第42話「セレードの肉挽き器シルヴ」 ベルリク

 砲弾から身を隠すため、当然司令部観測所には段差がある。立っても胸から上までしか露出しない程度。内側は丁寧に木材で補強されていて、切り出したばかりのような木の香りをまだ発している。

 そこにへばりついて、上の角に顎を乗せてぼへぇっと北側、アッジャールの、オルフの大軍がいる方向を眺める。

 時折斥候が姿を見せているようだが、並みの視力では捉えられない距離にいる。望遠鏡で探すのも一苦労。

 ここ最近は暇だ。

 相手は先の要塞包囲の失敗で意気消沈気味で、北側正面では斥候が行き交う程度。

 ここの要塞からマトラの森に至る長い後方連絡線を守る、警戒、迎撃、最終迎撃地点では、末端の警戒地点の段階で斥候同士の小競り合いがある程度。その小競り合いも、レスリャジン氏族同士で口喧嘩に当てる気の無い矢が混じる感じらしい。

 トクバザルを筆頭にした初期の亡命組に加え、先の戦いでアッジャールに見切りをつけた連中が加わったこともあり、何やら双方、心情が複雑らしい。旗印にしても、実力も立場も微妙なオルフ王妃のフルンか、実力で大出世した将軍ベルリクか、で客観的にも天秤にかけることは可能。良くも悪くもフルンは女で、実績も無く、複数いる王妃の中の一人で重要さに欠ける。内部分裂させる隙はまだまだある。

 そんな休戦期間も同然の状況も、オルフ軍が大砲をスラーギィに揃えたらそれも終わる。

 良くも悪くも先の戦いはオルフ軍にとって、こちらの要塞強度を計る威力偵察となった。ジェルダナ生け捕りは想定外だっただろうが、こんな程度で揺らぐ国ではあるまい。次は適切な軍量を投入してくるに違いない。

 偵察隊に敵陣を探らせた結果、ペトリュク南部の沼沢地帯では死人が出る勢いで街道整備が進められているそうだ。

 前回の報告が入った時点では既に――攻城用の重砲はまだだが――野戦砲程度なら二百門以上スラーギィに持ち込まれている。

 ちなみにジェルダナだが、怪我が原因の高熱で寝たきり状態。おまけにその隣ではマトラの情報部員が洗脳するために共和革命思想を唱えたり何なんなりしている。

 駐留武官のオダルがジェルダナとの面会を求めているという手紙を先日受け取ったが、はてさて会わせて良いのやら?

 それと遅れながらシクルの後任が挨拶にきた。名無しだが、意志の強い妖精であるようだった。

 黄金の羊を自爆攻撃で殺したという話は聞いていたし、シクル自体正直好きな奴じゃなかったが、こうなると寂しい気分になる。何にせよあの女の印象は強烈だった。

 それから顔に出すことなどない奴だが、ルドゥが気になってしまう。気落ちしているだけならまだいいが、無謀なことをしたりしないだろうか? シクルが死んで何も思うところが無いわけはないだろう。個人的にも軍人的にもルドゥは失いたくない。

 そんな気を揉むことはあるが、やっぱりやることは無い。要塞の増強はラシージの仕事なので手も口も出せない。

 東岸要塞建設、本格的な居住施設、港の拡張は順調で武力妨害も無く、やはり手も口も出せない。

 もう少ししたら川の流れを利用した水洗便所が完成するとか、浄化装置付きの貯水槽だとか、手押し車を乗せる線路だとかが完成する。

 塹壕も改善され、足元はすのこが引かれ、排水路も完成したので――スラーギィは降水量が少ないのだが――不潔な水浸しの環境にはならなくなった。

 それと北側正面だけだが、鉄筋コンクリートによる補強が完成した。壁に開けた隙間から一方的に射撃できる銃眼も大砲用と小銃用のものが多数設置された。ランマルカ革命政府の技師が作成に協力していて、何でも規定の厚さに加えて、土のような緩衝材を被せれば火薬技術の躍進無い限りは火器類での破壊は不可能とのこと。

 予定外のことといえば、西岸、中洲、東岸を結ぶ橋の建設が延期された。なんせ川が氾濫しているものなので大規模で難工事になる。ならばと他の工事を優先中。何より現状では船を使っての輸送で何も問題がないからだ。

 ただ船での移送となると少々時間がかかるし、一人を送るだけにわざわざ動かすのは大変なもの。ということで橋の代用として、各要塞に高めの足場を立て、そこから綱を行き先の低い方へ繋いで、綱には簡単な足場付きの滑車をぶら下げた。これで滑り降りることが可能になり、伝令を行き来させるのなら十分過ぎる。

 増水したダルプロ川を真下に見るのは少々怖いが、楽しい乗り物でもある。完成当日はよく滑って遊んだ。双方向なので、足場に上がり、滑車で対岸に下り、足場に上がり、滑車で対岸に下ると戻れる。対岸に下りた滑車を引き戻し用の綱で手繰り寄せるのはちょっとだけ面倒だが、そこは妖精にやらせたので自分は楽々。

 飽きるぐらいやった。飽きるまでやらないと仕事に支障が出ると思ったからだ。ウラグマ代理も遊んだ。あの人、ルサレヤ総督の何代か下った孫ということで何となく若者風だが、三百歳越えのジジイである。

 そのジジイは趣味が作曲らしく、弦楽器をポロポロ弾いて鼻歌混じりに楽譜を書いている。そしてある程度まとまったら一節弾いて、「どうですか?」と聞いてくるので「分かりません」と答えている。他人の評価は気にしていないようで、鷹頭の奴隷が「相変わらず下手の横好きも良いところです」と言っても「そうですね」と言う程度。アクファルは……作曲中はどこかに遊びに行っているようだ。

