第44話「親分ラシージ」 ベルリク

 竜の斥候を使って偵察した結果、二十八万のオルフ軍のほとんどが西岸要塞に集中し、包囲を行っている。東岸要塞側には偵察程度にいるようだ。

 こちらの兵力は十三万なので、一人で三人殺すようにすれば十分勝てる! 余裕だな。

「シルヴ、この距離でやれるか?」

「効果出るほど撃つなら、本番になったら私寝てるわよ。通常射撃の有効射程圏外からは魔術の負担は乗数なの」

「先生、とにかくキツいからダメなんですね?」

「よくできました」

 ベルトを引っ張り上げられ、ズボンがケツの割れ目にガチっと食い込む。

 ということでシルヴの弾着修正魔術による対砲兵射撃を行いたいところだが、敵は実質射程外。実質射程外なので、先の戦いのように対砲兵射撃からの火力優勢下での突撃が実行不可能。敵戦力の集中具合も以前の二倍以上で、もしその突撃が出来たとしても成功するか不明。敵を射程圏内に収めるように砲兵隊を要塞より前に出したいところだが、そこまで出すと敵に野戦を挑むも同然な位置関係。流石に野戦で勝てる気はしないので、仕掛けない。

 こうなると敵との土弄り合戦になるだろう。塹壕掘って、坑道掘って、その邪魔をして、爆薬で吹っ飛ばしたり、チクチクと鉄砲を撃ち合ったり。

 小手先の軽戦闘で勝つ自信はあるが、敵と主力同士をぶつけ合う決戦は流石に怪しい。

 だからこそ小手先で頑張る。

 広げに広げた地下坑道網。一番遠くまで行ける坑道ならば、敵陣後背に回れるほど掘ってある。出入り口は藪が深いところ、周りに草が茂る岩の下等の分かり辛い場所が選ばれている。単純に草原と言っても一面緑の絨毯ではない。隠れる場所はどこにでもある。そこへ、死んだ敵兵から奪った衣装を持たせた偵察隊を派遣し、殺害、放火、毒物混入、誘拐、偵察の任務を与える。優先事項は生還すること。

 まだ襲撃経験が無くて警戒が薄い初期には弾薬庫爆破と敵将殺害に、なんとイスハシルの寝床である宮幕への火矢による放火を成功させた。アッジャール兵に扮し、弓矢を整備するフリをしてやったら成功したそうだ。

 一番気になるイスハシルの暗殺だが、想定済みだったらしく失敗したらしい。全員顔見知りの近衛隊と指定された伝令、女以外は近づけない状態で、その皆が意識して顔を隠さないような服装しているそうだ。

 その後は敵の警戒も厳しくなり、隠し通路も一部は発見されるなどして戦局は二転三転する。殺害、放火、毒物混入、誘拐、偵察の成果は上がり辛くなっていった。

 そういった特殊作戦以外にも、こちらの要塞に向かって塹壕を掘って進んでくる敵への対処もある。

 塹壕掘削作業中の敵の足下を、地下の坑道から爆破して妨害する。または少数の部隊を送り込んで襲撃。これは昼夜問わず行う。敵兵は足下に怯え、作業に尻込みするようになって速度低下。疲れ方も尋常ではなくなるし、時間が経つに連れて発狂する者も出る。塹壕を守るために敵も、防御用に坑道を掘ってきた。しかし掘りも補強も稚拙で、爆破処理が容易。坑道内戦闘では、単純に背が低くくて恐怖知らずの妖精が人間より有利。

 大掛かりだが、効果の高い嫌がらせを実行した。敵の塹壕、坑道まで水道を敷き、川の水を注水。水浸しになって作業は中断され、補強がちゃんとしていないと崩れることもある。大抵の塹壕は相互に連結されている。敵は区画毎に隔離対策を講じていなかったので、一撃で半分以上を影響が出たと竜の斥候からの偵察情報が入った。後に対策はされたが、この一時の混乱は非常に大きな影響を及ぼした。

