第74話「大虐殺」 ベルリク

 久しぶりにナシュカの作る飯を食べる。アウルの煮る炊く焼く揚げるが揃った料理で、料理名は不明。ただ言えることは、辛い美味い! 美味過ぎる。物に乏しいイスタメルでも良い味出していた腕に、ジャーヴァルの香辛料が加わって最強に感じる。舌が肥えているナレザギー王子もびっくりするぐらい美味い。

「後は礼儀さえ弁えれば完璧だな」

「飯食ったらテメェは口から糞垂れんのか」

 訂正、礼儀は不要だ。これでいい。

 冬季高地戦は結構辛かった。戦わないで死んだ奴がいる。

 食糧と燃料は常に確保している。確保できないようなら進出はしていない。

 死因は雪崩や崖からの転落だ。雪が被っているせいでそのような事故が起きる想定内である。重大な手落ちは今のところ見られない。

 敵も苦しめる冬の寒さが手伝って、アギンダ軍による攻撃で苦しんだことは一切無い。彼等にとっても冬季の高地は死の世界である。動きは相当に消極的だった。慣れている、は対処が出来るであって、平気ではない。アギンダ軍にとっても冬季の高地は辛いのだ。


■■■


 ガダンラシュに侵攻してその冬が過ぎて春になった。

 冬の間に着用していた、ルドゥ手製のアギンダ兵の襟巻きは外している。毛並みが良い奴の皮を剥いで作った物である。アクファルも着用していたし、ラシージも着用していた。ナレザギー王子も、何と着用していた。「彼等妖精を見ていると割りとどうでも良くなってきましたね」と言っていた。毒してしまったか。

 徹底した偵察の後、村や砦、時々町、等の拠点を落として、兵士に住民を殺して目玉抉って捕虜を突っ込ませ、人質の世話をしたり処刑したり、奴隷を解放して帰郷や新制度の村の復興を助けたりと細々仕事はあったが、大きな仕事が一つ実った。

 アギンダ軍は一枚岩ではない。周辺部族を侵略、武力で威圧、政略結婚、金品で買収、あらゆる手口でガダンラシュ高原に覇を唱えた。そうなれば当然、不満や憎悪を覚える部族が生まれる。

 被支配部族の中で、一番協力的且つ大規模な部族の長をナレザギー王子の紹介で、ジャーヴァル皇帝の権力でガダンラシュ藩王にした。

 その藩王、中々に先見の明があり、こちらの侵攻に併せて自領に引き篭もり、アギンダ軍の出兵命令を無視してきたそうだ。おかげで彼等の息子達の目玉を抉る事は無く、無用な恨みは買っていない。こちらに協力をすると接近した時の土産が、アギンダ軍との永久の決別を示すアギンダ兵の首一千余り。そして、アギンダ統領の息子の婚約者である。

 藩王の力を借りてガダンラシュ高原の地図を修正し、更に侵攻する。

 とりあえずの目標は、アギンダ軍の首都ダルマフートラ。ガダンラシュ高原にある大盆地にあり、水が豊富で中々豊かであるそうだ。

 それから良い事があった。ガダンラシュ高原への侵攻を開始してからというもの、アギンダ軍の行う略奪が著しく減少したそうで、ジャーヴァル皇帝直筆の感謝状と、帝国ではかなり上等な勲章である戦神ムンリヴァ勲章まで頂いてしまった。

 皇帝陛下からの感謝状なんて、異国の君主とは言え、畏れ多くて触るのも気が引けたものだ。

 ダルマフートラを目指して進む。アギンダ軍の中心が破壊されてもまだ被支配部族がアギンダ軍に従うかどうか見物だ。

 春になったというに敵の抵抗は弱い。まとまった軍組織での攻撃は一切無い。冬が去って往来も楽になって噂の伝播も正常になったか、行く先の村々はほぼ無人。命を捨てたも同然の年寄りが残っているくらいだ。恐れられる事を優先して取るに足らぬ者でも皆殺し。慈悲を見せる相手は選ぶ。

