生徒と先生
翌日も普段通りに雨宮先生のホームルームから始まって、雨宮先生のホームルームでその日の学校が終わった。そして放課後、昨日と同じように職員室の方に向かう先生に再び声をかけた。
「雨宮先生...... すみません」
「あ、倉木くん」
「あの、先生は今日、職員会議はありますか?」
「あ、うん。今日も もうちょっとで職員会議があるんだけど、 ......どうしたの?」
いつもと同じように、優しく笑顔で接してくれているが、どこかその笑顔がぎこちないようにも見えた。
「あの、迷惑かもしれないですけど、職員会議のあと 先生に話したいことがあるので、会議が終わるの待たせていただいても良いですか?」
「え、......うん、わかった」
「ありがとうございます。そっちのテーブルのところで待ってますね」
今日は昨日と異なり、緊張はしていたが、落ち着いて話ができた。
そして、1時間経ったか経たないかくらいで職員室のドアが開き、先生たちが次々と出てきた。最初の先生が職員室を出てから3分ほどで雨宮先生も出てきた。
昨日みたいにならないよう、言うべきことを 先生を待っている間にある程度は考えておいた。
「ごめんねー、倉木くん、待たせちゃったね」
「あ、いえ。こちらこそすみません。
あの、先生...... 突然なんですけど、先生は結婚されてたり、彼氏はいたりするんですか?」
「えっ? 倉木くん どうしたの急に~」
先生は少しだけ驚いたように言った。
いきなりこんなこと質問するのもどうかとは思ったが、まずそれは確認しておきたかった。
「残念だけど、それは秘密!」
そう言って、教えてはくれなかった。
俺は本気だったのだが、中学生の俺が ふざけたような質問をしていると思われているのかもしれないと思った。だから、すごく......すごく恥ずかしかったが、勇気を振り絞って先生に思いを伝えた!
「あの、実は俺...... 先生のことが好きなんです!!」
このときが、人生で一番恥ずかしかった瞬間だったかもしれない。
恥ずかしいという感情が適切かは分からない。やっと気持ちを伝えることができた達成感や満足感、どういう反応をされるかという不安感、いろんな感情が入り乱れていて、時間が止まったような錯覚をした。
でも後悔するとしても、何かをやらないで後悔するより、やって後悔したかった!
告白をしたとき、少し頭を下げていたので、頭を上げると 先生はこう言った。
「はは、倉木くん、冗談でしょっ? 先生をからかわないのっ」
先生は表情ひとつ変えず、いつもと同じ感じだった。こちらを完全に子ども扱いしている様子では決してなかったが、本気の想いを伝えたのに、返事があまりにそっけがないように思えたので、つい声が大きくなってしまった。
「じょ、冗談なんかじゃ!!」
「ごめんね倉木くん、ここは人も通るし、廊下の隅の方に移動しましょ」
今までの先生の様子と一変して、涼しげな面持ちになって、諭すように小声で俺にそう言った。
言われたとおり、少し場所を移動したところで先生が尋ねる。
「さっき言ってくれたことはほんと?」
「はい、......本当です」
「どうして先生のことが好きなの?」
そう聞かれ、俺は思っていることを正直に伝えた。
「受験が近くなってきた10月くらいから、何度か先生に勉強教えてもらったり、話をしているうちに、先生のことが好きになりました。先生のおかげで あまり得意じゃなかった英語も少し得意になれたし、勉強のやる気も出ました。
......だから、卒業する前に気持ち伝えたかったし、卒業してからも一緒にいたいんです!」
「そっかぁ」
先生は目を閉じ、何秒か沈黙してから こう言った。
「倉木くんの気持ちは嬉しい。だけど、お付き合いはできないの」
......すごいショックだった。
想いを伝えることはできた! でも、良い結果はついてはこなかった。
くやしさと悲しさで泣きそうだったが、せめてその理由を知りたかった。
「そう、ですか...... それってやっぱり 誰かと結婚してるからなんですか?」
「それは秘密って言ったでしょー? 倉木くんも、仮に今は私のことが好きでも、高校行ったら別に好きな子きっとできるよ!」
「いや、そんなこと......」
「それに、他の人に 外で先生と倉木くんが一緒にいるとこ見られて噂されても 倉木くん困るでしょ?」
「俺は周りに どんな噂されても平気です!!」
「ううん、倉木くんにとっても、先生にとっても平気じゃないんだよ。多分、倉木くんは知らないと思うけど、学校の先生と生徒がプライベートで関わり合いを持つのは規則で禁止されてるの。周りの人に、“ひいきしている”とか そういう誤解を与えないためにもね」
「そんな......」
大人って分からない。
生徒と先生ってだけでどうして恋愛しちゃいけないのかも俺には納得がいかない。
「でもさ、倉木くん」
先生が再び話し始めた。
「先生も、倉木くんに放課後 勉強教えたり、一緒にお話するのとても楽しかったよ! だから、倉木くんが受験合格したの、先生もほんと嬉しかったよ。
頑張り屋さんで思いやりのある倉木くんなら、きっと高校でも活躍できるはずだよ! そこでさ、私よりもっと素敵な子を見つけて! ね!」
「雨宮......先生」
「もうすぐ卒業したら毎日教室で顔を合わせることはなくなるけど、卒業しても倉木くんはずっと先生の教え子だったってことは変わらないでしょ? それで もし寂しくなったらまた先生のとこ遊びにおいでよ! この学校で待ってるから。
――それじゃ、残りの数日を皆で楽しく過ごそうね! また明日!」
「は、はい! ......ありがとうございます!」
涙があふれてきた。
「ちょっとー! 泣かないのー!」
先生の言葉は、不思議とすっと胸に落ちてきて、嫌な後味も後腐れも未練も残らずに、きれいな形で先生への恋慕の情は消え、思い出と感謝の気持ちだけが残った。
勇気を出して告白できてよかった。
それに――
良い先生に巡り合えたな、俺。
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