第3話 幽境の庵
キョクゲンの
「キョクゲン、こらまた
キョクゲンも最初はまんざらでもなかったが、とにかく引っ切り無しに村人が問うてくるので、さすがに面倒になってきた。
「俺は今から王邑に向かうことにする」
父母とキョクメイにそう言うなり、早々に
「ゲン、本当に大丈夫かえ、大王様に失礼があってはこの村の評判に関わるでの」
父母はまるでキョクゲンがこの村の命運を握っているかのごとき言い草である。人様にさほど自慢できるような息子ではないが、まあ息子であることには違いない。人並み以上の心配はしている。
「母上、人質に取られるわけでなし、そんなに心配されたら逆にこちらが不安になってきますよ」
それに引き換え、キョクメイは何やらいそいそと楽しそうである。
「兄様、ドングリはどれくらい持っていくの」
「アク抜きをしていないドングリはシブくてよう食わん」
「もちろん抜いてあるよ」
キョクメイはドングリが大好物である。木の
「まさかとは思うが、お前、付いてくるのではあるまいな」
「そのまさかだよ」
「いやいや、遠路小さな子どもを連れ回すわけにはいかん、父上や母上もますます心配する、それでなくても……」
「ええとねぇ、メイは
「そこまで?」
そこまでがどこまでを指しているのかキョクゲンには
「兄様はどういう道筋で王邑までいくつもりなのかな」
「そりゃ山を越えるのが一番早い、野盗が出るような山でなし」
「……あのね、兄様はしばらくこの村には帰ってこられないんだよ」
キョクメイの言葉にキョクゲンは耳を疑った。ますますワケが分からない。
「朝にね、兄様がちょっとの間どうなるのか占ってみたんだよ、そしたらね、しばらく帰ってこられないって出た、だからそこまで」
「あー」
キョクメイは毎日、村外れにある
「メイ、その
「知らない。当たるも
「そりゃそうじゃが……」
キョクゲンもだいぶ読めてきた。キョクメイはキョクゲンを
「お前は知ってか知らずか、俺は先生とはいまいち相性が良くないのじゃ」
「それ意外。兄様と先生はどこか似てる気がするんだけどねぇ」
取りあえずの
三里ほど歩いたであろうか、村外れの寂しい荒れ地にぽつんとたたずむ一軒家が見える。
「久しぶりに先生の顔を拝むとするか」
庵を訪れることにあまり乗り気で無かったキョクゲンも、キョクメイに飛び込んでいかれては心を決めざるを得ない。
この先生は姓をバタン、字をキュウと言う。皆はバタン先生と呼んでいる。キョクゲンがこの
キョクゲンが垣根に開いた庵の入口に近づくと、
「やぁー、あんたがドングリ娘の兄者か、坊主、小さくなったもんじゃのー、名を覚えておらぬが何じゃったかのー」
「バタン先生もご壮健で何より。キョクゲンにございます」
「うぁー、わしゃ最近耳が遠くてのー、えぁー、そんな名前じゃったかのー、なあ
ボケているのかいないのかさっぱりである。キョクゲンがバタン先生に学んでいた頃から年齢不詳だったこともあり、謎がさらなる謎を呼ぶが、今しがた不肖と呼ばれたことだけは確かである。
「バタン先生、兄様、積もる話は中に入ってからしたらどうかなぁ」
「ふぁー、キョクメイはホンにええ子じゃあー、誰かと違うてな」
キョクゲンはそれなりに礼を尽くして挨拶をしたつもりでいたが、やはりバタン先生はどうにも食えぬ爺である。キョクゲンは今しがた吐いた言葉を悔やんだ。
庵の入口をくぐると、大人数の教え子が所狭しと机を並べて座っていた。見覚えのある
「のぉー、みんなー、うぇごほ、こちらに見えるはドングリ娘の兄者、かぁーっ、キョクゲンじゃあー、わしの昔の教え子じゃった者、はぐっ、みたいじゃあー」
バタン先生がそう言うと、座っていた教え子達は一斉にキョクゲンの方を向き、うやうやしく両手を袖で合わせ頭を下げた。
「これからー、このキョクゲンとー、うごへぇぷ、ちと話をするでなー、みなさぼるでないぞー」
バタン先生はそう言うとキョクゲンに部屋の隅へ来るよう、ちょいちょいと手招きをした。キョクメイも今日は
「うげろもはあああん、えげぷかああっ、ぺぇっ」
教え子達にとってその
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