 アギンダ軍の妨害活動と言えば、軽装備の軽攻撃部隊が嫌がらせにやってくる程度で、竜跨兵を使った航空偵察、高所への偵察要員移動で大事はほぼ回避している。狙撃落石による死傷者は誤差範囲内、弾薬運搬車の爆破を一度許してしまったが、その被害も、少し痛かったが想定範囲内。全く無傷で敵地を歩けるなどありえない。

 無秩序が売りのアギンダ軍は既に組織抵抗力を喪失してきている、と思うのは早計か? 元より無いのかもしれない。恐怖戦略のお陰で被支配部族がビビって軍を編制するどころではないのかもしれない。とにかく、敵主力の撃破というお仕事が出来ていないので不安が消えない。襲撃してきたアギンダ兵は殺すか、捕まえたら不具にして送り返す。いい加減、敵さんは望み薄い襲撃が嫌になってこないのかね?

 それよりも気がかりは敵よりも味方の疲労である。流石に慣れぬ土地で、心理的には優位であるものの、動きが鈍ってきている。ダルマフートラ辺りで一度休ませたいものだ。


■■■


 人口密度が増してきたようで、そこそこ大きな規模の都市とは言わないが、城に城下町が組み合わさったような場所が散見されるようになってきた。ガダンラシュではある程度の規模になると城や砦が必ず町にある。外敵に苦慮してきた事が見て分かる。

 ガダンラシュ藩王の誕生もあり、徹底して今まで降伏勧告に従わなければ慈悲を見せてこなかったお陰もあってか、降伏勧告に素直に従う城が多かった。戦時中の措置として領主家族を人質にする。後はガダンラシュ藩王と主従契約をさせ、監視役を置くだけ。裏切った場合は家族のみならず、領民全てを奴隷にすらせず、殺すか不具にして野に放つと脅す。領主が差し出したアギンダ兵等を、町の広場で不具にしたり生きたまま豚に食わせたりしたので信じてくれるだろう。

 雪解け後は道が泥濘にならず、行軍は順調。予定より早く大盆地に到達した。荒れた大地は見飽きていたが、ここに来て生き生きとした物が見られる。春の新緑も青々と良く見える森林に草原、流れる川が何本も。目の良い少年騎兵等はあれは羊に山羊だ、あれは馬だ奪おうと騒いでいる。

 その大盆地を守る関門が立ちはだかっているので勿論攻撃する。

 火箭は南北ジャーヴァルで流行している火器である。大砲と違って軽くて、そこそこの重量しかない発射台があれば次々と発射可能。命中率が悪くて暴発不発率が高く、一本当たりの費用が高いのが難点だ。

 そんな火箭を、竜跨兵を使って高台に運び、有利な地点から撃ち込むとどうなるか? 圧倒的である。打ち下ろすと、打ち上げるよりは素直に飛ぶ。

 竜跨兵で普通の大砲を運ぶのは相当に厳しい。重過ぎるのだ。運搬実験では、持ち上げて飛ぶのは大変で、下げるのは大砲を壊す覚悟で行えそうだがやっていない。大砲を壊さないようにゆっくり下げる飛行なんて竜の筋肉に間接がぶっ壊れかねない重労働なのだ。可能な限り人数を集めてようやく行えそうだったが、怪我や事故が懸念されたので中止。

 大砲の車輪を回して運ぶのと、抱えて運ぶのと、縄で吊り下げて飛び上がるのと、同じく吊り下げてゆっくり飛び下がるのではそれぞれ労力がかなり違う。それこそ、今は亡きタルマーヒラ級の成熟しても運動に支障が無いような化物でも無い限り不可能であろうと結論。もし運ぶのなら実績のある、駱駝に乗せた小型の旋回砲が良い所だろう。

