一八

 図書室は整然としていた。差し込む西日が差し込み、埃が宙を揺蕩っている。

図書室本体に、生徒は居ない。となると、書庫の何処かに居るということになる。

図書室本体と書庫を隔てる扉を押し開き、ドアストッパーを差し込む。そうした後に私は、本棚を見やる。

学生たちに人気があるのはやはりというか、漫画であり、その次が図鑑だ。その辺りだけが本を動かした形跡があり、それ以外には大体埃が積もっている。それは、彼等の年齢を考えれば仕方のないことではある。文学はただそこに置かれているだけで価値がある。本来、書物とは文字の記録のために生まれたものであるため、それが読まれるか否かは最重要ではない。勿論、読まれることも重要ではあるが、押し付けがましく読ませるものでもない。

『文学に興味があるというのなら、放課後に図書室に来なさい。文学はいつでも諸君らに戸を開いているのです』

 この文言に、私は一切嘘も御為ごかしも混ぜてはいない。いつでも扉は開かれている。後はそこに踏み込むか、否か、だ……。

私は、海外文学の置かれている棚へ移動する。するとそこには、例の生徒が居た。その生徒はセミロングの黒髪をもった少女で、私に気が付くと、ふっとこちらへ振り向いた。

その少女は何処かふわふわとしていて現実味のないような、そんな雰囲気を身にまとっていた。長い睫毛に、眠たげな垂れ目、呆けているようにぼんやりとあけられた小さな口。

そして、その少女の丁度真上には、ヘルマン・ヘッセの小説『車輪の下』が安置されていたのだった。

私は思い出した。彼女の遺したその言葉を。

『あなたと私はまた会うわ。きっと会う。車輪の下で』

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