第37話: 人間が野蛮で辛い

「あら、タイチョーさんじゃない!調子はどうだい?ほれっ、朝積みのキウイだよ」


 そう言って八百屋の鰐族のおばさんがキウイを投げてくれる。


「ははっ、いつも悪いね!」


 出勤するときにいつも、果物をくれる、

 勿論、俺もちょいちょい買ってはいるが、なんていうか自分のところの野菜や果実に自信を持っていて、採算度外視で食べてもらいたいという気持ちが伝わってくる良いお店だ。


 俺の名はタイチョー、先の魔国侵攻戦で先陣を務め最初に魔王様に斬りかかった男だ。

 結果はご存知の通り瞬殺……されたはずなのだがこの通り生きている。

 魔王様に殺されて、生き返らせてもらって色々と変わった。

 別に魔王様が好きになったわけでは無いが、何故こんなに魔族を悪と決めつけ魔王様を殺そうと思っていたのかが今は理解できない。

 圧倒的な力を前にして逆らう気力すら失ったのは事実だが。


 そして魔王様に力を貰い、仲間だった兵たちを斬り殺した。

 この生物に逆らってはいけないという本能に逆らえなかった。

 ところがだ、俺たちが殺した仲間達を魔王様はすぐに復活させてくれた。

 そして、その仲間達は今度は俺達に付くようになった。


 俺達もまた、殺しこそが……死こそが救いでは無いのかと考え始めた。

 そう、考えて戦うようになったのだ。

 それまでは、何も考えずに戦争の意味も魔王を倒す意味も明確にしないまま、ただ倒さなければという頭に靄が掛かったような感覚だった。

 だが、頭がスッキリするとそれは人としてどうなのかという疑問が思い浮かんだ。


 結論から言おう。

 魔王様に付いたのは正解だったと。

 まず、戦力的に100%勝ち目が無かったという事もあるが、この国は国民が尊重され、働けば働くほど認められ、また人間だからと言って差別されることも無かった。


 魔王様も俺達人間でも国民となった者達には、他の国民と区別することなく平等に接してくれる。

 その姿勢は為政者としてどうなのかと思うところもあったが、この国民にしてこの魔王あり。

 いや、この魔王にしてこの国民ありとでもいうべきだろうか?

 この国には笑顔が咲き乱れていた。

 俺たちは、その笑顔の花を摘み取りに来たという事実はいつまでも俺の胸を締め付け続ける。

 だが、この国の一員となってこの国の為に努める事で、少しは楽になった気がした。


 そして今の俺は人間なんてクソ喰らえ!魔族こそが正しいという風に考えるようになった。

 そして、人間は一度殺して生き返らせるべきだと思い、兵を集めて魔王様に嘆願した。

 罪滅ぼしに先陣を切らせてくれと!

 今の俺達なら、きっと満足のいく結果を出せると……

 だが、魔王様は違った……

 そして魔王様は諭すようにおっしゃられた。


「ふっ、タイチョーよ……それは以前のお前と何が違うのじゃ? 所属が人から魔族、対象が魔族から人になっただけではないか?」


 俺は憤慨したね。

 前回は聖教会と国にたぶらかされて意思を持たずに、魔国を攻めた。

 だが、次は人間を殺して救うという明確な意思の元に戦おうと考えていたからだ。


「自分の理想や思いを他人に押し付ける……それも武力で? 結果は一緒じゃろ? そもそもの根本は聖教会なのじゃ……あやつらの思考誘導を食い止めれば人は自ずと正しい道を歩むじゃろう」

「ですが! 我々は死の淵から蘇って理解したのです! 人は……いや、聖教会の操り人形と成り下がった時点で我らは人ですら無かったと。ならば、一度死を体験することこそが救いなのです! 正義は我らにあり!」


 今のままじゃ、他の人間が余りにも哀れだ。

 少しでも早く人の心を取り戻してもらいたいのだ。

 その思いを魔王様に告げる。

 だが首を縦には振ってはくれない。


「ふっ、聖教会も魔族の居ない世界こそが平和だと思って、こんな強硬策に出ているのかもしれんぞ?その場合、聖教会も正義では無いのか? 無論どちらも、人にとっての正義でしかないがの」

