第51話:魔王らしさってなんだろう?最近分からなくなった辛い……

「魔王様、朝ですよ」


 俺の一日は透き通るような女性の綺麗な声から始まる。


「そうか、すぐに支度をする」


 そう言って俺は着替えてマントを羽織ると玉座の間に移動する。

 ちなみに3日前から朝礼というシステムを導入してみた。

 主に、俺の有り難い言葉と部下達の活動予定の報告だ。


「本日は城下町にて、魔国フルマラソンが行われます。ちなみに幹部全員参加致します」


 これで幹部全員の活動報告が終わった……

 アホか!

 もっと他にやる事あるだろう!

 例えば……例えば……そう、例えば……なんだ?


「そ……そうか……国民ともコミニケーションが取れて俺は良いと思うぞ……頑張れよ!」


 俺はそれだけ言って全員を下がらせようとする。

 が誰も動こうとしない。


「幹部全員が参加です……もちろん、幹部の最たる王、魔王様も出場で登録しております」


 えーーーー? 何勝手な事してんの?

 面倒臭いし……嫌だよ……も一回部屋に戻って寝るよ?

 一昨日マイ達を連れて湖でバーベキューしたのがバレて、昨日は幹部全員を連れてまた湖でバーベキューするはめになって俺疲れてんだけど?

 しかも、マイ達がさらに乱入してきて花火作らされたり、二次会とか言ってさらにバーベキューやらされた挙句に全員を送り届けてヘトヘトなんだけど?


「いいよ俺は……パス」

「駄目です! すでに目玉として、謎の参加者キングオブキングタナーカと銘打ってチラシを町中に配っておりますから。これで参加しなければ、国民の皆様はさぞやガッカリするでしょうね」


 全然謎の参加者じゃねーよ!

 それって、俺以外ありえなくね?

 この世界でタナカなんて他に出会った事ねーし……


「謎なら、別に俺じゃなくても適当な奴でいいじゃん? 蛇吉にでもやらせとけよ」

「それが、何故か国民の方々にはどこからか情報が洩れてしまったらしく、魔王様が参加されるものとして大盛り上がりなのです……」


 だろーな!

 むしろ、それで俺だって気付かねー魔族居たら、目の前に連れて来い!

 その穢れない純粋な心に褒美を取らせてやるから。


「ということで、大会は2時間後なので遅れないように、皆さま移動してください」


 エリーがそう言うと、幹部の面々が一目散に部屋を飛び出す。

 何がということなのだろうか?

 そこの所詳しく聞きたいのだが……


「それでは魔王様も、着替えて準備を」

「えー? 俺はこの恰好で良いよ……」

「魔王様が1位じゃないと、示しがつきませんよ! さっ、早く着替えましょう」


 なんでこいつはこんなに、やる気満々なんだ?

 暇だからか?

 暇だからなのか?

 だったら、もっと仕事をやろうか?

 そんな事を思っていると、ズルズルと自室まで引きずって行かれる。

 それからあれよあれよという間に、短パンにランニングシャツ、さらにゴーグルみたいなサングラスを渡される。

 ご丁寧にゼッケン付きだ!

 おい比嘉! 出て来い!

 余計な事教えたの、ぜって―お前だろ!


 それから強引に会場まで連れていかれる。

 最近、俺の周りの奴等がどんどん強くなっていってる気がする。


「あれが謎の選手魔王様か!」

「魔王様が来られたぞ!」

「ああ、あの謎の選手タナーカ様だろ!」

「魔王様、本当に来たのか?」


 全然隠す気ねーだろ!

 大会運営者がわざとらしく、俺の到着を周囲に知らせるように大声で叫んでいる。

 周りの参加者や、応援の為に集まったギャラリーから黄色い声援が送られる。


「まさか、魔王様の前を走るような不届き物はおらぬだろうな?」


 思いっきりモー太を蹴り飛ばす。


「アホか! 俺の前を走れねーとか、レースでもなんでもねーじゃねーか!」

「やっぱり魔王様だ!」

「まさか、モー太様を蹴りであんなに吹き飛ばすとわ……その脚力……走りに使ったら」

「前を走るなんて無理だろ? ぜってーはえーって」


 早速目立ってしまった……

 あー、面倒くせーな……


「やっぱり来たなタナカ! 今日こそお前に勝つ!」


 うわっ、マイまで居たよ。

 しかも俺に勝つって……走って勝ってもしゃーねーだろ? というか、お前足はえーのか?


「私と、このケルちゃんコンビの前に勝てるものなどきっと居ない!」


 おいっ!

 おいっ……

 それ反則だろ! ケルビーに乗ってたらマラソンでもなんでもねーじゃねーか!


