第45話:幹部が怖くて辛い

 俺がマイにすがりついて泣いている時、城からとんでもなく恐ろしい怒気を感じた。

 慌てて俺が城の様子を確認する。

 まさか、マイに抱き着いたのがバレたか?


 遠見の魔法で城内を見ると玉座の間に幹部の面々が集まっていた。


 そこで、まずムカ娘がキレた。


「人間共が! 妾の魔王様を……魔王様を悲しませおって! 殺す! 一人残さず殺す」


 全力で魔力を解放し、新たな形態へと辿り着いた。

 巨大な百足の頭に、若い女性が生えているといった方がいいだろうか。

 とにかく、グロさのレベルが上がった。


「落ち着いてムカ娘……」


 それをウロ子が宥める。

 流石に、人間を皆殺しは俺の意に背くと思ったのだろう。


「一人で殺ったら、私の分が居なくなる! 半分残しておいて!」


 違ったー!

 表情に乏しいから分かりにくいが、ウロ子もぶち切れている。


「あらあら、二人とも何を勝手な事をおっしゃっているのかしら? まずは私がこの世の地獄を見せてあげますわよ!」


 いっつも止めに入るエリーまで……

 あかん、このままだと本当に人間が全滅しちゃう。

 確かに人間はクズだし殺したいほど腹が立ったが、それでもあくまで聖教会が裏で糸を引いてるのを前提に対処しないと。

 早く戻って止めないと……


 ドカッ!


 あっ、俺の玉座の間……


「モーーーーーー―!」


 モー太のベヒモス形態がいつもの倍以上大きい。

 翼も大きくなっている。

 まさに、伝説の魔獣だ……

 こんなのが人間の町に降り立ったら一刻も持たずに壊滅する。


「フフ! ハッハッハ! フハハハハ! この溢れ出る魔力! ついに! ついに魔王の域に!」


 絶倫の真黒形態にも巨大な角が生えている。

 そして膨大な魔力がその角に内包されているのを感じる。


「この力、キタ様に匹敵する……この力で! この力でタナカ様に最大の喜びを!」



 あー、魔王がとか言ってたから俺に挑んでくるのかと思った。

 俺のためか……でもそんなの望んでないけどね。


「落ち着くでござる皆の衆! タナカ様はそのような事は望んでおらぬでゴザル」


 蛇吉が止めに入る。

 こんな時でも冷静沈着とはさすが、魔王軍序列1位だな。


「なので、バレぬように拙者が秘密裏に各国の首脳と聖教会の幹部の面々を始末して来るでゴザル」


 あかん! そんなん人間共の統率が完全に崩れて、犯罪が跋扈する世紀末状態になってまう。


「グチグチと煩い連中じゃ」

『なに?』


 ライ蔵が口を開くと他の面々が同時に睨み付ける。


「ふっ、口を開く暇があったらとっとと殺せばよい! 魔王様が戻られるまでに片付ければ良いのじゃ」

『なるほど! 流石ライ蔵!』


 流石ライ蔵じゃねー!

 くそ、


『おいスッピン! 急いで城に戻るぞ!』


 俺がテレパシーでスッピンに告げると、急いで玉座の間に転移する。


「マイすまん! 幹部達が暴走しそうだ! すぐに戻らないと」

「えっ、もう落ち着いた?」

「ああ、すまんな! 取り乱した。この礼はまた今度する」


 俺が転移で玉座の間に移動すると、そこにはカインが立ち尽くしていた。

 そして、サイファ、エル、ヘシャゲ子が部屋の隅でガタガタと震えている。


「あれが、古参の幹部……実力が桁違い過ぎる」

「なっ、一人一人が魔王級じゃないですか……」

「おぞましいですわ……あんな方達と肩を並べていたなんて……」


 三人が遠くを見ながら何やらブツブツと呟いている。


「魔王様! 幹部の方達が人間を滅ぼすと言って飛び立って生きました」


 手遅れだったかー!


『おいっ! スッピン! まだか?』

『はい! 魔王様の深い悲しみを知り、この程度の罰では生ぬるいと思い先の脂肪の塊を生き返らして足元から1mmずつ削っておりますのでもう暫くお待ちを』


 スッピン! お前もかああああ!

 もう、やだ……

 つっても俺の為だもんな……

 だが、この問題は俺が先頭に立って解決しないといけない気がするんだよ。

 元人間だった俺が……


『お前らぁぁぁぁぁ! 勝手な事すんじゃねぇぇぇぇ!』


 しばらく放心状態になってしまったが俺は最強形態に変身し、全魔力を乗せたメッセージを幹部達にテレパシーで飛ばす。

 若い時の姿ではなく、魔人化した状態で。

 髪が伸び、漆黒の角が生え、全身の筋肉が若干肥大化し、背中に大きな漆黒の翼が生える。

 そして、背も少し高くなる。

 何気に鏡でこの姿を見た時に、厨二病を発症しそうになり封印した姿だ。

 もし戦闘でこの姿になった場合、相手に「気をつけろよ。こうなってしまったら、前ほど優しくないぞ」と口走ってしまうような気がしたからだ。


 直後世界を恐怖が包み込むのを感じた。


『魔王様! はっ、出過ぎた真似をして申し訳ありません! おい皆の衆、魔王様がお戻りだ! すぐに戻るぞ!』


 絶倫からメッセージが返ってくると、幹部全員が一瞬で転移で戻って来る。

 てか誰こいつら?

 てくらいに、全員が恐ろしい変化をしていた。

 ウロ子なんからは可愛さに磨きがかかっている……けど少し大きくね?

