第38話:魔王様が強すぎて辛い~幹部一同の場合~

「なあ、実際のところお前らってどのくらい強いの?」


 魔王様の一言で、玉座の間に集められた幹部の間に緊張が走った。

 確かにここ最近、幹部の力が全力で発揮された事は無かった。

 そして、魔王様がタナカ様に代わってそれぞれ、力が上がった事は分かっていたがそれを試した事は無い。

 全員が首を傾げ、周りを見渡す。


「……魔王タナカ様の庇護の元、能力も大幅に上昇しております故先の魔王様に肉薄するほどには強くなっているかと」

「ふ~ん……それってあんま強く無くね?」


 基準となる強さが無かった故に、キタ様の名をお出ししたのにこの感想。

 そもそもキタ様と言えば4世界最強の魔王にして、大魔王様の実の娘。

 今まで幾千年に渡り、この世界に君臨し続けた次期大魔王として名高い魔王。

 そのキタ様をして、その程度とは本当に底が知れぬお方だ。


「おい、絶倫! ちょっとお前俺に攻撃してみろ」


 いきなり名指しされて戸惑う。

 命令とはいえ、魔王様に手を上げるなど恐れ多い。

 そう思っていたのだが、実のところ私も魔王様の実力が気になっていた。

 だが、それはそれ、これはこれだ。


「いえ、いくらご命令と言えども恐れ多いかと」


 正直な感想だ。

 お仕えすべき人に対して、攻撃を向けるなどできる訳もなし。


「ん? 別に怪我する訳でも無いし、なんならお前ら全員で俺と戦ってみるか?」


 流石にこれは我々を馬鹿にしすぎだと思った。

 思ったが、今にして思えばそのような事を考える事自体がタナカ様にとって失礼であった。


「魔王様……いくらなんでもお言葉が過ぎるかと」


 最初に反応したのはウロ子だった。

 流石に、私やエリー、ウロ子、ムカ娘、蛇吉、モー太は幹部の中でも古株。

 長年その地位を守って来たという自負はある。

 新人共は、スッピン以外が戸惑っている。


「いくら魔王様といえども、そのお言葉は頂けぬでゴザル」

「ちょっと、嘗めすぎだモー」


 それに、蛇吉とモー太が続く。

 だが、私には分かっていた。

 この城の全勢力を向けても傷一つ付けられない事を。


「おっ、やる気出て来たな! ちょっと場所移すか」


 魔王様がそう言って指を鳴らすと、全員が荒野に転移させられる。

 そう、過去に4体の幹部を屠った場所に……


「流石ですわ魔王様! 幹部全員に抵抗させずに転移なされるなど、まさに妾の主に相応しい」


 ムカ娘だけが、相変わらず魔王様の一挙手一投足に喜色を示す。

 まあ、私も同じ考えだったが。

 エリーは何を考えているのか、微笑んで魔王様の横に立っているだけだった。


「さあ、誰からでも良いから、掛かって来い」

「ならば!」


 魔王様の言葉に最初に反応したのは蛇吉だった。

 幹部ですら、目で追う事すら難しい居合という技法で斬撃を飛ばす。


「ほおっ! これは勇者共の全てを斬り裂けなんちゃらどころじゃないな」


 そう言いながら魔王様は半身を反らして躱す。


「油断はダメだモー」


 なんか、この言葉遣いが完全に定着して緊張感が無くなったベヒモスモー太が、体当たりをするが頭に手を置いてヒラリと飛び越える。


「なっ、馬鹿な!」


 モー太が驚いている隙に、ウロ子の地獄級の風魔法が襲い掛かる。


「【虎々婆フフバ】」

「おー、すげーなこりゃ! 凍え死にそうだ」


 そう言って魔王様が毛皮のコートを作り出して防ぐ。

 えっ? そんなので防げるの?


