第87話「南王征伐」 シラン

 我が私兵、実働戦力五千に後方支援に二万。全て然るべき専門家である。特に後方支援要員は必須だ。彼らがいなければ蝗の群れにも劣る存在に成り果てる。

 現地志願兵二千。火器の扱いを知っている者がほぼいない。鉄砲猟師ぐらいはいるが、組織的に使える数はいない。

 徴募兵はいない。政治的に今の戦には邪魔だ。

 近場の屯田兵二万一千。矛槍の訓練を受けている者はいるが小銃に大砲、空圧連弩、騎馬の訓練を受けているものが規定より遥かに少ない。装備定数も足りず、こちらが与えねばならなかった。

 屯田兵に関しては想定通り全く下らん。太平に腐り始めていた。誤魔化し易い火薬、馬糧の横流しに始まって、調子に乗って銃砲に馬という様子が伺える。それからこの辺りの屯田兵に対して責任を持つ者は私財を持って北朝側に逃げた後だ。責任を追及する相手もいない。糞のような話だな!

 それから容易に鞍替えをする傭兵、盗賊、地方貴族、ただの呼称違い程度のゴロツキ共からは良い雇い主と思われるように法の定める規定金額に何かと色をつける。敵側に転び難いようにする措置なのだが進んでゴミ箱に手を突っ込んでいる気分が最悪だ。そんな連中が四万四千。

 それから扶養義務はないがある程度は便宜を図ってやらねばならない戦場商人が諸々。

 大飯喰らいの金の亡者で物を直ぐに壊す乱暴者ばかりだ。軍税を課して、我が軍の影響が及ぶ地域から資金を調達しないとこの軍を維持出来ない。

 軍税は地方領主には嫌われる。宥める手紙を送り、賄賂を贈り、美男美女を送る。搾取される側の領主への恨みが募るばかりだがそれを労わるのは自分の仕事ではない。

 軍税は地方官吏には調整を求められる。中央への貢納分が確保出来ないと彼らが困ってしまうのだ。徴税請負人を暴走同然に追い詰めるのは現状では認められない。農民反乱など相手にしている余裕は無いのだ。

 軍税は中央官吏からは賞賛される。奴等には一切手間を取らせずに軍を動かしている。政府の再構築に忙しく、こちらの後方支援に交渉事まで面倒を見る余裕も、功績を嫉妬する余裕が無い。南北に勢力が分かれることで官僚も分かれたのだ。地方官僚はその地に根付くが、中央官僚となればそうはいかない。人手不足なのである。

 中央からの資金供給はほんのわずかである。供給というよりは役職分の給与支払い程度である。官吏の給与額は大いなる副業をしなければ相応しい生活が維持出来ぬ程度であるから額は大河の一滴程。工夫が必要とされる。

 太平の世にまだ辛うじて腐ってはいない常備軍と、腐り始めた屯田兵に、政治的配慮がなされた程度の数と質の徴募兵を合わせた正規軍は全て対北方戦線に向けられている。そのための資金物資が湯水のように投入されている。されなければお話にならない。であるからこちらで補う。補う事になってしまった。

 北朝は勿論北にある。北朝の京ヤンルーは勿論北にある。我々は南王レン・イジンを倒せねばならない。南王というのだから南にいる。主戦線は北であり、この南はあくまでもおまけだ。

 それはいいのだが金に困らないようにして貰いたいものだ。どうにかするのが政府の仕事というもの。そうすれば軍税の徴集なんてしなくていいのだ。徴集にも手間が掛かるし、常に武装蜂起の危険と隣り合わせ。

 致し方なく取ったこの軍税という措置だが、中央からはその軍税に対して責任を持つような発言は一切ない。全て曖昧に済ませてしまおうという魂胆が見え透いている。都合が悪くなれば徴集分の責任をこちらに負わせてくるだろう。現時点で既に我がルオ家で負担出来る額ではないし、この戦いはもっと続く。

 よくそれで人心掌握が肝心である内戦など起こせたものだと逆に感心する。天子様よりこちらの行動に対して――お立場、内々にではあるが――責任を持つというお言葉を頂かなければ持ち場を放棄して深い山に隠遁でもしていたところである。責任逃れがされぬよう、写しも取って徴税明細は財務院に、軍事に関わっていることなので行動報告は軍政院に送っているがどこでどう誤魔化されるやら心配である。