 裕に身長2mは越えてそうな、可憐な風貌の巨大な少女の腰に10m級の大蛇が生えている。

 エリーも凶悪なほどの美貌を放っているが、見ているだけで精力が奪われていくのを感じる。

 勿論俺はレジストしてるが、普通の人間なら10秒持たずに枯渇するだろう。

 モー太はもう、ただの怪獣だな……ウルト○マンでもどうにも出来ないだろう。

 蛇吉は姿に大きな変化は……角が生えてるな……しかも和製の龍みたいな角だ。

 ムカ娘は……ノーコメントで……

 絶倫に至っては魔王だな……見た目完全に魔王だ。

 スッピン……神々しいけどどうした? それ神気だろ? しかもこの世界の女神とは違うタイプの神気だな?


 新幹部の3人は、魔王が全力開放した時点で意識を保てずに気絶していた。

 この面々の勢ぞろいにに会わなくて幸せだったとも言えるだろう。

 カインだけは、目を輝かせて全員を見渡してこっちを期待する目で見ている。

 安心しろ、お前にも第二形態と、第三形態は用意してる。

 必要があれば自動で開放されるという、厨二病が喜びそうなロックを掛けてあるけどな。


 そして、幹部の面々は、タナカ誕生時以来一度も目にしていなかったタナカの本当の姿を見て心酔する。


「う……美しいですわ……流れるような髪の毛一本一本に大魔族を越える魔力が纏われています」

「あー、あれが私達の主神様なのですね……」

「こ……これは……今の我々が全員で掛かっても傷を負わせられるかどうか……」

「拙者……この方だけはお守りできぬでござる……置いてかれるでゴザル」

「す……すごい……あの御髪おぐしに触れてみたいですわ……」

「あれが本当の魔王……カッコいい」

「モーーーー」

「………………」


 全員が口々に俺を褒めたたえるが今はそれどころじゃない。


「でも良かったわ、止めるのが間に合ったようで」


 俺がそうもらすと全員が目を逸らす。

 おいっ! お前らこの短時間で何をした?


***

 その日、人間の世界を絶望が襲った。

 各大陸の主要な国に、7体の絶望が顕現し一瞬であったがその実力の片鱗を見せつけたのだ。


 蛇吉が現れた国では、主要な重鎮達が一瞬にして命を奪われる寸前まで追いやられ、恐怖した重鎮たちが一斉に隠居を決め込んだ為、国としての機能を一時完全に失った。

 その重鎮の跡を継ぐ者達は、その恐怖を目の当たりにし信仰を女神から龍と蛇へと鞍替えしたとか。


 エリーが現れた国では、全ての国民の精力が枯渇寸前にまでおいやられ、全国民が1週間寝込んだため国として経済的にも相当な被害を被った。

 せめてもの救いは子供達のみ、その被害を受けなかった事だろう。

 しかし、子供達は大人の世話をするために相当の心労を負う羽目になったとか。


 モー太が現れた国では、その咆哮に全ての国民が恐怖し恐慌状態に陥った。

 そして、モー太が巨大な手を一振りした瞬間に軍の約4分の1が壊滅した。

 国が落ち着きを取り戻すまで1週間という月日を必要とし、この国でモー太は魔王タナカの化身として、またベヒモスの王として語り継がれる事となる。


 ウロ子が現れた国では、国の重要な建物全てが風と雷によって破壊され、その再建の為に莫大な経済的被害を被った。

 恐るべきは狙ったかのように、その建物内に居た人物が瀕死の状態にありながらギリギリで生を紡いでいた事だ。

 そして、ウロ子は破壊の女神としてこの地で伝説となる。


 ムカ娘が現れた国では全ての植物が枯れ、水が毒と化し、空気まで汚染され人口の流出が食い止められず周囲の町に全員が避難した結果、それぞれの町が小さな国として成立するまでになり巨大な連合国が出来上がった。

 そして、再度百足の化け物が現れた際は決して抵抗せずに、周囲の国に逃げるように、また周囲の国も受け入れる事として取り決めがなされた。


 ライ蔵が現れた国では、全ての獣が活性化し国民を襲い続けた為、大規模な戦闘となり甚大な被害を被った。

 当時の国王は退位し、後を継いだ第一王子は獣や動物を大事にし、それらを傷つけたり蔑ろにした者には重罰を与え国民を苦しめた。


 そして……絶倫の現れた国では国民同士が殺し合いをする幻覚を時間を1000倍に引き延ばした状態で見せられた。

 そう、絶倫は進化する事で以前タナカが使った幻惑魔法を使えるようになったのだ。

 また絶倫が去った後はその、その国の国民たちは当時の光景を毎晩悪夢として見るようになり眠る事を恐れ精神を蝕んでいった。


 ちなみにスッピンは他の面々が国を来襲している間、脂肪勇者を痛覚を持ったままのアンデッドにし、未来永劫の責め苦を与えるよう虫たちの巣に体の自由を奪って突き落としたらしい。


 そしてこれだけの大惨事にも関わらず人間側に直接的な死者はおらず、その結果人間の世界で大体的な魔族による人間への脅しとして捉えられたが、聖教会は宣戦布告として受け取った。

 だが聖教会をもってしても反戦の流れが大きく間接的に聖教会の弱体化に繋がった。


 それぞれの国の出来事は未曽有の大厄災として様々な方面で書籍化や演劇化され語り継がれる事となる。


 しかし、人間が最も恐怖したのは魔国領から各幹部に向けられ突如発せられた絶対的王者のメッセージだった。

 その一言でこの大厄災を起こした魔獣達が怯え、一瞬で城に戻ったのだ。

 間違いなく魔王が発したものであり、化け物たちを怯えさせる魔王の実力を人々は想像し震えあがった事をタナカは知らない。


 そしてタナカは思う……うちの幹部達が怖くて辛いと……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る