「ですが、そのやり方は間違ってます! 人は考える事が出来る生き物です! だからこそ」

「諄いぞ! 確かに、殺して生き返らせる事で意思を問う事は出来る! じゃが、お主……子供達や女どもにまでお前を救うために死んでくれと言うのか? 剣を持って殺しに来る者達は、殺されても文句は言えぬじゃろう……だが教会に騙されただけの無力な女性、子供、老人までその手に掛けるのか?」


 俺は正直、それすらも厭わないと思っていた。

 何故なら生き返るのだからだ。


「ですが……」

「俺が居るから、生き返るから大丈夫だ!……か? 馬鹿め! それこそ人間が聞いたらお主は魔族にたぶらかされていると思われるだろうな? ほれ……お前ら人間がイメージする魔族とはそういう生き物では無いのか? 言葉巧みに人を騙して、女子供すら容赦なく殺す野蛮な生き物……どうだ?」


 俺はそこまで言われて言葉が出なかった。

 そして気付いた……そう気付いてしまった……

 それが人間だと。

 実際に魔族がそういった行為をしたと聞いた事があったが、見た事は無かった。

 逆に今回の件はどうだ?

 魔国に住んで分かった、ここには女も子供も居る。

 俺たちはそれを魔族というだけで殺しに来た。

 結局、聖教会の呪縛から解放されてもなんにも変わっちゃいねー……

 俺は薄汚れた人間のままだった……辛い


「じゃが……人間は気付ける生き物じゃ! 今のお主は間違った方向に進んでしまったが、それも一つの気付きの結果じゃ。ようやく考える事が出来るようになったのじゃ……いっぱい間違って、いっぱい失敗して、正しい道を選べるようになるがよい……それまで、わしが何度でも救い、叱り、教え、共に悩んでやろう」

「……はい……うっ……うぐっ……」


 俺は涙が止まらなかった……

 親からもこんなに優しい声を掛けて貰った事は無かった。

 代々、歩兵隊長や、騎士を輩出してきた我が家では、常に訓練をさせられ、いかに魔族を殺すかそれだけを教えられてきた。

 そうだ……教会だけでなく周りの環境までが俺を馬鹿にしてしまったらしい……

 だが、ようやく変われる気がした。

 俺はこの日から、何があっても魔王様の為に生き、魔王様の望む方法で人を……いや世界を救おうと考え始めた。

 ちょっと、遅いが俺の人生はこの日から始まったのだ……


***

「新しく仲間になった人間共が野蛮で辛い……」

「はっ? 魔王様何かおっしゃいましたか?」


 俺がぼやくと、絶倫が不思議そうにこっちを覗き込む。

 怖いわ!

 何もない眼窩に灯した青白い火が揺らいでいるが、お前目ん玉無いからな?

 そんな顔がいきなり、下から覗き込んでくるとかどんなホラーだよ!

 幹部が怖くて辛い。


「いやな、こないだ救った連中にタイチョーという奴がおってな、奴が仲間を引き連れて人間滅ぼそうとか言い出して」

「それは良い考えですな! なかなか人間にも分かる者が居るようで」

「お前もか! 違う、それじゃ駄目なんだよ! お互いの意思で手を取り合って助け合って生きねば、いずれどちらかが滅びるであろう?」

「それは、当然人間ですな」


 いや、まあそうなんだけどさ。

 こっから、地獄級魔法数発ぶち込めば、人間の王国なんて簡単に滅ぼせるけどさ……


「いや、人だってこの地に生まれたからには、なんらかしらの意味があるのだとは思わぬか?」

「分かりませぬな……ですが、魔王様がそうおっしゃられるのでしたら、そうなのでしょう」


 ……魔族もあんま変わらなかった……辛い


 何が、魔王様がいるからでーじょぶだ! すぐ生き返るだだよ!

