第43話:魔王様のほんわかな一日……だったはず辛い(中編)
タナカ達が食事をしている一方でマイは……
「ねえ、インプさん? 手伝ってくれないかな?」
マイが唐突にこんな事を言い出していた。
ちなみに、タナカがここを去ってわずか30秒後の出来事である。
「いえ、私の仕事は貴女様がしっかりと仕事をなされるか監視するものです。それは貴女様のお仕事です」
「チッ!」
インプが感情の無い声色で簡単に答えるとマイが仕方なく煉瓦を敷き詰め始める。
ちなみに現時点でタナカが1000枚程手本で敷き詰め、マイは開始からまだわずか200枚程度しか進んでいない。
暫くは大人しく作業を続けていたが、100枚敷き詰めたところで背伸びをして首を鳴らし始める。
「ゴホンッ」
インプが咳ばらいをすると、マイがそちらをチラリと見る。
そして何かを思いついたように、ニヤリと笑う。
「私、今タナカの魔法でメッチャ力が上がってんだよねー……あーあ、どっかに試し切りできる者無いかなー」
そう言うとマイがインプを厭らしい目つきで見つめる。
どう見ても物じゃなくて者というニュアンスでしか聞こえないこの言葉、まさに屑である。
「私を脅す気ですか?」
「あれっ? そう聞こえた? そう言うつもりじゃなかったんだけどさあ、こう力を手にしたら振るいたくなるよね?」
「それは力を振るうじゃなくて、暴力を振るうという意味ですか?」
マイの言葉にインプが溜息を吐きながら答えると、マイが首を振る。
「それじゃまるで、私が脅してるみたいじゃない?」
「現に脅してますよね」
「チッ!」
またマイが舌打ちをして作業を始める。
すでに5分、まだ5分……何とも言えないが、強化されて5分で100枚……このペースでいけば1時間に1200枚。
10時間で1万2千枚……終わる訳がない。
「あーあ、普通だったら女の子が一人でこんな力仕事をしてたら、優しい男の人が手を差し出してくれるのになー」
そう言ってチラリとインプの方を見る。
インプが大げさにため息を吐く。
「それなら、私は関係ないですね……私、女ですから」
その言葉にマイが驚きを露わにする。
「えっ? 女だったの? てっきり男だと思ってた」
「失礼な……れっきとした女ですよ? 喋り方や声で分かるでしょ?」
正直エコーが掛かった声に、抑揚の無いトーンで喋られて分かる訳が無い……とマイは思ったがあえて黙って作業を続ける。
オスだと思っていたため失礼な事を言ってしまったという罪悪感で、若干気まずさを覚える。
結果、10分程作業に集中できたがすぐに飽きてくる……子供か!
「インプって男の人と女の人の見分け方が良く分からないんだけど、どうやって見分けるの?」
重ね重ね失礼な奴である。
しかしまあ、黙って作業をするのを見つめられるというのも若干気まずい。
それゆえに会話を振ったのだが、この話題はいかがなものか?
きっと日本でもKYと呼ばれてたに違いない。
もしくは、無神経……
「はあ、本当に集中力の無い方ですね」
「逆にあなたが凄いわ! 何もせず同じ姿勢でずっと私を見つめる仕事とかきつくない?」
「貴女が話しかけず、静かに黙々と作業をしてくれたらかなり楽な仕事ですよ。それに魔王様の勅命ですから、これが私の使命です」
「へー」
立派なものだ。
いくら国王の命令とはいえ、何もせずにただ一人の女の子を見つめる事に使命を感じるとか、性別が逆ならとんでもない話だ。
しかし、国王の為とはいえ何の生産性も無い仕事だなとマイは思った。
いや実際は、サボりまくるマイの作業が気持ち程度とはいえ進んでいるので全く生産性が無い訳ではないのだが、そんな事は気付いてもいないだろう。
彼女は自分の事を棚に上げまくるタイプだから。
「それならさ、私を手伝って作業を少しでも早く終わらせた方がタナカ喜ぶんじゃない?」
「口じゃなくて手を動かしてください。ちなみに強化もされてない女のインプはそこまで力はありませんよ?魔力はありますが」
なかなかに手厳しい。
それに真面目である。
「はぁ……」
流石に相手が女だと分かると、舌打ちはしないらしい。
しょうがなくマイが作業に戻る。
もし、こんな風に無駄なおしゃべりをしなければ、もっと早く作業が終わるのじゃないかとインプは思った。
「もう無理! お願い手伝って―」
マイが突然叫び出すと、インプに縋りつく。
流石にこれにはインプも参ったようで、困った顔をする。
「そう言われましても、私にはそんなに力も体力もありませんよ?」
「それでも良いの! 一人っていうのが辛いのー!」
とうとうマイが座り込んで喚き出した……子供か!