 地上からの大砲の砲撃、高所からの火箭射撃で関門要塞と守備隊は目に見えて壊滅状態になる。弓矢に石を投げていた時代そのままの防壁なのであっさりと壊れる。骨組も石の組み方も荒く、旧式の上に質が悪い。建物の倒壊で死んだ敵も多いだろう。積み木崩しの気分だ。

 関門要塞から逃げ散る敵を騎兵に始末させ、歩兵には瓦礫に紛れた敵兵を排除させる。

 敵の心臓部への障害がこれで取り除かれたわけだが、未だにまとまった数のアギンダ軍とは対面していない。本当にそのような組織力が無いのかもしれないし、限界までこちらを引きつけて戦う気なのかもしれない。ビビって拠点に引き篭もっている?

 遠くに見える緑に囲まれ、川が小洒落た演出をするダルマフートラが見えるところまで進軍する。城壁一面には漆喰が塗りこまれているようで、見た目は良い。ガダンラシュ高原で初めて文明的に見える壁を見られた。

 統領の息子の婚約者”毛長の”カシェミルという狐頭の女は、異種族の目から見ても凄い美人だ。毛色は綺麗な白に、良く見れば金がやや混じる。ナレザギー王子に感想を聞いたら「美人過ぎて近寄れない」とのこと。

 毛長の異名通り、カシェミルは普通の狐頭より毛が倍以上長い。長いのは体質異常で、毛を切っていないという事ではない。切らなくてもある程度の長さまで伸びたら抜けるそうだ。

「毛が伸びないならカツラ被ったりしたら面白そうですね。殿下、被ります? 作らせますよ」

「将軍、良い事を思いつきました。利益が出たら差し上げます」

 商売人って凄いと思った。

 それはさておき、ダルマフートラを包囲する。この都市に対しては全面的な降伏勧告は出さない。ガダンラシュ藩王に下るのならば、アギンダ族以外の者は助けるから城門から出て来いと、表現や言語を色々変えて呼びかけて回らせる。

 水源を断つために川はラシージに堰き止めさせて枯らした。そこまで大きくないので簡単。井戸も当然あるだろうから気休め程度だろう。だが、そうした細かい嫌がらせが不和を呼んで勝利に結びつく。

 そのような包囲作戦の小細工の中に一つ工夫。カシェミルを磔にしてダルマフートラの城壁に隠れている連中を挑発する。

 その下で、捕らえて温存しておいたアギンダ兵の目玉を抉り、腕を潰し、皮を一部剥ぎ、噂の馬鹿息子を挑発する”生きた手紙”を城門に向けて送り続ける。初め、アギンダ側は不具者の入場を拒んでいたが、不具者の懇願とそれに耐えられなくなった兵士住民が、おそらく勝手に中へ入れた。なんと慈悲深い。

 待っていた、アギンダ軍統領の息子が姿を現す。婚約者の磔を見て、怒り狂って突撃してくるかと思ったが。それでも一応堪えているようだ。

 こちらに目を向けているのを確認して、カシェミルの目をルドゥに一つ抉らせると、人間じゃとても出せないよう高くて耳が痛くなるような悲鳴を上げる。城壁の上にいる統領の息子、兵士等は、それはもう信じられないものでも見たかのように動揺、騒いで罵声を口々に捲くし立てる。悪役には凄い歓声に聞こえる。

 折角学んだジャーヴァルの共通語的役割のナシャタン語だが、この大盆地まで来るとまた別の南部系の共通語的役割のセクタス語とやらではないと通じないそうで、ナシュカに通訳させる。統一王朝があっただけでまるで地方は統一されてないと感じ入る。

「アギンダ軍の統領の後継者は臆病で! 婚約者が目の前で嬲られていても何も出来ないらしい! 城壁に隠れて見えないが、きっと小便を漏らしているだろう!」

 言葉でも挑発。抉ったカシェミルの目玉と、目の前で剥いだ下着を石に包んで城壁の向こうへ投擲が上手い奴に投げさせる。

「ほら、替えの下着だぞ馬鹿息子! 臆病息子の間違いだったか!? それともお母さんに手伝って貰わないとお着替え出来ないんでちゅかぁ?」

 ルドゥはカシェミルの指を一本切り落として、また悲鳴を上げさせ、城壁の上にいる統領の息子、兵士等にその指を良く見せてから、分かりやすいように口を開けて上を向き、人差し指と親指で摘んだその指を口に入れて食い始める。騒いでいた統領の息子、兵士等が今度は黙る。ルドゥが骨を噛み砕く音が響く。