「天才現る!」

「その発想は無かった!」

「おい、俺達も馬連れてくるぞ!」

「ああ、馬だって魔物だもんな!」


 うちの国には馬鹿しかいねーのか!

 案の定、大会運営委員にこっぴどく叱られてケルビーから引きずり降ろされている。


「やめろ! 何をする! 私とケルちゃんは一心同体! いわば、私の足なのだってちょっと待って! ケルちゃん連れてかないで! やめてって!」

「はいはい、ケルビーは大会が終わるまで私達が責任持ってお預かり致しますので安心してください」


 無情にも、魚肉ソーセージでケルビーは簡単に釣られてしまったようだ。

 マイが膝をついて、四つん這いになる。


「お……終わった……」


 真面目にやれよ! って俺が言えたセリフじゃないが。

 こいつ、何しに来たんだよ。


「タナカ……もう私はダメかもしれない……」


 元からダメだよ! 馬鹿か! いや、大馬鹿だ!


「何か、やる気が出るようなご褒美を用意してくれ」

「そんなもん大会運営が用意してるだろ?」


 そう言って大会本部のあるテント前のたった今張り出されたばかりの景品一覧を指さす。


 3位……魔剣グラム


 えっ? 魔剣?

 ていうか、そんなの商品にして良いんですか?


 2位……魔剣レーヴァテイン


 存在したんだ……確かヴィゾーヴニルを殺せる剣だけど、それを手に入れるにはヴィゾーヴニルの尾が必要だとかで、結局在るか無いかも分からない武器だったよな……

 なんでそんなもんが、こんな大会の商品に?


 1位……魔王様の手料理


 はっ?

 俺そんなの許可した覚え無いんだけど?

 エリーの方を見ると、プイッと目を反らされた……

 お前か!

 さらに他の幹部に目をやると、全員に目を反らされた。

 お前らか!


「やばい……漲って来た」


 商品一覧を見たマイがやる気を復活させる。


「1位以外、狙わない!」


 えっ? お前、毎日俺の手料理食ってるよね?


「手料理食べ放題……ジュルリ」


 えっ? どこにも食べ放題なんて書いてないけど?

 別に一品でも良いんじゃないか?

 さらに他の参加者達の殺気まで膨れ上がるのを感じる。


「これは……勝つしかない……」

「魔王様の料理……こないだ食べ損ねたからな……今度こそ」

「全員殺してでも、勝ってやる」


 殺しちゃ駄目だから……

 走りで勝負しようよ……ていうか、これ俺優勝しても全然嬉しくないんだけど。


「魔王様……申し訳ありませんが本気を出させていただきます」


 うん、絶倫はなんでそんなにやる気なのかな?


「拙者が優勝間違いなしでゴザルな! やる気が漲っておるでゴザル」

「冗談は顔だけにしておくんなまし、妾が優勝間違いなしですわ!」

「ふん、弱い奴ほど良く囀るモー」

「魔王様の料理……魔王様の料理……」


 幹部の面々もやる気十分だ。

 てか、ウロ子お前いつから食いしん坊キャラになった?


「魔王様の料理は格別」


 嬉しいけど、頼んでくれたら普通に出すからな?


「それでは、間もなくお時間が近付いて参りました! 選手の皆様はスタートゲートまでお集まりください」


 大会運営委員の人が、拡声器を使って呼びかける。

 選手が続々とスタートゲートに集まる。

 なるべく前に並んで、いかに優位にスタートするかですでに熾烈な争いが始まっている。

 俺も並ぶか……


「謎の魔王様はこちらに」


 そう言って、大会運営委員の一人に舞台に連れていかれる。

 変な略し方するな! 俺の存在自体が謎になってるじゃねーか。

 ここの城主だ、城主!


「魔王様はこちらで、挨拶をしていただいた後スタートの合図を出して頂きます」

「えっ?」

「それから、全員がスタートを切ったのを見送ってから、魔王様にはゆっくりとスタートして頂きます」


 なんじゃそりゃ!

 めっちゃ不利じゃねーか!

 くっそ、腹立つわー! 誰の差し金だよ!


「では、挨拶をお願いします」

「ちっ! まあ、この間まで先の戦争の復興で皆頑張っておったからの、今日は目いっぱい楽しもうぞ!」


 俺の言葉に歓声が上がる!

 舞台の上から見渡すに、有に2000人近くの参加者居るのか。

 うん、なかなか悪くない景色だ。


「優勝したものには食事を振る舞ってやるが、正々堂々と戦わなかった者にはペナルティがあると思ってくれ、それじゃあ、よーい!」


 それから、俺の掛け声に全員が構えを取る。

 先頭を陣取った連中は全員クラウチングスタートだ。

 主に、獣人族が前に並んだか……

 にしてもうちの幹部は目立つな……

 モー太とか頭一つ出てるし。

 あいつもでけーな、巨人族?

