第103話「マザキ入港」 ベルリク

 レン朝海軍東路艦隊を撃退し、北東に針路を取った。

 アスリルリシェリ号も水竜ヒュルムの八つ当たり号も砲弾で穴だらけ、要修理。しかし意外とムカつく事にファルマンの魔王号はほぼ無傷である。

 東路艦隊との戦闘後の拿捕賞金分配に関しては色々と、身内同士じゃなければ揉めそうな話はあったが、四兄弟姉妹がすぐに片付けた。

 分配の話をつける時に四人が揃ったのだが、皆毛が――一人ハゲ、もとい剃髪――黒く太く、顔は目鼻がハッキリしていて各特徴も似通っている。歳の順だとファイード、ルーキーヤ、ファスラ、セリン。

 ルーキーヤはセリンを二回り年増にしたような良い女で目付きが狂人手前にギラつく。それからお前その格好で戦場に来たのか? と言えるぐらい宝飾塗れ。それと何故か、使い込まれて不規則にグネグネに曲がった黒鉄の六角棒を担いでいる。それに対応してルドゥがいつでも射撃出来るように小銃を肩から下げて持っているのが笑える。

 そのギラついた目で長女ルーキーヤが睨んでくる。長男ファイードは苦笑い、次男ファスラは自分を笑わせようと変な顔で変な踊り。

「私の可愛いおリンちゃん、どう思ってるのよ?」

 まだ本調子ではなく、具合悪そうな次女セリンが長女の袖を摘まんでちょいちょい引っ張って、やめて、と意志表示。これだけ見ると可愛らしい。

「見た目は可愛らしいが化物だし、性格は感情的で暴力的で暴力振るうし、直ぐにぶっ殺すぶっ殺す喋って冗談じゃなく本当に殺すし、血と火薬の臭いが女の甘い体臭に混じって臭い。人の首ぶった切っては興奮し、人を海に沈めては喜ぶおかしな頭をしていて、滅茶苦茶な宴会を開くのが私の強さの証明だと言わんばかりな馬鹿さ加減がどうしようもない。口は汚くて品は無く、そのくせ嫉妬するわ中途半端に乙女ぶっているのが鼻につく。おまけに口からとんでもない威力の酸を吐き出す化物だし、味方も殺すような殺人音波を発射する化物だし、髪の毛みたいな触手を頭から生やしてる上に毒針仕込でおぞましい。魔族で子供が産めないせいか子供が作れる女の腹を裂きたがる上に、妊娠したイルカの腹から胎児取り出して食べようと笑って言うゲロ糞のような性根に到っては手に負えるとかそういう話をする次元に無い。それでもって何故か魔なる教えに忠実らしいが人格がおかしいのでそうは見えないのが滑稽。そうそう部下に怒鳴ったり八つ当たりしたりするのは軍属として恥ずかしいなぁ最低だなぁマジでしょうもない馬鹿だと思ってる。まだあった。あいつが贈ってくれた刀だが滅茶苦茶切れ過ぎて人を殺すのが楽しくなってくる代物だ。危うくそれに洗脳されて死を忘れて敵中に飛び込みたくなってくるから、ありゃ護身のお守りじゃなくて、狂気とか魔性の捨て身に誘う妖刀だ。もっと殺せ、早く死ねとケツを蹴られている気分になる」

 喋り終わった瞬間に恐ろしい顔付きになったセリンが左手で胸倉掴んできて、右手で今にも刺し殺さんと短剣を髪の触手の中から取り出す。触手で即座にやらないあたり、確実性を求める理性より感情が勝っている。

 素直に殺される気は無いので両手に拳銃を持ってセリンの腹と顎下に当てる。ルドゥがセリンの側頭部へ小銃の狙いを付けるとセリンが短剣を繰り出し、応じて三発同時発射……したが、ルーキーヤが爪先から頭まで全て使うような体捌きで六角棒を振ってセリンを殴り飛ばした。骨の八本は粉砕されたような音がした気がする。銃弾は空に一発、甲板に二発。

「ん?」

 ルーキーヤが顔を近づけてくる。ルドゥが小銃を持ち直して射撃姿勢を解く。

「超可愛い」

 ニッコリ笑ったルーキーヤに口を吸われた。

「どういう子か分かってるならいいのよ。これからもお願いね」


■■■


 アマナに近づく程、今までの暑さが嘘みたいに寒くなる。寒いというより、何というか、何時も過ごしている感じの気温になってきた。常夏の南方から、四季のある北に戻ってきた。

 すれ違う船が見えてくる。帆柱一本の三角帆の小型船が南大洋西側の一般的な沿岸船だが、東側ではそれが帆柱一本の四角帆に変わる。船員の顔付きも、大きい目と高い鼻から、小さい目と低い鼻に変わっている。外洋から沿岸部に入ったか。

 セリンはまだ魔術の使い過ぎの影響で悪酔いを少ししている程度にまで回復。骨に関しては、骨折箇所を髪の触手で固定していたら十日位で日常動作に支障が無い程に治った。化け物だ。

 道中ルーキーヤはおしゃべりで、セリンの昔話を赤子の頃から始めて止らなかった。


■■■


 マザキへ入港するための入り江に入る。道は幾又にも別れ、途中小島が出っ張っていたりして操船が容易ではないと見える。小島があるなら暗礁くらいあるだろう。

 道を何度か曲がる。ファイードの拠点ユルタンの入り江もここ程は複雑ではなかったが、こういう場所を海賊のような後ろ暗い者達が好むのかとやや感慨深い。入り口封鎖されたらどうするのかな? とも思うが、入り口でのんびりしていたら大嵐がやってくるか、とも思う。とりあえず今まで生存していたのだから具合は良いのだろう。

 にわかに人工物が見えてきて、建物が見えてくる。あまり背の高い建物は無く、黒ずんだような屋根で瓦葺らしい。そして我々のために増築されたのか、真新しく明るいのと古く煤けた色合いの桟橋が対称的であるマザキ港が目に入る。