「ウラグマ代理って、尻尾あるんですかね?」

 肯定の意ではない発音で「うん」と言ってから、ウラグマ代理はズボンを下ろして尻を見せてくれた。

「どうやら無いようですね」

「実は私にはあるんですよ」

 ズボンを下ろして、見せた。

「これは一本取られました」

「いえいえこちらこそ」

 このウラグマ代理、イスタメル第二軍司令は理想の上官の一つである。余計な仕事はしないで全てこっちに丸投げしてくるのだ。口出しは一切してこないし、何かこっちが察さざるを得ない表情を浮かべることも無い。そして嫌な威圧感も無く、さりとて魔族特有の雰囲気で頼り無さは無い。

 やっている仕事と言えばルサレヤ総督や魔神代理領各地にいる友人に情報交換、援助要請の手紙を出す程度。

 第二軍の将校を全員集めた場でこう言ったものだ。「責任は全部私が被りますので、皆さんはお好きになさって下さい」と。こうなれば上官不在で好き勝手やれるより気楽だ。

 竜の伝令が、軟着陸するために派手に翼を羽ばたかせて落下速度を制御しつつ着地。草原地帯なので気候は乾燥している。草の生えていないこの要塞の土は乾いているので、それはもう土埃が酷い。

 竜がその巨体で敬礼してから、首に下げた通信筒を外してウラグマ代理に手渡す。手紙だと竜の手が大き過ぎて上手く掴めないのだ。

 竜は行き帰りが滅茶苦茶早い。地形を無視するせいか、早馬より十倍近く早い。片道十日以上はかかる旅程を二日で戻ってきたのだから。

 イシュタムめ、弱点挙げまくって無敵じゃないとか言いやがって、過小評価し過ぎじゃないか?

 ウラグマ代理が手紙を読み終わる頃合を見計らって声をかける。

「どんな中身で?」

「ルサレヤお婆様からだね。”勝利ご苦労。期待通りに良くやってくれた。各戦線への激励にもなる。やれそうなことは何でもやっていい。そのための魔なる法による超俗令だ”だね。私も賛成、思ったことは全部やってくれていいよ。これでも一応魔神代理領存続の危機だし、いくらでも汚くていいさ。これ、魔なる法による超俗令だからね」

「心強い限りで」

「次はヒルヴァフカ州の報告だ。”住民の避難は訓練通りに順調で、アッジャールの行う虐殺と焼き討ちの被害は抑制されている。戦況は一進一退だが消耗戦の様相を呈している。何はともあれ親衛軍の到着如何”らしいね。それからジャーヴァル帝国の報告”帝国内の藩王達の対応が支離滅裂で難儀している”なんだって」

「どこも大変ですね」

「そうだね」


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 ダルプロ川で獲れたナマズのから揚げに酢をかけてを食べていると、砲兵を含む十万の軍勢が西岸要塞北側正面へ配置につく、と良い報せが来た。

 人と大砲がようやく揃ったようだ。こうして時間稼ぎをしている内にもヒルヴァフカ州への側面支援になっていると考えれば、良く働けている気がする。

 まだ互いに砲弾が届く距離ではないし、騎兵では圧倒的に負けているので威力偵察も難しい。なので、砲弾より遠くに届く武器を使う。

 偵察隊にジェルダナを任せてみると、磔にして前面に立てた。こういうことしても上の人から怒られないってなんか、感覚が麻痺しそう。

「おい下手糞、このイスハシルの嫁に当ててみろ! 下手糞!」

 妖精が敵の砲兵に向けて当ててみろと挑発しだした。侵略に来た連中に何の遠慮が必要か。

 これで連中の頭に血が昇って”馬鹿”を誘発出来ればそれでよし。出来なくても冷静さが奪えればいい。それでアッジャール兵と温度差が出来て不和が生じれば尚よろしいが、あの赤衣のオルフ兵は見当たらず、効果無し。

 敵砲兵が列を整えて砲撃を始める前に対砲兵射撃を開始させる。相手方は軽量で短射程の野戦砲ばかりである。こちらに砲弾を届かせるには、こちらの大砲の射程内に入らなければいけない。簡単な論理。大規模な塹壕を掘って進め、隠れながら砲兵を前進させるという地道で確実な方法があるのだが、オルフ軍にはそんなつもりは無いようだ。夜の内に布陣してしまうというもっと簡単な手もある。なのでこの攻撃は本気ではないようだ。

 今度はちゃんとした威力偵察か? 囮では到底有り得ないような軍量を出して、それを囮にし、こっちが逆襲に突撃を仕掛けた頃合を見計らって騎兵も交えて包囲殲滅? 色々あり得る。現状では向かってきた敵を蹴散らす程度がせいぜいか。

 しばらくは砲兵以外に動きの少ない大砲の撃ち合いが始まった。

 敵の砲兵は前進してくる。こちらの大砲の射程距離に入り、照準調整目的の観測射を浴びては命中しなくても動きを止め、意味も無いのに腕で身を庇うという可愛いところはあるが、基本は果敢に前進。

 観測射での照準調整もそこそこに我が砲兵は効力射に移る。大量の白煙と砲声とともに砲弾が黒い点になって敵へ吸い込まれる。観測射で良く当たるようになった砲弾が敵の野戦砲は砲身をひしゃげ、車輪を落とし、弾薬運搬車を破壊して、砲兵は手足を引き千切られて転がり、赤子になったみたいに這ってどこかへ泣きながら逃げようとする。

 中々に果敢に前進してくるだけはあってこちら、塹壕と防塁に戦闘配置についた歩兵も砲兵も野戦砲での砲撃を少し受けるが、対砲兵射撃の効果でほぼ無傷と呼べる状態を維持する。敵の野戦砲の数に対して、こちら側に飛んでくる砲弾の数を目でざっとに数えただけでも五十に届かない。

 高所という地の利と、大砲の射程に、先制して砲撃した利に、防塁に守られているか野ざらしかという精神的負担の違いを加えたらこちらが圧倒的に有利。砲兵は血に熱くならずに、機械のように冷静に動く方が強いのだ。