 嫌だよ……わけも分からない子供達を殺すなんて。

 まあ、上手い事タイチョーの奴は誤魔化せたけど……てかこの世界の人間て本当にチョロいよな。

 ちょっとそれらしい事言ったらすぐに納得するし。


「はあ……もう良い下がれ」

「はっ!」


 俺が絶倫に下がるように伝えるとすぐに目の前から消える。

 普通に扉から出てけ! 俺が言えた義理じゃないが。

 こないだから、真面目な話ばっかりして疲れた。

 そうだ! 今日はウロ子に膝枕してもらおう!

 俺がウキウキで玉座の間を出ると目の前にマイが居た。


「魔王! ごはんの前に少し運動するぞ! 今日はカレーが食べたい! それと食後のデザートはティラミスがいいぞ!」


 ……オワタ


「うんうん、分かる分かる! 教会とか行くとさ、もう雰囲気がギラついてて怖い怖い。皆逝った目してさ、魔王を殺せって大合唱で連呼してたよ」


 何その光景? それって教会でやっていいものなの?


「それからね、帰る時には出口にヘッタクソな魔王の絵が下に敷いてあって皆がそれを力一杯踏んでから出てくの! ちょっと面白くて笑えたわ」

「おいっ!」


 やっぱ、人間全員一回殺した方が良い気がしてきた。


「そう言えば、今日は他の3人は?」

「ん? なんか比嘉さんがユウちゃんとデートに行くらしくて、ショウとタカシがそれを冷やかしに行ってる」


 いつの間に? てか、それでいいのかショウ、タカシ……


「ちなみに、ユウちゃんの仕掛けたドッキリらしくて、途中で女装したショウと入れ替わるらしいよ?」


 ひがああああああああ!

 流石にそれは可哀想や……

 元東の魔王も、高校生3人組にとったら玩具か……


「で、お前はなんでこっちに居る?」

「ん?私はタナカとご飯食べてる方が楽しいし」


 そう言って、満面の笑みをこっちに向ける。

 それって……もしかしてKO・KU・HA・KUですかああああああ?


「はあ、それを言うなら魔王様のご飯食べてる方が楽しいしでしょう?」

「うん! 良く分かったね」


 いつの間にかエリーが部屋に入って来てた。

 全然気配分からなかった……なんで?

 どうりで、肩でウララがそわそわしてると思ったわ。


「エリーどうした?」

「いえ、なにか森の方で悲しみのこもった強烈な魔力が解放されるのを感じたので」

「ああ、それ比嘉だから気にすんな! 後で4人全員纏めて注意しとくわ」

「4人?」

「うん、新しい勇者に揶揄われてるだけだから。それよか、お前も食ってく?」

「……はい」


 何その間?

 一瞬自分のお腹見たよね?

 気にしてたのこないだの事?

 でも、欲望に勝てなかったと……


 なんでこの世界の生き物達はこんなに欲望に忠実なんだよ!


「エリーさん横おいで! 一緒に食べよ!」


 そう言ってマイが少し詰める。


「はい、お言葉に甘えて失礼します。それにしても毎日毎日、よくここまで来ますわね」

「タナカのくれたケルビーが、本当に早くて助かってるよ! あと、ご飯美味しいから、これ食べられると思ったら徒歩でもへいっちゃらだよ」


 ああ、ここにも欲望の塊が……そして、こいつは俺と同じ地球人……しかも日本人……


「タナカ! 来タヨー! 久シブリニカツカレーダセ!」


 ケビンまで来ちゃった……


「もう好きにして……」


 俺はそう言って、机の上にありったけの食べ物を出す。


「すごーい! こんなに沢山! 城内の皆呼んでこよっと!」

「えっ、それ私の仕事では? ちょっとマイさん? 待ってー、待ってってば! 待てこらぁー!」


 マイが他の皆を呼びに行く。

 慌てて、エリーがそれを追いかけていく。


「オウ! タナカサービスイイネ! アズマト、トウゴ呼ンデ来ルカラ! 待テ! 食ウナヨ!」


 そう言って、今度はケビンが目の前から消える。

 てか、俺が作った飯。

 そしてここ俺ん家……

 今日も魔王城は騒がしいです。

 平常運転が辛い。

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