 物売りの小船が寄って来ようとして、岸壁にいる人間に大声で呼び止められて引き返す。

 岸壁で出迎えるのはマトラ人民義勇軍の一部――全員だと現地が混乱する――と軍楽隊の演奏。魔神代理領海軍の行進曲を何曲か接続して演奏している。楽曲でもってここで称えられるのはセリン提督であろう。選曲に間違いは無く、意外と妖精達も弁えているじゃないかと感心する。ラシージがいるなら間違いないか。

 人の群れを何とか色に区で分けて見る。軍服揃えのマトラ人民義勇軍は見分け易い……ベリュデインの私兵連中を発見。ガジートの黒くてデカい顔に獣人奴隷の毛むくじゃら顔が並んでいる。その近辺にいる魔術使い特有? の何とも言えない不気味な気配を漂わせているのも見える。何か、山の形に積んでる?

 ナサルカヒラ海軍の姿は、連絡要員と思しき人員が少し見える程度だ。頭が魚なので、一旦目に入ると良く良く見える。

 マザキの民間人も珍しがって集まっている。民間人と思ってる中にもここの軍官の関係者は混じっているだろう。服で見分けるだけの知識は無い。

 それから簡単に分かるのはクセルヤータと、その伸ばした首の先の頭に直立している赤い服がアクファルだ。

 ナレザギーはどこだろう? ジャーヴァル衣装なので目立つはずだが、さて? どこだ? いた。クセルヤータの陰から今出てきた。

 ルサレヤ閣下は見えない? 岸壁から目を離してスライフィールの船に視線をめぐらすと、いた。後で会いたいな。

 ルーキーヤの船、アスリルリシェリ号、水竜ヒュルムの八つ当たり号、ファルマンの魔王号の順に接岸。係留索が取られて結ばれる。

 舷梯が架けられ、下船。とにかく拍手喝采。生存記念ではなく勝利記念の賑やかさだ。随分死なせて沈んだものだが、一番大事な三隻と三人が残っているので問題が無い。自分も四人目に入れてみようか。余裕のあるマザキ海軍も健在ならば尚更か。

 セリンは早速集まってきた海軍、海賊関係者と話をしながら先へ行く。

 クセルヤータが巨体を活かして首をこちらに伸ばしてきた。

「グルツァラザツク将軍、ご無事で何よりです」

「それに加えて無傷だぞクセルヤータ」

 それからクセルヤータは小声で「心配する素振りは皆無でした」と付け加える。巨体の割りに小声を出すなんて小細工が出来るのか。

 アクファルが跳んで下りて来る。

「お兄様、お疲れ様でした」

「アクファル、こっちの飯と水は腹に合うか?」

「問題ありません」

 いつも通りである。

 次にナレザギーと、人の群れの中では流石に埋もれて見えなくなってしまう小さなラシージ。ラシージはとりあえず抱っこする。言葉は不要。

 ナレザギーと握手、抱き合う、毛むくじゃら。

「ナレザギー、我等が軍は何時でも出れるのか?」

「ベルリクが内陸部にまで突っ込むとか脳の腐った事を言い出さなければ大丈夫だよ。揃ってる」

 物資良し、兵士よし、船は? 彼らを運んできた船はある。戦闘専門の船の数が少々心配かな? でもそこは海軍海賊の連中の領分。ナサルカヒラ海軍が加わるなら単純な差し引きで損失無しの判断を素人考えでする。

 次に、風を切る音が鳴るくらいビシっと敬礼をしているガジートのところ。

「グルツァラザツク将軍!」

 返礼する。

「ガジート殿、お変わりないようで」

「ご覧ください」

 何か山になっていたのは髑髏だ。

「閣下が海戦に参加していた頃、我々とラシージ殿指揮下のマトラ人民義勇軍は、軍事演習がてらにマザキに敵対するムツゴ、ハセナリ両領でこの首を獲って参りました。数にして軍民合わせて八万一千五百五十です! 腐肉を持ち込むわけにはいきませんので、とりあえずお見せするのに洗浄した一万首だけをここに積んでおります」

 髑髏は綺麗な骨の色をしている。打撃斬撃銃撃で砕けた箇所が目立つものが多く、中にも黒焦げ、融けかかったものも混じる。生え変わる前の歯が見えて口周りが若干非人間地味ている子供の髑髏もある。

「いやぁしかし、施条式小銃による散兵戦は凄かったですな。戦列だとこう、金鎚でガツンと殴る感じでですが、散兵線でなんというか波で寄せ返して何時の間にか攫ってしまうような、魔術ではない魔なる技術? 失敬、適切な表現をする学も無いのに喋る真似をご容赦下さい。感服致しました。軽歩兵とはこれであるとラシージ殿に教えられました」

 八万殺して、たぶんいいだけ焼き討ちした演習の思い出を、目を輝かせて首狩りニャンコのガジートは語る。誰の影響を受けたやら? 自分は少なくとも首集めなんてしていないぞ。ラシージの頬をつっつく。ぷにぷにー。

「そう! そうそう、ご紹介します。グラスト魔術戦団の筆頭術士アリファマをご紹介します」

 ガジートが手招きして呼び寄せたのは、暑苦しいくらいに分厚い革の長衣に身を包んだ、何やらぶっきらぼうそうな大女。

「アリファマと申します。この者にかかれば街一つ灰燼に出来ます。以降、この者を初めとしたベリュデイン総督の軍がお供します。レン朝の賊軍なぞ殺して燃やし尽くすに火力は不足しません。マトラ人民義勇軍に海軍と海賊の方々、それら揃えば後は上手い事駆け引きするだけです」