 技術的にはこちらが数段勝っているが、敵の物量がそれを凌ごうとしてくる。正面のみならず側面方向、背面方向からも敵は塹壕に坑道を掘って進んでくるのだ。

 そして困ったことに、敵も馬鹿ではなく学習能力があった。要塞周辺に敷設してある地雷処理のための行動を開始した。敵を盛大に吹き飛ばすため、地面の下には大量の爆薬が仕掛けてある。あまり地下深くに敷設しても爆破の効果が低いので、比較的浅いところに敷設せざるを得ない。

 地雷管理の坑道内から爆薬の設置、除去に起爆まで出来るようにしてあるが、何時発起されるか分からない敵の総攻撃に備えて常に設置しておくのが理想的である。いくら妖精が小柄とはいえ、狭い坑道内で大量の爆薬をあっちこっちに移動させるのは時間がかかるのだ。敵の地雷処理を恐れて地雷を移動させてしまっては無力化されたも同然。

 砲兵隊に支援をさせ、隊列を組ませずに散兵を出して敵地雷処理部隊を追い散らしに出撃させる。敵も護衛部隊を連れているので生易しい戦闘にはならず、時には撤退せざるを得ないこともあった。

 地雷原防衛のための坑道の本数を強化し、地表からではなく地下から部隊を出し入れさせられる状態にしてからは、敵地雷処理部隊の撃退は容易になる。大規模な護衛を連れた敵地雷処理部隊が派遣されることはあったが、その時は遠慮なく地雷で一挙に吹っ飛ばしてやった。地雷管理の坑道の修復は素早く出来る技術がある。

 いくら頑張っても敵地雷処理部隊の撃退が失敗し、地雷が処理されそうになることは当然ある。そうなったら早めに敵毎ぶっ飛ばす。

 そのように西岸要塞が包囲される日が続いた。こちらの食事は勿論、ダルプロ川から送られてくる新鮮な食材が使われたもので、薪などの燃料輸送もあり、湯気が立った物なので美味い。敵さんはというと、温かい食事を毎回食べられているわけではないようだ。


■■■


 包囲が始まってから一月も経った朝、敵が被害を無視するように、まるで突撃するように地雷掃除に躍起になっている。偽地雷の敷設も進んでいるが、これはイヤらしいことだ。大砲と迎撃部隊が何度も追い散らすがキリが無い。

 既に敵が造った塹壕、土塁に何度も行った妨害の甲斐も無く、無数にこちらの要塞へ突きつけられている。破壊するより造る数、修復される数が多かったのだ。動き辛い地下から行動する少数の我が方、動き易い地上から行動する多数の敵の方が有利なのは考えるまでも無い。

 地雷管理用の坑道があることを地雷処理中に掴んだようで、坑道内での戦闘も起きている。あまりにも敵が大軍を投入するので、各所で緊急封鎖用の爆薬を使って坑道を遮断する必要も出てくる。そうしてから坑道の封鎖状況を確認した後、注水。狭苦しい坑道で溺死なんて恐ろしいことだ。

 これは近い内、早ければ今日にも総攻撃があるかな。

 西岸要塞の窯で焼いたパンを食べる。ハム、チーズ、玉ねぎのみじん切り入りで美味い。海軍が作ったナマズの干物を齧ってマトラの酵母入りビールで流す。不味いわけじゃないが、長々噛むのは嫌いだ。


■■■


 地雷処理合戦は夜まで続き、争いは発展し、敵砲兵が夜の内に接近してきて、散兵や騎兵による襲撃、通り道の塹壕への地雷攻撃、注水などなど散々妨害をしたが、日出時には遂に接近を許してしまった。

 敵が大砲を設置した場所は捨て身で造られた防塁で、砲撃しては大砲を引っ込めて隠すという亀の頭みたいな芸当が出来るようになっている。

 そして塹壕や土塁に隠れて進んできた敵砲兵との砲撃戦が始まる。

 シルヴが敵の大砲が姿を見せた機会を見計らい、弾着修正魔術で直接砲弾をぶつけて破壊する曲芸を見せ、他の砲兵も一発必中ではないが亀の頭状態の敵の大砲を撃破する。あまり錬度の高くない砲兵に、精度の低い大砲も混じっているので、そちらには榴散弾での敵砲兵殺傷を狙わせる。