「毛が邪魔だ、不味い」

 ルドゥが食いかけを吐き出す。

「良かったな雑魚息子! お前の婚約者は不味くて食えたもんじゃないとよ! 他を探せ!」

 ナシュカに通訳させる。

 統領の息子のみならず、相当数の兵士が正気を失ったような唸り声を出してブチキレた。狙い通りだが、さてどうする? 出方を伺う。

 わずかな準備時間で、城門を開けて敵騎兵隊が真正面から仕掛けてきた。絶世の美女とは何故男をこうも狂わせるのか? どうせケツは一つだというのに。

 騎兵隊の先頭は、この時点で馬鹿が確定した統領の馬鹿息子。名前は何だっけ? 忘れた。

 引き返すのに苦労する程度に引き付けさせ、ラシージ等工兵が魔術を使って素早く作った坑道に仕掛けた地雷を爆破、誘き出された敵軍の後方と城門を吹っ飛ばす。

 退路が立たれた馬鹿息子親衛隊に逃げ道は無い。そのまま突っ込んでくる。

 柔らかい目標用の地雷が爆破され、上方へ向けて詰めた銃弾が広く吹き上がる。爆発以上に銃弾が馬達の足に腹を抉り、一斉に崩れ落ちる。まるで騎兵隊がぺしゃんこに潰れたように見える。銃弾に当たらなくても馬が躓いて転ぶ。騎兵隊の足が止まる。

 準備万端、効果が最大になるよう三日月型に組んだ大砲が射角微調整、ぶどう弾を一斉射撃。小さめの砲弾が無数に放たれ、足が止って的になった敵騎兵の四肢に腹胸を抉って千切り飛ばす。馬は死んでも、自分の足を怪我した程度で済んだ敵にもトドメが刺される。

 まだ立っている敵を、偵察隊が小銃、少年騎兵が弓で上手に狙撃。この時点では皆殺しよりも、逃走防止を優先するように命令してあるので狙うのは馬や足だ。

 尖兵を出して生きている、死んでいる、人間に馬を分けさせる。後で死んだ馬を食っていいと言ったら元気に働く。そうしてから、あっさりと迎撃されて倒れ伏した馬鹿息子親衛隊を検分する。

 馬鹿息子はなんと負傷している程度で生き残っている。落馬して後続の馬に足や腕を潰されているが、致命傷は一つも無い。

 旧アギンダ軍の者に生存者を確認させれば、各部族長の子弟のような連中がいるとのことだ。

 まず馬鹿息子はそのまま解放する。ワザと応急手当もしてやって。

 後は生き残りの子弟達の目を抉って腕を潰して――馬鹿息子の名前エスザークというそうだが――背の毛を刈ったところに、エスザークの治療費、と彫って送り返す。

 馬鹿というのは文化が違っても大体似通っている。奴もそのような認識を大なり小なりされているだろう。

 アギンダ軍はよくある部族連合体。諸部族は強くて賢い者に率いられることを望む。弱くて馬鹿な者ではない。敗北するという事実が結束を弱くする。自分たちを守ってくれないという事実が結束を弱くする。そして人は感情を制御しきれない。変わり果てた息子達に彼等の家族は嘆いて怒るはず。これは反逆心に効いてくれるだろう。

 そうしてから各被支配部族に対して降伏勧告を出す。城壁の内側を狙うように砲撃も開始させた。

 城壁の突入口予定地点は、地下に仕込んだ地雷で何時でも吹っ飛ばせる状態。どうやらアギンダ軍には地下坑道作戦という発想が無いようで、工兵には一応聞き耳を立てて貰っているが、反応は無いそうだ。

