第62話「弱兵の戦術」 ベルリク

 模範部隊の仕上げまでの時間稼ぎをしなくてはならない。手間の掛かる部隊を作る前に勝ってしまえばいいのだが、物理的に不可能。もしどうにかするならば政治の領域だ。

 そもそも模範部隊を作るのもアッジャール残党討伐にジャーヴァル南部平定のための手段に過ぎないのだから、ルサレヤ総督が御前会議を何とかして早く十万でも二十万でも親衛軍を送ってくれれば問題が解決する。

 とにかく、戦略働きはお偉いさんの仕事で、現場組は与えられた条件下でやれるだけやるのだ。出来るだけ楽しく好き勝手に。

 それにそろそろ勝ち戦の記憶も作ってやらないと兵が腐る。何より、徴兵組織を実働段階にするにはナレザギー王子ならばやってくれると有力貴族達に印象づけなければならない。ならば久々に戦で勝ったと藩都で騒がせてやらないといけない。

 ナレザギー王子の消極撃退法を分かる奴はやはり少ないし、あれで気勢を上げられる奴は、そりゃ少ない。やっぱり秘密警察を作った方が楽だよな。それがダメなら人だけ中央から送ってくれないかね?

 勝ち戦のため既存部隊で編成したナレザギー王子の軍を南進させている。

 歩兵と砲兵は何とか隊列を組んで歩いている。晴れて奴隷になったので使いやすいと言えば使いやすい。体力の落ちた者ばかりだったが、まともに飯を食わせてやるようになると真っ当になっていく。病気が治った者もいるぐらいだ。彼等の昔の主達、貴族に士族達は食料配給のことなどまともに考えないで行動していたのだ。酷いものだ。兵士に飯を食わせない奴が一番腹が立つ。秘密警察以前にこの手で殺してやりたい。

 貴族と士族は好き勝手に進むが、一応は補給隊から離れれば飯が食えないので変な所へは消えたりしない。クソ生意気にも。

 アウル妖精達が先頭を始め、要所要所で軍楽隊として働いているので歩みに鈍りは少ない。

 軍楽隊が演奏する曲名は”ザガンラジャード行進曲”で、長距離行進用には少々賑やか過ぎる感が否めないが、士気の低い連中のケツを叩くにはこれぐらいが丁度良いかもしれない。

 象二頭立ての巨大な戦車が進む、馬を早足に歩かせてそれに並ぶ。

 戦車に御座するはチェカミザル王、ご親征である。古代の戦車は二人か三人乗り程度であるが、これは二十人以上乗っている。車体にはザガンラジャード神が上向きに立つお姿が描かれた旗や旋回砲に槍やら小銃、弾薬箱まで置かれている。車体自体も分厚い作りの鉄板張りで、銃眼もある。今は外してあるが、車輪軸に取り付ける用の巨大鎌もある。まるで陸上戦艦の様相を呈している。実用性となるとかなり疑わしい代物だが、象を外せば簡易要塞にはなる。

 これが揃えば荷車要塞戦術の豪華版が出来そうだ。工夫すれば簡単に普通の大砲を積んでやれる。時間があればだが、袋だけ持っていて現場で土嚢に仕立てて対砲弾防御も出来るようになれば中々な物になりそうだ。その土を取るために掘った穴を塹壕にすればいいし。あとはこれの数を揃えるだけだが、さてアウルにはどの程度の象戦車があるのか? チェカミザル王に聞いてみる。

「チェカミザル王。このような戦車はお国に何台ありますか?」

「これは一台だけである。何台かご所望かな?」

「簡単な要塞が作れるだけ欲しいのですが、時間はかかりそうですかね」

「作るだけなら簡単である。調教済みの象もたくさんいるぞ。そのように使いの者を出せばよろしいかな? 無論、火器の装備も人員もだな。はっきり言って朕に戦車の用兵は分からぬぞ。手配するか?」

 やはり意志の強い妖精は話が早くて良い。

「お願いします」

「朕に任せよ。何時までも楽園に引っ込んではいられないことは分かっている。ザシンダルの暴れん坊の支配下に入ったら遊ぶ時間も無くしそうだ。それに奴等はフラルと懇ろだ。ナシュカちゃんに聞いたが、やはりフラルと我々は相容れぬとな」

 フラルとは神聖教会圏を指すのだろう。イスタメルにナシュカがいたのは世界情勢を探るためだったか?