「えっと、俺達はどうすれば良いんだろ?」

「取りあえず、一緒に戦うしかないかと」


 アメーバ族のエルとチチカカミズガエル族のヘシャゲ子が何か言い合っている。


「溶解液!」

「蛙の大合唱!」


 2人がスキルを発動するが、魔王様は一切に気にする様子も無く、次から次へと放たれる蛇吉の斬撃を全てかわしている。


「くっ、強いとは思っていたが……まさかここまでとは」


 攻めているはずの蛇吉が何故か追い詰められたような表情をしている。


「どくモー! 【破滅を呼ぶ隕石チクシュルーブメテオ】」


 続いてモー太が、核撃級の隕石を放つって、おいモー太! それって私達も駄目なものではないのか?


 見ると遥か上空から、数百M級の隕石が降ってくるのが見える。


「あれは不味いぞ! 皆の者! 即時退避しろ!」


 私が叫ぶと同時に、他の幹部達が慌てて避難しようとしている中、魔王様は微動だにせず天に手を向ける。


「大丈夫だ。皆どんどん掛かって来い!」


 それから、手から土魔法で作り出した巨大な槍を隕石にぶつける。

 すると、巨大な隕石が落下のエネルギーを得ているにも関わらず粉々に砕け散る。

 また、槍も同時に砕け散り破片がさらに砕けた隕石を粉々にしていく。

 結果として、砂塵が降ってくる程度の被害に収まった。


「流石はモー太! 俺に最初に魔法を使わせたのはお前か」

「照れるモー!」


 モー太が褒められて顔を赤くしている。

 その後ろでムカ娘が呪いを込めた視線を送っている。

 さらにエリーは、あれは後でお仕置きをしようと考えているに違いない。


「ん? 絶倫は掛かって来ないのか?」


 魔王様がとんでもない事を言い出す。

 元々乗り気じゃない上に、こんな光景を見せつけておいて掛かって来いとか。


「大丈夫だ! お前らの力を測る為の模擬戦だから気にするな」


 そうは言われても、そう思いながらも悪魔に変身し重力魔法を放つ。


「グラビティエンド!」


 勿論自身の中で最強の技だ。

 相手に超重力球をぶつけ、ブラックホールを発生させ肉体を引き延ばし消滅させるという私が使える最強の、魔法だ。

 でも……


「ほー、面白いな! めっちゃ服が伸びてる」


 本人には一切影響がない。

 着てる服は物凄く伸びてるが。


「悪しきを消し去る光の斬撃よ! ブレイブエクストリーム!」


 その時無限を思わせる光の斬撃が、魔王様に向かって放たれる。

 斬撃の元に目をやると、スッピンが目にも止まらぬ……文字通り腕が消え去っている。

 風を切る音だけが聞こえ、次々と斬撃が発生している。


「ほお、ブレイブスラッシュの上位互換か! それぞれが今までのどの勇者よりも上だな」


 そう言いながらも魔王様が素手でその全てを弾き飛ばしている。

 こちらは腕を全く動かしていないように見えるがその実は、弾く度に元の位置に戻しているために速すぎて止まって見えているのだと……思う。

 良く分からないけど。


 そして恐るべきは魔王様はそこから一歩も動かず肩にウララを乗せたままだという事だ。

 これは……大魔王様どころの騒ぎじゃないかもしれない。


「【虎々婆フフバ】」

「【破滅を呼ぶ隕石チクシュルーブメテオ】」

「【竜皇の崩御デマイズオブバハムート


 3人が同時に最強の技を放つ。

 ウロ子の地獄級魔法、モー太の核撃級魔法、さらに蛇吉の竜王すら一撃で屠る斬撃。


「そろそろ反撃行くかな? 【摩訶鉢特摩マカハドマ】」


 あっ……それダメです。

 私が止めるよりも早く、最上位地獄級氷風合体魔法を放つ魔王様。

 次の瞬間、寒さに弱い蛇吉とウロ子とヘシャゲ子とサイファの身体が凍り付いたかと思った瞬間にそのまま弾け虹色の蓮の花を咲かせる。

 8段階ある、氷風系の地獄級魔法の最上位魔法だ。

 空中で隕石が凍り砕け散る。

 斬撃も凍る。

 虎々婆フフバも凍る。

 そして、空気も凍る。


「魔王様?」


 あっ、若干エリー殿が怒っておられる。


「おー、流石はモー太! 耐えきったか! じゃあこれはどうだ? 【重力の墓場シュバルツシルト

 」

「モーーーーーー」


 私の重力魔法の最上位魔法ですか……

 そうですか……

 魔王様? 我らは貴方に必要ですか?

