無関係に戻ります」

「殺せば我々の悩みが取り除かれるが、引き渡せば残る。損得で言えば損はしたくないが」

「お望みの事があれば、可能ならばお応え出来ます」

「ラシージ」

 とりあえずラシージを連れ回していたのが今は功を奏した。気がする。

「はい。レン朝の言う小人、その中でも意志が強く集団を統率しているような者と話が可能であれば非常に興味があります」

「小人ですか」

 難しい顔を堪えているのが人外地味た顔でも雰囲気で分かる。たぶんレン朝には妖精の集落等は全く残っておらず、完全に家畜化されているんだろう。この話題が出る事も事前に用意した幾つかの見返りの中には無かっただろう。自分だって、急にセレードで飼われている犬についてお聞きしたい事が、何て言われたら困っちゃうよね。

 思案するのが少々長く、焦った感じに見えたので口を出す。

「家畜化されて戸籍にも無いし、まとめて管理もされていないしも心当たりは無い。隠れ住んでいるような集落も知らず、どころか集団として生存していたのは大分過去の話だな。今あっても牧場ぐらいか」

「仰る通りです。意志の強い小人であればツテを辿れば何人か見つかります。頭が良い小人は自慢話で良く出ますし、隠密として仕込まれている者にも覚えが有ります」

「流石に苦しいな。まあ、そちらが誠実なのは大体伝わった。ラシージ、見込みは」

「共同体が破壊されている以上は創出するしかありませんが、こちらの妖精達の伝統が全く不明です。人の家畜として過ごす以上の事を知らないのならば手助けも何もありません。秘境に隠れ里でもあればそこから手は広げられますが、調査する時間など無いでしょう。従属した個体として世代を重ねているのなら既に我々とは別種も同然です。従属した集団として維持されていれば望みはありましたが」

 巣を離れて独自に生きて世代交代をする蟻に蜂がいたらそりゃ別種だな。

「首くらいは情けで持って帰らせてやりたいが、セリン預かりだ。最終判断はあいつだし、力にはならん」

「お話を聞いて頂きありがとうございました」


■■■


 タウ・ヒンユに会ってから少し、間も無く引き上げの時期になってルオ・メイツァオは首を切られた後に火葬となった。骨は海に撒く事になったが、犬歯だけ貰った。偵察隊が飾りにしたりするのですんなり貰えた。

 人気の無い場所、馬で遠乗りに出かけた先で何となく待つ。

 連絡もしていないが、今度は薬売りの中年男の姿でタウ・ヒンユが現れる。待って、直ぐだ。

「この姿ではありますがタウ・ヒンユでございます。機会を作って頂き、感謝を申し上げます」

 深く礼をされた。

 メイツァオの犬歯を差し出すと、タウ・ヒンユは「失礼します」と言って両手で丁寧に受け取った。

「ありがとうございます。これでメイツァオ様のお墓を建てる事が叶います」

「恨み言くらい言ってもいいぞ」

「武人には骨も帰らぬ覚悟があります。ましてや海の事、死んだと分かっただけで幸運です」

「そうか」

「はい」

「復讐はしていかないのか」

 今日は偵察隊も付いて来ていない。ルドゥは追いかけてきているかもしれないが。

「日が当たらぬからこそ仁義を第一にしております。それに過ぎ去る嵐を食い止めても苦しむばかりです」

「我々の評価は”嵐”か。名誉だ」

「はい」

「ウチの奴等に殺されるなよ。名前使っていいから」

「お心遣い感謝します」

「じゃあな」

「その前に、そちらの言う妖精の共同体ですが、調べた限りではこちらの中原の中、本土内には一切残っておりません。納税を拒否したという理由で消滅させたという報告書が四百年程前に提出されております。辺境を管理する各藩鎮には裁量が利きますので共同体の存在が残っている可能性があります。管理範囲が人口や役人の数に比べて広大に過ぎますので目の届かない所、徴税するより放置した方が費用が掛からない奥地で命脈を保っている可能性があります。時折全く言葉の通じない小人が迷い込んでくるという噂はありますので絶望的ではないはずです。調べられたのはここまでです」

「参考になった」

「失礼します。次は良き出会いでありますように」

 タウ・ヒンユがまた深く礼をしてから去る。

 しかし骨を拾いに海を渡ってくるとは忠義者だな。ルオってのはそんなに凄いか。


■■■


 船と岸壁で礼砲の撃ち合いが行われる。最初は十発ずつやるといった話だったが、何故だか知らないが空砲の早撃ち競争になっている。暴発する前に止めさせる奴はいないのか。

 それから岸壁では爆竹を鳴らし、船上からは軍楽隊が演奏でお返しをしている。

 出港当日である。大船団の出航なので準備から出港までそれはそれは大掛かりで、既にナサルカヒラ艦隊、スライフィール艦隊、ナレザギー艦隊は日を分けて出港済みだ。

 今日がファイード艦隊、ファスラ艦隊、セリン艦隊の出港だ。

 岸壁で手を振りまくるルーキーヤは号泣し、セリンも船縁にしがみ付いて魔族らしからぬブサイク面で泣いている。

「おリーン行かないでぇ!」

「ルーねぇー!」

 と絶叫していて耳が痛い。これだけ見たらとても提督の器じゃない。

「待ってくれぇー! ヌオォー!」

 と叫んで鉤縄を投げ、出港して岸壁を離れたアスリルリシェリ号にヒナオキくんが取り付いた。

 後で聞いたが、興奮し過ぎて朝方まで眠れずに寝坊したらしい。礼砲の撃ちまくりで目が覚めたそうだ。

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