「おっやじ様ぁー!」

 やけに上機嫌にやってきたのは親戚のカイウルク。偵察から戻ってきたばかりなのか、馬も彼も息が荒めで汗をかいている。それと鞍はつけているが騎手のいない馬を引いている。

「どうした?」

「はぁい!」

 何がはぁいだこの野郎。差し出してきたのは皺の寄った雑用紙と、

「これもー!」

 南部ジャーヴァル人の首。右目には見事に矢が突き刺さっている。

「そんな汚いものは捨てなさい」

「でもでも! 凄いでしょ!?」

「いいか、お前はもう一人前の戦士で兵士だ。いちいち首一つ狩った程度で大喜びするんじゃない。喜んでいい首は敵将首だ」

「ぶー。追い越してから振り返って射って当てたんだよ」

「ぶーじゃない。もうお前等はそういう事はやれて当然なんだ。その前に侮り過ぎだぞ。遊ぶなら死体にしろ」

「むー」

 カイウルクは生首を、矢を引き抜いてから地面にボトっと落とす。後続の者が気味悪がる声が上げる。

 雑用紙を受け取る。これは……読めないな。ナシュカは? 目につくところにいないな。

「チェカミザル王、申し訳ないのですが翻訳して読んで頂けますか?」

「任せよ」

 いくら妖精とは言え一国家元首に翻訳を頼むのも、まあいいか。雑用紙をチェカミザル王に手渡す。

「ふむ、何単純だ。メルカプール軍、シッカ方面より南下。規模およそ一万、騎兵千、大砲十以上、音楽隊。補給部隊は少なめ、象戦車一台。一部歩兵銃非装備。以上だ」

「ありがとうございます」

「うむ、遠慮するでないぞ」

 雑用紙を返してもらう。こちらの軍を大体そのまま描写してくれている。良い斥候だったな。

「カイウルク、こっち来い」

「んー、何?」

 分かりやすいくらい不機嫌な面しやがって。お子様はお子様だな。頭をグリグリ撫でてやる。

「糞にもならん首よりこういうのが欲しいんだ。分かったかこんにゃろ」

「うん! 分かった!」

 コロっと上機嫌な面になった。お子様は素直なお子様だな。

 それから続々と斥候、伝令狩りの報告が入る。所感として、敵が飛ばしている斥候、伝令の数が少ないと感じる。確信するまでに相手を知らないので、これは勘だ。それを裏付けるのは、狩りの手応えが悪いと言う話が多く、敵の騎手は下手糞が多くて、馬のぶんどりも楽勝だということ。それもその馬自体が肉付きが悪かったり調子が悪い様子で、そしてこの辺りでは見ない大型馬であるとのこと。大型馬はその手の品種改良で有名なロシエ産であろう。南部の熱帯の厳しい環境には参っているようだ。こちらの馬も万全ではないが、温暖冷涼育ちと灼熱酷寒育ちではワケが違う。

 ともかく狩れるだけ狩らせる。馬不足と騎手不足はこちらに有利に働く。戦いは長い。


■■■


 最前線のケジャータラの藩都、同ケジャータラを迂回する。

 ケジャータラはロシエによって現代的な星型要塞に改造されており、ほぼ完成した状態で、十分に機能する状態と見受けられる。今の軍じゃ包囲戦をしたって成功する見込みは無い。穴掘りに心得がある連中も少ない。