 即席で造られた敵の背が低い防塁の砲台と、しっかりと造られたこちらの背の高い要塞の砲台では安定性が違う。こちらの方が遥かに狙いをつけやすく、砲弾から身と大砲が守られ、速やかに弾薬が補充される。

 敵は二十八万を数える大軍勢。ざっとで数えて六百門の大砲に、それを支援する兵が補充分も入れて万単位で連なっているので正面百五十門、側面百門、後方七十門の三百二十門では少々辛い。

 互いに砲兵、大砲に損害が出る。シルヴのおかげで優勢であるが、敵は修理職人も連れているらしく、破壊したはずの大砲も出してくる。流石に砲身が壊れた物ではないだろうが、車輪や砲架の損傷程度なら直してしまうようだ。大砲修理の職人がいるのはこちらも同じだが、敵は破壊された大砲の代わりも次々に出してくる。予備の大砲も入れれば合計で八百門近く保有しているように見えるのはビビッてしまったせいか?

 それにしたって何だよ八百門って! 先の大戦で魔神代理領が北大陸の戦いで一番大砲を集中運用したリクラステの戦いでも三百門だぞ。遊牧国家がひり出していい数じゃないだろ。皆で頑張ってぶっ壊したペトリュクの街道はどこへ行ったんだよ?

 地上の戦いはとにかく大砲の撃ち合いに終始。地下の戦いも撃ち合いに終始しているも同然。

 地下、坑道の能力を維持する関係上、注水できない箇所はいくつかある。そこに侵入してきた敵兵との戦闘は続行中。土嚢を分厚く積んで、わずかな隙間を作って銃眼にして、そこから射撃することで撃退は容易に出来ている。敵が手榴弾を使ってくることもあるそうだが、耳がバカになりそうなこと以外は問題無いらしい。

 メフィドに沿岸要塞守備隊の指揮権限を一時譲渡し、妖精の士官を顧問につけて上流に向かわせる。決戦時のための、水上の騎兵隊になって貰うためだ。

 セリン宛てに”早く助けに来てくれないとイスハシルにケツを掘られる”という内容の手紙を書く。これは暇潰しで、ある種精神統一のための儀式だ。”ケツの治療はお前に頼む””こんな僕でも嫌いにならないでね”などと適当に書く。機会があったら業務連絡がてらに送る。


■■■


 昼の今まで砲撃戦が続き、ついに敵が突撃縦隊を幾つも組み、一部は塹壕や土塁に隠れつつ、一部は隠れる場所も無く、大軍が要塞に突撃して来た。正面、側面、後方、三方からだ。斜め方向も入れたら五方か? とにかく、ダルプロ川が流れていない方向全てからだ。

 地雷で敵の突撃縦隊の先頭集団が四肢をバラバラに吹っ飛ばされ、前進が一時停止。しかし幾分か地雷処理をされたせいか威力が想定より弱い。正気を取り戻した敵の士官が兵を激励して、指揮を振るって突撃を再開させた。

 まだ敵の大砲は叩き尽くせていない。シルヴは頑張っているが、気力が尽きるまで魔術を使われると要塞内での白兵戦時に困る。早いこと歩兵殺しに大砲を全て回したいな。

 砲兵隊には接近する歩兵を優先して砲撃するように指示。シルヴとラシージには選抜させた優秀な砲手は引き続き対砲兵射撃を続行させるよう指示を出す。中途半端になってしまうのが嫌だが、必要だ。

 ダルプロ川方向から見えている敵歩兵が射程に入り、河川艦隊からの艦砲射撃が始まる。海の軍艦と違い、型が小さくて門数の少ない川の軍艦はまあ、ショボくは無いが、そこそこだ。それを分かっている河川艦隊は、船という砲台が自在に移動できるという利点を活かし、敵の突撃縦隊の一つ一つに火力を集中させ、確実に一本ずつ圧し折っている。職人芸だなぁ。