 新しい丞相は口は達者――古典を長々と引用しつつ相手を疲れさせ、足元を掬う言葉を織り交ぜては揚げ足を取るのが達者と言えれば――だが信用がならない。革新派若手官僚の筆頭であり、汚職塗れの老人官僚を排斥せよと口々に訴えるような奴だ。つまり気に入らないのなら斬り捨てる事が出来る輩なのだ。義務以上の労を割いてやろうなどとは思えない奴だ。

 軍政院、民政院、司法院、外務院、財務院、幽地院の六院の各令達は体制の再構築に忙殺されていて当てにならない。老人官僚を排斥したのだからそれはそうなってしまうだろう。そして人手不足から三選挙を通過してもいない者も採用したと聞くに、あの脳が焼けるような勉強の日々を思い出し怒りが沸く。

 新しい総把軍監は血による縁故採用で評価し難い。どこからか漏れてくる汚い声を清くするための濾過装置か何かだろう。

 士気高揚目的と軍の”水膨れ”によって面白いように昇格した各将軍以上の高級将校も試験を簡略化しての選抜となってしまったので質が危うい。

 自分は孤立無援の状態にあるのではないかと常々思う。このような乱痴気騒ぎに加わるために立身出世を目指したのではない。

 事の発端は皇太后エン・キーネイ陛下が”元天子”レン・エイシュ様へ”現天子”レン・トイン様への譲位を迫った事にある。理由は、宇宙を統べる偉大なる天政の象徴としての能力一切に欠ける、である。

 エイシュ様の評価は非公式に凡庸な善人である。その評価が覆った事は一度も無い。

 詳細は伝わっていないが譲位を迫った折にエイシュ様の何か逆鱗に触れたらしく、皇太后陛下に死刑を直接言い渡したがその前に宮中から逃れられた。そして逃げた皇太后陛下が実子トイン様を立ててご謀反。計画的なのか保険だったのかは不明だが、謀反の準備は事前にされていて対抗できるだけの勢力は確保されていたので今に至る。既に天政のおよそ四割は味方につけているのだからその点は大したものである。ただの老女の癇癪ではなかったのだろう。

 トイン様もここで立たねば第一継承権を失うと思っての事と邪推する。トイン様とエイシュ様とは異母兄弟。どれほど親愛の情があるかは不明であるが、絶対に手をかけないと呼べる程の間柄ではあるまい。

 謀反前の天政を分析するならば御輿は軽い方が良いと個人的に思っていたのでエイシュ様はある種の理想だと思っていたが、我がルオ家当主がトイン様を天子とし、リャンワンを京とする天政、俗に呼ばれる南朝に組すると決めたのだからそれに従う。合点いかぬ所は勿論あるが、新しき天政に身を捧げる覚悟は出来た。しかし現状に鑑みるに、革命に殉じるよりも保身したくなってしまう。殉じたくなる程の熱を与えてくれる者が誰一人としていない。

 徴集した軍税と今後の支出予想表を見比べて今出せる金額を算出する。

 軍税は法を継ぎ接ぎして体裁を整え、緊急事態という免状を貼り付けて、司法院が意図的に視力を悪化させてようやく動くような乱世の奇法である。悪法と呼ぶに相応しく、乱世が終われば腰を斬られるような責任を取らされる事は目に見えている。しかしそれで物怖じする程度ならばルオ家は名乗れない。その辺の命惜しさに命を懸ける程度の連中とは違うのだ。個人的な考えはともかく。

 算出したその金額から雇用費を抜き、補充として待たせていた傭兵共に支払う算段がついた。軍税と倫理にもとらぬ収奪が我が軍の主要財源、匙加減一つで皆が死ぬ。

 最前線の指揮所にて箱一杯の砂金を客、傭兵に見せる。重さは丸太のように筋肉で太った男が二人でやっと持てる重さだ。これは収奪品の一部だ。

「この場で量って構いません」

「ルオの名は良く知っている」

 待たせた分少し多めにしてやる。麻袋を使用人が客の手下に渡す。中身は兌換紙幣の束。

「分かってるなシランの大将。あんた官吏でも将軍でもない、王の器が見える」

「特務巡撫です」

「王より凄いよ。そんな肩書き、誰が任せられる?」

 と生意気な口を傭兵が利く。山賊上がりの野良犬貴族の三男坊の分際で。

 今、自分の役職は丞相直下の特務巡撫である。特務巡撫とは担当地域に対して丞相代理権限を有するものである。つまり、どんな手を使ってもいいからそこにいる敵を潰せ、である。平和な土地に派遣される役職ではないのでそのように解釈される。そのための役職であり、軍事行動を取る場合においても武人の最高官職である総把軍監が横から口を出せないだけの権威もある。権威なので常識的には相談しあって行動するものではある。

