気持ちを伝える

 その夜は緊張や不安であまり眠れなかった。

 少し早めに家を出た俺は、通学路で西河とばったり出くわした。


「お、優斗じゃんか! おはよう!」

「あ、おはよう」

「お前、雨宮先生どうすんだよー」

「......今日、放課後 話しに行くよ」

「お! とうとうか!

 一応これでも応援してっから頑張ってこいよ! ゆうちゃん~!」

「その呼び方やめろって」


 どう見ても面白いことに首をつっこんで楽しんでるようにしか見えないが、西河とは小学校からの付き合いだからこそ、ほんとは応援してくれていることはわかっている。


 受験が終わっているので、三年生は授業らしい授業はもう少ない。総合的な学習の時間や、卒業式の予行練習とかが主だ。つまり、座学が中心ではないので、席にじっと座って、このあとの告白のことを考えて悶々としなくていいのは ある意味幸いなのかもしれない。


 そして遂に、帰りのホームルームが終わり、教室を出て職員室の方へ行こうとしている雨宮先生の後を追いかけ、職員室に近い廊下で先生を呼び止めた。


「あの! 雨宮先生!」

「ああ、倉木くん! どうしたの?」

 二人きりで話すのは久しぶりだったので、急に心拍数が上がった。

「あ、えっと......」


 今日、先生に気持ちを伝えようということは決めていたが、なんて伝えようかを考えていなかった! 話しかけてすぐに“好きです”と言うのもおかしいと思ったので、咄嗟の思いつきで まずは受験のお礼を言うことにした。


「あの、先生のおかげで受験うまくいきました。その、ありがとうございました」

「ううん、倉木くんの頑張りだよ! 合格おめでとう!」

 相変わらずの、明るく優しい口調だ。こういうところに惹かれたんだなと改めて思った。

 そして、とうとう俺はこう切り出した。

「あの、今度良かったら俺と どこか遊びいきませんか?」

「えっ? ......ああ、卒業したらいつかまた皆と同窓会とかで再会したいね!」

「あ、いえ、そういうことじゃ......」


 期待していた回答とは違う答えが返ってきた。

 みんなで、じゃなくて先生と二人で!

 ――そう言おうとしたとき、


「ごめんね、倉木くん! 先生ちょっとこのあと職員会議があるから、また明日 教室でね!」

 先生はそう言うと、職員室の戸を開け、中へ入っていってしまった。


 俺は何が起きたかわからず、ポカンとしたまま しばらくその場に突っ立っていた。忙しいときに話しかけてしまったから? それとも、はぐらかされてしまったのか? 今はどっちか断定はできないが、俺は、大勢の生徒の中の一人ではなく、一対一の関係、つまり 先生にとっての特別になりたいんだ。


あれこれ思いをめぐらせながらも、仕方なく下駄箱の方に向かうと、西河と大塚と高山が待ち伏せでもしていたかのように現れた。


「なぁ優斗! 今、先生に話しに行ってたのか? いやあ、ホームルームのあとお前に話しかけに行こうとしたんだけど、お前 すげー真剣な顔してたから、話しかけるのやめたんだけど――」

 そう西河に言われて俺はギョッとした。

「あ...... その、ああ! 行ったんだけどさ! 職員会議があるとかで話せなかったんだよー!」

 咄嗟にそう答えた。

「そうかー、明日こそ話せるといいなー。

 そうだ、好きな人といえば、高山! お前はどうなったんだよ?!」

「ほっとけー!」

 高山が顔を赤らめて、逃げる西河を追いかけ始める。


「まぁ、優斗が告白するって決めたんなら 応援してるから」

 大塚が突然そう言った。このときの大塚は なぜかすごい頼もしく見えた。

「あ、ありがとう......」


 家に帰ってからも、今日のことを思い返していた。

「俺の伝え方とか順序がやっぱ悪かったのかな」

 そんな独り言をもらし、同時に、明日こそは と心に誓った。

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