 アリファマはむっつり黙っている。髪も口周りも隠すような頭巾付き長衣なので、白目のところだけが変に輝いて見える。

「どうぞよろしくアリファマ殿。ベリュデイン総督閣下のグラスト魔術戦団のお力、期待しております」

 握手を求めると「ども」と握手を返してきた。熱した鍋を包んだ手拭いに触れた時のような熱気を感じる。

「これは熱い」

 返事とばかりに、アリファマの頭巾の中の髪が焼けた石炭みたいに赤くなって、やや熱風が感じられる。これがベリュデイン総督自慢の”何かしら”なのだろう。専門外だが虚仮脅しの魔術披露には思えない、普通の魔術なら、自分の知識の範囲内ならあんな事をやったら術者は大火傷で、死ぬか瀕死になるかのどちらかという具合に見えた、

「やる気十分ですな」

 笑ってやると、アリファマもようやくニヤっと笑う。

「魔族じゃないですよね?」

「違います」

「知識の累積、是非見たいものです」

「必ず」

 手を離す。

 マトラ人民義勇軍の徒列が作った道を進む。いつもならここで大騒ぎをするが、あくまで今日の主役は海軍である。沈黙と整列で敬意を表す。

 身形の小奇麗な初老の、アマナの服を着たアマナ人じゃない男が一礼。

「グルツァラザツク将軍、私めはルーキーヤ様に仕える者でソレーイン、アマナではソウタと名乗っております。お部屋まで案内致します」

「頼みます」

 そのソレーインに先導されて進む。妖精達の徒列は内向きの自分たちを歓迎するものから、外向きの周囲警戒のものに変わって続き続いて、目的地の二階は無いが中々に広そうな屋敷まで到着した。

「屋内では靴を脱いで行かれませ」

「靴? ああ、何かそんな話、船で聞いたな」

 迎賓にと大きく開かれた正門を潜って、平らに切られて断面が滑らかにされた大石が舗装になって並ぶ道を、守備隊やら女中やらから列を成して頭を下げている間を進む。ルドゥがその頭をわざわざ下げて敬意を表している彼らの顔を一人ずつ確認しているのが頼もしいやら、恥ずかしいやら。

 屋敷で靴を脱いで――何時でも戦闘があっても良いようしっかり履いているので時間がかかる――上がり、部屋に案内される。二階が無い分か廊下が長く感じる。造りが悪いわけではなさそうだが、板敷きの廊下なので歩く度にギィとなるのが少々に気になる。ルドゥが強めに片脚に体重をかけてわざと鳴らしている。遊びでやる奴ではないが。

 中には金持ちらしく庭園があって、小石で地面に模様を描いているのが面白い。ただ目が回りそうな気分になる。そしてルドゥがその小石敷きの地面を歩いてジャリっと鳴らす。鳴らすだけでなく、その模様を一部崩し始めたではないか。

「ルドゥ、どうした?」

「護衛の方、お気づきですね」

 責めるでもなく、ソレーインが静かに言う。

「これは良いぞ大将、親分。忍び歩きが難しい。それにこの石の模様、歩けば崩れて跡が残る。簡単に戻せない手の入りようだ」

「はい、芸術であって防御でもあります」

 ソレーインが同意。そういうことか。

「ラシージどうだ?」

「参考になります」

 それから風呂に案内される。ラシージと一緒に入ろうかな、と思っていたら「解散と入営の指揮がありますのでお先に失礼します」と出て行ってしまった。

 風呂は何だか、温泉みたいな雰囲気を出すようにか、非対称で自然的な造形の岩風呂であった。大桶やら陶器やらとは全く風情が違って良い。何より広い、ちょっと泳げるくらいだ。航海の汚れはちょっと尋常では無いので、用意されている手拭いでしっかり擦ってみると泥のように落ちる。お湯は尽きそうに無いほどあるので手間をかけて洗う。

 偵察隊はこんな時でも警戒態勢。小銃が湯気に当たるのを嫌がってマントで包んでいるぐらい。

「ここ怪しいか?」

「そうだ大将」

 ”鼻”の鋭敏さはルドゥが恐らく一番。信頼しよう。

 ゆっくり風呂に入る。この温かさは久し振りだ。もういい、寝てしまおう……。

 ……目が覚める。ルドゥがお湯を頭にかけてきたのだ。

「敵襲か?」

「ルサレヤ将軍が着たぞ」

「おう!? 襲撃じゃないか」

 綺麗にとって置いた予備の軍装に着替え、ソレーインの案内で部屋へ行くと自分とセリンの荷物が置かれている。

 そして、床に翼の肘を突いて、くつろいだ姿勢でお茶を飲んでいるルサレヤ閣下。敬礼すると、馬鹿は止せという感じで床を人の手で指して座れとやる。

 ルサレヤ閣下の正面に座り、ソレーインからお茶を貰う。何やら細々した道具を使い分け、お椀に茶葉の粉末と思しき物を淹れて湯と混ぜてあわ立てて混ぜて作成。腐って藻が溢れた水濠みたいな色だが大丈夫か? 大丈夫だろう。飲んでみると……味が濃い、苦い。量多く飲む類ではないか?

「どうだった冒険小僧」

「揺られて鉄砲撃ってはしゃいでただけです」

「そんなものだ。海はどうだった?」

「陸じゃなかったです」

「そこに気付けただけ大したものだ。風呂、良いだろ」

「浴槽の形が洒落てますね」

「ここの人間は風情を知っている。お茶はどうだ?」

「これは高尚な感じで、何か合わないですね」

「正規にやると社交舞踏みたいなものになる。セリンとは仲良くしているか?」

「良いと思いますよ」

「ベリュデインの兵隊、どう思う?」

「魔族じゃないなら何ですかね?」

「魔導評議会の裏を掻いたものなのは確かだが、何とも言えんな」

「いけないものですか?」

「未開の人間に銃を見せても何かの棍棒にしか見られない。撃っても何かの妖術と思う。それに似ている」

「世界は広いですね」

「歴史と発展を正気の目で見てきた心算だが、ああいった何かは種明かしをされると案外と単純なものだ。しかし、それが難しい。如何にその単純の積み重ねの上に立っているかと思い知らされる」

