第40話「妃将ジェルダナ」 ベルリク

 アッジャールの赤衣のオルフ兵が、横隊による正面突撃の隊形を取る。数はおよそ十万。

 こちらは他方に守備兵力を割いて八万。魔神代理領風の上衣が黒、ズボンが白の軍服だとお上品な感じがして、色だけなら若干弱そうに思える。

 海軍歩兵と他マトラ人民防衛軍三万は後方警戒へ回した。河川艦隊がいるおかげで後方連絡線へ兵力をあまり振り分けなくても十分に機能するようにしてある。四万以上の兵力だから少数とは言わないが、十万単位で騎兵を動かすアッジャールが相手だ。これで最低限。

 連中、斥候がこちらの様子を伝えただろうに大きな戦力差も無いのに歩兵だけで突っ込んでくる気概があるとは褒めてやれる。八万人もいて大砲に弾火薬も十分ではないと考えたのかもしれないが。

 戦力比の話ならばダルプロ川増水の効果がてき面である。奴等、大砲を持って来ていない。まさかオルフ兵が支援無しで突っ込む姿が楽しいとかそんな趣味人な話ではあるまい。十万規模の威力偵察など聞いたこともないが、陽動か? 他に万単位に騎兵を大きく迂回させているのか? それとも根性で勝てるとでも本気で思っているのか? 次の攻撃計画までにこちらの防御体勢が整わないように嫌がらせに来たのか? 反乱予備軍の粛清? それとも複合しているのか。

 こちらはレスリャジン氏族が使っていた中洲要塞の、街道が通っている西岸側に要塞を建築。ラシージの土弄り魔術を持ってすれば工期も恐ろしく短い。要塞の設計図と施工手順は戦争前に完成させていたから更に早い。木材部分も一度組み立ててから解体した物であり、調整要らずで組み立て直すだけなので早い。川を制しているおかげで資材を送るのも高速で、上流から下流への船舶輸送は非常に早い。南風なので更に早い。貨物用の船はいちいち川を遡上させず、時間的に余裕の無い今は一方通行で送ってもらっているので更に早い。その船は解体して資材にもなるし、薪にもなる。

 そうして西岸要塞建築の第一段階は、敵に邪魔されることなくあっと言う間に完了。今後は敵の襲撃を撃退しつつ段階を引き上げていく。

 発案した自分がそうなるのはちょっと変だが、準備万端整えたラシージの工事が早過ぎて笑えてくる。一晩で工事が終わったわけではないが、大袈裟な表現と敵の偵察頻度にその連絡速度を考慮に入れれば”一夜要塞”は決して嘘にならないのが現状。

 目前の敵十万なんてアッジャール相手ならまだまだ前菜程度。人数で負けているなら土と火薬の量、それから消耗戦でもビビらない根性で勝つしかない。


■■■


 塩気の強い魚の干物を齧りながら望遠鏡で敵側の整列を眺めていると、派手な長い赤毛も装飾品のようになびかせる背の高い女指揮官が先頭に立ち、羽飾り付きのつば広帽を掲げて合図を出すと、オルフ兵の横隊が行進曲に乗せて前進してくる。

 あの女、遠目から見た感じだけだがかなり様になってる。ただ女のケツが見えているだけでも男の兵士は本能的に命が軽やかになるというのに、あれでは更にどうなるか? そして何より、全ての兵より前に立って歩くという容易に真似出来ないキザっぷり。今日初めて気合入れてやりました、というような初々しさは無く、いつもそうしてきたように”堂”が入っている。あれは良く兵士が命を捨てそうだ。

「あの格好良い姉ちゃんが誰か、誰か知らないか?」

 西岸要塞の司令部観測所に詰めてる面々に聞いてみる。ウラグマ代理の副官の獣人奴隷――鳥人?――の鷹頭が即答。こいつ、望遠鏡が無くても肉眼で遠方が良く見えている様子。正に鷹の目。

「外見はイスハシル王に嫁いだスタグロ伯ジェルダナと特徴が一致します。以前にオルフ領を統一した王の末裔に当たり、常に最前線に立って執る勇猛な指揮には定評があります」

「おお凄ぇ、スラスラ答えるのが凄ぇ」

「ありがとうございます」

 先頭に立って突っ込んでくるとは親近感を覚える敵だ。それならば一層アクファルにはあの女より格好良いところを見せてやらねばならない。

 こちらは塹壕に配置した下段の兵、防塁に配置した上段の兵で迎撃する。高低差をつけての二段構えで、その上で身を隠しながら撃てる。同じ幅でも単純に敵の倍の銃口を突きつけることが可能で、敵の半分以下の確率でしか銃弾が当たらない。実際には死んだりビビったりして、心と身体の疲労具合が違うのでもっと殺傷比率は良い。

 そして何より大砲がある。西岸要塞には当然配置しており、中洲要塞にも配置してある。例え西岸要塞が陥落しても中州要塞は機能を失わない。

 弾火薬は十分にあるし、川からの補給は安定している。要塞で防御をして物資も万全のこの状況で負けたら恥ずかしいくらいだ。あぁ、どっかから残りの敵が突っ込んでこないかな?