 そのように何時でも陥落させられる状態だが、ガダンラシュ藩王に従うという者は完全無欠に助けると宣告してあるので、気長に心変わりを待つ。


■■■


 大盆地内の、ガダンラシュ高原にしては豊かな農村や町を襲撃、略奪して回らせる。次の収獲など欲しくは無いので殺したり、不具にして回らせる。

 略奪で収獲した目玉や首を、ラシージ等工兵が作った遠投投石機で城壁内に放り込む。城壁にあるような敵さんの大砲や銃眼は軒並み大砲で破壊したのでその作業は安全だ

 大盆地の春はそこそこ暖かい。兵士達も交代で休ませている。

 食糧は、農村からの略奪、ガダンラシュ藩王からの支援、順調に届く補給物資のお陰で十分。兵士に食わせる飯だけは絶対に滞らせないのが信条だ。


■■■


 ある日、竜跨兵が航空偵察任務に出発する時間になった時のことだ。

「お兄様、お願いがあります」

「おお!? いいぞ、言ってみろ」

 何という事だ。アクファルがおねだりとは初めてではないか!? 胸躍るような、何だか初恋並みの緊張感。何だろう?

「竜に乗ってみたいのです。掛け合ってくれませんか」

「よし分かった」

 ということで脇目もふらずにクセルヤータを捕まえる。

「妹が乗りたがっている。乗せてやってくれ」

「はい、わかりました。いいですよ」

「よしアクファル、許可が出たぞ!」

「はい、お兄様ありがとうございます。クセルヤータ様、どうかよろしくお願いします」

「どうぞお乗り下さい。とにかく落ちないように。落下した人を拾える程我々竜は器用ではありませんので」

「心得ました」

 アクファルは弓に、矢がぎっしり詰まった矢筒を持ち、乗りやすいように伏せたクセルヤータの鞍――首根っこの所の、一応の騎手席――に跨り、落下防止索を自らに結びつける。