「どうしても手伝ってくれないなら、そうだ! 男の魔族ちょっと狩ってくる」
それでもインプが困った表情を浮かべるだけで動こうとしないのを見て、マイが立ち上がって剣を抜く。
それからインプの静止を振り切って人通りの多い道に移動すると、剣を掲げて叫ぶ。
「私は勇者マイ! 訳あって魔王タナカに奴隷のように扱われ今は公園の整備をさせられている! 我こそはという勇士は私を手助けせよ!」
通り過ぎる魔族達はチラリをマイを見てクスクスと笑ったり、目を合わせないようにしたりしている。
「魔王様がそんな酷い事する訳無いじゃん」
「訳あって奴隷のように扱われてるんだろ? よっぽど酷い事したんじゃねーのか?」
「バッカじゃねーの」
と小ばかにした言葉まで投げかけられる始末。
とうとうマイがキレた。
逆切れというやつだ。
「お前らよーく分かった! この私の愛刀
そう言って剣を振り回す。
もう一度言おう、まさに屑である。
その時、スパーンという小気味良い音がして、マイが頭を押さえて蹲る。
「馬鹿たれ! お前は何をしとんじゃ!」
「イッターイ! ってタナカー」
頭を押さえて見上げると目の前にタナカが立って見下ろしていた。
「タナカーじゃねーよ! なんでちょっと飯食ってる間にこんな騒ぎ起こしてんのお前?」
「飯? ご飯食べてたの? 人が必死に働いてたっていうのに」
「大事なのはそこじゃねーよ!」
タナカが頭を押さえて溜息を吐くと、怒鳴りつける。
「マイさん! 戻ってきてくださーい!」
その時遅れてインプの女性も駆け寄ってくる。
「あっ! 魔王様!」
***
全くマイの奴め。
なんで小一時間目を離した隙にこんだけの騒ぎを起こせるんだよ。
てゆーかバイトしたいって言ってたのお前だろ?
そして金が要るのもお前だろ?
しかも強化までして、日当12万の仕事なんか日本であるか?
つくづく人の好意を無にするやつだ。
「あーあ、折角人が頑張ってると思ってお土産に豚肉(オーク)のサンドウィッチ持ってきてやったのになー」
俺がそう言うと、マイが目を輝かせてこちらを見上げる。
お前は今しがた何をしでかしたかもう忘れたのか?
正直呆れる。
「へっへっへ、あたしもさっきまで頑張ってたんですぜ旦那、ただちょっと一人じゃ限界を感じたんでこうして人足を集めようかと」
お前はどこの悪役だ。
相変わらず食べ物が絡むとぶれない奴だ。
「本当かシルビア?」
俺がインプの女性に声を掛けると、シルビアが少し悩むそぶりを見せる。
マイが何かを期待した目で彼女を見ている。
「まあ、確かにペースは遅いですし、良く喋る方ですが少しは仕事してましたね」
無難な答えが返って来た。
というか、表情を見る限り嘘は言って無いのは分かる。
だが、少しの度合いが気になる。
「枚数にして何枚くらいだ?」
「600枚ですね」
スパーンと小気味良い音が再度、町に響き渡る。
「一時間で600枚とか、どんだけ日数掛ける気だお前は!」
「イッターイ! さっきからタナカ叩きすぎ」
マイが叩かれた事に文句を言うが、俺は睨み付けて黙らせる。
「取りあえず、シルビアは良く頑張ってくれた。こいつに少しでも作業をさせた事は認めてやろう」
俺はそう言って、サンドイッチを手渡す。
「少し食事休憩にしてくれ」
「はい、有難うございます! 魔王様から下賜頂くなんて勿体なくて口に入れるのも憚られますが」
「ただの差し入れだ、気にするな」
シルビアが心の底から喜びを露わにして、一口一口大切そうに味わって食べる。
ただのサンドイッチでこんなに喜んでもらえると、返って申し訳なくなるが。
その時、俺の服が引っ張られる。
「あのタナカ、私のは?」
「聞こえなかったか? 頑張ってたらと言ったつもりだが?」
俺の言葉に一瞬マイがたじろぐ……がすぐに持ち直す。
「あーあ、私だって頑張ったのになー……それくれたらきっともっと頑張っちゃうのになー」
本当にこいつの厚かましさには頭が下がるわ。
それから作業現場に戻る。
まあ、枚数こそあれだが仕事自体は真面目に丁寧にこなしていたらしい。
しょうがない……
「お前にもやるから、食ったらもっと頑張れよ」
「うん! 有難う! やる気出てきたー!」
それからマイがサンドイッチを口に頬張る。
こうして食べる姿だけ見ると可愛いんだがな……
それから休憩を少し挟んで作業を再開するのを見送ってから俺はその場を離れるフリをする。
10分後
「やっぱりムーリー! 一人じゃ無理だってー!」
スパーン! と本日何度目か分からない小気味良い音が公園予定地を木霊する。
「おまっ! 食ったら頑張るんじゃなかったのか?」
「あっ! タナカまだ居たんだ、エヘヘ」
エヘヘじゃねーよ!