 ゴーレムとかはえーのかよ!

 出場選手を全員ゆっくりと見渡していると、クラウチングのポーズを取ってる連中がプルプルし始める。

 バランスを崩して前につんのめったりしてるが、知ったこっちゃねー。

 早速のハンデ戦だ、ちょっと遊ばせろ。


「じゃあ、スタート…………って言ったら走るんだぞ? いいな?」


 案の定、殆どの選手が凄い勢いで飛び出し、俺の言葉に思いっきり転ぶ。

 ザマーみろ! 何人か負傷したみたいだな。

 ご愁傷さま。


「うっ……せっかく魔王様の手料理が食べられると思ったのに、この怪我じゃ……」

「おれ……この日の為に、毎日5時間トレーニングしてたのに……足挫いちゃった」

「くっそ、くっそー! 年に一度の俺の晴れ舞台が……」


 何人かが、大号泣を始める。

 やっべー、すげー罪悪感……てか商品まで情報漏れてたのかよ!

 ちなみに後日チラシを見たら、謎の優勝賞品は、謎のタナーカによる、謎の食べ物食べ放題と書いてあった。

 マイが見たのはこれか……てか、本人の許可なく勝手に食べ放題とか約束するなよ。

 まあいいや、良くないけど。

 ちなみに負傷者は魔法で治癒してやった。

 軽い気持ちでやったわりに、結果が大惨事過ぎて良心の呵責に耐え切れなかった。


「それは、今度こそ! よーいスタート!」


 一斉に全員がスタートを切る。

 流石魔族、はえーな……俺今からスタートして間に合うかな?

 つっても勝手に好き放題されてムカついたから、手加減は抜きだな……

 俺は魔人形態に変身すると、足に強化魔法を最大限掛けつつ、さらに加速の魔法を掛けて駆けだす。


「くっ! 出遅れたか……だが、まだまだ諦めってうわあ!」


 200人くらい抜いた所でマイを見つけた。

 おっせーなコイツ! 蛞蝓族や芋虫族と同じレベルとか

 という以前に走れない奴等が、何故参加した?


「37番、451番、1088番! 飛んでは行けません! 走ってくだっうわっ!」


 飛行型の魔族が空を飛んだのを注意している豹人族の運営委員の横を凄い速さで駆け抜ける。

 大体1500人くらい抜いたかな?

 団子状態の一団を抜いて、こっからは長く伸びているな……

 残りは40km、すげーな開始1分で3kmくらい走ってるのか……

 走って時速180km以上出してんのか……ちなみにウロ子とムカ娘はとっくに置き去りにしてきた。


「おら! どけどけどけ! ってブヘラッ!」


 上位100位に近づいたところで、比嘉がなんか暴れてたから弾き飛ばしておいた。

 こいつも参加してたのか。

 馴染みすぎだろ、元東の魔王。

 っと、気が付いたら2分で先頭に立ってたわ。

 大体10km地点か? 大分スピードが乗って来てたしな。

 いま時速400kmくらいか? 地面が抉れまくってるな……これ終わったらまた補修作業か……

 だが、まだまだ加速するぜ!

 結果4分21秒で俺の優勝! 流石俺!

 他の出場者がゴールしてくるが、すでに俺が寛いでいるのを見て死んだ魚のような目をしてたわ。


 ちなみに2位はなんとスッピン……あいつなんなのマジで?

 そして3位は意外や意外、一般市民A……誰だ、お前?

 一般市民に魔剣グラム要るのか?

 まあ、そんなこんなで一瞬でマラソン大会は幕を閉じた。

 といっても、最後がゴールを通過したのは4時間20分後だったが……ここらへんは普通の市民参加型のフルマラソンだな。


「えーそれでは、最後に優勝した謎のタナカ様から感想を」

「むしろ、わけわかんねーわ! 知ってると思うが、わしが魔王じゃ! お主ら、もっと精進せえ!」


 俺の言葉にギャラリーは大熱狂! 参加者から溜息が漏れていた。


「魔王様……反則」

「早すぎだろ……魔法特化型じゃなかったのかよ……」

「魔王様が参加した時点で、諦めるべきだった」

「タナカ大人げない……」


 非難轟轟だ……

 俺魔王、もっと敬え! と言ってもしょうがないか……


「まあ、皆の衆も良く頑張った、褒美に今日はわしの手料理を食って英気を養うがよい」


 俺の言葉に、その場に居た全員から歓喜の雄たけびが沸き起こる。

 俺もたいがい甘いよな……明日はゆっくり寝よう。

 そんな事を思いながら、料理を振る舞う。

 そして、ふと思う……魔王ってこれで良かったっけ?

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