「確かに」

「うむ」

 ルサレヤ閣下と喋るのは楽しい。そう思っていたら無粋な来客。セリンの部下、海軍の士官だ。

「グルツァラザツク将軍、提督がお呼びです」

「今行く。閣下、失礼します」

「休む間も無いな」

 士官に案内され、屋敷ではなく外の、城壁や水濠に囲まれた、石垣の上にある城へ案内される。そこからまた城の守備隊長に案内され――見知らぬ地とはいえ案内ばかり――真っ直ぐに地下牢へ。

 地下の壁には捕縛器具や簡単な拷問器具らしき物? が並べられ、随分と大仰な所である。そして、以前から入牢していた者が追い出されたばかりのようで、空の牢から嫌に新鮮に臭う。

 地下牢の奥、拷問部屋には腕も脚も無く、その上逆さ吊りにされてもまだ元気一杯の龍人だ。天政官語でこちらの顔を見るや否や罵倒してくるが、何を言っているか不明。

「まだこれで生きてるのか。龍人って凄いな」

「阿片と酒漬けにしてまだこの勢いだからちょっと、魔術も恐いし、殺そうかどうかちょっと迷うわね」

 とセリン。

「どうやって?」

「うん? ああ、ケツの穴に直接入れるのよ」

「おわ。酔っ払ってケツから飲んで死んだ奴知ってるぞ」

「あれねぇ、ふざけてやる奴いるよね。死ぬけど」

「これの価値だけど、何かあるか?」

「名前はルオ・メイツァオ。レン朝じゃ有名なルオ家の一員ね、偽名じゃなければね。賊軍で特務巡撫っていう、何だろ、全権委任将軍兼首相代理? みたいな感じの重職についているルオ・シランの弟、らしいけど」

「らしいねぇ。腕利きだと思うが」

 ファスラが確か、レン朝で化物を作っているのがルオ家だとか言っていたな。身内にもやっちゃうのか、やっちゃったら身内になるのか。

「人質にしたって連絡手段あるのかよ。皇族とかなら分かりやすいけど、軍人? 官僚? どうなのよ」

「うーん、ねぇ?」

「とりあえず連絡手段聞いてみたら?」

「名乗りだけはするけど後は何も言う気は無いってさ」

「そうかい。拷問効くようには見えないがね」

「そうなのよ。髪で直に脊椎神経弄ってもダメ。目に刺しても瞬きもしないわ」

「そりゃ凄ぇな。ところでよ」

「うん」

「あれで糞したらどうなるの?」

 龍人は腕無し脚無し状態で逆さ吊りである。

「そう思って今度はそうしてるんだけど」

「人間捨ててるんだぜ、あれ。お前と同じ」

「うーん、自決する気配も無いしねぇ。救助のアテがあるとか、戦いが終わったら解放される気とか?」

「解放するの?」

「どうかなぁ。なってみないと分からないよねぇ」


■■■


 入港当日の晩に歓迎の宴会が催された。場所は、屋敷の中で壁を兼用している? 戸を外しに外し、複数の部屋が一つになって大広間となった。面白い造りである……あ、間仕切りの無いマトラ妖精の建築様式にそっくりだ。

 床は、藁を整えて縫った板を並べている。嗅ぐとそういう青っぽいにおいがする。それから魔神代理領で馴染みのある、椅子ではなく床へ直に座る様式だが、それが全面となっている。敷物があるところだけに座るようにはなっていない。勿論敷物はあるが、その外でも問題無い。靴を脱いで屋内に入れとはこういう事か。

 自分の席はどこだろう? と思ったらルーキーヤが案内。位置は一番の奥、真ん中真正面の上座だ。これはおかしくないか? 見世物の位置でもある。

「ここはルー姉さんとご領主さんが座るとこじゃないんですか?」

「いいのいいの! 男は黙って座っておきなさい。良い子にしておっちゃんしてればいいの!」

 別にくっつきはしないのに両肩を掴まれてグイグイと床に押される。

 人が続々と集まって席に座り、列になったり円になったりする。

 ルドゥが入場者の顔を一々確認して、それぞれに反応を返すのが面白い。ラシージにだけ敬礼をしているのが一興。ルサレヤ閣下すら確認したのに対し、アクファルは素通りである。

 最後の方でいつもの筋肉装備ではなく、まともに見られる衣装のファイードが頭を照らせてやって来た。ちょっと部屋にそぐわない? それかあえてそうした趣か、色硝子を使った照明が天井から下がっているので面白い照り方である。そして、妙に清潔な感じにめかし込んだセリンを連れてやって来た。二人の歩き方がゆっくり、妙に大仰に感じる。何の心算か?

 何だかルーキーヤは何時の間にか着替えて、裏方のように二人の背後につく。セリンに劣る程度の控えめな着飾りよう。控えめだがあくまでも着飾っている。彼女の夫ハルカツは、何とも微笑ましい感じに干物を齧って一般席に混じっている。

 ファスラは既に服を脱ぎ出すぐらいに酔っ払って、転がりながらそこら中の出席者にちょっかいを掛けて回り、なんと! ルサレヤ閣下に全裸で「いい子いい子してぇ!」と――俺もやったこと無いのに!――挑み、翼の手の方のデコピンを食らって、額から血を出してのた打ち回る。ファスラでも苦しむとは遠慮無しの一撃か。

 セリンが隣に、衣装のせいかゆっくり座る。

「これがアマナ流か?」

「さぁ?」

 今日は大人しい感じだ。

 ファイードが長男としてか、盃を持ってお言葉。最初はアマナ語なので不明。

「シラハリ・ハルカツ殿にこの場を設けさせて貰った事に感謝申し上げる、だって」

 セリンが通訳。それからファイードは共通語に切り替える。

「世界の海に散って活躍する我等が四兄弟姉妹ルーキーヤ、ファスラ、セリン、そして私ファイードがこうして顔を揃える機会を得る事が出来た。レン朝大艦隊からの波状攻撃を受けて損害多く、半ば伝説と化した龍人とすら干戈を交わしながらも勝利したのも四艦隊揃った事によると思う。何よりまさかあのセリン! に男が出来た事が個人的に喜ばしい」