 迂回するこちらの軍を攻撃し辛いように、別経路で南下させた模範部隊をケジャータラ近郊で、逃げられる位置でラシージに訓練をさせている。砲撃訓練の音がここからでも聞こえる。これで牽制になる。

 訓練で実戦を兼ねる。本格的な野営や長距離行軍の訓練もしなければならないので丁度良い。

 斥候からの情報。ケジャータラとニスパルシャーへザシンダル軍が分割されて差し向けられ、タタラルへはロシエの会社軍が配置された。

 ケジャータラ、ニスパルシャー、タタラルの三藩は伝統的に簡単に寝返りを繰り返してきた小国で、領域もほぼ都市国家規模。それはまあ寝返りでもしなければ生き残れまい。

 敵軍の分散行動はザシンダル同盟から脱落させない為の措置と思われる。作戦行動の度に軍を差し向けて圧力を加えねばならない味方とは同情する。

 現状ではザシンダル側は攻勢に対して弱めの印象。不毛ながらもナレザギー王子の軍に何度も攻撃していたのはこれのせいかな?

 伝令からの情報。

 作戦前に申請したロシエ艦隊への陽動作戦が南大洋艦隊大提督に承認された。そしてまだ現場には届いていないだろうが、中大洋艦隊にも積極妨害をするよう南大洋艦隊大提督から直々に通達が出るとのこと。

 自分の要請でそんなに大きな組織が動いているということは中々に実感に欠けるものだ。

 ジャーヴァル南部の連中の海軍力は正直言ってたかが知れている。問題のロシエ海軍が麻痺してくれればいい。少なくともこちらの作戦に今時期だけ干渉する余裕が無くなればいい。

 ビサイリ海軍の作戦準備完了報告。ナサルカヒラ州の海産物達が訓練した奴等の成果が見物だ。まあ、海上の仕事なんて見てもほとんど分からないけども。

 ファスラ海賊艦隊によるニスパルシャー封鎖開始報告。

 ファスラはあのセリンの兄貴だ。作戦上の話をかしこまった文面で交わした程度しか分からないが、どういう人物かな? セリンみたいに短気でブチ切れてぶっ殺すぶっ殺す騒ぐ奴じゃなきゃいいが……それはそれで見てて面白いが。

 ナガド藩王国軍の予定地点への集結完了報告。

 シャクリッド州のガジートの猫ちゃんの部隊もそこそこ動かすには良くなったと聞いている。遠慮く無くこちらの作戦の戦略予備にさせて貰った。上司の政治的対立など知ったことではない、現場は現場だ。作戦が成功するにしろ失敗するにしろ、ケツを守ってくれる奴がいるのはいいものだ。


■■■


 ケジャータラを迂回して海沿いを南下。適宜海上から補給を受けたので皆の腹は十分である。補給部隊が少なくて管理に手間がかからないで済むのは海の補給路があるからである。素晴らしき陸海共同作戦よ。

 西側沿岸部のニスパルシャー藩王国を陸海共同で攻撃する。弱小な陸軍は精強な海軍で補うのだ。

 海軍は近い位置にあるビサイリ藩王国の大陸領土を海軍基地にするので、例えロシエ海軍の妨害があっても海上では圧倒的優位にある。

 アッジャールとの戦いで陸軍は大損害を被った。しかし海軍は陸戦兵力に損害は勿論あったが、基本的に無傷だ。ダルプロ川での水上戦が唯一の例外であろう。こちらの優位性はここにある。

 ニスパルシャーの藩都、同じくニスパルシャーに到着する。

 海賊による艦砲射撃中で、良く見ればエデルト船籍もある。

 香辛料や茶を産出する諸島があるビサイリ藩王国にはエデルトのジャーヴァル会社が拠点を持つ。制海権の獲得による利害は一致している。同盟関係を主張する意味もあるだろう。

