第22話 決戦
小柄な体が速度に乗ってリヴァイアサンへ一直線へと向かう。
海龍種たちの頭の上を飛び越え、海面を足場に一直線へリヴァイアサンへ突貫するラルア。
それを止められなかったことに一瞬罪悪感が湧き出る悠馬。
「ラルア————!!」
叫びが虚しく虚空に響き、戦場の轟音にかき消される。
血を失いすぎた体から力が抜け、膝が崩れ落ちる。
体が急速に血を作り、熱を持っていく。
ひどくだるい身体を引きずるようにラルアの背中を追う。
「悠馬!!」
倒れこみそうになった悠馬の体を愛理が支える。
「あ、いり……、ラルアがっ!」
「わかってる。少しだけ待って!」
愛理が懐から注射器を取り出し、悠馬の首に打ち込む。
薬剤が注入され、傷を直そうと体がさらに熱が増えていく。
だが、同時に体のだるさが遠ざかる。
「一種の興奮剤。体に無理をさせるための薬剤って夏美が言ってた」
愛理が苦しそうにそう呟きながら注射器を捨てる。
忌々しそうに悠馬を睨みつけ、噛みつくように胸ぐらを掴む。
「悠馬はどうして心配しかかけられないの! 私たちにも、頼ってよ!」
「そ、それは……」
「だから、ラルアちゃんが、飛び出したんだよ!? ……少しでも回復して」
ラルアの背中と、愛理の顔を彷徨う視線が、別の感情に揺れる。
ガチャと音を立ててライフルを地面に置き、狙撃の構えを取る。
雷鳴のような轟音を響かせ、海龍種を一匹ふきとばす。
鱗を砕き、愛理の速度変化の能力により弾丸の速度が上がり、貫通力をあげ、海龍種の鱗を砕く。
自分が触れたものの速度を好きに変えられる能力。決して強力ではない能力で、”龍王”の前に立ちふさがる少女。
”龍王”と同じ能力で、同じ土台にたち、正面からぶつかる少女。
二人の少女の背中を震えるめで見つめる悠馬。
少しずつマシになっていく体から意識が抜けるような感覚がある。
”龍王”と正面から戦う少女に、自分が立つ足場が崩れるような感慨が胸に溢れる。
守ろうと思った少女に叱咤され、自分の無能さに心が折れる。
たった一回”龍王”と相まみえただけで、どこまで自分の無力を突きつけられれば気が済むのだろう。
自分を支えてくれた少女が、前線に立ち、自分が守ると決めた少女が、最前線で自分が戦わなければいけない相手を相手取っている。
ぼんやりとした頭で状況の把握しようと必死に見つめる。
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海に潜り、海上を足場として利用し、水を武器として使い、ことごとく撃ち落される。
『我の気に入った娘が、障害として立つのか。我の血を分けた少女よ。貴様の力は我の力だ。むなしくも、運命の決められた少女よ。我の手で貴様を弔ってやる』
どこか温かみを感じる声音でそう言い切ったリヴァイアサンが自ら前に出る。
歪な手がラルアを捕まえようと躍起になる。数多の眼球がラルアをとらえて逃がさない。
歪な手が伸びれば海が隆起し、足に絡みつく。目があえば海水が四方八方から銃弾のようにラルアを囲み、口を開けば小規模なブレスが飛んでくる。
最初に放ったブレスのような破壊力はないが、少女の原型をなくす程度はたやすい。
周りの海龍種は愛理が対処してくれるおかげで、戦わなくて済む。
お互い同じものを武器として共有し、奇しくも同じ戦い方を行う。
毒の槍を小規模な津波で叩き落とし、海水の魔手を水の槍で払い落とし、水の壁を我が物として相手に牙を向けさせる。
同じ能力のぶつかり合い。だが、どう見てもラルアが劣勢だった。
理由は単純。熟練度の違い。星の数ほど強敵と戦ってきたリヴァイアサンと違い、ラルアはセンス任せの戦いをしている。
裏をかき、攻撃を届かせようとするリヴァイアサン。それに対してラルアは集中力と反射神経で対応し、なんとか拮抗しているにすぎない。
『血を分けし眷属よ。無駄だ。貴様では我に勝てん』
「わか、ってる……」
ふと、静かな声が戦場に響き、ラルアが反応する。
「わかってるっ……!! でも、わたし、は、止まれないっ!!」
剛爪を振りかざし、波をふきとばす。
「ゆう、が、必ずあなたを、倒す……! だから、わた、しは折れない!!」
『…………美しい』
呟いたリヴァイアサンに海水が巻きつき、全力の防御を行う。
体を撓め、力を溜める。
同時に槍を、魔手を量産し、ラルアへの攻撃の手は緩めない。
『愛を持って、貴様に死を送ろう。せめて、安らかに眠れ』
慈愛がこもる声でラルアへ、別れを送る。
——来る。
リヴァイアサンの最大の攻撃であるブレスの構え。
破壊が齎される。世界の終焉の擬似。ラルアへぶつかるその圧力。
それを見たラルアが、手のひらへ海水を集め、圧縮を繰り返し始める。
氷のように固体になっているかのような水が悲鳴を上げる。金属が擦れるような音が響き渡り、ラルアもリヴァイアサンと同等の力を使おうと集中し、剛爪が主人の思いに応じて変化していく。
球状へと圧縮される海水を包むように剛爪が伸び、主人の手助けを行う。
世界に一人いるような感覚にラルアはしずみ、己に呼びかける。
(わたしは、何ができるの?)