俺は溜息を吐くとマイに魔法を掛ける。
「な……何これ? 身体が勝手に」
魔法でマイの身体をこの作業しか出来ないように、身体操作を掛ける。
脳から体に伝わる電気信号を変換して決められた作業を行うようにするものだ。
勿論単純な作業や動作しか出来ないが。
例えば歩こうとしたり、逃げようとしても自然と身体が煉瓦を敷き詰める動きに変換される。
さらに言えば喋ろうとしても、煉瓦を敷き詰める動きに変わる。
俺はこの魔法を【
「頑張って働いたら120万ペリカやるから、しっかり働けよ!」
「何よペリカって、ああ身体が勝手に」
「じゃあ、シルビア今度はこいつが変な事に巻き込まれないから見守ってやってくれ。もうこいつはこれしか出来ないからな」
「はっ! 分かりました」
「待って! 待っててばー!」
「待たねーよ!」
ちなみに何もしようとしなければ体は動かないから、休憩くらいとれるぜと言おうかと思ったがこいつの場合それを知ったらずっと立ってそうだったから黙っておいた。
というか、あれっ? これってコイツ働いた事になるのかな?
地味に俺が魔法で……いや考えるのはやめよう。
すでになんか疲れてるし。
それからまた町に転移する。
ちなみに魔王の姿のままだと、すぐに人だかりが出来てゆっくり出来ないのでちょっと冴えない感じの鬼人族に変化する。
オーガよりは人よりで、まあ角の生えた人間だな。
「そう言えば、どこかにマッサージ屋があったはずだが」
俺がそう呟きながら町を歩いていると、耳聡く聞こえたのか厭らしい笑みを浮かべたゴブリンが声を掛けてくる。
「へっへっへ、鬼の旦那疲れてらっしゃいますね? うちでマッサージでもいかがですか?」
おー、丁度良い所に声を掛けてくれた。
最近働きずめだったから、って魔王の身体に肩こりや腰の痛みなんて起こりえないがそれでも気持ちは良いからな。
疲れが取れるような気もするし。
「そうか? それなら頼もうかな」
「最近可愛い新人の女の子も入りましてねー、今はその子がお勧めですよ!」
ん? マッサージ店なのに新人を進めるのか?
新人なのに凄腕なのか? それとも経験を積ませて早く一人前にしてあげようという雇い主の親心かな?
何か心に引っかかるものを感じながらも付いていく。
それからお店に案内されると、何やらピンク色の建物っぽい。
んー、ちょっと派手な建物だな……だんだんと不安になっていく。
中に入ると料金の説明を受ける。
「クヒヒ、まずはコースですが40分金貨1枚、で10分毎に銀貨3枚の追加料金を頂きます」
高くね?
「それからですね、本来なら指名料を頂くのですが今回は初めてのご利用ですのでサービスさせて頂きます」
なんか嫌な予感がしてくる。
「オプションも各種取り揃えてますし、ただし基本的に本番は」
ストーーーープ!
これアカン奴やん!
ただのマッサージじゃないじゃん!
つか、うちの国性風俗禁止や!
異種族間での行為は色々な病気の危険もあるし、インキュバスやサキュバスも居るから問題が山積みなんだよ!
しかも、こんなところに身を落とす程貧困に困った奴を守る為の社会福祉も充実させてんだろ!
「ほう……それは面白い商売だな」
俺はそう言って変化を解く。
「でしょう、ですので是非楽しんでくだせぇな……ま……魔王?」
うぉーい! 変化を解いて初めて分かったけど、こいつゴブリンじゃねーじゃん!
人間が変化してんじゃん!
あー、鬼人の身体だと魔力が殆ど筋力に変換されるから気付かなかったわ。
「ふむ、ならばわしはお主を指名しようかのう?」
「えっ? お……俺? 俺はノーマルでそんな趣味は……」
「ふっ! このままお持ち帰りしてやろう!」
俺はそう言うと店主を魔法で拘束して城に飛ばそうとする。
勿論エリーが待機している場所だ。
ってこいつ俺のベッドで昼寝してやがる。
『おい! エリー起きろ! 今から、うちの城下町で性風俗運営してた人間を広間に飛ばすから回収して、絶倫に後ろを調べさせろ』
『はっ? ほえっ? 魔王様?』
駄目だ、寝起きで呆けてやがる……
『もういい! おい絶倫! 今からお前のところにうちの国で性風俗やってた人間送るから、バック調べとけ』
『はっ! 御意に』
こいつは大丈夫だったか。
俺はホッと溜息を吐くと、目の前の人間を転移で飛ばす。
今日は良く溜息が出る日だ。
そして、何故かここでも仕事っぽいことをしてる気が……
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