「ナレザギー殿下」

「はい。全軍の陣形を整えますね」

 ナレザギー王子の号令でこちらの軍を布陣させる。どのような陣形を組むかは事前に通達してあるので大丈夫、なはず。動きは鈍いが、見ててイライラするが、布陣を完了。そうして陸上からも砲兵にニスパルシャーの城壁を砲撃させる。

 ニスパルシャーもロシエの手によって現代的な要塞に改修されているが、海側を優先して行ったようで陸側はそこまで頑強ではない。ケジャータラを迂回されるという想定はあまりしていなかったようだ。要塞建築には膨大な人手、年月に資材、資金が必要だ。何でもかんでも完全に揃えられるものではない。揃えようとすれば今度は国家財政が傾く、大抵は完成前に。

 この陸海からの砲撃でニスパルシャー脱落防止のためにザシンダル側の予備兵力が動くことになるだろう。こちらの陸軍を撃退する行動に出ていない時点で、ここではこちらが局所優勢にあると教えてくれている。海軍の圧力も手伝っている。

 これでタタラルやケジャータラから分遣隊が派遣されるはず。派手に都市を、何より藩都を砲撃されているという危機感が手伝ってそこそこの兵数は出してくるだろう。もしかしたら今度こそ決着をとかなりの、ほぼ全兵力を攻撃に回すことも大いにあり得る。

 斥候の密度を上げる。少年騎兵達は良く働く。

 野営陣地が設営される。再度布陣を確認するためにナレザギー王子と回る。

 精力的に砲撃をする砲兵を視察、暴発事故一件。砲身の加熱に注意して装薬量を間違えるなと改めて指導。随伴しているラシージの妖精工兵の助言を受けてやったので間違っていないはず。

 拙いながら要塞砲から身を隠す塹壕も実際に歩いた、拡張が足りない。雨が降れば泥溜まりになる。妖精工兵が指導し直す。時間がかかりそうだから通訳にナシュカをつけて任せる。

 弾薬食料の保有量と海運される物資の資料を確認して作戦遂行に支障が無いか確認し、倉庫も実際に確認。倉庫係から酒を巻き上げようと苦心していたアホ士族をナレザギー王子の近衛隊に捕まえさせ、簡易軍事裁判で鞭打ち刑。

 自分の天幕で周辺地図の確認をしていると、アクファルが無言で客を一人通す。こちらの確認もしないで通すとは、それ相応の客か?

「おい、俺が分かるかい?」

 野卑なようでいて、妙に上品で小奇麗でもある男だ。真っ直ぐな髪と髭には飾り紐。だらしない着方だけども服自体は綺麗である。姿勢は脱力していてこれまただらしないようで、いつでもどのようにでも動ける様子。あとは海の男独特の雰囲気。