 こちらの要塞へ攻撃をまず仕掛けてきたのは擲弾兵だ。オルフ兵の中でも特に体格が良い連中で、大きな熊毛帽を被って更に身体を大きく見せている。彼等の仕事は大砲の代わりに手で榴弾を運んで投げること。奴等に塹壕まで接近されて中に手榴弾を投げ込まれ始めたら厄介なことになる。自殺覚悟の馬鹿と戦うと勝っても手酷いことになる。近づけさせてはいけない。

 要塞の大砲、北側正面には大小合わせて百門が砲撃。鉄球の砲弾が擲弾兵の手足胴体を引き千切る、一人二人三人と一発で殺す。擲弾兵なんて馬鹿をやっている連中が一度の一斉砲撃で百人近く殺されたところで怯みはしない。

 もっと砲門の数を増やせたらいいと思うが、包囲されることを考慮して、西側と南側にも大砲を配置している。竜跨兵の空中偵察の報告次第で、西側と南側から大砲を北側正面に回す。

 塹壕の前方にある空堀の上り降りで生じる渋滞で擲弾兵の動きが鈍り始める。足場ばかりは気合でどうにもならず、更に大砲が狙いを易くして砲撃。砲弾でもっと多くの肉も骨も引き千切って内臓をブチ撒ける。

 迫撃砲隊が砲撃を開始。榴弾が放物線を描いて飛び、着弾、爆発。渋滞しているところで爆風に乗った破片が擲弾兵を突き刺して切り裂く。

 何とか空堀をよじ登った擲弾兵には、塹壕と防塁からの一斉射撃が加えられて蜂の巣にされて倒れる。

 空堀に身を隠して射撃してくる擲弾兵もいるが、ほとんどこちらの妖精には当たらない。

 擲弾兵もただ死んでいるだけではなく、幸運にも死なない程度に銃弾を浴びつつこちらに手榴弾を投げ込むことがある。塹壕の手前だったり、不発だったり、早発で自爆したり、手にも持ったまま射殺されての自爆だったりもするが、何発かは塹壕内で爆発して被害を出す。妖精が足を吹っ飛ばされ、ゲラゲラ笑う衛生兵に止血処置をされてから引きずられていく。足を吹っ飛ばされる奴は間抜けと見られている雰囲気。

 続々と死を恐れぬ擲弾兵は肉弾になって遮二無二に突っ込んでくる。それで手榴弾を塹壕に投げ込まれても、爆破処理用の穴に蹴り込んで無害化するのが当然の対応になっている。中には投げ込まれた手榴弾を流れるような動作で受け止めて投げ返す妖精もいる。前に大道芸で手榴弾を使っていた奴だろうか?

 そうして擲弾兵が死んでいる内に、後方から来た工兵が梯子、土嚢、何より味方の死体を使って階段を作って空堀を移動し易くし始める。簡易的な防御陣地も作り始めたぐらいだ。

 味方の死体を弾除けや足場にし始めると途端にオルフ兵達が頑強になり始める。奴等も――死体を含めて――土を使い出した。

 空堀のどこかにいるジェルダナの猛将振りが見えてきた。兵士を哀れに思っていたら何も出来ない。銃煙と砲煙と、目に優しくない赤軍服の群れのせいで意中の人が紛れて見られないのが不満だ。

 擲弾兵が軒並み死体になって資材になった後、オルフ兵は銃撃する部隊と、突撃する部隊が交互に整列し、前進して空堀を乗り越えてきた。

 銃撃する部隊は三日月斧を又杖に、それで銃身を支えて射撃。射撃姿勢が安定しているので命中率が高く、塹壕、防塁に隠れている妖精の顔面を吹っ飛ばすことは意外と多い。顎が吹っ飛ばされているのに銃弾と火薬が入った薬包を噛み切ろうとオロオロしている妖精がいる。