 しかし敵の策が解せない。マトラを単一の国として大軍を単純にぶつけて消耗戦を仕掛けているなら正解その一だが、何せこちとら帝国三つ分の超大国魔神代理領。物資の補給に全く困らない。他州、他国からの支援物資は既に供給継続状態。火薬の量よりも、河川艦隊の過労が気になるぐらいだ。

 ダルプロ川からは、無謀にも小船で敵が中州要塞を目指してきたが、要塞と河川艦隊の砲撃で川の藻屑となる。敵は下流から遡上しているので足は遅く、鴨撃ちの様。当たれば小船が木片になり、散弾と化して敵兵に突き刺さる。それから川に落ちて、増水した川に飲み込まれて消える。小船も敵兵も初めから居なかったようになる。

 砲撃以前に増水して川の流れが早く、操船が困難なので何もしなくても転覆している。何とか操船できていても、至近に砲弾が着水すればその揺れで転覆。錬度の高い水夫が用意出来ていないようだ。

 新築の東岸要塞側にも敵軍到来、数およそ四万と報告。決して少ない数ではない、むしろ国によっては国家予算をほぼ軍事費に回して動員したぐらいの量だ。


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 東岸要塞守備隊との敵別働軍との砲撃が始まる。こちらも西岸要塞と同様に優勢のようだが。

 竜の斥候から、後方連絡線上に続々と敵騎兵が現れ、数がまとまり次第、各沿岸要塞を包囲して動きを拘束し始めているとのこと。またマトラの森にも数は未確認だが、敵が侵入したそうだ。

 やっと本番だ……と思ったら、敵は野戦砲で要塞砲撃をする愚を早々に悟って後退し、こちらが突撃を仕掛けたら野戦砲で迎撃するような配置になった。そんな状況では突撃なんかはしないのでこう着状態に陥る。

 先の戦いみたいに突撃してきて、こちらの逆襲の突撃を誘って、温存した野戦砲で支援攻撃を加えつつ、予備騎兵も投入するなんて敵の策を予想していたのだが、別な手があるのか。


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 そうして攻撃はしないが引きもしない包囲がそれから何日も続いた。こちらの拠点全てに敵軍が抑えとして配置され、動きを拘束された。攻城重砲の到着を持って総攻撃を開始する気だろうか? とすれば先の野戦砲との砲撃戦は射程を測るための威力偵察? 豪勢なことだ。

 状況を打破するために妖精達が頑張って挑発を繰り返してもじっと敵は我慢している。誰が脚本したかは知らないが、妖精達が敵をおちょくる歌劇を定期公演してくれて楽しかった。

 ジェルダナについてはシェレヴィンツァを離れてやってきた駐留武官のオダルを通して身柄交渉が始まったが、イスハシル王が交渉材料を出すことも無く、名誉に関わる的な口先だけでのものになってしまって先行き不透明。交渉中は休戦するというようなことも無いし、双方やる気無しといった感じ。

 こちらの河川艦隊に向けての、敵の小船での夜襲も頻発し始める。そんなことは想定済みであるが、小回りの利く小船での自殺覚悟の夜襲ともなれば被害皆無とはいかない。こんな時セリンがいたら良いのになぁと思うが。

 何にせよ、敵は状況の変化を主導的に行える状態になり、こちらは要塞に引き篭もって状況の変化を受動してしまう立場になり、俄然敵方が有利となった。戦力比が局地的な状況でさえ倍差がつくお陰である。忌まわしい。

 無茶をして妖精達を十一万も動員しても相手方はまたその倍、倍々に兵力を掻き集めやがる。先の戦いにしたって、精々殺して不具にしてやったのが一万五千名。四十万引くことの一万五千、屁ぐらいにしかならない。

 欠けている。決定的に欠けている。


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 緩い緊張状態が始まって十日。良い報せと普通の報せが届いた。

 普通の報せはウラグマ代理から。ジェルダナの身柄交渉は何かあったら人質交換に使いましょうというような同意で終わったこと。この状況で要求するもの何も無いのだ。まあ、代用がいる前提の妻その一ではしょうがないか。

 良い報せは、個人的に欠けたる最たる者の到来。後方連絡線上の、要塞包囲中のオルフ軍をアソリウス軍が撃退しつつ北上というもの。

 欠けたものが埋まった! 我々の矛――ギンギンの――シルヴだ! あいつの手にかかれば、的のデカいビビりの馬っころなんて砲撃でちょちょいのちょいだ。

 ちょっと馬鹿だと自分でも思うが、居ても立ってもいられず三要塞で一番の高所、中州要塞の監視塔に向かい、見張りの妖精を肩車して、二人で望遠鏡を構える。

「元帥閣下、鷹を発見しました!」

 見張りの妖精が指差す先に望遠鏡を向ける。

「旋回してるなー」

 いつの間にやら旅団長閣下から元帥閣下の呼称に変わっていた。以前から国家名誉大元帥なる呼称もあったが、正式に呼ばれることはなかった。旅団から人民防衛軍に臨時昇格したからか。

「元帥閣下、小隊規模の騎兵を視認しました!」

 見張りの妖精が指差す先に望遠鏡を向ける。アッジャール騎兵が約三十騎、中央には望遠鏡越しの遠目にもはっきりと髭も装いも美しい若者が……あ?