 次に革新四方霊山大旗を手渡す。傭兵が形式通りに膝を突いて受け取る。それから深紅の革新旗を荷車一杯渡す。これで我等が新たな正当天政の傘下に加わった事になる

 東が落ちれば西が上がる。

 光明八星天龍大旗は東を意味する。光明は夜明け。八星は東を示す八と始祖八上帝。天龍は太陽と天政の守護一族。レン家縁の方角でもある。

 革新四方霊山大旗は西を意味する。革新は日没だが、再生の為の破壊に意を転じる。四方は天政地のみならず蛮地も全て含む全宇宙。霊山は天龍一族が住まう天政最高の霊所。エン家縁の方角でもある。

 女は占い好きと聞く。皇太后陛下もこれになにやら天命でも見出したのだろうか。

「黄色より紅の方が勝てる気になるな」

 これで二万の軍が新たに指揮下へ入った。


■■■


 現在、フォル江以南の最後の北朝派、南王軍相手に、おそらく最後の主力決戦中。南王の都ファンコウと、その近郊の支城七つと、そこから出たり戻ったりしてこちらの軍を牽制し、休みながらも粘り強く戦う南王連合軍が相手だ。

 方角に従った王号を持つ者には要になる都と周辺地域が実質与えられ、方角毎に四分された天政地を化粧領とし、それを統括する役目を名目的に持つ。権威程実力を持たないが、それでも権力として振るわれるに十分な程の実力を持つ工夫は出来る。南王レン・イジンはその工夫が出来るお方だ。皇族の中でも強い力を持ち、南部諸侯もそれに大きく影響される。策略を用いないと勝てない相手なのだ。

 ファンコウと七つの支城は森や崖、川等の自然の要害と有機的に組み合わさっており、どれか一方に戦力を集中させて、決戦に持ち込もうと軍を集結させようとすれば、集結地点の軍は支城に逃げ込み、別の支城からは軍が出てきて集結を解除しないと半包囲されるという、支城を陥落させる事が困難な要塞圏なのだ。そして大軍を無理に投入出来る地形でもなく、軍を動かせば後方連絡線が必ず脅かされるという道路配置で、設計した者を賞賛したい。

 そんなファンコウ要塞圏を不完全ながら包囲中。飢餓という状態までいっていないが、苦しい状態には陥らせている。

 川の封鎖が急務だが支城の一つアンキュウ城が小さいながら搬入口の役目をしており、細々と船が出入りを続けている。それ以外の支城には大規模な軍が駐屯しており、ファンコウの完全封鎖を邪魔している。

 我が軍は大砲のような攻城兵器に不足している。ルオ家所有の分だけで一つの要塞を攻めるに十分だが、このような広域な要塞圏を相手取るとなると足りない。他の軍が大砲を持っていないかどうかは愚問である。古い様式の投石機があれば少しマシかと思うが、ああいった物を作るような技師が現代にはいない。要塞圏の防御力以上にこちらの攻撃力が足りていない。

 包囲網を突破するように見せかけようと支城から敵が出撃してくる事はよくあり、常にどの包囲部隊も野戦を行えるようにしないといけないから兵への負担は強い。野戦と包囲を同時にこなせる状態にあらねばならず、包囲部隊に適切な補給を続けるには道が複雑な上、常に支城からの妨害部隊を警戒せねばならない厄介な戦場。恐ろしく金を食う戦場だ。早期に決着をつけねば軍税を徴収している地域が反乱を起こしかねず、苦しい立場。

 我が隠密から手紙、暗号を解読。内容は、日和見をしていたファンコウに近い貴族、ジュンパウ州伯の家族を拉致して味方につけることに成功したとのこと。策謀が一つ実った。

 ジュンパウ旅団の護校尉への賄賂も添えた軍資金と物資の手配をして送り出す。これで動かぬ等と言い訳はさせない。

 人は自らの強い意思のみで何かを決めるという事はあまり無い。何かしら外の環境に合わせた上で最高ではなくても最善に近い答えを求める。ジュンパウ州伯という小さい変化があらゆる状況に波及する。”流れ”が変わった。

