第44話:魔王様のほんわかな一日……だったはず辛い(後編)

「いらっしゃいませ、お客様」


 俺が店に入ると、そう言ってボーイの男性が出迎えてくれる。


「当店のご利用は初めてで……す……か……魔王さまああああ!」

「ああ、当然初めてだ!」


 俺が声を荒げると、ボーイの男性が腰を抜かしてその場にへたり込む。


「お前……最近ここに来たのか?」


 俺がそう言うと、男が声を上げる。


「魔王様です! 魔王様がお越しです!」


 それから、店の奥からバタバタと慌てて逃げ出すような音が聞こえる。


「動くな!」


 俺は全ての部屋に聞こえるように魔法を使って伝えると、探知を使ってこの建物内の全ての生物に拘束魔法を掛ける。


「くっ! 動けん!」

「馬鹿な! くそっ!」

「本当に魔王様が……」

「いやーーーー!」

「終わりだわ……私の人生終わりだわー」


 あっちこっちから悲鳴が聞こえる。

 俺から言わせたら、こんな所に堕とされた時点で人生詰みの一歩手前だと思うが。

 まあ、様々な救済制度を作っても浸透しなければ意味が無いか。

 こちら側の落ち度も無いとは言えないか……


『おい! スッピン! こっち来い! それから絶倫、適当に何人かこっちに寄越せ』


 俺がテレパシーを使って幹部の二人に伝えると、すぐにスッピンと悪魔族の兵が3人現れる。


「はっ、魔王様お呼びでしょうか?」

『ただいま、参上仕りました』


 4人が俺の前で跪く。

 目の前のボーイの男が、ガタガタと震え始める。


「おい、全員ここに連れて来い! 女共はスッピンが対応しろ!」


 俺がそう言うと、4人が俺の前から姿を消すと数秒で戻って来る。

 3人の悪魔族はそれぞれ2人ずつ男を連れている。

 半分以上が人間か……一部魔族も混じっているようだが。

 さらに、少し遅れてスッピンが目の前に現れる。


「魔王様、女性陣は全員少し大きめの部屋に待たせております」

「うむ、分かった! まずはそっちから対応しよう」


 俺がそう言って、スッピンに案内させると休憩室だろうか、少し大きめの部屋に8人の女性がガタガタ震えていた。

 中には、10代前半しか見えないような少女も居るがそこは魔族だ……おそらく前世の俺より年上だろう。


「ひっ……魔王様」

「申し訳ありません」

「本当は嫌だったんですが……子供達を人質に」

「村を潰すと脅されて……」


 はっ?

 一瞬でぶち切れたわ……

 どういう事? 俺の目の届く範囲で良い度胸してるね。

 真っ正面から喧嘩売ってるよね?

 とてもまともに喋れる状態でもなく、嘘か本当かも分からないので俺が一人ひとりの記憶を読み取っていく。

 おいっ……これって……その映像に一人の見覚えのある男が映りだす。

 そうだ、筋肉勇者じゃねーか!

 今じゃ脂肪勇者か……

 さらに聖教会がここでも動いてやがった。

 とんだナマグサ教会だな。

 人が大量に雪崩れ込んだ事で、紛れ込んでやがった。

 しかも、ピロートークで住人から情報を引き出して聖教会に漏らしてやがったのか。

 残念な事にうちの兵士達も何人か利用してたわ。


「お前ら安心しろ……」


 俺はそう言うと転移で、魔国のはずれにある大きな屋敷に転移する。

 家の前に警備の兵が立っている。

 どうやら人間みたいだな。


「ん? なんだじじい?」

「おいおい、お館様の知り合いかもしれないだろ?」

「あっ、そっかヤベ!」


 2人がコソコソと何か喋っているが、関係ない。

 どうせお前らも死ぬんだからな。


「安心しろ、全く知らぬ。なにわしはタナカと申すのじゃが、ちょっとここの主に用があっての」

「なんだぁ? タナカだぁ? タナカ?……タナカ……タナカアアアアアア!」

「ま……魔王! お館様! まおグッ!」


 俺は一瞬で2人の兵の腹に手刀を突き刺すと、その身体を引き裂く。


「うわぁぁぁぁ!」

「ぎゃぅぅうぅ!」


 2人が断末魔の雄たけびを上げる。

 その声に屋敷から、武装した人間がワラワラと出てくる。

 総勢30人くらいか?