 見張りの妖精が「うんしょ」と言って肩から降り、伝声管に付属している紐を引っ張り呼び鈴を鳴らし、蓋を開けて見たまま「中州基点、十一時方向、距離第三丘陵、小隊規模の騎兵視認」と下の伝令待機所に報告、伝令が「中州基点、十一時方向、距離第三丘陵、小隊規模の騎兵視認。了解」と復唱。伝令が即座に出発し、西岸要塞に渡す綱の滑車の足場に乗り、滑って対岸へ。滑車も担当する警備兵が綱を引いて滑車を引き戻す。

 望遠鏡越しだが、その若者と目が合った。笑えてきて、口が緩む。若者は微妙に目を吊り上げて、馬首を返して走り去った。頑張る若者な感じがして眩しかった。

 鷹の方へ望遠鏡を向けると、旋回上昇を終えて直線に南へ滑空して行き、目で追えば輸送艦の列……出来過ぎだな。

 綱の滑車を使って西岸要塞に戻り、港の桟橋に向かう。

 輸送船がダルプロ川の急流に負けないよう風を読んで帆を操作し、櫂を入れて船体位置を調整し、接近したところで係留索が投げられて、水兵が受け取って係留柱に巻いて引っ張り、徐々に位置を調整して着岸する。河川艦隊の錬度が高いからいいものを、実際に見るとかなり高度な技術がいる着岸作業だ。かなり大規模な工事になるが、川岸を抉って流れの緩い人工湾を造った方がいいのではないかと思う。

 歓迎の軍楽隊を喜びのあまり忘れていたと思っている内に、軽い敬礼を舷門の当直士官に済ませ、エデルトの青い軍服に魔術士官用のつば広帽を被ったシルヴが先頭に立って軽やかに下船してきた。その後ろには鞄を複数抱えた副官イルバシウスがいる。

「何よこの様は情けない」

「シルヴ! 会いに来てくれたのか。これはもうここで式を挙げるしかないな。戦場の結婚式、おー、劇の題名みたいだ」

「状況は?」

「ここの要塞の両岸に敵が布陣していて戦力を拘束されている。後方連絡線も拘束されて面倒臭ぇなぁって思っていたら、期待通りにシルヴが解放。面子も揃ったからこれから攻撃したいな」

「そう。各隊の調整ね、案内して」

「ケツついてきてくれ」

 シルヴを司令部に案内する。道すがら通りがかった居住区や便所、塹壕の排水路に手榴弾を爆破処理する穴、弾薬庫の位置に伝令優先通路、地下室を見せて簡単に紹介する。敵に包囲されていなければ地下坑道に地雷施設も見せたいところだが。

「前にシェレヴィンツァで聞いた講義内容を実現させるとこうなるのね」

 シルヴが要塞の、塹壕、通路の壁を補強する木材を手で撫でながら言う。何のことだと一瞬分からなかったが、軍事顧問団時代にラシージが講義をやった時の話か。

「俺のラシージは凄いだろう」

「ホントにね」

 司令部に到着。ウラグマ代理と鷹頭の奴隷、ラシージ、メフィド師団長、河川艦隊の連絡将校が既に席に座って待っていた。誰かが気を利かせて直ぐに面子が揃うようにしていたにおいがプンプンしている。仲間に恵まれると幸せ過ぎて怖くなってしまう。

「アソリウス島嶼伯シルヴ・ベラスコイ、両国友好通商条約第十四条項に基づき、着陣しました」

 シルヴが敬礼。ウラグマ代理が総員を代表して返礼してから、どうぞ、と手で着席を促す。

 挨拶も早々に、とっとと本題に入る。もう計画は決まっているので難しいことは無い。

「じゃあ早速計画を。シルヴ……形式はいいか。シルヴが来たので、かの弾着修正魔術によって遠距離精密砲撃が実行できるようになりました。なので、彼女に敵砲兵を潰してもらい、こちらの砲兵の安全を確保したところで護衛つきで砲兵を前進させ、敵軍を一方的に砲撃。それで敵軍が乱れたところで突撃して撃破。まずは西岸に布陣している敵主力をこのようにやっつけましょう。先に比較して少数の東岸の敵軍を相手にした方が良い気もしますが、十分な戦力を東岸に移すには時間がかかり、おまけに派手過ぎて意図を読まれる恐れがあります。なので、意図を読まれやすいような動きをしなくても準備が整っている西岸要塞の軍で、西岸の敵主力へ攻撃します。東岸の敵軍はその後に攻撃します。メフィド師団長の海軍歩兵は川を使って急速展開が出来ますので、予備兵力として待機していてください。出る頃合は任せますが、流石に西岸の敵主力は十万規模と多過ぎるので、敗走状態の相手でも数に圧倒される危険があります。東岸の敵軍を撃破する時に出番があるものと念頭に入れていてください。西岸の敵主力攻撃に失敗しそうな時は助けてくださいね。海軍さんは海軍歩兵が楽々上陸できるよう、引き続き川岸に敵を近づけさせないようにお願いします。西岸の敵主力を撃破したら軍を一部東岸に送るので、その移送準備もお願いします。その時に半包囲攻撃が出来たら理想的です。シルヴは攻撃に成功したら東岸に移って同じ要領で砲撃ね。ウラグマ代理の奴隷騎兵は、後で叩く予定の東岸の敵の牽制、そのあたりをお願いしたいです。大筋はこんな感じで、状況の変化には各自裁量で当たって下さい。現場判断が第一と考えてますので。質問ありますか?」

 メフィドが手を上げてから発言。

「予備案は?」

「失敗が見えた時点で要塞に後退して引き篭もりを続行します。最悪、スラーギィで勝てなくてもヒルヴァフカ州方面軍が勝てば良いので時間稼ぎで十分です。兵力が劣勢で、騎兵に劣る状態で戦場は草原、軍を機動させる余地も無いので要塞に篭るのが基本方針です。やることは結構無いんですよ。打って出て野戦を仕掛けるのは、敵が川沿いの街道を無視して全軍を大移動させてマトラの森に向かう時ぐらいでしょう。他には?」

 誰も手を上げなかった。給仕がお茶を準備している間に終わった。

 書記を務めていた鷹頭が今の作戦内容を清書して命令文書に直し、各自に配布している最中にお茶が到着。豆から淹れたお茶だそうで、滅茶苦茶苦いくらい。濃くして砂糖をこれでもかと入れて飲むのが流行りらしい。服に移りそうなほど香りが強い。

