2.2

 正直な話、第六施設島に降り立ってからミオ・ヒスィは退屈しきっていた。

 時刻は午後6時3分を過ぎた頃である。中央区駅の改札を抜けて、ミオの足は北口の階段へ向かっていた。待ち合わせの予定までは残り10分ほど残っているが、どこかへ遊びに行く時間はなさそうである。

(……少しか)

 階段を降り切ったところで、ミオは駅のホームへ視線を送った。

 もうレナ・アーウィンの姿はない。あの重そうなビニール袋を持って、今ごろようやく改札を通り抜けているのだろう。

 追いつかれて色々言われるのも面倒だ、とミオは思った。

 ――素早く立ち去ってしまおう。

 胸ポケットから小型の端末を取り出し、開く――と、画面に現れたのは少女の落ち着いた相貌。

(レナ・アーウィン……)

 少年は一瞬だけ前髪を掻くと、容赦なく"DELETE" のボタンに触れた。

 画像データが復旧不可になったのを確認して端末を閉じ、は、と短く吐息。ふと前を見ると、高い金網で仕切られた敷地があった。

 フェンスの向こう側には、番号の振られたかまぼこ型の倉庫や工廠と、アスファルトで舗装された滑走路が何本にも分岐しているのが見える。

 空港か? と問えば、その答えは否だ。

 そこから出ている機体は、どう見てもジャンボ旅客機などではない。

 統一連合の軍事基地である。

 ミオはじっくりと目を凝らした。工廠の向こう側には大きな鋼鉄の巨躯があり、それは幾つかの特徴を持っている。

 一つめは、それが人型であること。

 超高硬度鋼で出来た強靭な装甲を有し、そして精密自在に動く四肢を持っている。地面がどのような状況でも対応できるよう設計された屈強な脚部と、人の手そのままのように物を掴み、持ち上げることの出来る手、その部位へと続く腕部――そして機体の胸部には内部核または"コア"と呼ばれる動力源と、操縦主パイロットが収まったコクピットがある。コクピットは絶対隔壁と呼ばれる特殊なフィールドで守られており、操縦主はその中で機体の操作を行っている。

 二つめは、それが巨大であること。

 機体の大きさは全高18メートル程度もある。ビルでいうところ高さでは5~6階にも相当する大きさで、至近距離から頭部までを見上げると首が痛くなりそうだ。もしも観察する場合はなるべく遠くから眺めた方がいいだろう。

 三つめは、それが飛行能力を有していること。

 工廠の向こう側に立っている機体は三機。どれも同一の量産型で、ちなみに機体名は<エーラント>という。統一連合が数年前から量産ラインに乗せている機体で、汎用性が高いという特質を持っていた。

 三機は順にバックパックの推進翼を展開すると、一瞬だけ身を屈める姿勢――そしてジャンプするように離陸した。一機が飛び立ち、そして二機が続く。三機が飛び立つ頃には、先に飛び立った機体はすでに高度数百メートルの高さまで飛翔している。

 それらは空中でいったん滞空すると、並んで西の方角へ飛び立った。

 おそらく今から哨戒に当たるのだろう。どうやら統一連合は警備の手を抜いていないらしい。

 人型をした機動兵器は一般的に<アーマード・フレーム>と呼ばれる。略してAOFと呼ばれたり、単にフレームと呼ばれたりすることもある。

 今から十数年前も前に開発されたAOFは、最初に生み出されたものを第一世代として、現在は第三世代までが生産されている。旧来の軍事兵器など話にもならないほどの圧倒的な機動性、そして重厚頑強な金属装甲、どのような戦況でも介入できる汎用性により、AOFは急速なスピードで開発が為された。

 新たなビジネスは進化が速い。そしてAOFもまたビジネスの一端であった。

 装甲に使われる重金属や計器類を担うレアメタル、そして技術の需要が高騰し、行き詰っていた経済や政治に新たな突破口ブレイクスルーを与えたのである。

 経済学部の学生では無いから詳しいことは分からないけれど、少なくともミオの周りにあるテレビや雑誌、新聞はそう言っていた。AOFの技術革新が世界を変化させ、変化した世界がAOFの技術を相乗効果的に加速させるのだと。