 我が龍人たる弟メイツァオがファンコウに送られる支援物資を載せた船を撃沈、拿捕したと報告。流石の幽地の極みの一つに至った我が弟、水戦巧者、安心して任せられるというものだ。

 その支援物資を新しい傭兵共にくれてやる。気前の良いところを見せねばあの腐った連中はロクに働きもしない。頼れる常備軍は北にいるのだ。南にはいない。

 あの新しい傭兵共が金で戦いに加わり、増援という新風を送り込んで優勢の気配を醸し出す。そしてジュンパウ旅団が恭順を示した上でこちらに向かって来ているという情報を流す。

 仕上げの前準備の前準備が整った。次はアンキュウ城を落とす。

 各支城に総攻撃と見せかけた陽動攻撃を仕掛けさせる。こういった総攻撃と見せかけ、敵が緊張したら直ぐに引くという事はこれまでも繰り返しているので、分かっていても嘘か真か戸惑ってしまうものだ。それこそ、密偵でも適所に派遣しなければ分からない。そこに隙が生まれる。最低でも、迎撃準備に若干の遅れが生じる。それだけでもいい。一寸でも有利に事を運べれば良い。

 温存していた私兵、少数精鋭部隊を率いてアンキュウ城を奇襲する。攻城兵器等は一切使わない。大砲など引っ張っていたら時間がかかり、陽動に気付いた他の支城から援軍がやってきたら壊滅する恐れがあるのだ。

 精鋭と言えど少数、大軍には敵わぬ。まだ持久戦を継続中であると、攻め上がる勢いが見えぬよう誤魔化し、相手が勘違いしている内にやらねばならない。

 集団方術にて城壁を破壊させる。如何に堅固で重厚長大な城壁であろうと、万物現象の境界”方”を操作すれば容易い。ましてやそれを十人力、百人力で行えば戦争にだって使える。

 自分の指揮と調整の元、城壁の基礎の土と周囲の水の境界を弄って混同させる分隊、掻き混ぜる力を発生させる分隊、水壕となった川と接続する分隊、そしてその力を遠距離から城壁まで延長させる分隊に分かれ、泥の渦を作る。基礎を溶かされたアンキュウ城の城壁が静かに崩れ始める。壁の上から逃げ遅れた敵兵が巻き込まれて泥に飲まれる。水壕も泥から、崩れた城壁を巻き込んだ足場となりつつある。反撃は、城壁の大砲の射程外で行っているので受けていない。方術の発生元と発現元の距離を遠大にするのは容易ではないが、必要な訓練と人員がいれば可能だ。その手法を自分が編み出した。

 そして城壁が程よく崩れ去った時、泥の境界を上下に別種に別つようにし。水壕を干し煉瓦のような状態に移行させる。

 二万の増援で配置に余裕が出来たので、余裕から生まれた予備部隊をアンキュウ城に突入させるよう命令する。ある程度の規模、城を攻め落とす規模の攻撃ではないとするために今まで動かさなかった。

 次に時間稼ぎも兼ね、城壁内の動植物達の方に融合するように方術で働きかける。生ける者に対して明確に害する程に働きかけるには大いに工夫が必要だが、混乱を引き起こすには十分だ。足が草花に絡めとられる。木の枝が腕に首に巻きつく。木材が変形して建物が変形して用を、わずかになさなくなる。手に持つ槍や小銃の木材、衣服までもが薄皮と張り付く。ナマ物を、こんな時期に運悪く食べていたものは喉を詰まらせただろう。全く死ぬ程の事ではないが、そうとは知らぬ者は多いに混乱しよう。もっと酷い事になるのではと思えば半狂乱にもなる。

 アンキュウ城の兵は混乱しているので打ち破るの容易いだろう。敵の方術使いが混乱を治める事が出来れば別だが、それには相手がどの境界をどのように操作しているかを見つけ出さなければならない。冷静な頭が無ければ出来ないのだから苦心していよう。