 指差されて、目立つ位置にいる上に注目が集まる。見る側は大して気に障る事は無いが、見られる側としては立ち去りたい気分になるぐらい恥ずかしい。動物園じゃないし、セリンは嬉しそうに笑って肘で突っついてくるし。

 参加者に盃が配られる。中身は透明色、さっとにおいを嗅げば随分と豊かな果実臭? これは美味そう。

「新たな家族を迎えた我等四人、魔神代理領の使命により引き続きレン朝より奪って殺して焼き尽くす。古来より宴は儀式の一環、生贄が捧げられるものである。偉大なる老魔族ルサレヤにこの場へ参列して頂いたのも、新しき魔族になった妹セリンと魔なる神との縁も感じざるを得ない。子々孫々の幸福と発展を望む魔なる教えはこの場に相応しいと考える。魔族は子を成せぬが、しかしお家発展の強力な後押しと成れるものである。幸いにしてこの世には二番目以降の妻、愛人、養子縁組という仕組みが存在するので全く憂慮の必要は無い」

 老魔族って表現が尊称に当たるんだ……と思いながら、ファイードの演説をこれ以降聞き流す。乾杯用の盃ではない酒をファスラが背後に来て差し出したので飲む。

「あのハゲ長ぇんだよ。今日来た奴全員弄ったら日が昇っちまうぜ」

 名のある参列者に対してファイードは尊称付きの名前で一言付け加えて何やら述べている。そしてようやっと盃が掲げられる。

「乾杯!」

『乾杯!』

 皆で盃を掲げ、そして飲み干す。やっぱこれ美味いな。

 ファスラが肩をパシっと叩いてきて、立ち上がってどこかへ行く。

 お次はルーキーヤが泣きながら正面に来て、乾杯で空いた盃に酌をする。これより酌攻めにされるようだ。

「全部承知のあんたにしかこの子任せられないんだからね」

 と、後は鳴き声交じりでセリンと、たぶん姉妹でしか通じないやり取り。

 次はルサレヤ閣下。セリンが姿勢を正したので、合わせてこちらも正す。これからの事を配慮してか、盃には舐める程度にしか形式的に注がない。

「必要な事はおおよそファイード殿が仰った通りだ。おめでとう」

「はい! ルサレヤ閣下、ありがとうございます!」

 セリンが緊張して声を張り上げ裏返り気味なのがおかしかったが、もう一つおかしいのは”おめでとう”? どうも宴会にしては変な気がしていたが、どうやらこれ、結婚式か。宣誓やら何やらはしないようだが、一言くらいこういう事するって予告があってもいいだろうに。

 生魚の切り身……セリンが船上で出すので慣れた物に手を付ける。切り身が、干した海草かな? に乗っているせいか香りと味が移っていて美味い。こういう調理法もありか。

 次はアクファル。ジっとこっちの顔を見て、セリンの顔をチラっと見て、自分が手にする盃を取り上げて、部屋の隅にあったデカい飾り皿を手に持たせてくる。

「アクファルちゃんよ、これお兄ちゃん潰れるぜ?」

「どうぞお兄様」

 二の句を告げさせない圧力で持って皿に酒が注がれる。しかし一杯になる前に酒瓶の方が品切れ。それでも結構な量で、気合を入れて飲もうかと思ったら「少々お待ちを」と、代えの酒瓶でまた注ぐ。

「どうぞお兄様」

 これを、兄を取られた嫉妬が成せる業と思わなければ飲めない量だ。両手で持つと結構な重量。これで腹一杯になりそうだ。口をつける……。


■■■


 何だかよく分からないが、体が操り人形になったような気分で夜が更ける。

 アクファルの後、知ってる人から知らない人まで酌をしに来たはずだが、記憶は飛んでしまっている。ナレザギーが何か酔い覚ましか気付け薬みたいなゲロマズい飲み薬を処方してくれたので今は正気が戻っている。

 ヒナオキくんが――海戦で死んだと思ってた――現れて、何だか静かで不気味? な弦楽器の音色に合わせて扇子を持って踊り? を始める。何だか動きはヌルりとした様子で、上品そうで、伸びた声で歌っている。宗教儀式的な意味合いがあるような、やっぱないか?

 続いて、鼻の長いお面を股間に装着したファスラがヒナオキくんを蹴飛ばして登場。飲んでいた酒を鼻から噴出して苦しい。度数が強いやつだったので焼けて呼吸が辛い。セリンが背中を撫でてくる。気休めにもならん。

 ファスラの豪快な裸踊りが始まる。しかし股を大開きにして跳ねるので正面が見えずとも、背面の気持ち悪いケツの穴が見えてしまっている。こりゃあ酔っ払い過ぎだ。笑っている人と笑ってない人が良く見えて分かれている。

 ルーキーヤがキレて、壁の上に掛けてある槍を取って、突いて振ってファスラを追い払おうとする。

「ババア如きが究極妖怪ケツ丸出しに勝てると思うてか!」

「死ね糞が!」

「ヤレホレヤッサイヤッサイィ!」

 ファスラが拳を握って手首を曲げ、力強そうな民族舞踏っぽい踊りに移行しつつそれでも槍を避ける。

「おいソレーイン、鉄砲隊出せ!」

「女将様、無理でございます」

 お互い、いい加減にしたら良いのにと思うぐらいに会場を走り回る。

 同じ程度には酌をされたと思われるセリンに手を引かれて、何人か人を蹴りながら、ごめん、すまんと言いながら庭に出る。

 今日この日のため、隣の領地から持ってきた捕虜、今日のために牢に溜めていた罪人、とハルカツが述べた者達が縛られ、並べられる。

 酔っ払って自分の手元には、様式から見て現地アマナの火縄式小銃が渡される。

 弾薬装填、火縄付きの撃鉄を起こし、火縄に息をかけて火種確認、火蓋を切って、火皿に点火薬を盛って、盛りすぎた火薬を指で少し拭い、構える。酔っ払ってるので手順を確認しないと抜けそうだ。