 敵歩兵が待ち構える妖精の小銃射程圏内にまで迫る。

 最前線の塹壕は幅を広く取った塹壕で、内部で妖精は三交代制を取り、絶え間なく一斉射撃を繰り出して接近する敵歩兵を撃ち殺す。狙いはつけなくても当たるほど敵が密集しているので、構え、撃て、交代、装填、交代の五手順で済む。狙え、の一動作が抜けるだけで長い目で見れば発射回数が違ってくる。また、射撃を得意にしている選抜射手が士官の号令に関係無く敵を狙撃している。基本的に狙うのは士官や下士官など、死んだら影響の大きい者だ。

 一線後方、縦の通路で繋がる次の予備塹壕には迫撃砲部隊を配置。曲射が出来るので、最前線の塹壕を比較的安全に榴弾を飛び越えさせて攻撃する。時々味方を吹っ飛ばすが、まあ良くあることだ。敵か味方かはともかく、最前線の塹壕で死傷した者を衛生兵が引き下げた際の補充兵を待機させておく場所でもある。そして何より、最前線の塹壕で劣勢になった箇所があれば即座に応援に駆けつける予備部隊の待機場所である。

 予備塹壕後方の防塁。地面より段が高くなっているので、開けた視界を確保しつつ大砲で敵を撃ち下ろせる。地の利に合わせて、こちらの砲兵等の錬度もあって無駄弾はほぼ無い。撃てば撃つだけ敵の体を汚い肉の塊に仕上げる。

 そんな三段構えで圧倒的地の利をもって火力を活かしても。弾薬が尽きる前に大砲が故障する恐れが出てくるほど激しく敵の突撃縦隊は迫ってくる。撃っても撃っても死体を乗り越えて敵歩兵が前進する。こんな突撃をするなんて、なんて元気な奴等なんだ。イスハシルの魔性の目だの声だのと色々楽しい仕掛けがあってのことだろうが、大したもんだ。数多の障害が無ければアクファルを嫁にやっても良かった……捕虜に出来たら婿入りの話でもしてみるか?

 そういえば昼飯食ってないな……勘でもって、手を何かを持つ形にして横に出してみると何か渡された。確認すると、鉄串にぶつ切りの焼いた肉が幾つも刺さっているもの。においがしなかったのは、鼻の穴に硝石が結晶化するんじゃないかというほど硝煙を嗅がされているからだ。

 渡してくれたのはアクファルかなぁっと横をチラっと見たら、ウラグマ代理だ。

「どうもすいません」

「お腹減るねー」

 戦いは続く。


■■■


 耳がバカになったのか頭がバカになったのか、火薬が爆発する音を延々と聞かされているせいで、注意しないとその爆発音すら聞こえなくなってきている。耳が遠くなったわけでもないが、まあ良くあることだ。

 空が赤く染まり始めた夕方。炊事班が要塞内を駆け回り、桶にお粥や塩が少し入った水を配っている。こちらにも配られてきた。噛まなくてもさっと飲める。味付けは塩のみ。下手に香辛料類を加えると、普段は平気な香りでも、疲れから吐くぐらいの臭みに変わることもある。

 敵も味方も朝から砲声に耳から頭をガンガン揺さぶられ、馬鹿が粋がって良い臭いだとほざく火薬の臭いを嗅がされ、昼からは直接銃に大砲を撃ち合い、頭から土に血を被り、死体やら内臓で滑って転び、時に敵を銃剣で突っついて、銃床で殴って、ゲロ吐いて小便垂らし、糞も垂れ、下痢も垂れる。とにかく疲労で敵味方双方の動きが鈍くなってきている。臭いしキツいし危険で最悪な状態だ。目を開けたまま寝ている者も、同然に呆ける者も、急にぶっ倒れる者も、いくら起こしても起き上がらない者もチラホラ見える。

 アソリウス軍の兵士達は見るからにグッタリしているので無理せず休ませている。シルヴは仮眠中で、既に敵の大砲を三百門確実撃破したところ。

 敵の突撃は頓挫し始めている。シルヴが大半の大砲を撃破したおかげだ。シルヴだけではなく、他の砲兵もきちんと敵の大砲を破壊している。それで対砲兵射撃に回していた分の大砲を敵歩兵に向けられるようになったので優勢に転じている。