「シルヴの兵隊は要塞で留守番だ。ラシージ、俺だと思って、いや私の嫁だと思ってシルヴを砲台にご案内しなさい。アソリウス軍の砲兵を配置するに良い所。まあ、細かいところは二人で相談してくれ」

「は」

「あんたのとこの砲兵も使えるように権限頂戴よ」

「ラシージ」

「そのように周知します」

「じゃあ俺、突撃配置についてるから」


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 次に備えて水を皮袋からチューチュー飲んでいると、砲声。一瞬咽そうになる。着弾地点を望遠鏡で確認。

 シルヴの、正確無比な上に長射程を誇る弾着修正魔術による砲撃が一発必中に敵の大砲を破壊する。

 初めのは敵も撃たれるのは戦場の常か、みたいな感じでいたが、異常な射程と命中率に誰かが気づいてからは混乱状態になり始めた。どこかに砲兵が隠れているんではないかと敵の斥候が分かりやすいくらいに右往左往し始める。良い眺めだ。

 セレードの肉挽き器の名は伊達じゃない。流石はシルヴ、ゾワゾワしちゃう。いや違う、ゾワゾワは小便だ。急いで便所で済ましてくる。その内に砲声は続いている。

 便所から戻るとシルヴは仕事をしていた。敵の大砲を確認できる限りは全て撃破して安全を確保。

 敵の騎兵突撃に備えて歩兵の護衛をつけ、砲兵隊を要塞の外へ前進させる。一斉に防塁から大砲を下ろすことはせず、一部隊を下ろして、その部隊が行動を妨害しようと敵が攻めてこられないように砲撃準備を整えてからまた次の部隊を下ろすという繰り返しで隙を作らない。

 火力で勝っていても、やはり敵は騎兵大国アッジャール。隙を見せたら一気に騎兵突撃で蹂躙される危険がある。

 順調に砲兵が歩兵に護衛されつつ防塁を降りて、警戒待機。次の部隊が降りてきたら敵軍を射程に収めるまで前進、整列待機。シルヴの牽制なのに相手がボロボロになってしまう砲撃支援をしつつ行われる。

 そして敵騎兵の隙を伺ってウロウロしているところへシルヴが砲弾でどやしつけつつ、砲兵隊二百門の砲列が安全に素早く整えられた。

 以前より大砲は増強している。確かな後方連絡線に感謝したい。

 弾薬運搬車の到着を持って二百門の大砲による砲撃を敵軍に開始。今回行うのは移動弾幕射撃である。初めは何だそりゃと思ったが、ランマルカで最新の砲撃技術らしい。

 各大砲が着弾地点が横一列――具体的には相手の形に合わせ――になるように砲撃し、第二射目には最初の着弾地点より一つ奥、第三射目にはもう一つ奥側と繰り返して満遍なく敵陣に砲弾を効率良く着弾させ、弾の幕を張っていくものらしい。本来ならば歩兵の前進に合わせて、その直前に弾の幕を張って道を舗装するものらしいが、そんな精度の高い大砲に砲兵が揃う時代なんて訪れるのだろうかと思う。二百年後くらいかな?

 大砲による統率された斉射が出来る砲兵の錬度と、豊富な弾薬が揃って初めて可能になる。

 また弾種は榴弾である。通常の鉄球ではなく、中に炸薬が詰まっていて砲弾その物が爆発して周囲に破片を撒き散らす、人間や馬のような柔らかい目標を殺すのに適した物。これはランマルカ技術が流用されてマトラの工場で量産された物である。確実な起爆を行う為に内部機構が複雑で、炸薬の量も砲弾の大きさに比べれば少ないそうだが、暴発してくれるよりはいい。

 ちなみにこの榴弾の保有量だが、移動弾幕射撃のような大量に砲弾を消費する戦法さえ取らなければ十分にある。型枠に融けた鉄を流し込み、鋳造で部品を量産し、流れ作業で組み立てるので作りやすい。鉄も石炭も硝石もマトラ山から取れるし、木材は森に邪魔なだけある。資本的ではない労働を行う妖精なので過去数十年、下手すれば百年以上貯めに貯めてきた資源在庫がある。

 その榴弾で、ほぼ隙間無く敵軍を砲撃した。

 敵軍手前の上空で早発してしまう榴弾は少々あるが、許容範囲内。

 敵上空で榴弾が炸裂。破片が銃弾のように頭上へ降り注ぎ、敵兵は頭や肩を撃ち抜かれて倒れる。

 榴弾とて鉄の塊、直撃した敵兵の頭を粉々にして脳みそをぶちまけ、胸を貫いて、腹に当たれば抉れて内臓がドロっと零れ、腕に足を引き千切り、それから起爆して、爆風で足を吹き飛ばし、周囲に破片を散らして何人もまとめて撃ち抜く、切り裂いて抉る。指くらいなら簡単に落ちる。

 地面に着弾して誰にも当たらなくても起爆、空中で爆発するより効果は少ないが、破片が足を切り裂いて、股間に刺さり、腹を抉って殺す。

 撃つ度に砲兵隊は前進し、更に敵軍の奥へ奥へと榴弾を送り込む。

 どうにかしようと前衛側面の敵騎兵が混乱の中動こうとするが、そこはシルヴが弾着修正魔術で砲撃して牽制。人が根性で堪えても、榴弾の爆発に馬が驚き、死傷して混乱、その混乱が他の馬にも伝染して収集がつかなくなる。