「フッ、初めまして魔王じゃ! お主らなかなか良い度胸しとるのー」

「まっ! 魔王だと!」

「なんで魔王が、こんなところに!まさかバレたのか?」

「おいっ、お前すぐにお館様に伝えろ」

「分かった!」


 人間の一人が屋敷に逃げ込もうとしたので、目の前に転移で移動する。


「どこへ行く? 虫けらがぁっ!」


 俺がそう言って目の前の男の頭を掴んでそのまま吹き飛ばす。


「やべー、本物だ!」

「くっそ! だからこんな商売やるべきじゃなかったんだよ」

「関わるんじゃなかったぜ! お前ら転移石を使って本国に逃げるぞ」

「なっ! なんだよそれ! 俺達も連れてってくれ!」

「おま、なんでそんなもん持ってんだよ」


 数人が懐から転移石を取り出そうたが、俺がそれを魔法で霞め取る。


「あれっ? あれー?」

「きっ! 消えた! ポケットに入れてたはずなのに」

「なっ! 無いぞ」

「あれっ? 俺のもだ!」

「確か懐に」

「えっ? 俺だけあ……」


 最後の一人がそこまで言った所で俺が全員に拘束魔法を掛ける。


「捜し物はこれかな?」


 そう言って目の前で転移石をちらつかせる。


「いっ! いつの間に」

「なっ! どうやって」

「そんな事気にしてもしょうがなかろう? どうせ死ぬのじゃ」


 俺はそう言って目の前で転移石を粉々に砕く。

 全員が絶望の表情を浮かべてこっち眺めている。

 それから、唯一転移石を奪わなかった男の前に移動し指を胸に当てる。


「ふんっ、女房と子供を残してこんなところで情けないとは思わんのか? お前だけは助けてやろう……その変わりここで見た事を一つ残らず教会に伝えるが良い」


 俺はそう言うと、指を鳴らす。

 パチンという音が周囲に響いたと同時に、他の人間全員の頭が弾け飛ぶ。


「ひっ……ひいっ! う……う……おえ、ゲホッ……おえーーー!」


 あまりの凄惨な光景に目の前の男が直立したまま嘔吐する。

 固定された状態で嘔吐とか結構きつそうだな。

 鎧もゲロまみれだし。


「うっ、うえっ、うっ、ぐっ」


 あっ、嘔吐物喉に詰まらせやがった……

 俺が拘束を解くと、男が蹲り必死で詰まった物を吐き出す。

 呼吸が戻った所で再度拘束する。


「さて、それじゃアホな勇者を始末するか」


 俺は男を放置したまま屋敷の中に入って行こうとすると、スッピンが現れる。


「その男の始末は私にお任せを。魔王様は他の者達の救出をお願いできませんか?」


 スッピンからまたいつものような逆らえない雰囲気を感じたので、どうにか無言で頷き俺は人質達が捕らわれている部屋を探そう。


「ああ、分かった! 門のところに居る男の前で、せいぜい苦しみながら死ぬように殺せよ!」

「えっ?」


 俺がそう言うと、スッピンが驚いた顔をしている。

 もしかして逃げられたか?


「ん? 門のところに一人男が居ただろう?」

「……えっ?」


 あっ! こいつ殺しやがったな!


「スッピン、おまっ! もしかして?」

「い……嫌ですわ魔王様! ちゃんと居ましたわよ」


 聖属性の魔法が発動するのを感じる。

 それから、生き物の気配が急に現れるのも……

 こいつ証拠隠滅しやがった。

 まあ、一度殺されたくらいの方が、必死になるか。


「う……うむ、まあそっちは任せたからの」


 俺はそれだけ言うと、転移で人がたくさん居る部屋に移動する。

 案の定、そこには子供達が居た。


「だ……だれ?」

「う……ママは? ママはどこ?」

「お姉ちゃんに会わせて!」


 クッソ!……マジ人間クッソ!

 怒りが再燃しそうになるのを堪えながら、なるべく優しい声を掛ける。


「ふっ、わしじゃ……魔王がそなたらを助けに来た! すぐに家族に会わせてやろう」

「魔王様!」

「魔王様が来てくれた―」

「これで助かるんだねー」


 子供達の顔がパーッと明るくなる。

 うわー、許せねー!

 どうあっても人間許せねーわ!

 その時門のところで、魔力が膨れ上がるのを感じる。

 これって、屋敷大丈夫か?

 次の瞬間、部屋の窓ガラスが全て割れる。

 やりすぎだって! スッピンさんあんた毎回やりすぎなんだってーーーー!