 アクファルになんて声をかけて見送ろうかと考えていれば、クセルヤータは羽ばたいて飛んで行ってしまった。

 クセルヤータの巨体が蒼天に向かって小さくなっていくのを眺める。何か寂しい。

 通りかかったナシュカに尻を蹴られる。

「何だテメェこら」

 ルドゥがナシュカに銃口を静かに向ける。

「馬鹿野郎が一端に黄昏てんじゃねぇよこの糞野郎」

 偵察隊が徐々に集まってきた。周囲の兵士が何事かとそわそわし始める。いや、別にこれ緊急事態でも何でもないんだけど。

「うるせえアホ」

 ナシュカのおっぱいを左右掴んでから立ち去る。ナシュカは舌打ち。


■■■


 徐々にだが、ダルマフートラを脱走して降伏して来る者が増えてきている。非常によろしい。

 脱走者に事情を聞けば、反逆者や敗北主義者と見なされた者は軍民問わずに公開処刑にされているそうだ。非常によろしい。

 食糧配給も”アギンダ野郎”ばかり優先されているそうだ。事実かどうかは正直疑わしいが、そんな噂が立つ程求心力が落ちている証明である。

 馬鹿息子の送り返しで不和が広がっているか聞いてみれば、馬鹿息子を殺そうとした一族が皆殺しにされたそうだ。

 どうもあの馬鹿息子、統領に残された最後の男子だそうだ。アギンダ軍拡大の折に何人も死んで、残ったのがアレとのこと。

 そんな脱走者には腹一杯飯を食わせた後、壁内に向かって降伏した方が良いと大声で喋らせる。


■■■


 包囲中、アクファルは何度もクセルヤータに乗って航空偵察に出かけて行った。お兄ちゃん寂しい。心に開いた穴を埋めるようにラシージを抱っこしてみた。

 クセルヤータが報告するには、アクファルは高空からの矢掛けで敵兵を結構殺したらしい。これは驚愕すべき才能だそうだ。

 広い大盆地内を竜が素早く移動するのは勿論可能で、敵の発見も騎兵斥候等よりも遥かに容易であるが、その敵の掃討となれば話が別。飛行中は小回りの利くような戦闘機動は短時間しか出来ないので、発見だけで終わってしまうのが通常。背に乗せた跨兵に敵への射撃をやらせても、弓矢も銃も石も擲弾も飛行中ではまるで当たらず、威嚇射撃が出来れば合格点。訓練されても竜の頭に首に翼に尾に当てないようにするのが精一杯なのが当たり前だそうだ。素人では振り落とされないように武器を持つだけでも至難の技。発見した敵を倒す場合は騎乗歩兵の運用に倣い、敵の近くに着地して跨兵を展開して戦うのが普通だ。その普通を行おうとすると的の大きい竜は危険が多いし、また上昇するのは大変であるので滅多な事ではやらないそうだ。

 要は、手間が省けるアクファルは凄い。

「将軍閣下、妹さんを私に下さい。どう口説いてもあなたの命に従うとのことでした」

「婿は取るが嫁にはやらん! もしかして婿に来るのか?」

「そう返されるとは思いませんでした。ですがルサレヤ総督閣下がおりますので」

「じゃあルサレヤ総督と俺が結婚すれば解決だな」

 ヴォウォオウォヴォッ! とクセルヤータが突然、後退りしそうになる程、生存本能に働きかけてくる声を上げた。

「それは傑作だ! あの妖怪ババアと結婚ですか! 死んだ父も腹を抱えてますよ!」

 人間には分かり辛い竜の表情だが、目を細めて頭を振っているあたり、爆笑しているようだ。


■■■


 ダルマフートラからの脱走者も珍しくなってきた。竜跨兵の偵察では、アギンダの兵が何らかの罪人を大袈裟に処刑しているとのこと。

 敵にも敵を殺させることに成功だ。共食いしてくれればこれ程楽な事は無い。

 と、そんな風に休暇がてらに包囲して、略奪しつつ飯食って糞垂れて、敵同士で殺し合っているのを傍観する楽しいお仕事も、急報で終りを告げた。

 ジャーヴァルは伝統的には、外敵に対して戦争中でも団結する。

 ザシンダル王国改め、パシャンダ帝国と共闘し、ジャーヴァル北東部に侵攻してきたレン朝を撃退するために一時休戦することになったそうだ。その休戦条約を結ぶと同時に、パシャンダ帝国という名前は認めてしまうらしい。

 この時期にこの報告は酷い仕打ちだ。これまでの仕事が台無しになってしまう。

 休戦条約の話を持ってきた使者に耳元で囁く。

「君が到着した時には既に、ダルマフートラは陥落していた。いいかね?」

「ぼ、僕はお腹が減って頭が曖昧になりました。酒も飲みたいかなぁ……思わず居眠りしてしまうぐらいに」

 遠路遥々やってきた使者殿を労わない奴はいまい。


■■■


 手早く準備をし、略奪に散っていた部隊を集めてからダルマフートラへの一斉攻撃を開始する。

 砲弾を惜しまず砲撃させる。もうどうせ帰るのだから、最低限残しておけば良い。性能の悪い大砲はガダンラシュ藩王にくれてやるのも良い。城壁内への火箭の一斉射撃も行う。こちらも帰りには荷物になるで惜しまず発射。城壁に塔に建物が派手崩れていく。しかし市街地である。人的被害は派手な割りに少ないだろう。

 地雷で城壁を吹き飛ばして突入口を開く。他にも市内に地下坑道から仕掛けた地雷も爆破。川に沈めたスラーギィの西岸要塞のようにはいかないが、地盤沈下が起きるようにラシージが土弄りの魔術で細工。おそらく経験したことの無い攻撃に大いに混乱しているだろう。迷信深ければ神の怒りとか、そんな感じに勘違いするかもしれない。