 この砲撃の効果を、敵軍の被害状況を竜の斥候を使って確認させている。飛行しながら、竜に騎乗した兵士が定期的に上空から通信筒を投げ落としてくるので現状把握が大変楽。

 最新情報、”陣形と人心ともに明らかに乱れが生じていることを確認。前衛は壊滅状態、前衛側面の騎兵は混乱状態、後衛は混乱状態、敵本陣の予備兵力は督戦に当たるように後衛の背後につく。尚、後方側面に、距離を離して予備の騎兵が二万は配置されているので注意されたし。それ以外の敵影は、本日中に駆けつけられる位置に無し”とのこと。そんな位置の敵まで見える目が竜にはある。

 要塞前面で歩兵四万に横隊整列をさせる。騎兵隊は、我が横隊の後方で予備兵力として追従させる。

 ジェルダナのオルフ兵の時より三万ほど少ないし地雷攻撃もしていないが、十分な砲撃を食らわした。

 一万は砲兵の護衛。砲兵隊には、突撃進路を開けて攻撃隊形から守備隊形に移行し、後方支援をするよう伝令を出す。

 二万はラシージに引き入らせ、敵予備騎兵に対峙させるように前進させる。これでその予備騎兵に戦意がある限りは挟み撃ちに出来るようにした。ラシージがいて同数で相手がお馬さんならまず負けない。

 竜の斥候は優秀なのは間違いないが、しかし”間違い”が起こる可能性が消えるわけではない。留守を預かるアソリウス軍に守備を任せる念押しの伝令を出す。

 シルヴとその砲兵には突撃支援を要請する伝令を出す。

 刀を抜いて空へ突き上げる。

「全隊行進用意!」

 妖精が銃剣を前方へ並べる。マトラ人民防衛軍旗を持つ旗手が側につく。アクファルは勿論一緒。肩を並べられる妹がいるなんて幸せだなぁ。

「前へ、進めぃ!」

 軍楽隊が行進曲を演奏。太鼓の音に歩調を合わせて前進。突撃進路を開けた砲兵隊に挟まれ、歓声で送られる。砲兵隊は勿論、隊形を変化させながらも、防御隊形になってからも、弾幕射撃は中止したが敵への砲撃は止めていない。

 味方の砲声のみが際立って聞こえてくる中で前進。既に移動弾幕射撃でヘトヘトになり、そこら中に死体に手足が転がり、地面が血塗れになっている敵前衛が迫ってくる。

 誤射の危険性が出てきて、味方の砲兵隊が照準を変えて前衛側面の敵騎兵にトドメを刺す。

「突撃ラッパを吹けぇ!」

 突撃ラッパを吹かせ、間髪入れず、

「突撃に進めぇ!」

 刀の切っ先を前方に向け号令。先頭に立って突撃。

 気が抜けて呆然と立ち尽くしている敵兵を蹴り倒す。後続が踏み潰す。

 半殺し状態の敵兵が目につく。妖精が銃剣で刺して蹴飛ばして、でバタバタ殺していく。下士官が槍先で殴り倒すように斬る。

 こちらに急に気がついたように、何故か弾薬を小銃に装填し始めた敵兵の頭を刀でカチ割り、進路の邪魔なので横に押し倒す。

 何とか抵抗を見せる意志がある敵兵もいるが、少しもみ合う程度で妖精に殴り倒され、暴れて手がつけにくい奴なら数人がかりで引き倒して銃剣で滅多刺しにするか、手っ取り早く至近距離から小銃で撃って、銃剣でトドメを刺す。

 仰向けに倒れて喘いでいる敵兵を、ボグっと肋骨を強く踏み折って乗り越える。

 榴弾による移動弾幕射撃の効果は絶大も絶大。抵抗する敵兵より、死体になって千切れてグチャグチャになって足に血肉を絡ませてくる敵兵の方が多いのではないかと思えてくるほど。足首にからんだ腸に躓きそうになるぐらいだ。

 死体を更に切り刻むような突撃になり、手応えが無くて逆に気持ち悪い。敵の将軍はこの砕けてしまった前衛の立て直しを図ろうともしていないのではないかと思えてきた。

 予備の騎兵隊が、横隊が踏み潰して殺し漏らした敵兵の処理に苛立ち、うずうずしている雰囲気を感じ取った。血の気の多いレスリャジン騎兵が混ざっているし、御馬鹿な従兄弟のユーギトに加え、造反したてで手柄を焦っている連中が混じっている。まだ我慢しろよ。

 敵前衛を温い手応えで蹴散らし、待ち構えているようで、目に見えてビビっている敵後衛と対峙する。

「全隊停止、横隊整列!」

 妖精が足並み揃えて停止し、それから突撃で乱れた隊列を整理する。敵後衛との距離感は、大体小銃の射程の外ぐらいを目安にしている。ビビっているとはいえ、弾幕射撃の直接被害を受けていない、まだ元気な敵なので正直にぶつかると痛い目を見る。

 なので少し待機。待機をしていれば、正確無比な弾着修正魔術による砲撃がその敵後衛を、士官を狙い撃ちにして粉砕し始める。本当にセレードの肉挽き器の名は伊達じゃない。

 敵予備騎兵二万がこちらの横隊を妨害するように前進。後方の砲兵隊が大砲で敵予備騎兵を掻き乱す。同時にラシージの二万の歩兵が敵予備騎兵に突撃。

 敵予備騎兵が砲撃を受けたことを合図のように、陣形は乱しつつも全速力で駆け出す。進路的に、こちらの横隊側面を狙っている。しかしまだここで隊列を乱せば、まだ健全な敵後衛に攻撃された場合に滅茶苦茶なことになる。

 後方の砲兵隊による砲撃と、その砲兵隊を守る歩兵の前面への展開が始まる。これで横隊側面が突かれても対応は容易。

 シルヴが砲撃目標を変更。大砲での狙撃で敵予備騎兵の先頭を粉砕、後続がその人馬の死体に躓いて転倒、その転倒した騎兵にまた躓くという連鎖が始まり、足止めを成功させる。その仕上げにラシージの地面弄り魔術で進路上に小さい落とし穴が頻出、更に馬が躓いて騎兵が投げ出される。