 当然、AOFを使った「戦争」もビジネス化された。

 人間はAOFを自在にあやつり、AOFと戦うようになった。

 戦っている相手を見ることもないから、それはFPSやTPSみたいなゲーム感覚をもって、戦争は激化するようになった。

 二年前に起こった戦争は、その典型的な例でもあった。

 思わず金網を握る手に力が入ってしまう。

 「戦争特需」なんて言葉があるくらい、とにかく争い事は金が儲かる。それによって一部の連中が引き起こした戦争が二年前の戦いだった。

 もちろん、当時15歳だったミオもそれに巻き込まれた。戦争自体は今から半年前にいったん終結を迎えたものの、いまだに統一連合とASEEという両勢力の緊張は続いている。水面下での報復攻撃や、政治的争いは途絶えていない。そして、まるでコマのような緊張感を保ったのが今の世界だ。いつバランスを崩してもおかしくない。

 ミオがフェンスの前から立ち去ろうとしたとき――地下から轟音がせり上がってきた。

 振り返ると、フェンスの向こう側――ちょうど30メートル遠くにある地下シェルターの入り口が、がっぽりと口を開け広げていた。地面に直接埋め込まれた隔壁に空孔があき、そこから生えるようにして現れたのは一機のAOFだ。先刻に西の空へ飛んでいった機体と同型の<エーラント>である。

 間近で見るとやっぱり大きい。しかも新しくロールアウトされたばかりの機体のようで、新品の装甲には傷ひとつ入っていない。

 <エーラント>は地上に出ると頭部カメラを使って周囲を見回し、

『お? おぉぉっ?』

 声は外部に設けられたスピーカーだ。実際の戦場では外部への呼びかけを行う際に使われる。

 頭部にあるグリーンの光眼がミオを捉えた。おそらく向こうの操縦主は望遠レンズを使ってミオを観察しているのだろう。たかが30メートルという短い距離なら、きっと睫毛のひとつずつまで鮮明に見える。

 ……さすがに睫毛を観察されても困るけど。

 男の声――おそらく操縦主のそれは、しばし感嘆の声を上げると、


『これがAOFから見る外の光景かぁー!! 感動したぜ!!』

 スピーカーがハウリングを起こす。ミオは高周波の雑音ノイズに耐えかねて、思わず耳を塞いだ。

「……ったく、うるさいな」

『おぉ? いー度胸じゃねーか坊主ー! いま「うるさいなぁ」って言ったな?』

「聞こえてたのかよ……」

 フェンスの外からミオが怠そうに応じる。

 機体は自信たっぷりに胸の真ん中へ親指を向け、

『当ったり前よ! なんたってAOFの聴覚センサーは凄ェ高感度だからな! 遠くでネズミが動いたって音で分かるぜ』

「ご丁寧にどうも」

 ……そういう情報って外部の人間に教えて大丈夫なのか?

 ミオは思わず怪訝そうな表情になった。

 地下から出現した<エーラント>が一歩を踏み出すと、その後ろからもう一機の巨躯が地下から現れた。全高18メートルの巨体は、地面から生えるように現れると、慣れた動きでアスファルトを踏んで進む。

 少しだけカラーリングと装備が違うのが分かった。

 隊長機だろうか――と思いながら眺めていると、今度は野太い別の声が響く。

『そこらへんのフェンスは、よく軍事オタどもが集まっているからな。まぁ民間人だし、問題ないとはいえ――』

 ガツン、と鋼鉄が打たれる音。

 後から現れた隊長機が、先に出た一機の頭部を殴った。

『い、痛でーっす隊長!』

『機密事項を喋るのは禁則事項に触れるぞ。とりあえず今回は注意で見逃してやる。少年、忘れてくれ。では演習を続行しよう』

 隊長機は、さて、と敷地の中央に向かって向き直ると、機体の右手からラグビーボールのような物体を取り出した。もちろん大型の、である。全高18メートルの巨体が扱うボールだと、その大きさは直径が2メートル程度だろうか。握られたそれは一見すると普通の楕円球に見えるが、良く観察すると小さな孔が幾つも空いている。

 ミオは不思議そうな表情をしたまま様子を見た。

 隊長機に乗った男の声が響く。

『これから機体の操行訓練を行う。これまでは狭いスペースで動き回る演習ばかりだったからな。くれぐれも周辺に注意しろ』

『へいへい』

『正しい返事の仕方を教えてやろうか?』

『はい!』

『よろしい、では――』

 隊長機は言い放つと、肘を後ろに下げた投擲の姿勢を取る。ボールは右手に乗ったままだ。

 それを、思い切り海の方角に向かって――――ブン投げた。

 楕円球に空けられていた孔は、しかし小型ブースターの役割を持っている。基地の中心部に向かって投げられたボールは推進器を点火し、空中で不規則な挙動を取りながら加速した。