「セリンの兄貴だろ?」

 立場はあるが、どうでも良い気分にさせてくれる奴だ。これが大海賊ギーリスの息子ファスラか。

 椅子に座るよう、一つ掴んで自分の前に置く。

「あいつスゲェ馬鹿だろ? そこが可愛いんだけどな」

 ファスラはニっと笑って酒瓶を突き出しながら出した椅子に座る。酒瓶を受け取る。

「景気良いのかい?」

「ああ、そりゃ、馬鹿じゃなきゃ働くのが馬鹿らしくなるぐらいに儲かったよ。魔神代理領の今やってるのはアレだ、馬鹿なんだよ」

「俺はセリンに馬鹿って言われたぜ」

「あぁ? そりゃあ重症だ。ここにいるってことは治療行脚中かい」

「名医はいるんだけどね」

 天幕の入り口から、滅茶苦茶に悲鳴を上げる兵士が担架に乗せられて連れて行かれるのが見える。パっと見だが、片腕が吹っ飛ばされたようだ。塹壕はちゃんと作らないとな。

「あんな感じかい?」

「考えても分からんね。蒼天のみぞ知る」

 杯を二人分出して酒瓶のふたを開けて両方に注いで飲む。

「程よい甘さ、かな?」

「これは船で三年揺らして味を弄ったんだ」

「揺れで?」

「結構変わるぜ。ところでよ旦那、あの可愛い子ちゃんは親戚かい? 面がちょいと似てるが」

 ファスラが親指で背後を、天幕の入り口で警備をしているアクファルを指す。

「親父違いだ。別嬪だろ? かつてはあのイスハシルをも惚れさせた傾国さんだ」

「はぁーそんな話があったのかい。あの子がか? 俺は一目合った時から仕掛ける隙がまるで見えなくてよ、エラい殺し屋でも雇ってるんだと思ったぜ。面白そうな話だ、聞いていいかい? 代わりにアレだ、セリンに聞かせたら顔真っ赤にして殺しに来るような話してやるよ」

「ちょっと待ってくれ。アクファル! いいか?」

 天幕の外からアクファルはチラっと顔を覗かせる。

「構いません。私は外します」

「すまんな」

「はい」

 アクファルは天幕の見張りを他の少年騎兵と交代してどこかへ行った。

「アクファルか、あれ、やる時は本当に容赦しないだろ。迷わず子供でもサクってやるだろ」

「その話がまず二人の出会いなんだ」

「おいおい、引き込むなぁ旦那。酒が足りなくなっちまうじゃねぇか」

「ここにも俺のがあるよ。じゃあまずアクファルが羊の放牧を……」


■■■


「……でセリンがよ、あたしイルカさんと結婚するぅ! ってな」

「へっあはははあ! 今じゃ短刀一本でイルカ捌いて食ってる奴がか? 昔から可愛いなぁ!」

 ファスラと互いにお話を出し合うこと四つずつ。

「失礼します! 報告よろしいでしょうか?」

「おっと、ご苦労。で?」

 少年騎兵の斥候からの情報が入る。

「ケジャータラおよびタタラルからザシンダル軍出動。進行方向から推測される合流地点はニスパルシャー北東のシャミルプラ。軍容については第二次報告の者が伝えます」

 ニスパルシャーを金床にしてぶっ叩いて潰す気かな? もう少し引き付けよう。獲物の臭いに頭が酔うまで。

「分かった。下がれ、おっと」

 未開封の酒瓶を放って斥候に渡す。

「仕事が出来る程度に飲めよ」

「親父様! んふふふ、皆で飲むよ!」

 斥候は笑って走り去る。

「親父様かい」

「ファスラはなんだい、艦長どころじゃねぇし提督か?」

「この色男捕まえて提督は無ぇよ。頭領って呼ばれてる。年寄りは坊ちゃんと呼ぶけどな」

「頭領ねぇ。魔神代理領の役職にもあったな」

「一応あの扱いだ。書類が通しやすいんだと」

「役所は大変だな」

「だから俺はぁ海軍にゃ入らないんだ。セリンは馬鹿のくせに紙っぺら弄りをやれるからよ、馬鹿のくせによ、面倒臭ぇぜあんなのよ。ケツに苔生えるぜ」

「生えても俺が取るからよ、予定通り、撤退の時にこっちの大砲と砲弾の片付け頼むぜ。重い物を引きずって逃げる余裕があるかは怪しいところだ。この兵隊ども、整然と素早く逃げるのが苦手だろうからよ」

「任せな。そんなに書類要らねぇだろ?」

「めーれー書。部隊内なら省略出来ても外部とやり合うと要るんだよ。責任の押し付け合い用に」

「へっ、クソッタレ」

 当番兵がファスラの分も夕食を運んできた。もうそんな時間か。

 これから忙しくなるから全員に温かい飯をたくさん食わせるように指示しておいたから量はたくさんだ。


■■■


 ファスラと飲んで積もる話をする二日目。

 陸海からの砲撃で大分ニスパルシャーの防衛設備も瓦礫と化してきている。突入はしないが、突入するとしたらまだまだ破壊は足りていない。

 斥候からの情報。ザシンダル軍合流、ニスパルシャーに直進中。行軍隊形良好、快速。数およそ三万五千。騎兵少数千未満、駱駝含む。象騎兵百を越えず。大砲は五十門以上、象が牽引。火箭部隊も多数確認できる。内、ロシエ軍全体の一割程度。斥候多数。