 縛られた捕虜か罪人を狙う。距離は……三十歩ぐらい? 風は緩い。真っ直ぐ撃っていいか。

 引金を引いた瞬間に火縄がバネで瞬時に動いて火皿を叩く。指の感触と発射の感覚がほぼ同じ、撃った相手の頭右半分が吹っ飛んだ。拍手喝采。火打石が当たり金に当たる時の余計な反動が無いな。

 それから火縄式拳銃や、シルヴが使っていた携帯砲よりは銃らしい姿をしている携帯砲に、携帯臼砲のような銃身がかなり短く太いものまで使わせて貰った。皆それぞれに酔っ払いなが撃ちまくり、射殺体が量産される。

 量産された死体はまだ使い道があった! 撃った死体を重ね、刀で両断する試し切りである。

 また一番手は自分。八体が積まれている。ここで使うのは勿論、妖刀”俺の悪い女”だ。

 片手で持ち、酔っ払いも考慮して刀を振って手応えを確かめて、ここは宴会だと思い出して演武風に少し振る。派手にやらないのは、自分より武芸達者な連中が多くいるだろうと思ったからだ。

 腕より得物頼りに八体の腹に刀を振り下ろすと、スルニュルカチグニュカンっと手応えが変化して止まる。三体目の背骨で止った。これにも拍手。

 ここにきてガジートが張り切る。十体が積まれ、刀が土台に達するまでに一刀両断。これには大盛り上がり。

 ガジートに触発されたヒナオキくんが奇声を上げて積まれた十体に刀を振り、六体まで両断。見劣りはどうしてもするが、これも見事なりと拍手。

 こうして立ち代りに胴切り遊び、二つにする死体が無くなるまで続けられた。ナレザギーは勿論、一人も両断出来ずに終わった。


■■■


 後日、酒が抜け体調が戻ってからマザキ郊外の傭兵用駐屯地へナレザギーと一緒に馬で向かう事になった。

 建物は大体にして平屋で木造。煉瓦建築物は港の方面にだけあった気がする。住民は動き辛そうな体に巻きつけて帯で留める型の服が主流で、体を動かす仕事の物は褌一丁に芸術的な絵のような刺青である。

 ナレザギーの狐頭は目立つようで、馬で早めに流していても人の目が彼に行くのが良く見える。子供が時々手を振り、婆さんが手を合わせていて、それに応えてナレザギーは手をにこやかに振る。

 狐頭であっても、人間にも分かる程に何とも人の良さそうなお坊ちゃん風のこのナレザギーだが、”聖戦士”というとんでもない兵隊を作り上げる技術に長け、そしてこのアマナでやってしまった男だ。悪人に見えぬ悪人。

 郊外の駐屯地は天幕と応急で作ったような木造家屋の組み合わせだ。そこにいるアマナ傭兵こと聖戦士共は、何とも気だるげにぼやーっと日向ぼっこをしているか、給仕が作った飯を静かに食べている。半裸の姿を見れば、呆けてる割には肉の付きは中々ではあるが。

「戦えるのか?」

「一応、漏れなく軍事訓練は受けているよ。騎士並みに幼少時から武芸に励んできた者もそこそこ」

 聖戦士に仕立て上げてあるそうだが、全員がやる気無さそうに見える。

「ナレザギーくんよぉ、こいつら現場までもつの?」

「良い仕上がりだよ。反抗する気力が無いからね、順調」

「便所行く気力はあるか」

 流石にその辺に小便跡はありそうだが、糞は転がってないし、ケツに抱えているようにも見えない。

「そこが我が王家の努力と研鑽の成果さ。これに覚醒剤を入れれば火が点いたみたいに動き出すんだ。後のお楽しみだね」

「へぇ……この人でなしめ」

「文明の火が灯る前の先祖からそうだよ」

「狐野郎め、尻尾握らせろ」

「たまに指先ぐらいの尻尾が生えてる者はいるね」

「前の尻尾は?」

「尻尾じゃありません」


■■■


 後日、ファスラが武芸の師匠に会わせてくれるというので後ろをついていく。ヒナオキくんも一緒だ。兄弟弟子なんだと。

 マザキの街を歩く。以前は知らないが、今では魔神代理領から人がやって来ているので自分達でもそこそこ目立たない。

 雑多な住宅地を抜け、塀囲いの高級住宅地に入る。塀と塀で出来た道を進む。

「ここだ」

 到着した屋敷に入り、ファスラとヒナオキくんが女中と何やらアマナ語で喋って、案内される。

「ここだ」

 案内されたのは、壁も床も板張りで広い間取りの部屋、稽古場か。壁に掛けられているの様々な武器。刀に槍に短刀、弓に鉄砲は分かるが、複雑な穂先を持った長柄武器や、鎖付き武器、用途も不明な刃物のような何かに鈍器のような何か。面白いな。

 顔面肉厚でいて全身鉄で出来た爺といった様相の男が正座して待っていた。これがここの主だな。

「旦那、あの爺様が俺達の師匠のカザイ・イッカンだ」

 それからファスラがアマナ語で何やら、たぶん自分の紹介をしてくれる。そしてカザイがこちらに何か一言、そして丁寧に座礼をする。どう返したらいいのかちょっと悩んで「よろしくお願いします」と言ってみる。