 突撃する部隊は銃をその場に置き、三日月斧で担いで喚声を上げて突っ込んでくる。分かりやすい。

 歩兵による塹壕からの小銃の第一斉射、防塁上からの小銃の第二斉射、同じく防塁上からの位置入れ替わりの小銃の第三斉射、大砲が銃弾が詰まった近距離用の散弾に変えての第四斉射。三日月斧の刃に銃弾が当たって火花を散らし、刃を砕いて、突撃してくるオルフ兵に当たって肉も骨も砕いて血飛沫が上がる。

 銃煙と砲煙が激しくなり過ぎて敵が見えなくなっているが、正面向かって撃てば当たるほどに敵は群れているので盲撃ちでもバタバタと殺せている。

 そして南風。今日は強くはないが、白煙が敵に向かって流されるので視界が開けるのは早い。

 オルフ兵は征服された連中のくせにイスタメル兵以上に命を捨てて突っ込んできやがる。いくらイスタメル兵だって大砲無しで要塞には突っ込みたがらないだろうに。

 一から四の絶え間ない斉射で撃退して足場が無くなるくらいに死体を積み上げているというのに、時々塹壕にまで達する兵士がいる。少数なのであっという間に銃剣で殺されるが、それでも近接してくるのだ。これは噂のイスハシル王の魔性の目と声の効果か? それともやはりあのジェルダナか?

 銃煙と砲煙が激しい中、オルフ兵の前線が塹壕目前に迫っている。三日月斧での突撃部隊を盾に銃撃部隊がジリジリと間合いを詰めてきているし、その後方の予備部隊も死んで出来た空隙を埋めるように前進してきている。

 土で勝利出来るのはここまでだろう。

 次の手を打つ。オルフ人にはどの程度に噂が広まっているかは知らないが、イスタメルの”三角頭”の真の実力を見せてやる。

「ルドゥ」

「はい大将」

「ジェルダナと思しき女指揮官を主目標とし、敵士官狙撃を開始」

「了解だ大将」

 もう既に偵察隊という名前に違和感が生じてきた連中であるが、共和革命派流の軍隊では偵察隊が歩兵の最上級呼称とほぼ同義だそうだ。ならばよし。

 オルフ兵の前線は小銃の有効射程圏内を既に越え、熟練の狙撃手なら必中圏内と言えるところまで踏み込んできている。兵達にナメられないように最前線に立とうとする士官ならば尚更狙いやすく、そういう奴が死ねば敵は士気が下がる。特にあのジェルダナが死ねば良く下がる。これは運が良ければそこそこ効果を発揮するであろうという戦法。失敗しても別に構わない。

 そんな運任せな戦法はさて置き、運に頼らない確実な戦法を取る。

 全歩兵に突撃準備をさせ、騎兵には追撃準備をさせ、砲兵には地雷原以降の敵に突撃準備射撃をさせるよう伝令を各所に飛ばす。そうしてから、

「ラシージ」

「は」

「北部地雷原爆破」

「了解、北部地雷原爆破します。北部地雷原爆破!」

 司令部観測所の真下にある地下通路に間隔を開けて待機している工兵達が次々に「北部地雷原爆破!」と伝言していく。

 地雷が一斉に爆破され、塹壕手前から空堀にいるオルフ兵のほとんどが足元からの爆発で土ぼこりに紛れて武器に四肢を空高く散らし、玩具みたいに吹っ飛んだ。全く人を殺した気分にならないのが不思議だ。

 さしものオルフ兵もこれで攻勢を頓挫させる。生き残りは何が起こったのか理解していない顔に見える。これによって敵味方双方から戦闘の熱狂が取り払われた気配を感じる。

 ルドゥが出した伝令から報告。死亡は地雷の爆風で起きた砂塵で確証には至らないが、ジェルダナと思しき女指揮官は間違いなく地雷の爆発圏内にいたそうだ……狙撃を命じたら偵察隊本来の役目を果たしてくれた。これはこれで良い。

 期である。

「アクファル来い」

「はい」

「ラシージは防衛体制の復旧とかそのあたり、とりあえず任せた」

「は」

 ウラグマ代理は総大将なので司令部観測所で高みの見物で、西部と南部へ敵の奇襲があった場合に備えるものでもある。「いってらっしゃい」と手を振られる。

 身を隠さず、塹壕の前に立つ。位置は大体真ん中。目の前には文字通りに死屍累々、グチャグチャバラバラなのと、生きてるか死んでるか良く分からないのと、生きてるが心が死んでるようなのと、色々なオルフ兵が勢ぞろい。その後方の予備部隊には砲弾が降り注ぎ始め、敵は皆平等に混乱を始めている。