 ジャイロ回転だ。螺旋の動きを持って、しかし高速でラグビーボールが飛翔する。

 それと同時に飛び立つ影があった。

 つい先刻まで軽口を叩いていた<エーラント>である。

 18メートルにも及ぶ巨躯が、しかし予想外の初速と加速度を持って飛ぶ。

 最初の動きは地面への蹴りだ。右脚がアスファルトへ強烈なキックを放ち、同時に機体が浮く。

 次の動きは背面ブースターへの点火。加速を得た機体は、一瞬で猛烈な速度を得た。ぶわ、という猛烈な暴風ブラストがフェンスの外までを襲い、強風を受けたミオは腕で顔面を覆った。

 圧倒的な加速度である。

 あれだけの重さを持つ鋼鉄の巨体が、瞬間的にあんな加速が出来るだろうか――という疑問に答えるのは難しい。


 AOFはコアの部分に "重力制御ユニット" と呼ばれる核を持っている。その核が加速の一瞬に「重さ」の概念を失くし、そして背部にある強烈なブースターによって加速を得ている。そのお陰で、AOFは一瞬の間にトップスピードを得られ、戦場での高速戦闘が可能となっている。圧倒的な速度でフィールドを駆け巡り、持ち前の火力と装甲によって戦況をことごとく狂わせる。従来の兵器がAOFを前に鉄くず同然となったのも、この重力制御ユニットによるところが大きい。

 詳しいシステム構造までは知らないが――とか思いながらぼんやり見ていると、<エーラント>は素早い動きで楕円球を空中キャッチしていた。もう此方こちらに向かって機首を翻しつつある。

 その腕が大きく左右へ振るわれた。おそらくミオに対する自慢のつもりなのだろう。どうだ、捕ってやったぜ――とドヤ顔でアピールしているようだ。

「……怒られても知らねーぞ」

 ミオは苦笑しながら軽く手を振り返したが、隊長機が新人を怒鳴りつける前に、金網の前からそそくさと立ち去った。

 は、と息をつく。

 気付けばもう季節は夏が終わりそうだった。頬をかすめていく夕方の空気は冷たくなり始めている。

 ニレ科の木は落葉樹だったから、秋になれば葉が赤色に染まるし、いずれ冬になればすべて散ってしまう。歩行の速度を緩めながら道路脇に立っている街路樹を見上げて、ミオはぼんやりと考え込んでいた。

 駅のホームで出会った少女を思い返す。見た目は普通の少女だったが、自分が持ってきた資料によれば彼女は要注意人物なのだ。

「……」

 統一連合軍の中でも"2強"と呼ばれるエースパイロットの片割れ――それがレナ・アーウィンという少女の本当の姿だ。つまりASEEにとっては最大の敵ということになる。深紅の機体を駆り、射撃の精密さとAOFの持ち味である高速機動を生かした戦術、そして常軌を逸した空間把握能力――それによって、ASEEの量産機である<ヴィーア>の部隊は惨敗を続けている。

 彼女が頭角をあらわし始めたのは2年前の"戦争"が起こってからだろう。最強のエースパイロットとしての名声は統一連合だけでなく、敵であるASEEにも広く知られていた。量産機と一般兵で構成された部隊では全く手が付けられない相手だとか。

(余計なことを考えるのはやめておこう……)

 ミオは信号を渡り、市街地の中央ブロックへとやってきた。時刻は6時11分。ちょうど頃合いだろうか――と思ったところで、ミオは車の前に3人組の男が立っているのを認めた。どうやらこれが今回の「待ち合わせ」相手のようで、彼らは少年の姿を認めると交互に頷きあった。