 そして遅れながら到着した二万の歩兵による突撃が、足を止めた敵予備騎兵の側面にぶつかる。止って大きな的になった騎兵を射殺しつつ、それから銃剣で刺し殺しに行く。

 ここで予備の騎兵隊の出番。敵予備騎兵の退路を塞ぐように命令を出す。敵後衛から目は離したくないので伝令はアクファルにさせた。

 まともな騎兵戦闘では騎馬民族に敵わないのでこのように色々と準備を踏まないと騎兵の投入も出来ないのが少々苦しい。先の戦いのようにオルフ兵だけとはわけが違う。

 敵後衛は未だビビったまま動かない。おかげで敵予備騎兵を撃破した。

 こちらの横隊四万を対峙させて拘束したのと、おそらくは異民族同士で指揮系統が煩雑で連携が取れていなかったことが幸いした。あの敵予備騎兵の突撃に合わせて攻撃されていたら、勝っただろうが血塗れは確定だった。

 もう少し統制が取れて気合が入っていた赤衣のオルフ兵達が相手だったらまだ苦戦をしていたが、今回は出番無し。先の戦いで大分打ちのめされてしまったのか? それとも次の本格攻勢にも使うために準備中?

 上空で戦況を確認している竜の斥候から通信筒が落とされる。敵前で堂々と読めば”敵本陣の後退開始”と短い一文。

 作戦の失敗が周知されて敵が完全に後退を始める前に、東岸要塞を包囲する敵軍への攻撃を開始しなくてはいけない。

 まだ対峙して時間稼ぎをしている敵後衛を睨みつけつつ、伝令を呼び集める。

 シルヴには、東岸要塞の砲兵を指揮して対砲兵射撃で大砲を破壊し、安全を確保してから歩兵の護衛付きで砲兵隊を防塁から前進させて突撃準備射撃を行うように指示。もう西岸要塞正面の敵は相手にしなくていい。

 ラシージには、二万の歩兵を引き続き率いて、ダルプロ川の対岸に渡って東岸要塞の敵へ攻撃するよう指示。シルヴの東岸要塞軍、メフィドの海軍歩兵と歩調を合わせて攻撃するように。

 砲兵隊には大型の大砲を優先に半数は要塞に引き返し、もう半数はこちらの横隊に加わるように指示。護衛の歩兵は横隊後方へ並んで予備兵力にするようにした。

 予備の騎兵隊を呼び戻して横隊の側面支援につける。

 気分的には砲兵も騎兵も予備兵力も揃ったところで攻撃したいが、今後待ち受ける長期戦を考えると難しい。兵力の消耗は抑えられるところで抑えておきたい。

 砲兵に敵後衛への牽制砲撃をさせつつ、東岸の決着を待つ。東岸で勝てば、前衛と化した敵後衛の側面にでも後方にでも兵を向けられる。そうなれば無傷で降伏させられるかもしれない……あ、シェンヴィクの手法で悪評が立っているからダメか。そもそも大量に捕虜を取るつもりもないし、故郷に帰してもまた復員して戻ってくるだけだしなぁ……妥協して全員に親指でも詰めさせるか? ま、降伏せずに皆殺しにするか、降伏を受け入れて不具にするか、指詰めさせるか、それとも見逃すかは今後の展開次第としよう。

 東岸の戦いが終わるまで、近くの妖精を呼びつけて膝枕させて寝転がる。空は蒼く、まさに蒼天の神のお膝元。ただ、草が硬くてチクチクする。


■■■


 東岸の戦いの経過報告を竜の斥候が逐次、通信筒を投下して報せてくれた。

 ウラグマ代理の奴隷騎兵がかく乱攻撃を開始して各隊の負担を軽減。

 メフィド率いる海軍歩兵が敵軍後背に上陸して拘束。河川艦隊がいるので、敵軍は艦砲射撃を嫌って川から離れたところに布陣しているお陰で抵抗も無い。

 彼等が時間稼ぎをしている間に、時間はかかるがラシージと二万の軍が輸送船経由で続々と東岸に上陸。こちらも河川艦隊のお陰で敵に上陸を邪魔されなかった。艦砲は偉大だ。

 シルヴが弾着修正魔術で敵砲兵を破壊し、東岸要塞軍の砲兵隊が敵を弱体化。シルヴが先頭に加わって歩兵隊が正面から攻撃。それにラシージと上陸出来た分の一万、メフィドと海軍歩兵の一万がそれに合わせて三方から同時攻撃を開始。

 元は四万とはいえ、十分に砲撃で耕されて人数を減らして士気も砕け気味の敵軍は、三方からの突撃を受けて壊走。三方からの攻撃なので脱出経路があり、川の反対側、東側へ逃げる。

 逃げた敵はアッジャール騎兵にも劣らず、軍人訓練に没頭してきたので質だけなら勝る獣人奴隷騎兵が敗残兵を追撃して戦果拡大。

 という流れで東岸の戦いは勝利。

 その後、敵本陣は逃走したものの、背中を切られることを恐れて動けないでいた敵後衛が、メフィドの海軍歩兵が西岸に上陸して側面を脅かしたところで降伏した。

 さて、どうするか?