 俺は声にならない言葉を叫びながら、子供たちを抱え込み魔法障壁でガラスの破片から守る。


「きゃーーーーー!」

「うわーん」

「お母ちゃーーーん」

「大丈夫だ!」


 それから、転移で女性陣を匿っている部屋に戻る。


「坊や!」

「お母ちゃん」

「お姉ちゃん!」

「マリアンヌ!」

「アブソリュートチャンピオン!」

「お母さーん」


 なんか一人壮大な名前の奴が居たけど、気にしない事にしておこう。

 親子の感動の再開だが、女性陣は心に深い傷を負っている事だろう。


「奴等は壊滅させてきた、村が襲われる事も無いしもう安心だろう」


 俺がそう言うと、数人の女性が泣き崩れる。


「魔王様! 有難うございます」

「この御恩は、忘れません」

『まおうさま! ありがとう!』


 皆から泣きながら礼を言われる。

 だが、素直には喜べない。


「まさか俺のお膝元でこんな事をしでかす奴がいたとはな……すまんな、気付けなくて」


 俺はしゃがみ込んで目線を合わせて、謝罪する。


「そんなっ! 頭を上げてください! 魔王様直々に助けて頂いて、さらに頭まで下げられたら私達はどうすれば良いか分かりません」

「そうですよ! 確かに辛かったですけど、こうやって子供達とも会えたわけですし」


 心からの言葉だろうが、俺はどうしても自分も許せなった。

 早く気付けなかった事もだが、自分の所にこんな事をしでかす奴なんて居ないという慢心。

 それから、人間を急いで多く引き込み過ぎた事を。


「罪滅ぼしにもならぬが、記憶を消す事も出来るぞ?」


 俺が絞り出すように、そう声を掛けると全員が首を横にする。


「魔王様にお救い頂いた恩まで忘れてしまっては、子供達に顔向け出来ません」

「そうです、これは辛い記憶ですが……私達の主の素晴らしさを再認識できた良いものでもありますから」


 俺は溢れ出そうになる涙を堪えながら全員を家に送り届ける。

 外はもうすでに陽が傾きかけていた。


「……そうだ、マイの所にいかなくちゃ」


 俺はそう言って、噴水公園予定地に転移する。


「あっ! タナカ! ってまた身体が勝手に」


 マイがこっちに気付いて声を掛けようとして、煉瓦を敷き詰め始める。

 俺はそっと魔法を解除する。


「っと……あっ、自由に動ける! 酷いじゃないか! こん……な……タナカ?」


 文句を言いかけて、マイが途中で言葉を止める。


「ああ、お疲れ良く頑張ったな……それからシルビアもな、もう上がっていいぞ」


 シルビアが俺に声を掛けようとして何かを察して、無言で一礼だけしてその場から去っていく。

 良くできた娘だ……


「で……タナカさんどうしたんですか?」


 マイが心配そうにこっちを見上げてくる。

 目の前には4分の3程煉瓦が敷き詰められた広場が広がっている。

 まあ、俺がやらせたんだがそれにしても頑張ってたんだな。


「なんでもない、残りは俺がやるからほらっ」


 俺はそう言ってマイの頭を撫でてから、金貨12枚を手渡す。


「なんでもない事ないでしょう! そんな泣きそうな顔で笑いかけられても、気になって嬉しくありません」


 そう言って俺の手を払いのける。

 それから、マイが俺の頭を自分の胸に押し付ける。


「何があったのか知りませんが、本当に辛い時は大人だって泣いても良いんですよ?」


 マイにそう言われて俺は堪えきれずに、ついにマイの胸で泣いた。

 老化の魔法もいつの間にか解けていた。


「うっ……くっ……俺は……この世界の人間が……嫌いだ!……嫌いだけど……俺も人間だったから」


 国民を辛い目に合わせた事。

 それをやったのが、自分と同じ人間だという事。

 それに気付けなかった事。

 それでも人間にどこか期待してしまう自分。

 その全てが情けなく、悲しく、寂しく、我慢する事が出来なかった。


「私も……この世界の人間は好きじゃないです……いっそタナカさんと一緒に魔族になってたらなと思う事だってあります」


 マイが俺の頭を撫でながらポツリポツリと漏らす。


「でも私達は……この世界の人間とは違います……そして、きっと変える事も出来る! そう思ってます……だから、そんなに自分を責めないでください」


 とうとう俺は声を上げて泣いた。

 大声で、ワンワンと、人目を憚る事もせずに。

 造りたての公園で、魔王の泣き声がこだました。


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