第十八話 結集(二)
シードゥスの言う通り、ほどなくして城の外門が少し先に見えてきた。しかしシードゥスは門を通って城内へ至る道の途中で止まり、ウェスペルの前に手を差し出して歩みを制する。
道の先を確かめると、彼がそのまま門を通ろうとしないのも納得できた。門には門衛が立ち、退屈そうに欠伸をしているのが見える。もしウェスペルがアウロラと間違えられれば、王女が日も暮れた時分に城の外をほっつき歩いていたと咎められるだろうし、それが城の下働きの者――シードゥスと一緒とあらばさらに問題だろう。だからと言ってウェスペルが王女ではないと分かれば、それはそれで混乱を招くか、少なくとも不審者は入れられないと拒否されかねない。
「でもどこから入るの?」
近くに他の入り口がないか見渡してみるが、薄闇の中でウェスペルにはどこまでが城の敷地なのかすらさっぱりだった。だがシードゥスはにやりと笑みを浮かべる。
「右手の方に楓の木があるんだ。枝がちょうどよく外壁のこっち側から中に伸びてる」
シードゥスの指先を追って眼を凝らすと、門から右に少し行った場所に、確かに人が跨がれるくらいの太さの枝を外壁から壁の中へ伸ばしている木があった。
「木登りは?」
「多分できる……」
嫌な予感が込み上げてくるウェスペルとは逆に、シードゥスは、よし、と満足気に頷く。
「僕は門から行く。衛兵と話して気を逸らすから、君は楓の裏から登って。暗いし、少し上まで登っちゃえば葉っぱでこっちからは姿も見えないだろうから」
「えぇ⁉︎ そんな速く登れる自信なんてないんだけど?」
「大丈夫、木の下に生えてる低い木、僕や君くらいの軽そうなやつなら乗っても簡単にはぺしゃらないから」
じゃあ行くよ、と自信満々でシードゥスは門の方へ行ってしまった。こんなところに取り残されるわけにもいかない。他に選択肢も残されず、ウェスペルも覚悟を決めて走った。シードゥスはウェスペルの足音を消すためかパタパタと靴を大仰に鳴らし、大声で門衛に呼びかけている。動くなら今しかない。
ウェスペルは出来る限り音を立てないよう気を配りながら、急いで楓の向こう側へ回った。するとシードゥスが言った通り、綺麗に形を整えられた低木がある。固そうな葉が茂り、そっと触ると枝が手に刺さりそうなほど強靭だ。
今度は上を見てみると、シードゥスの説明に納得した。低木を使い勢いをつけて飛べば手が届きそうな高さに枝がある。
――もう、ほとんどやけっぱちだわ。
弾みをつけて地面を蹴り上げ、低木を踏んでもうひと跳び、上手いこと枝を掴んだ。脚を幹に掛けて木の股まで登る。
よし、と思わず呟く。あとは枝の上を移動して壁の向こう側に降りるだけだ。
そう思って姿勢を直したその時、ウェスペルは息を止めた。
——ちょっと、待ってこれ……
暗くて気がつかなかったが、壁の上には侵入防止の柵がびっしりと並び、こちらを向いて無数の細い針が突き出している。不用意に進めば脚に針が刺さり、怪我をするのは必至だ。いかに脚を枝より下に出さずに向こう側へ到達できるかが問題になる。
下手に枝へ体重をかけるわけにもいかない。ということは、体は枝に接する部分を少なくする必要がある。それを可能にするための方策はつまり、枝の上に立ち上がる他にない。
ウェスペルはそのまま枝にしがみついて先へ進もうとしていた上体を木の幹に近い方へ戻し、背中を幹に当ててそろそろと立ち上がった。目算ではわずか五歩程度で向こう側だというのに、なんと遠く感じることか。まずは落ち着こうと、一旦足元から視線を上げた。すると幸いなるかな、かろうじて軽く掴まっても折れそうにない立派な枝が真上に伸びているのが目に入った。それに触れながら、一歩、また一歩と進んでいく。
シードゥスはまだ門衛と話している。門衛の方の声が続いているから、愚痴か何かでも聞いてやっているのだろうか。話が終わる前に降りなければ。
もうあと二歩。ウェスペルは片足を踏み出し、針が枝より上に出ていないか足の先を見つつ、頭上の枝に触る手を一瞬離して拳一つほど前へ進ませた。
――えっうそ……⁉
前に動かした手は空を掴み、ウェスペルの腕が行き場を失う。あると思った枝の先がない。均衡を崩した体はそのまま前へ傾き、支点だった足元がぐらついた。
その時だった。ミシッという嫌な音が聞こえて前方の葉が音をたてて揺れ、それを合図にウェスペルの足が枝から滑る。体が空を泳ぐのを感じ、目に映るものが斜めに揺れた。
「きゃ……」
――落ちるっ……!
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