 また地雷管理用の坑道をラシージが復活させ、地雷を再敷設して爆破することによって物理的にも精神的にも敵の前進を止められている。

 このまま夜になって自然と戦闘終息か? と思いそうになってくる。

 だが違った。あれだけの大国ならば保有していてもおかしくない連中がいた。

 強烈な向かい風で、砂埃が混じって目くらまし。正面、側面、背面の三方からの異常すぎる風だ。視界が晴れる頃には要塞に向かって、三方から土壁が次々に盛り上がってくる。

 大規模な超自然的な異変、敵の集団魔術か!? これは決定打をブチ込みに来たな。

 ラッパ手に警報ラッパを吹かせる。何か指示を出すものではなく、気を引き締めろ、何かあるぞ、という意味。

 火炎が最前線の塹壕の一部を包み、妖精を大量に焼く。携帯していた火薬に引火して炸裂する音を何発も鳴らしながら、さしもの妖精も滅茶苦茶に悲鳴を上げながら塹壕から燃えながら逃げ出し、少しして倒れる。予備塹壕から予備部隊が焼かれた地点に向かうが、不自然な残り火があって思うように近づけない。

 敵の集団魔術が三段階に炸裂した。それで開いた突破口に敵の突撃縦隊が雪崩れ込む。雪崩れ込むのに合わせて不自然な残り火は消え、最前線の塹壕の開いた箇所が易々と突破され、次の予備塹壕も抵抗するものの、最前線側ほど一斉射撃による迎撃態勢が取れていないので抗え切れずに所々突破され、あっという間に敵歩兵が咄嗟に放たれた大砲からの散弾を浴びてグチャグチャな死体になりつつも、防塁の坂にしがみつき、頑丈に守られた入り口に突撃、要塞内に侵入し始めた。

 休んでいたアソリウス軍が出動。寝ていたシルヴも起きて、眠そうな顔で敵の頭を戦棍でゴチュゴチュ殴り潰している。伝統に従ってか、全員が帯剣していて、尚且つ剣術に長けているので白兵戦は中々強い。要塞内は狭くて入り組んでいるので、長くて取り回し難い銃剣付き小銃に対し、白兵戦用の短い剣が威力を発揮している。敵が素人同然に、狭い通路から不器用に突き出す銃剣を、剣で叩き落してから刺し殺すという単純な技で撃退している姿が印象的。素人の棒振りごっこより達人の剣術か。

 偵察隊が確認させたところ、三正面に集団魔術が使える部隊が三隊ずついることが判明。本陣に予備がもう三つほどかと予想するが、どうかな?

 地雷原を掃除して道を良くし、大砲で要塞の防衛力を削りつつ突進する歩兵の援護をし、歩兵が要塞に突撃して攻撃を一手に引き受けている間に魔術兵隊が接近して突破口を開く、という手順でやられてしまった。

 我が方、海軍には風が操れる魔術使いが多く採用されているが、戦闘するような下の作業はさせない。操船に従事。海軍歩兵には上陸作戦を速やかに行えるように水や冷気を操るような魔術使いが採用されているが、人数は少ない。妖精には魔術使いはほとんどいない。ラシージが特異点と言わざるを得ない。ウラグマ代理の奴隷兵達はそれぞれ小器用に魔術を使えるが、集団魔術は使えない。集団魔術の訓練と部隊編制は特殊なので専門部隊でなければどうにもならないらしい。

 我がイスタメル第二軍には魔術の専門家が圧倒的に少ないと言わざるを得ない。ただこちらには圧倒的に優秀な人物がいる。ウラグマ代理の出番だ。

「行って来まーす」

 ウラグマ代理が翼広げて羽ばたき、要塞上空をゆるりと旋回飛行をする。すると突然に敵魔術兵全員が次々に奇声を上げて暴れ出す。

 バチンバチンと弾ける音が鳴って、その弾ける何かに当たった敵の体の一部が弾けて血肉を振り撒く。急に悲鳴を上げて苦しみ出したと思ったら、湯気を出してから静かに発火して黒焦げになる。いきなり体が融けて液状になる敵もいた。鷹頭に解説してもらって理解するに、あれはデタラメな魔術での同士討ちだ。