 次の瞬間にモー太、エルが重力の坩堝に巻き込まれて萎んでいく。


「さてと、お前らはどうする?」


 そう言って手に怪しげな魔力を灯している。

 そこに見える空間はどう見ても無間地獄ですよね?

 炎熱系地獄級魔法最上位の【無間地獄エンドレスヘル】を放つ気ですか?

 なんか、エンドレスラブみたいで好きとか意味の分からない事を言って、一度モー太殿に使って大惨事になったのをお忘れですか?


「参りました」


 スッピンが素直に負けを認める。


「自分達の弱さを再確認致しました」


 私も正直な感想を述べる。


「流石妾の主様です! ムカ娘惚れなおしましたわ」


 ムカ娘が頬を赤く染めて抱き着いている。

 魔王様は……若干死んだ魚のような眼をされておられるが。


「魔王様? 幹部達はどうなされるので?」


 そう言えば、また6名程帰って来られなさそうな状況だな。


「大丈夫だよ!」


 魔王様がそう言って指を鳴らすと、元の状態のまま玉座の間に戻される。

 時計を見ると、時間が全然進んでいない。

 まさか……幻術だと?


「結構リアルだったろ? 暇だったからちょっと開発した魔法の実験台になってもらっただけだよ」


 サラリと恐ろしい事を言ってのける。

 幻惑魔法のエキスパートだった私が、一切気付けないとは……


「俺がお前らと戦うわけないじゃん、ちょっとしたドッキリだって」


 あっ、エリーとムカ娘以外が死んだ魚のような眼をしている。

 というか、実際にリアルに死んだ体験をした訳だからこれは辛いな。


「魔王様? 流石にこれはちょっと」

「魔王様……本当に死んだかと思ったのに!」


 エリーのこめかみに青筋が立っている。

 ウロ子の魔力が先の模擬戦より大きく膨れ上がっている。

 これは不味いな……


「ほっほ、流石魔王様です! 私ですら全く気付きませんでしたわ! ほれお前ら、自分らの未熟さが分かったところで訓練でもするか?」

「そ……そうでゴザルな! これが実戦なら死んでいた訳で」

「わ……妾も、そろそろ部下の者どもに訓練を付けねば! 魔族になったばかりで魔力の扱いが未熟故」

「俺……なんで幹部なんだろう」

「俺……なんもしてないのに殺されたし」

「私も……もっと歌唱力を上げないと」

「そういえばこれからチビコとお出かけする予定でした」


 幹部の面々が口々に逃げ出す口実を作り出し、その場を後にする。

 一部、可哀想な連中も居たが。

 よし、それでは私も退避するか。


「では、私はまだ書類の整理が残ってますので」


 そう言って席を立つ。


「ちょっ、皆! 絶倫? ちょっ、このまま置いてかないで」


 魔王様が何かおっしゃっているが、聞こえない。

 こないだの町の被害状況と復興状況の進捗状況を整理して、今後の見通しを立てないと。

 それと、人間の住むところの区画整理の立案もまだだったな。

 インフラの整備は魔王様と、魔物達に任せるとして、配置は私の方に一任されてたからな。


「ほっほ……魔王様……無事を祈っております」

「ちょっ! 絶倫? ぜつりーーーーん」


 ほっほ、そんな大声で卑猥な言葉を叫ばれても、気が狂うたとしか思われませんぞ。

 あっ、私の名前だったような気が……しなくもいですが、今回は違う意味でしょう。


 それからしばらくして、ゲッソリとお窶れになった魔王様を見かけたが、声を掛ける事はできなかった。

 というか、魔王様がの強さが結局分からない。

 とてつもなく強いという事しか……魔王軍いるのかな?……辛い


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