 刀を抜いて空へ突き上げる。

「全隊突撃用意、横隊整列ッ!」

 塹壕から妖精が這い上がって来て銃剣を前方へ並べる。防塁からも降りて来て後ろに横隊に整列する。

 卸し立てのマトラ人民防衛軍旗を持つ旗手が側につく。旗手の頭をグリグリ撫でながら、短く素早い整列時間を潰す。

「突撃ラッパを吹けぇ!」

 突撃ラッパを吹かせ、間髪入れず、

「突撃に進めぇ!」

 刀の切っ先を前方に向け号令。先頭に立って突撃。アクファルも一緒で、何だかいつもより楽しい気分。

 地雷原の中で呆けているオルフ兵の頭を刀でカチ割りつつ前進。残存敵より、転がってる手足に躓いて倒れないようにする方が大変だ。

 アクファルは後ろにピッタリくっついて、弓で敵を射殺して、死体から矢を回収。死んでない敵には刀を腹にねじ込んだり、拳銃を撃ち込んでから矢を回収。

 妖精の銃剣突撃で、隊列も組んでいないオルフ兵は銃剣で刺され、銃床で殴られ、腹に顔面を蹴っ飛ばされて倒す。中には数人でオルフ兵を銃剣で刺し、担ぎ上げてお祭り気分になりだす。その真似をしたり、手や首を銃剣に差して掲げる連中も出てきて、心が弱っている時にその光景を見たオルフ兵が発狂して逃げ始める。妖精は面白がって「わー待て待てー」と追い回す。

 アソリウス島で身をもってシルヴに教えてもらったこの地雷攻撃、ラシージと工兵隊の手腕が合わさるとこんなに愉快になるとは思いもよらなかった。シルヴが早く到着していれば見せてあげられたのに! そこだけが悔しい。次の機会があると祈るしかない。

 地雷原の外のオルフ兵は、砲兵の突撃準備射撃、地雷の衝撃、妖精の死体遊びで怯え、混乱している。これはイケる。

 勢いそのままにオルフ兵の後方予備部隊に突き刺さる。完全に勢いはこちら。抵抗すら稀なままこちらに殺され、逃げ散り始めた。

 撤退用の殿部隊を出すとか、指揮を回復しようとする者は無く、まだ抵抗しろと声をかける士官達の声はか細い。

 追撃用の騎兵がこちらの横隊を迂回して到着し、壊走するオルフ兵を刀で切り殺し、騎兵銃で撃ち殺し始める。

 抵抗が少なくてちょっと拍子抜けだなと思いつつ逃げるオルフ兵の頭を、一日でナマクラになった刀で三回殴って殺すと、頑丈に何かを守るように方陣を組む精鋭らしき部隊を発見した。悲壮感と使命感を漂わせていて素晴らしい。感動しそうになる。

 流石にアレへそのまま突撃するのは馬鹿なので、その辺の妖精に指示して銃撃をほぼ一方的に加えさせる。アクファルも矢を射掛ける。こっちも拳銃を撃ちまくる。

「妃殿下は死んでも守れ!」

 その叫ぶ名から、精鋭らしき、ではなく精鋭部隊だった。その全員が銃弾と矢で死ぬまで立っていた。

 その死体になった方陣に向かうと、あの格好良かったジェルダナが、片膝突くのもやっとな負傷した姿で刀の切っ先をこちらに向けている。随分と強そうで良い面構えをしている。

 この女がイスハシルの五人の妻その一だ。良い女だが結構な歳で、亡夫との最初の息子がイスハシルと同い年と噂で聞いた。

「お姉ちゃん格好良いねぇ」

「あらそう」

 ちょっと態度を正す。

「アッジャールの子たるオルフ王イスハシルの妻、スタグロ伯ジェルダナとはあなたのことか?」

「これでもそう見えますか?」

 アクファルが急に拳銃でジェルダナの左肩を撃ってから傷口を蹴り、倒した。それは肩周りの骨が砕けるような傷で、悲鳴も上げられないぐらい、歯を食いしばって泡を吹き出す程に悶絶している。

「おい?」

「左手が何やら怪しい動きをしたのでお邪魔させて頂きました」

「あ?」

 アクファルがジェルダナの頭を踵で蹴って完全に気絶させ、それから左袖を捲り上げて見せた。腕輪があるが。

「これは?」

 アクファルが腕輪を弄り、ジェルダナが左に指輪をしている指を圧し折ると地面に発砲して見せた。暗器かよ、あと折る必要は無いだろ。

「指輪と腕輪が細い糸で繋がり、連動しています。発砲音は小さく、威力が低いようなので毒塗りの銃弾でしょう」

「そいつは戦利品だ、貰っとけ」

「はい」

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