 まともに戦ったら負ける軍容だ。引き際だな。

 ナレザギー王子の各隊の責任者を招集して貰い、器がデカいのか無神経なのか、酒飲んでいびきかいて寝ているファスラを起こす。それから通訳のナシュカも呼ぶ。

 集まったところで作戦の第二段階に移ることを説明する。

「お集まりの皆様、これより予定通りに作戦の第二段階へ移行します。まず、大砲などの重い大荷物をファスラ頭領の海賊艦隊に預け、我々は沿岸沿いに北上して後退します。これは海軍の支援を受けるためで場合によっては多少の不整地は強行します。よろしいですかナレザギー殿下、ファスラ頭領?」

 ナレザギー王子とファスラが頷く。そしてナシュカが通訳をすると、それはまあアホ貴族と士族が何やら騒ぎ始める。それをナシュカが通訳。

「腰抜けだとよ」

 大分意訳しているだろうが、その通りのことを言っているだろう。崩れかけの藩都を目の前にして思慮足らずはいきり立ってムラムラしていることだろう。略奪品を前に涎がダラダラと、見えてきそうだ。出発前にも作戦説明したことを覚えておいでかな?

 魔神代理領共通語が話せる貴族の一人が、周辺地図を広げた机を拳で叩く。野生動物の威嚇行動と一緒だ。所詮人間も動物だな。

「今が好機だ! 軍事顧問だか何か知らんが、機を捉えずして何が戦いだ!」

 騎兵根性は騎兵隊の中で収めて欲しいな。大した騎兵でもないが。

「仮に突入してニスパルシャーを占領したとしましょう。ですが占領を維持できるだけの兵も物資も用意出来ていません」

「何のための軍事顧問だ!」

「その用意を今している最中です」

「馬鹿にしているのか貴様!」

 助けてナレザギー王子! と思念が通じたか、ナレザギー王子が穏やかな口調で説得にかかる。軍事組織における階級制度の有り難味が良く分かる。これだから兵士じゃない戦士は邪魔だ。

 ナレザギー王子による説得が終わったようで、次に移る。

「全散兵は軍の北上に合わせながら敵軍へ断続的に攻撃を行って下さい。騎兵隊と選抜歩兵隊は」

 何が選抜歩兵だ雑兵どもめ。

「敵の補給部隊を襲撃して下さい。よろしいですかナレザギー殿下?」

 ナレザギー王子が頷く。そしてナシュカが通訳をすると、それはまたアホ貴族と士族が何やら騒ぎ始める。それをナシュカが通訳。

「不名誉だとよ」

「では名誉あるお相手で結構。とにかく敵をぶち殺しまくって下さい、出来ますよね?」

 ナシュカが通訳をすると、それはまたアホ貴族と士族が何やら騒ぎ始める。それをナシュカが通訳。

「やる気にはなってるよ」

 これで合流ザシンダル軍の牽制に差し向ける段取りはついた。別にアホ共は死んでも逃げても良い。血塗れになってこっちに逃げ帰り、奴等を血に酔わせてくれれば尚よろしい。

「ファスラ頭領、艦隊はニスパルシャー軍を引きつけるためにもう少し踏ん張っててくれ。撤退遅延のために追撃してくるなんてことは避けたい」

「任せろ」

 ナシュカが一応通訳する。反応は薄い。

「では皆様、作戦第二段階開始です。お願いします。ナレザギー殿下?」

 ナレザギー王子が作戦開始を告げ、併せて気勢が上がる。

 相手の主力が釣り出せた。次の第三段階へ移行するため、各所へ次の伝令を飛ばす。

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