 尖兵達を突入口から突撃させる。この戦いが終わったら人質も一緒に解放すると約束した。そんな彼等を弾除けに歩兵部隊を投入。

 首都の連中の多くはアギンダの中核民族である。他の部族長やそのような人物に人質、兵士もいるはずだ。アギンダ軍以外の者、新たにガダンラシュ藩王に忠誠を誓う者は助けると最終警告を出しながら攻撃させる。

 投降する者は勿論受け入れた。新藩王の臣下は大事にしてあげないといけない。ただし、投降を認めるのはアギンダではない部族に限った。多分、いくらか混ざっている。

 弾薬惜しまぬ砲撃、地雷の連続爆破、激しい内輪揉め、指導者の指導力欠如、いくら残酷でも戦うには躊躇する同族の尖兵、降伏勧告、降伏しなければ慈悲は無いという認識。

 思わず前線に出たくなるような戦闘には発展せず、ダルマフートラは陥落した。

 因みに、地雷で沈下させたのは市中央の城だ。土台から破壊したので跡形も無く崩れた。中にいた者は瓦礫に潰されただろう。

 ラシージにも勲章を贈るべきだ。後で機会があったらお上に進言しよう。

 降伏した者達が集められたのを馬上から眺める。かなりな人数、三千四千五千?

「入念な準備が容易い勝利を呼ぶのだ」

「古の名将みたいでカッコいい、ですか?」

 ナレザギー王子も馬上から、目を細めて首を伸ばし、知り合いの顔が無いか探しているようだ。商売柄顔が広いのか?

「個人的にはイマイチ」

「当たり前の事を敢えて言うのが名言かと」

「褒めても何も出ませんよ」

「まさか、ちゃんと出ますよ」

「ならばウチの偵察隊にとっておきを作らせましょう」

「人前に見せられる物ですか?」

「個人使用する物かも」

「個人?」

「前にですね、偵察隊が仲良くなった人間に女の内臓で加工した……」

「それは結構です! 捨てても呪いがかけられそうなのは勘弁して下さい」


■■■


 ダルマフートラの陥落後、新藩王の名代は随行しているので、名代が降伏した部族と新契約を取り交わしていく。

 正直、投降した連中もアギンダ軍と目糞鼻糞だと思うので、まとめて始末したいのが本音。隙さえあれば反乱を起こしそうな感じだ。

 ダルマフートラの人口は、開戦前のやや不確かな情報では十万人程。ジャーヴァル諸藩王国の藩都と比べれば人口は控えめだ。

 これは下手な合戦よりも重労働になる。合戦なら敵を追い散らせばいいが、ここは違う。逃がしてはならない。家畜と違って柵に追い込むような作業も一苦労で済まない。

 初日は下準備に費やした。住民を油断させる目的もある。必要物資を運び出す等、作業は多い。

 二日目に住民、特に成人男性に適当な口実をつけて大広場に集合させた。銃弾を詰めた爆薬で一斉爆破。残りを銃弾と銃剣、槍で殺す。抵抗力の強い男の処理は手早く、混乱している内に皆殺しにする。それ以外も、適当な組を建物に集めて戸口を封鎖している。大広場に合わせ、建物は爆破し、中の人間毎潰す。

 放火部隊に行動命令を出して、建物を焼かせる。出来るだけ建物に隠れさせないためだ。

 大雑把に始末した後は部隊毎に割り当てた担当区画で老若男女問わず皆殺しにさせる。通路の要所には土嚢と大砲で固めた守備隊を設置してある。通路に躍り出た住民を銃弾砲弾で殺す。

 建物は、燃やせる所は全て燃やしている。持ち出せない余剰物資も燃やしている。

 表を歩くような住民は逃げ場を失って右往左往。何とか崩れた城壁の外へ出た住民は騎兵隊が狩る。

 手加減や慈悲が無いように偵察隊には見回らせる。同時に、火災に巻き込まれないよう――ナシュカが言語指導して――火薬を火に晒さないように注意勧告をさせる。放火は両刃の剣だ。