 さらに首狩りを兼ねる陽動を実施する。首が狩れずとも、混乱してくれれば良い。城へ突入する為の作戦を、方術を交えて行う。

 まずは城壁を崩し、敵が迎撃を行えなくなった所まで移動。

 事前に根から掘り起こした木々をアンキュウ城の城壁前に並べ、方術にて変化させ、共食いさせ成型し、城の本丸へと続く橋を作る。その橋から城へは少数精鋭部隊の内、白兵戦に長けた者達を突入させる。小細工を弄したとて数には圧倒的に劣るので精兵達は敵の城の中で篭城戦を行うような奇抜な戦いとなる。中から敵戦力を陽動するのだ。

 そしてもう一計と言って良いか、精兵の一人がアンキュウ城の天辺に上がり、白黄の光明八星天龍大旗を降ろし、我々の深紅の革新四方霊山大旗を立てて「万歳!」を叫ぶ。

 そうして嫌がらせの方術、本丸突入、城の象徴でも大旗の色も変わって混乱しているアンキュウへ、予備部隊が突入をする前の整列を行う。

 突入準備射撃として軽迫撃砲から、導火線に点火された榴弾が発射され、城壁内に着弾して爆発する。素早さを重視しているので口径も弾数も少ないが、何も城内を耕すために使うのではない。

 本丸制圧が予想より早いようで、あっと言う間にアンキュウ城の本丸には簡易型の深紅一色の革新旗が立てられていく。城の敵兵もアンキュウ城を見渡せる位置にいる敵兵も気が萎えてしまっただろう。

「天より降りし、宇宙を開闢し、夷敵を滅ぼし、法を整備し、太平をもたらし、中原を肥やし、文化を咲かし、四方を征服した偉大なる八大上帝より後代、宇宙を司りし天子の名において、丞相ウィー・ソンニより特務巡撫に任ぜられたルオ・シランである。降伏すれば良し、将軍以下全民間人罪には問わぬ。ただし、抵抗すればその限りではない。返答されよ!」

 本丸が程よく深紅になったところで降伏勧告。アンキュウ城に静けさがやってくる。

 そして、突入する前にアンキュウ城の将軍が兜を脱いだ姿でやってきて、眼前にて跪いた。降伏したのだ。


■■■


 アンキュウ城陥落に敵は動揺を見せた。陽動攻撃から独断専行にて本格的な攻城戦に移行し、支城の一部は勢いに押し込まれ、城門に我が軍が迫って降伏勧告をすれば応じてしまうという状況になった。そのように伝令が次々とやって来る。

 独断専行は許しがたいものだが、これはある程度計算の内であって咎めることはしない。攻城戦に失敗してしまった将軍等も咎めない。陽動には成功しているのだし、損害は別に惜しい程の精鋭が死んだわけではない。

 残る支城攻略の軍と、ファンコウ直接攻略の軍に分けて再編成する。支城はともかく、大都市ファンコウに本当に突入する気は無いが、その姿勢は見せるべきだし、必要とあらばやるしかない。

 第一段階としてファンコウを包囲で締め上げつつ一部城壁を破壊し、いつでもこちらが突入出来るというような恐怖を与える。これは所詮は内戦。下ってくれればそれで良いのだ。レン家の連なる南王が、北朝の一派の重鎮が降伏したとなれば良き宣伝になる。

 砲兵部隊を進め、ファンコウ正門への砲撃を開始させる。正門は頑丈であるが壊せない程ではない。そしてここに傷をつけるということは、顔面を殴りつける衝撃に値する。もしそれが小手調べ程度ならば相手の怒りを買うだけだが、本格的に崩す勢いを見せれば怒りを越して恐怖に至る。

 そのようにして正門とその防御施設を崩していると、残る支城が、遂にやってきたジュンパウ旅団と、風見鶏のような多数の地方軍の到着、出発の報告の衝撃によって全てが降伏をした。

 支城を失えば要塞圏の機能を、当然のように失ってしまうものである。七つ揃えば頑強極まりないが、一つ欠ければ蟻の一穴となり複数欠ければお終いである。そんな状況で味方の援軍どころか敵の増援、しかも寝返った味方となれば絶望しても仕方がない。篭城とは援軍を当てにしての行動だからだ。

 砲撃を中止し、南王にも覚えめでたいジュンパウ州伯を使って開城交渉役に当たらせる。自分は名門ルオ家の出とはいえ、大貴族でもなく領地も無い若き一官吏。交渉役はより貴く古き方にさせるのが年功貴賎に差し障りが無く事が良く運ぶ。人は意地を張ってしまうものだ。熱い戦いは終りにしたい。