 ウラグマ代理は魔族。魔術の素質が無ければ魔族になれない。その魔術は、魔術の素質がある者を発狂させて最終的には廃人にするという対魔術使い用魔術だそうだ。

 魔術を使うと消耗して”渇いて”、その分気力が萎えてしまい、限度を過ぎると死に至るらしい。その”渇く”という魔術使いのみが理解できる反動のような現象を弄り繰り回して気力を狂わせるそうだ。常人には何となくしか理解出来ない仕組みが介在しているのだろう。射程? も相手の魔の気配だとか流れを辿って影響を流し込むから、ある程度接近してくれれば一掃出来るらしい。今までウラグマ代理が動かなかったのは、十分引き付けてから一網打尽、という分かりやすい攻撃のため。焼け死んだ妖精達は無駄死にではない。

 要塞内に侵入した敵歩兵は、迷路のような要塞を迷って歩き、位置を把握出来ているこちらが挟み撃ちにしたり、集団を分断して各個撃破、偵察隊が指揮官狙撃をするなどして混乱させて排除していく。何よりアソリウス軍が、シルヴが大部分を殺してくれている。

 しかしそれでも開いた穴は簡単に塞がらない。怒涛のように突っ込んできてる敵の突撃縦隊が要塞内に入ってくる。それも今度は士気の高そうな赤衣のオルフ兵だ。ジェルダナの敵討ち、奪還に燃えている感じだ。大砲と外縁部の守備兵の射撃では足が止まらない。狭い通路内では柄が長くて扱い辛い三日月斧を振り回さず、山刀を持って雄叫びは豪勢に突っ込む。妖精は着剣せずに銃剣を持って刺し殺し、塹壕堀りに使う円匙で叩き殺しに行く。

 ラッパ手に計画撤退ラッパを吹かせる。西岸要塞は放棄だ。

 メフィドに西岸要塞放棄、西岸攻撃の要無し、東岸要塞へ入港されたし、と竜の伝令を出す。

 敵をわざとある区画に誘い込み、全力でそれ以上の侵入を阻止し、その区画直下に仕掛けてある地雷でまとめて処理する方法が予定通りに取られるも、数に任せた猛攻に要塞の奥へと押し込まれる。

 いよいよ司令部観測所に向けて敵歩兵が発砲してくるような段階になってきている。

「下手糞テメェ、当ててみろ糞野郎!」

 挑発に反応して更に銃撃が加えられる。手前の土壁に何発も着弾して土が弾け、一発耳元をかすめる。下手糞め、かすり傷ぐらいつけてみろ。

 要塞内部に敵は入り込む。一部要塞外縁部が占領されてアッジャールの旗が立っている。そんな占領部は地雷で敵ごと吹っ飛ばすのだが、やはり敵の数が深刻だ。

 要塞外縁では旗が立てられるような劣勢なところもあれば、優勢なところもある。

 ウラグマ代理の発狂魔術で場は一部混乱しており、ラシージが土壁を魔術で平らにして回ったお陰で隠れていた敵歩兵も暴露され、砲兵が砲弾を撃ち込んで撃破して要塞に入り込む敵歩兵の数を減らしている。

 土壁魔術のせいで地中にも影響が出て寸断されたり、道が広がった坑道があって混乱はあったものの、敵防塁と大砲の直下に地雷を敷設する作業が成功して順次爆破することに成功する。全ての大砲を破壊したわけではないが、一定数の破壊が成功した事実は敵を痛めつけるものだ。

 熱狂的な我が妖精の抵抗も激しく、体中に爆薬を巻き着けての肉弾自爆攻撃を行う者が続出。褒められた戦い方ではないと言う者が多いだろうが、民族が皆殺しにされるかどうかの瀬戸際である彼等にしてみれば、一人の命で何人もの敵を殺せるのだから安いと思っていることだろう。入念な準備をして、敵の要人である黄金の羊を爆殺したシクルが分かりやすい例か。人間かもしくはそれ以上に自意識があって賢い、自我の強い妖精が、将来有望なのは自他ともに確信できるような者が自爆攻撃を行ったのだ。マトラ民族の覚悟はそれほどだ。

