一
私は中学へ進むと同時に、この街へと越してきた。
この街は巨大な一つの住居であった。人工的に生み出されたこの場所は揺り籠であり、寝室であり、台所であり、そして火葬場でもある。人が生きて、朽ちて、死ぬに足るだけの施設がこの街には揃っている。
元々私は別の街に住んでいたが、父の仕事上の都合でこの街に引っ越してきた。
父は元々転勤族で、母はそれに付き従う影だった。父は自分の時間的余裕のないせかせかとした日常に飽いて、貯め込んだ資産と信用を元手にこの街の一軒家を購入することに決めた。実行した父は勿論、母もその考えに賛同し大喜びをしたが、私にとって一つの地に深く根を下ろす生活というのはどうも実態のない、喜び方の分からない幸福のように思えた。一年か二年、場合によってはもっと短い間隔で起きる住居の移転が常態だった私には寧ろ、普通の人が普通にそうしているであろう動かない生活に対して現実味を感じることが出来なかった。
けれども、私はこの街の空が好きだった。都会のように狭い土地に建物を詰め込む必要のないこの場所では高いビルが林立することもなく、その空を遮るものもない。空にはただ雲が浮かび、鳥が飛び、蝶が舞っている。これこそ本来は自然な、ごく当たり前の風景なのかもしれないが、私にとってはこれが非常に代えがたい光景のように感じ取れたのだ。
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