 カザイは木刀を手に立ち上がり、対してヒナオキくんが木刀を持ち、礼をして、両手に持ち替えて声を出して気合を入れる。何か力み過ぎかなぁ。

 ヒナオキくんは裂帛の気合とともに斬撃を打ち出す。要するに、正気を疑うような奇声を上げて斬りかかるが、カザイは木刀でそれを受けて、滑るように受け流して一歩前、背中を打つ。激痛に歪んだ顔でヒナオキくんは諦めずに掛かろうとするが、何回も打ち込まれて倒れてしまう。

「あれでも実戦を想定しているんだ。死ぬまで死なないって感覚を体に教える」

「うん?」

「体に死ぬ演技をさせないようにするんだよ。確かに重傷だが、まだ死んでいないし動けるって場合はある。動ける限り動き続けるんだ。自分が死んだと思って、重傷でもう動けないと思って諦めて、せめて相討ちに持ち込めたはずなのにその前に本当に死んでしまう者の多いこと」

「はーん、なるほど」

 ヒナオキくんは懲りずに武器を替えて挑む。

 棒先に布玉をつけた槍。突き出した槍の柄をカザイは首と肩で挟んで止め、木刀でヒナオキくんの腹を突いて倒す。胃に効いたのかゲロを吐く。吐きながらも動こうとするが、また何回も打ち込まれて倒される。

 ヒナオキくんがゲロ掃除をするまでちょっと道場の外で空気を吸う。

 掃除完了。

 次は鏃が布玉になった弓と刀の組み合わせ。鏃は殺さずの物でも弦の張りは実戦仕様で、矢は早く、それをカザイが木刀で弾くが音が重い。

 弾きながらカザイは前進、ヒナオキくんは弓を捨てて木刀を手にするが、それを木刀で絡み取られて手元からすっぱ抜かれ、絡み取った動作からの流れで肩を打たれ、それからまた何回も打ち込まれて倒される。

 次は木刀のみだが、ヒナオキくんは木刀の投擲からの徒手格闘を挑んだが、どうにも疲労と激痛で意識が飛んでいたようで、あっさりとカザイに無防備な体に何回も打ち込まれて倒される。身を守る物無しに突っ込むのは困難だ。

 手の内を変えて挑んでいくのが見ていて面白かったが、ヒナオキくんは立ち上がるのが困難な程になっている。引き摺って、道場の庭に出して井戸の冷や水をぶっかけてやる。

 次はファスラ。木刀片手に身軽に、ヒナオキくんと違って優雅に遊んでいるみたいに木刀を打ち合うと見せかけて全て空を切る形。舞踏のようでもあるが、これを真似出来るかと言われたら無理。

 ファスラは汗をかかず、カザイはヒナオキくんとの稽古もあってか汗が滲んでいる。

 ファスラの木刀がカザイの脛のところで止り、その踊りは終わった。

「これはお前の勝ちなのか?」

「お、旦那は分かったのかい」

「凄いとは思ったけど、稽古になるのか?」

「シゲみたいに殺す気でやったら馬鹿みるからああやってんだよ。仕事持ちが強くなるための練習で、怪我して、死んだらアホだぜ」

「ああ、あっちはカザイさんが手加減出来るからあの勢いか」

「そういうこった。次は旦那だな」

 ファスラが自分の稽古用の道具を支度、それを受け取る。

 木刀を片手に、帯にはいつでも抜けるように短い木刀を差す。拳銃には鉛弾の代わりに雑巾千切って丸めた布弾を装填。

「とりあえず、いつも通り掛かってみるのが良いかな」

 ファスラがアマナ語で喋る。拳銃使って良いかの確認かな。

「そうだな」

 距離を取って始める。走って拳銃を構えて発砲。撃つ前に横に軽く動いてカザイは避ける。拳銃を捨てる。

 上段から木刀で打ち掛かると、カザイは瞬時に木刀を右の片手持ちにする。そして左前腕で振った木刀の腹を払われ、右の木刀で押し返される。踏ん張り切れず、二歩下がって踏み止まる。

 ファスラが通訳

「刀の振りが遅い。早くなっても相打ちの可能性が濃厚。その雑兵剣法で今まで無傷とは驚きだ、だとよ」

「そりゃあんた、火力戦の専門家じゃないだろ?」

 ファスラが通訳。こちらに通訳するまでもなくカザイの笑いで意味は通じる。

 もう一度距離を取って始める。走って拳銃を構えて狙う、横に軽く動いてカザイは射線から身を逃がす。

 しつこく狙って大きめに身を逃させ、木刀で突きを出す。出した木刀を下から払われ、逆らわないで木刀で飛ばさせ、短い木刀を抜きながら拳銃で狙って発砲、これを避けられる。

 拳銃を捨てつつ再度、短い木刀で突き。散々に体勢を乱したのでいけると思ったが、その乱れた体制からの体当たりで懐に入られて突きが逸れる。体当たりは踏ん張って堪える。

 拳銃を捨てた左手でカザイの奥襟を掴んで身動きが取り辛いように下へ抑え付けるようにして拘束、短い木刀で腹をグリグリ抉ってやろうと思ったら、カザイの姿勢が低くなり、同時に床に引き込まれる感覚、回転? 背中に衝撃!

 気がついたらカザイが自分の上で馬乗りになり、既に木刀は手放していたらしく、自分の顎先を手の平で押し上げると同時に喉へ中指を半ば立てた拳で突く……寸前で止って終了。

 ファスラが通訳

「投げからの受身、建て直しが下手糞。寝たら早く動かないとどうにでもされる。これはセリンとの生臭い寝技じゃ身につかない技能だな」

「あー、相撲はちょっと自信あったんだけどなぁ」

「旦那のは立ち技組み技から短剣ぶっ刺すようなやつじゃないか? 寝っ転がって首絞めて間接折って、目に指突っ込んだり爪剥いだり、金玉握り潰すとか、馬乗りになってぶん殴るとか方向性違うだろ。上から覆い被されたら転がす方に服掴んで体重動かしたり、背中這って床を蹴って跳ねるぐらいに動くとか、脚を絡めて動きを制御するとか、喋り始めたらキリ無ぇが、そういうこった」