 粗方住民が見えなくなったら焼け残っても原型を止めている建物の爆破。全てを丁寧に破壊は出来ないので、屋根を天井を崩すように爆破していく。人が中に避難出来る程度に焼けた建物もあり、爆破後に逃げ出す住民がいた。勿論逃がさない。

 爆破が済んだ区画から、道一杯に転がる死体に死んだフリが混じっていないか銃剣で検査。崩れた建物の中へこの段階になって初めて踏み込ませる。

 十万という人口を消すのは相当な作業で、交代で休憩させながら行う。

 夜は危険なので、火が落ちる前に全兵士を城壁外に出し、篝火で城壁を囲み、逃げ出す者がいないよう朝方まで監視させる。

 戦争で敵をぶっ殺すのには気勢を上げるというのに、計画的な虐殺となると何だか将兵達には戸惑いが見て取れる。略奪強姦し放題にすると途端に元気になるものだが、お遊びになると時間がかかりすぎる。使者殿が食中毒を起こすかもしれないので長い時間をかけるわけにはいかない。

 夜間も逃げ出す住民が続出して、銃声や怒声に悲鳴で寝辛い夜になった。

 明けて三日目。準備をして計画的に行ったのでダルマフートラは見事な廃墟になった。家屋は焼け焦げて、屋根が崩れて雨風が防げない状態。乾いてベトつく血の海に死体が無数に埋め尽くされるように転がり、死肉漁りの鳥と鼠の群れが食って回る。はしゃぎ回る犬に猫も宴会状態。前日より明らかに増えた蝿も、今では騒音になる程羽音を立てて霧のように集っている。まだ腐っていないので悪臭は末期状態には至っていない。

 これでも生存者は絶対にいるだろう。推定十万人もいる都市とは正に迷路で要塞。”完全”は短時間では不可能である。だからこそ持ち出せない食糧は全て焼き、雨風が凌げないよう建物の屋根は爆破して崩した。死体は全て野ざらしなので、人がいれば疫病が蔓延するようにしてある。大盆地内の集落は粗方略奪し、家も畑も焼き、皆殺しにしてある。頼る所はほぼ無い。あっても解放奴隷の所有となっている。

 人が住めなくすれば、後は厳しい自然が始末をつける。人の手には余るので蒼天に任せよう。

 使者さんにはそれはもう「もう勘弁して下さい」と言わせるぐらいに飯に酒を出した。名代さんは、具合が悪そうだったので酒を渡した。良く飲んでいた。

 死の都の最終掃除は、壁の端から端まで兵達を並べて前進して銃剣で生死検査。その後ろには地下室、隠れ部屋捜索の要員を配置。隅々まで調べて完了とする。


■■■


 馬鹿息子に婚約者、主要な者達の首をガダンラシュ藩王に送付する手続きが終わったら、我々は使者からの”急報”に驚き、ガダンラシュ藩王国へ引継ぎを行ってジャーヴァル帝国本土まで北上、引き上げる。

 統領の姿が最後まで確認出来なかったのが残念だ。ザシンダルの藩都グナサルーンに用事で出かけていたという話だ。アギンダ軍の被支配部族が蜂起し辛い状況は続く。ガダンラシュ藩王の働きに期待するしかない。

 とりあえずアギンダ軍の象徴的な拠点ダルマフートラの住民を虐殺し、物資は奪って焼いて、宿泊も出来ないよう破壊して無力化した。まとまった軍を立て直す基盤はこれで崩壊したはずだ。徴兵する人口も失われた。ここまでやれば――しばらくは――アギンダ軍も悪さを出来ないだろう。

 民族性から何れは新藩王の手に負えなくなって第二、第三のアギンダが反乱を起こして略奪を始めるだろうが、そこまでは知らん。

 次の戦場はジャーヴァル北東部、敵はレン朝だ。未知なる敵だ。

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