■■■


 東西要塞に向けて布陣していた敵軍の撃退を確認した後も警戒態勢を取らせ、竜の斥候に周辺情報を徹底的に探らせる。そして安全だと確信したところで警戒態勢を解除。

 戦闘に勝利したが残務がある。

 難工事だからと言わずに簡易な物でも要塞間に橋を建設していればよかったと反省する。落ちること前提の橋、簡単なつり橋だけでも船での兵員輸送より時間は短縮できたのだ。成功したからいいものを、ラシージは半数の軍で攻撃したのだ。

 もう一度反省である。橋の建設をラシージに提案する。

「橋の建設の必要性を確認したつもりだが、どうだ?」

「は、ベラスコイ卿の砲戦能力を持ってすれば建設作業への妨害行動も封じることは可能でしょう。時間は掛かりますが実行すべきです」

「ではそのように」

「は」

 シルヴの能力に鑑みれば建設をするには良い時期であるということで了承。

 シルヴの肩に寄りかかって頭を乗せる。

「お前が頼りだ。お前しかいないんだ」

「はいはい」

 橋を造る話の次は、作ってしまった死体について。

 装備品を剥いでダルプロ川に捨てるのが一番簡単だが、一工夫。大体こちらの要塞に設置した大砲の射程外ギリギリに死体を並べる。大砲の射程ギリギリに軍を布陣すれば、長いこと仲間の死体と睨めっこするようにした。敵の士気に揺さぶりをかける。

 捕らえた捕虜の処遇としては――レスリャジンの者は懐柔するとして――他は引き続き魔族シェンヴィクの手法を取る。目を潰し、両手を砕き、鼻と耳は削いで、歯は全て抜く。胸には”助けて、養って”と焼印。そして無傷の案内役を数名確保しておく。捕虜収容所だとか面倒臭いし、反乱されたら危ないし、無駄飯喰らいだから中止。投降を判断した敵将はオルフ領内の少数民族出身とかで、一応五体無事に捕虜にはしたが、ジェルダナのような価値は無さそうだ。

 当のシェンヴィクの力を継いだ化物のシルヴに今そんなことをしていると言ってみると、

「ふうん、いいんじゃない?」

「今テキトーに言ったろ」

「外国人だから知ったことじゃないのよ」

「それもそうだ」

「投降しなくなるわよ」

「だが恐れられるし脱走率が上がる。それに残虐非道の軍勢ってのやってみると楽しくてな。俺、間違いなく百年後の戦史に残っちゃうぜ。ベラスコイ越えは確定だな」

「あらそう」

 加えて、馬は普通戦利品だが全部殺して食った。馬は遊牧民の財産である以上に家族である。なので奴等の馬は名馬であろうと殺す。馬の区別がつく遊牧民ならば効果がある。

 その上で死体のものも含め、人と馬の鼻を削いで塩漬けにして敵に送る。具体的には竜を使って上空から敵兵の頭に降らせる。

 適当な間隔で不具にした者には馬の頭の生皮を被らせる。そうして”亡者”の群れをこしらえ、オルフ軍の本陣がある北へ、無傷の案内役を先頭に縄で数珠繋ぎにして行かせる。

 働けもしないがいっぱしに飯を食って糞を垂れる盲連中の相手なんてご苦労だなぁ。


■■■


 高級将校用の居住区は快適である。個室便所があるのだ。誰に気兼ねすることなく用が足せるので、鼻歌交じりに小便だって出来る。塹壕内は疫病が流行らないように清潔第一なので、屋外のようにその辺で立小便とはいかないのだ。

 スッキリしたところで、お呼ばれしているウラグマ代理の部屋へ行く。

 ウラグマ代理がいて、鷹頭がいて、シルヴが既にいる。メフィドは残務整理だとかで遅れるそうだ。残業するなんて頑張るねぇ。

 鷹頭が各自に杯を配り、酒を注ぐ。

「では勝利に乾杯。メフィドくんが来たらもう一回やりましょう」

『乾杯』

 飲み干す。手洗うの忘れたな……手に小便引っ掛けたんだった。まあいいか。

「おかげさまでお婆様への手紙のネタに困らなくて」

「お助けてできて光栄です」

 折角シルヴがいるので、遂にアッジャールと領土を接してしまったエデルトはどうするか? と雑談。部隊定数を満たすよう指導と監査が開始され、非定期の軍事演習予算が計上されたと官報に載っていたそうだ。それから、アソリウス島嶼伯領と魔神代理領との友好通商条約第十四条項について議論が各誌上で賑やかなことになっているそうだ。

 エデルトとの挟撃が可能かどうか討論して、手紙のやり取りと世論と議会の調子と内部事情に精通しているヴィルキレク王子の反応から推測して無理そうだと結論が出たあたりでメフィドがやって来た。

「失礼します。遅れてしまいました」

 再度の乾杯のため、鷹頭が杯を追加し、酒を注ぐ。

「遅くまでご苦労様ですメフィドくん。どうしたのかな?」

「お恥ずかしながら、私は皆さんのように軍への貢献が出来ておりません」

「メフィド殿、何をおっしゃるか。十分活躍しているじゃありませんか」

 嫌味ではなく、本気でそう思って言うが、メフィドの顔は――トカゲなのでアレだが――気落ち気味に見える。

「お二人の貢献に比べれば些細なものです」

「そう言われては困ります。職分を果たしたまでで、メフィド師団長殿も果たしました」

 シルヴが言っても、顔色? 鱗色? は変わらない。

「そうだメフィドくん、何の仕事をして来たのかな?」

 ウラグマ代理が話題の方向を少し変える。

「はい。派遣した船が戻ってくるのを待っておりまして、これをご覧下さい」

 メフィドが従者に持たせた木箱を開け、中から生首を持ち上げた。立派な髭がついたアッジャールの成人男性だ。死体なのでアレだが、頭の良さそうな顔をしている。

「東岸での戦いの後、北上して夜襲で取ってきました。駐留武官のオダル殿に、アッジャールのタフィール王子であると確認が取れました」

 タフィール王子は、兵站管理で結構な優秀さを見せているという評判の王子だ。管理能力の高さを活かし、敗残兵の整理と集結の仕事をしている最中だったのだろうと推測する。

「こりゃあ凄いです。型を取って、あー、像? 死仮面だ、それを作ってヒルヴァフカ州に贈りましょう! 敵に見せれば嫌がるぞ」

「ベルリクくんは容赦が無いね」

「ハッハッハッハ!」

 再度四人で乾杯。いやぁ酒が美味い。

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