 奥が深い。やられた分だけ素直に感心できる。

「もう一回」

 通訳するまでも無くもう一度。

 納得するまでとは流石にいかないが、前よりは良くなった手応えを感じ、動いて汗掻いて腹が気持ち悪くなり、動きが明らかに悪くなったあたりで終いとした。


■■■


 後日、屋敷での早朝、鶏の鳴き声の前に銃声で、屋敷であてがわれた寝室で目が覚める。

 とりあえずセリンの髪の触手の海を掻き分けて起き上がり、着替えて外に出て便所の戸を引こうとしたら「あー糞してる」とファスラの声と糞か屁の音。諦めて生垣に立小便。偵察隊が二名程来たところ放出終了。その二名に騒ぎになっている場所に連れて行って貰う。

 槍を持った守備隊に薙刀を持った女中を掻き分けて進むと、ルドゥが腹に銃弾を受けて苦しんでいる若い女中の胸に半ば銃剣を刺し、わずかな動作で心臓を刺せるようにしている。そして偵察隊が方陣を組んで小銃、銃剣を向け、そこに近寄らせないようにしている。

 武装した守備隊と女中はルドゥ等を捕らえるべきか頭を捻っている。本来なら無条件で死にそうな女中の仇を取りに行くところだが、客人であるこちらの兵隊のルドゥら偵察隊へ即座に打ち掛かるには状況が特異。

「ルドゥ、曲者か」

「そうだ大将」

「ベルくん、何これ。喧嘩の割には楽しそうだけどね」

 ルーキーヤが寝巻き姿でやって来る。体に巻きつける型の民族衣装なので、

「姉さん、おっぱい見えそうですよ。ありがとう」

「そう?」

 それからルーキーヤは服の胸元を調節しながら、アマナ語で守備隊や女中を下がらせる。一人二人くらい残りそうなものだが、あっという間に散った。

「ウチのルドゥが曲者を捕らえた」

「曲者? この子は知り合いの紹介で、面接して雇った覚えがあるんだけどねぇ」

「最近?」

「ここに来て四年。名前はハナちゃん」

 それマズくない? と思ったが、偵察隊員がその女中の顔の皮を短剣で薄皮剥ぐように刃を少し立て、その切れ目に指を入れて一気に剥ぎ取る。

「あらま、ホント?」

「おー凄いな」

 その顔は変装用に鼻も耳も削いだ状態。それから偵察隊員が短剣で歯を抉ると、入れ歯が取れる。その取れた入れ歯をその偵察隊員が観察。

「同一人物」

 複数人の歯から継ぎ接ぎに作った物ではなく、単一人物から作ったという意味だろう。

「ハナちゃん殺して入れ替わったって事ね。随分上等な奴送ってくれたじゃない」

 ルーキーヤが偽ハナちゃんの腹の傷を、足先が全て捻じ込むぐらい蹴る。同時にルドゥが銃剣を抜く。抜かねば心臓が抉られていただろうという程に偽ハナちゃんは痙攣する。

「良く分かったなルドゥ」

「臭いが違う。喋り方が違う。口を挟む間が違う。目の動きが違う。歩き方が違う。間の取り方もまるで違う。何で分からないんだ? あんたの縄張りだろ」

「言い訳が出来ないねぇ」

 ルーキーヤが突っ込んだままの足先をグリグリグチュグチュ捻る。

「死んじゃうよそれ」

 偽ハナちゃんは失神している。

「腹に銃弾ブチ込まれた死に掛けが拷問なんかで吐きやしないでしょ」

「そりゃそうか」

 もしやと思って、偽ハナちゃんの服に、胸の方から手を突っ込んでおっぱい掴んで引っ張ってみると、

「おっぱい取れた!」

 取れたおっぱいを自分の胸に入れてみる。あれ、何だこれ? 何か自分じゃないみたい。

 ルーキーヤは足の指で、銃弾で千切れた腸を引きずり出してから、老いた女中が持ってきた湯を張った桶で足を洗わせて屋内に戻った。


■■■


 成り代わり事件があって、朝飯で玄米山盛りに、塩辛いのと甘いのと鼻と目に染みる妙な辛さの漬物、魚は骨ごと食えるヤツ、ウンコみたいな味噌って塩辛いのが入った葉っぱ汁を食べたら捕虜と隠密の処遇を決める。

 とりあえず偵察隊に、龍人メイツァオの皮を首下から剥いでなめして服作らせる事にした。話に聞き、実際に見た龍人の強さに鑑みればこれでも死なない。メイツァオは勿論、捕らえたセリンの管轄なのでセリンに話を通して行われる。それから偽ハナちゃんの首はルーキーヤから貰って塩漬けにすることにした。

 その二つの宛先は天政は賊軍に組するルオ家である。ただ送る手段は特殊であり、警戒監視を皆無にした場所に置き、他にも潜っているであろう敵方の隠密に持って行かせる事にした。こちらからあちらへ確実に運送をする手段が無いのでそのような事になる。まあ、我々の戦争ではないからどっちに転んでも転がらなくても良いんだが。

「何てお手紙添えるんだよ?」

 屋敷であてがわれた寝室で、セリンが机の前で胡坐をかき、両手で腹を抱えて唸っている。そして髪の触手で墨を付けていない筆をクルクル回している。

「裏切って結果を出せ。次は肋骨で笛を作るつもりだが、龍人と言えどルオ・メイツァオがどこまで耐え切れるか? かな。うーん、挨拶無用で形式ばる必要も無いし、口語っぽいのは止めよっかなぁー、事務っぽくしようかぁ?」

「その前にセリンお前、笛彫れるのか?」

「妖精達が出来るんじゃないの?」

「おいルドゥ」

 廊下から返事が返ってくる。

「骨を見ないと何とも言えない。大腿骨の取り置きは無いんだろ」

「いいや、一本取って来い」

「分かった大将」

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