 男たちは無言のまま車のロックを解除すると、後部座席へ頭を突っ込んでアタッシュケースを引っ張り出した。

 男は周りに誰も居ないことを確認すると、ケースの錠を解く。

 中から出てきたのは.45口径の自動拳銃と、フルに装填された予備弾倉。そして鋭利な白いナイフが1本、それは鞘に納められていた。

 ミオはそれらを無言のまま受け取るとポケットの中へ仕舞う。

 男のうち1人が低い声で言った。

「お前が特務E班、ミオ・ヒスィだな?」

「武器を渡してから身分をチェックするな。警戒心無さすぎ」

 ポケットに入っていたIDカードを渡すと、男は確認を求めるように背後を振り返った。車の中にいる別の男が頷くと、彼は静かに口を開く。

「手筈は良いな」

「基地内のマップは頭に入ってる」

「目標ターゲットは」

「……今さら訊く必要も無いだろ」

「行け」

 男は腕時計へと目をやった。残り数秒で時刻は6時15分になる。

「――時間だ」

 刹那、強い耳鳴りが周辺一帯を襲った。

 プラスチック爆薬に特有なオレンジ色の閃光が視力を奪ったあと、それは大きな爆発となって大気を揺るがす。建物の窓ガラスが一斉に爆ぜ、周囲に凶器のような破片を撒き散らしたあと、爆風が人々を飲み込んだ。

 ミオは腕で顔を覆った。

「ずいぶん派手にやるんだな。陽動で充分だったハズじゃないのか」

「これくらいやらねば敵軍は動かん。かつてロンドンで起こしたテロと比べれば半分以下の炸薬量だ」

 パニックを起こした人々が悲鳴とともに逃げていくのを見て、ミオは静かに行動へ移った。まずは自動拳銃に消音サプレッサーをねじ込む。

 水路への門を守っている2つの南京錠を自動拳銃で撃ち抜き、金属柵を開いてミオは地下水路へ侵入。ここから先は1人になる。

 暗い闇の中を、一定間隔で蛍光灯が道を照らしてくれている。まっすぐな直線路の央を水が流れていて、ミオはその両脇の部分――コンクリートで盛り上げられたあぜ道のような部分を疾走していく。足音が狭いスペースに反響した。

 まずはT字に別れた道を左へ。

 ツンとするアンモニアの刺激臭に耐えながら、次のL字角を右へ曲がる。と、ミオは予想外の客と鉢合わせした。

 ――警戒。

 自動拳銃を向けた先――そこに座っていたのは、ここを塒ねぐらにしているであろうホームレスだ。かなり高齢の男である。

(どうする…? 殺しておくか…)

 無害、と頭の中の声が判断を下して、ミオは銃口を伏せた。

 時間的な余裕はない。陽動こそ巧く成功したものの、自分が任務を失敗させたらすべてが泡だ。

 急げ、と叱咤を飛ばしていると、足音は後ろの方からついてきた。

(チッ、尾けられたか……? 誰だよ一体)

 直線路を行くと、見えてきたのは高さ6メートルの梯子。これを登ってしまえば基地の内部に潜入できる。

 格子を2段ごとに飛び越え、ミオは天蓋を開けようとする。が、ロックが掛かっていて開けられない。

「くそッ!」

 自動拳銃で鍵ごと撃ち壊し、グーで殴りつけて破壊。

 天蓋を外すと光の色が見えてきた。

 頭の中で全体のマップを広げる。おそらく、現在地は格納庫から基地本部の建物を繋ぐ廊下だろう。周囲に誰もいないことを確認すると、少年は軽い身のこなしで廊下へ飛び出た。建物内部では警報アラートが鳴り響いている。

 ターゲットが収められている第三格納庫は目と鼻の先である。

 誰にも気付かれぬように廊下の角を折れると、警備兵が1人。まだ侵入者の姿には気づいていないようだ。

 足音を殺して、しかし風を捲くような疾さで近づく――と、一拍遅れた兵士が驚愕の表情を作った。

 ――だが遅い。

 ミオは姿勢を低くして兵士の懐に潜り込み、左手で相手の武器を奪い落とす。男の口元を右手で素早く鷲掴み、コマのように一転すると同時に足払いした。

 掴んでいた相手の頭を床に打ちつけると、わずか一瞬で気絶に追いやられた兵士は口から泡を吹きこぼした。額に銃口を向けたが、しばらく起きる気配はなさそうだったため、ミオはトリガーを引かなかった。

 街中での陽動が功を奏したのか、基地内にいる兵士の数は多くはない。おそらく市街地の防衛や民間人の避難誘導に人員を割けているのだろう、だとすればなおさら都合が良い。

 敵兵が落とした自動小銃アサルトライフルを拾うと、ミオは第三格納庫へ飛び込む。

 そこにあったのは――

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