 迷い込んだようだが、司令部に敵が二名やってきた。泥だらけの血塗れで、戦意もあるやら無いのやら。アクファルが素早く矢の二連射で射殺した。

 中州要塞に渡る橋を西岸要塞の軍が続々と渡り始める。西岸要塞放棄が本格的に始まる。

 要塞内にも無数の坑道が掘ってあるので、己の目と耳、偵察隊が続々と上げる継ぎ接ぎにならざるを得ない情報を総合すれば、逃げ遅れは少ないが戦死者は既に万を越える。大砲に至っては、要塞内通路防衛用の小型砲以外全て爆破処理するような状況になったほど。まあ、あんな物はまた送って貰えばいいんだから気にしないが。

 中州要塞に繋ぐ西岸側の橋で敵歩兵と味方の銃撃戦が始まる。その敵歩兵の背中に坑道を伝ってやってきた味方が攻撃を仕掛けて皆殺しにして、邪魔だから川に死体を捨てて橋を渡る。そうしたらまた敵歩兵が姿を見せるという混沌とした戦闘状態に陥っている。

 また司令部に敵が顔を出す。アクファルが弓矢で支援しつつ、鷹頭が刀であっという間に刺して切って十人以上殺して撃退。

 敵魔術兵隊を全滅させて戻ってきたウラグマ代理はその間も手紙をのんびり書いている。

「大砲が三百門以上喪失したから補充分がもっと欲しいって手紙に書いておくね」

「お願いします」

 西岸要塞の至るところが敵ごと地雷で処理されて潰れていく。この発想をくれたシルヴにアソリウス軍は格好つけているのか、確実に後退はしているものの西岸要塞にまだ居残っている。丁度、港で味方を回収している船を守っているところだ。格好良いねぇ。

 ラシージが司令部直下の坑道から戻ってきた。土埃で全体的に汚れているので、服をはたいて汚れを落としてやる。顔についた泥を指で拭って落とす。

「ご苦労。どうだ?」

「準備完了しました」

「よし撤退だ」

 ラッパ手に撤退ラッパを吹かせる。計画撤退ラッパでも撤退しないで仕事をしている連中にとっとと逃げろ、という意味がある。

 そうして中州要塞に降りる滑車に乗り、ラシージを抱いて滑って降りる。その後に続いて、綱の上を走って! 鷹頭がやってきて、ウラグマ代理がアクファルをお姫様抱っこして飛んで来る。偵察隊の面々は小銃を綱の上にかけてぶら下がり、苦もなくスルスルと滑って来た。最後にラッパ手を腰にしがみつかせて降り立ったルドゥは綱を短刀で切断し、対岸から顔を出した敵歩兵を小銃で狙撃して倒す。

 港方面では撤退の殿を務めていたアソリウス軍も遂に乗船し、東岸側へ避難を開始している。河川艦隊の艦砲射撃のおかげで上手くいった様子。

 西岸要塞と中州要塞の橋を渡る味方もいなくなり、追撃してくる敵との銃撃戦が展開される。準備の整った中州要塞の大砲で敵を蹴散らし、安全を一時的に確保してからラシージの指示で橋は爆破されて落ちる。

 あとは役目を終えた西岸要塞を眺める。敵が何も知らずに続々と要塞に入り込み、歓声をあげ、そこら中で旗を掲げている。

「時間です」

 ラシージが懐中時計を見ながら言った。

 地響きがしたと思ったら、西岸要塞が沈んだ。比喩ではなく、文字通りに地面の下に沈んだ。対岸にあった橋の根元が川に倒れて沈んだ。

 さっきまで響いていた敵の歓声も遠くにいき、誇らしげだった旗が一本も見えなくなった。何とか残った敵は声も出せずに放心状態で、土煙が上がる巨大な穴を見ている。

 増水で勢いを増している川の流れが薄くなった西岸を押し破り、沈んだ地面に流れ込んで西岸要塞だったものを撹拌し始める。しばらくすると泥から木材、死体が浮いたり、沈んだりで、穴に落ちた者達を救助するどころの騒ぎではなかろう。

