第3話 彼女が選んだ理由

「ふぅ、最高のオムライスだった。ふんわりと柔らかく、それでいてしつこく無い。これなら毎日でも食べられるよ」


「お粗末様でした。食べたいのならまた作っても良いが、うちの雌鶏は卵を一つしか産まないから毎日は無理だな」


「むう。それは分かっている。今のは、"毎日食べたいくらい美味しかった" という意味だ。まったく…。君は相手の言葉を素直に受け取り過ぎだな」


「そうなのか。で、この後はどうするんだ?」


「ハァ…。今日は一日のんびりと過ごすよ。君も一緒に寛がないかい? たまには、良いだろう?」


「たまには、か。それもそうだな」


 何やら嬉しそうにしている彼女を不思議に思いながら、素早く後片付けを済ませた。


 新しいティーカップを二つ用意する。

 一つに彼女の為のミルクを注ぎ、もう一つには自分用のコーヒーを淹れる。


 俺の密かな楽しみ。それは、日課を全てこなした後に飲む一杯のコーヒーだ。

 香ばしく香り立つ湯気が俺の心を落ち着かせ、疲労を癒してくれる。ほろ苦い味わいが身体に染み渡ると一日の終わりを迎えた気がする。


 彼女も香りが良いと言って気に入っている様だが、この苦味の良さは分からないみたいだ。


 実はこのコーヒー、大変貴重な豆を使った逸品である。

 魔王を探し、世界中を旅していた時に見つけたこの豆は産地が特殊で市場には出回っていない。手に入れるには、それなりの"備え"が必要になる。

 その特殊性故、この町から動けない俺の代わりに、とある人物が定期的に届けてくれる事になっている。


 もうじき豆が無くなる。そろそろ新しい豆を持って"彼"が訪ねて来る頃合いだ。


 "彼"とは長い付き合いでーーーいや、止めておこう。

 彼女を待たせては悪い。

 "彼"についてはまた改めて話すとしよう。



 何故かベンチの隅っこに座って本を読む彼女にミルクの入ったティーカップを渡し、俺は近くに置いてある薪割り用の切り株の上に腰を下ろした。


 外へ出て飲むコーヒーも良いものだ。

 晴れの日は必ず外に出てミルクを飲む彼女の気持ちが分かった気がする。

 そうだ。あの疑問を彼女に聞いてみる事にしよう。


 そう思い彼女の方を見ると、何やら不満気な顔をした彼女がジッと俺を見ていた。

 膝を抱える姿はまるで拗ねた子供みたいだ。


「どうかしたのか?」


「どうかしたのか? じゃない! 一緒に寛ごうと言ったのに、どうしてそんなに離れた場所に座っているのだ! 」


「どうしてって…。他に座る場所が無いんだから仕方がないだろう」


「ここ! 私の隣に座れば良いのだ!」


 彼女は顔を真っ赤にしてベンチをバシバシ叩いている。

 彼女がいつも寛いでいるベンチは元々一人掛けではあるが、大きさは二人掛けと同じくらいある。

 無駄に豪華な装飾が邪魔をして、二人で座るには窮屈なのだ。


 そんなにキラキラしたベンチではゆっくり休め無いだろうと思って、新しくベンチを作ったりもした。

 シンプルな作りながらも、彼女の体格に合わせ、背もたれの角度や肘掛けの幅を調整し、長時間座っていても痛くならない様にと、わざわざ森の奥まで最適な木材を探しに行ったりして材質にも拘った。


 だと言うのに、魔王の配下が様子を見にやって来る度に『こんな粗末な物はシャルロット様には似合いません! 』と言って、俺が何度作り直しても薪にしてしまうのだ。


 確かに俺は素人だ。豪華な装飾も作れないし、雅な装飾に縁の無い生活をしていたので、何が良くて悪いのかよく分からない。

 魔王が座るには相応しく無いと言われても仕方ないかもしれない。けれど、主人である彼女の為に作った力作だった。

 それを……毎回毎回、剣で斬り刻みやがって…!

 俺がこの程度で諦めると思うなよ! 彫刻の腕を磨いて目にもの見せてやるからな!


「な、何で怖い顔をしているのだ? も、もしかして私の隣に座るのが嫌なのか?!」


 おっと。アイツの顔を思い出したらつい苛々してしまった。


「いや、そんな事は無いよ。そのベンチを見ていたらアイツの顔を思い出してな…」


「な、なんだ。そうだったのか…。嫌われたと思って心配したではないか」


「嫌う? 俺は君の事を嫌いになったりしないぞ?」


 俺は彼女の隣に座ると背もたれに体を預けた。

 派手な装飾が施されてはいるものの、座り心地は良い。

 座って見て分かるのは、このベンチもまた彼女の為に作られた物だということだ。

 彼女がどんな姿勢になっても装飾は邪魔にならず、木材は丁寧に加工され、しっとりと滑らかな肌触りとなっている。

 悔しいが、俺の腕ではこうはいかない。


「むふふ。やはりこうでなくてはな!」


 やけに上機嫌な彼女に、どうしてこの町を選んだのか聞いてみることにした。

 人間として生きる術を持ち、金に困っている訳でも無い彼女が、わざわざ田舎町に住む理由が知りたい。


「変わった事を聞くのだな。そんなの決まっているではないか。君がーーーじゃなくて! か、考えてもみよ! 私は城に戻る度に配下に囲まれて休む暇が無いのだ! たまには静かな場所でゆっくりしたいと思ったのだ! うむ、そういう事なのだ!」


 わたわたと慌てる彼女はそう言うと一気にミルクを飲み干した。

 むせる彼女の背をさすってやりながら、そういうものかと納得する。

 魔王ともなれば部下も大勢いるし、厄介な仕事も沢山あるだろう。そういった喧騒から離れてゆっくりとしたい気持ちになるのは当然かもしれない。


 俺は彼女の下僕だ。けれど、元勇者。

 戦う事しか能の無い男だ。

 彼女は魔王。城には数え切れないほどの使用人がいる。俺なんかより彼女の身の回りの世話を完璧にこなす事が出来る者ばかりだろう。

 そう思うと、急に不安な気持ちが押し寄せて来た。

 本当に俺で良いのだろうか? と。


「俺は…、ちゃんと君の役に立っているか? 不自由な思いをさせてはいないか?」


「どうしたんだ急に? 」


「いや、ちょっと気になったんだ」


「…君でなくては駄目だ。他の誰が何と言おうとも、私は君が良いのだ」


 俺は真摯な眼差しで答える彼女の言葉に安堵した。

 『君が良い』その一言だけで、彼女の側にいる事を許された様な、そんな安心感が湧いてくる。


「良かった。じゃあ、俺はこれからもずっと君の側にいるよ」


「はぅあ! な、な、な、な、な! 何を急に言いだすんだ!!!」


「え? ずっと君の側にいるって言ったんだけど。駄目なのか?」


「そ、そ、そ、そ、そんな事は無いのだ! お、おかわり! ミルクのおかわりを持って来るのだ!」


 膝を抱えて丸くなった魔王からティーカップを受け取る。

 台所に戻ると、玄関をノックする音が聞こえて来た。


 はて? 今日は来客の予定は無かった筈だが一体誰だろう?


 "彼"であれば、いつも勝手に入って来る筈だ。

 俺は玄関へ向かうと扉を開けた。


「こんにちは! ウィルさんはいらっしゃいますか?」


 扉の前に立っていたのは見た事の無い若者だった。

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