 交渉が始まっても自分は顔を出さない。出すのは開城、降伏が決まってからだ。若造に打ち倒されたのではなく、古い友人に諭されて諦めるという体裁を取って戴く。


■■■


 流石の南王というべきか簡単には開城に応じない。まあ、二日三日で決まる話でもない。

 しかしの二日三日の交渉中に隙を見つけたか、南王の王子と手勢が包囲を強行突破したとの報告が入る。

 南王を捨石に王子を逃がすとはしてやられた。このような事をすれば一族極刑も有り得るというのに豪気な事だ。最終交渉という空気におそらく、連戦で疲れていた兵士や、忠義心の薄い傭兵、世間が何だか良く分かっていない屯田兵が突破を許したのだ。

 私兵の即応部隊として出発させ、逃走経路の割り出しや殿部隊の露払いをさせる。

 本格的な追撃部隊の編成に入る。敵対関門等を抜けたり、都市に逃げ込まれたら攻城兵器が必要になる。重武装の部隊を派遣せねばならないが、ファンコウ包囲とその支城、周辺を維持する部隊を差っ引いて考えねばならないのだ。考えて調整する時間が少し必要だ。兵の疲労もある。

 そんな風に忙しくなったと思ったらなんとふざけた事もあるものか、我等が天子様の母君、皇太后陛下の甥の息子である元大校尉の将軍閣下が現場を引き継ぐとやってきたのだ。加えてルオ・シラン特務巡撫の新しい任地先もご紹介下さった。

 大校尉が指揮するのは定数五百である大隊。ここには今、死傷者のとりまとめも済んではいない十万以上の、意識も出自も指揮系統も異なる大軍がいる。それを何とか統合して、資金と物資という血を通わせて動かしているのが誰だか分かっているだろうか? あの糞垂れ坊やにこの仕事が出来るか? 無理だ。歴戦の大将軍だってしっかりとした引継ぎ無しには無理だ。

 我が十万の軍の人間関係、権利関係、契約関係等々を可能な限り整理した図を作ってやったが、新任将軍閣下は誤魔化すようにそれから目を反らして「ご苦労だった」等とほざいた。

 その図を作るのは義務ではない。親切だ。わずかであってもこの、第一歩を踏み出そうとしている新しき正当天政に寄与しようと思って、時間も睡眠も削って作ったのだ。勝手にした事だとでも言われよう。反論はしない。だが殺してやりたい。

 南王はこの交代劇を、間諜を通じて見て――見つけてはいないが絶対にいる――してやったりと思っただろう。あの人は皇族ながら、南蛮征伐、海賊討伐において実力を発揮し、良く南方を統率してきた方だ。百戦錬磨である。であるからか、交代のこの時を狙ってファンコウの開城に応じた。手柄だけは欲しい新任将軍閣下である。後先等考えずに引継ぎもいい加減に、話も聞かずに我々を追い出しに掛かった。抵抗はするものではない。一官吏である。

 現地の軍はその将軍に手続き通りに受け渡す事になる。追撃部隊の編成はなし崩し的に取り止めになった。新任将軍閣下が何やら――知りたくも無い――新命令を下したのだ。

 私兵は手元に戻す事になる。次の任地に転戦せねばならないのだ。

 私兵からの報告を受ける。勿論時間も余裕も無くて王子は取り逃がした。橋を落とし、船を焼き、偽の駅に道に案内看板まで用意していたというのだからたまらない。そして何とか痕跡は追っていたが、王子に友好的な勢力が管理するクイン関に阻まれて足止め。追撃部隊の援軍があれば間違いなくそこは突破できたが、軽武装では手も足も出なかったそうだ。仕方がないことだ。部下達の失敗は咎める所の無い失敗だ。

 転戦の用意をするが資金や物資は新任将軍閣下が管理するところとなっている。勿論、あんなのにお頼みしていては精神も胃袋も足だって悲惨な事になる。独自の蓄えでもって移動する。全て杓子定規にやっていては腐って倒れてしまう。

 股を開いただけで権力者を気取りやがってあの雌豚が! 手仕事が出来て身の程を弁える分そこらの農民娘の方が有能だ!

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