 容赦なく、中州要塞の大砲が対岸でウロウロしている敵歩兵を粉砕し始め、敵軍は角笛を合図に撤退を始める。

 最大級の地雷は静かに起爆して西岸要塞を崩落させた。土と火力を最大限に活かして敵の大軍に対抗して大出血させ、いざその土と火力を失う事態になったら敵諸共消し飛ばして次の段階に移行する。これらの構想、設計、施工、全てがラシージの手によるもの。ウラグマ代理でもシルヴでも自分でも無い、緒戦からの大戦果は全てラシージの手柄だ。そもそも十一万のマトラ人民防衛軍の基礎を作ったのもラシージで、民間の妖精が即座に兵士になれるような社会を作ったのもラシージだ。”親分”の肩書きは軽くない。

 しかし全く、そんな優秀極まるラシージにはチューをしてやりたいぐらいだ。いや遠慮する必要がどこにある? ラシージの顔を両手で掴んで音が出るぐらい唇を吸う。

「腹減ったなラシージ。何食いたい? 好きな物でいいぞ」

「パンと水で結構です」

「じゃあ俺が食わせてやろう」

 西岸要塞崩落で敵兵力に大損害を与えて何となく勝利した気分だが、西岸要塞を失い、敵が西岸側を行軍することを妨害するに足る兵力を出す拠点を喪失してしまった。

 攻略するのには大兵力が必要で、補給線が長く伸びるマトラの森。同じく攻略するのには大兵力が必要で、補給部隊を容易に襲撃可能な西岸要塞。この両輪があってオルフ軍は容易にマトラの森へ攻撃を仕掛けられなかった。

 大軍は大飯食らい。略奪する物も無いスラーギィにおいて、補給部隊の途絶は飢えに繋がる。アッジャールは馬を家族と見る騎馬民族。緊急事態になっても馬を食えるか? そうではない定住民族の末端の兵士達。餓えで鈍った頭で馬を食うことを我慢できるか? などなど内輪揉めの要素もある。川沿いの道を避け、遠回りすればいくらでもオルフ軍はマトラの森に突入できたものだが、実際にそうしなかったのは西岸要塞が敵の補給線を脅かしていたからだ。それが無くなった。

 西岸要塞を失った今、西岸に兵力を移すのには船を利用しなくてはいけない。港があるならともかく、氾濫して流れの速いダルプロ川の、何も整備されていない川岸に兵力を上陸させるのは難しい。不可能ではないが、とにかく動きが鈍くなる。こちらから攻撃を仕掛ける時はまだ時期が選べるのでいいのだが、敵に追われて逃げるとなると全く話が別になる。戦力に劣るならば、補給線の妨害は撤退ありきである。東岸を聖域にして上陸攻撃で敵の補給線を脅かすのはあまりに危険。

 沿岸の要塞群を西岸要塞に代替するのは規模が小さく、防御能力が低いので攻撃されれば棺桶になる。工事して大拡張すればそうではなくなるが、それを黙って見過ごす敵ではなかろう。いくらラシージが有能でも、周到な準備も無しに一夜要塞は不可能だ。未だに健在で強力なアッジャール騎兵の存在がこちらの行動を縛ってくる。今回大勢殺したのは所詮歩兵で、騎兵への痛手になってはいない。

 東岸要塞は、西岸側を敵が手に入れたことにより、ほぼ意味消失。ペトリュク南部からの街道は西岸側に通じ、西岸から東岸へ移動するには船で横断するか水浸しの湿地を通るしかない。ダルプロ川の通交を管制するぐらいしか役目は無いだろう。中州要塞はそれこそ、同じく川の通交管制だ。

 戦場を変更せざるを得ない。

 河川艦隊、海軍歩兵には引き続きダルプロ川沿岸の警備。オルフ軍への妨害行動を取ってもらう。我々は陸の兵隊はマトラの森の防御に専念だ。

 やっと序盤戦が終了したぞ。まだ踏ん張れよイスハシル。贅沢を言えば、シェレヴィンツァで血みどろの市街戦をやりたい……ふと思いつく。竜の伝令を使ってイスハシル宛てにその旨の手紙を送ればいいのだ。敵に手紙を送ってはならないなんてことはないじゃないか。

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