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自分と同じ境遇の少女が、かつての自分とは違い最前線に立つ。
ラルアの尊さは悠馬にとっては劣等感そのものだった。
志雄に救われた日、悠馬は感情を理解し始めた。それまではそこにいるだけの人形だった。
志雄の言葉で、感情を理解し、産声を初めてあげた。研究体の悲惨な末路を聞いて、どう思ったのかは今では覚えていない。もしかしたら、何も感じなかったのかもしれない。
幸せを理解したのはどれくらいだっただろう。辛さを理解したのは早かった気がする。楽しさを理解したのは幸せよりも早かった。嬉しさは、最近だったような気がする。
全部理解は出来ていないが、多分、みんなそういう感情を理解しきれないまま過ごしているんだって、これも最近気付いた。
悠馬の人生は志雄に救われてから始まったと言っても過言ではない。
それほど悠馬がこの都市にきたことは大きな転換期であり、受けた影響は計り知れない。
悠馬が数年間で学び、やっと理解できたことを、ラルアは今ここでやってのける。
嫉妬がある、羨望がある、憧れがある、尊敬がある。
その全てを飲み込み、希望を与えなければいけないと、悠馬は立ち上がる。
「悠馬……?」
「大、丈夫、すまん。ありがとう……。また、助けられたな」
立ち上がる悠馬に愛理が心配そうに問いかける。
それに答えた悠馬の声はいかにも苦しそうだが、口元は笑みを浮かべていた。
「それじゃあ、行ってくる」
静かな悠馬の声に、愛理が息をのみ、満面の笑みと、目尻に涙を浮かべる。
「うん! 行ってらっしゃい! 立ち上がるのが遅いよ、悠馬!!」
背中を叩きたい気分だったが、それの代わりに海龍種に向けた銃声で背中を押してやる。
変わらず重い体を引きずり、傷を無視し、堂々と立ち上がり、膝を撓め、一直線に飛び出す。
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「ラルア!!」
叫びとともにラルアの横に並び立つ白い人影。
深く集中するラルアの反応はないが、わずかに笑う。
海龍種にまとわりつく海水の鎧をなんとか断ち切り、愛理が付けた傷へ”天羽々斬”を叩き込む。
振り抜いた刀の延長線に、不可視の斬撃が生まれ、他の海龍種も切り裂く。
切られた海龍種の血が今までとは違い、蠢き、槍として襲いかかる。とっさに避け、払い、撃ち落とす。
背後から襲いかかる海龍種に、愛理の銃弾が突き刺さる。
息のあった愛理と悠馬の連携。襲いくる障害を取り除き、ラルアを守ることに全霊を尽くす。
悠馬が立ち上がり、復帰しなければこの状況にはなり得なかっただろう。
その決意と覚悟、行動を踏みにじるように、終焉が訪れる。
——音が遅い。色も、景色も、全てが希薄になった世界でラルアも同じだけの終焉を送り出す。まっすぐに、終焉に終焉を押し付けるように。
ぶつかり合い、破裂する。
一瞬にして相殺し合い、世界の終焉が幕を閉じる。
耳が痛いほどの静寂。否、耳が聞こえなくなるほどの爆音を残し、ブレスは完全に霧散する。
視界に霧が生まれ、何も見えない無理解の世界が生まれる。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!」
全力をぶつけたリヴァイアサンの首に、悠馬の”天羽々斬”が、太陽のような輝きと、空間の歪みを生み出し迫る。
固すぎる鱗にあたり、”天羽々斬”が歪むが、鱗を空間として捉え、喰らい尽くす。
むき出しになった肉を食い破るように”天羽々斬”が進み、重要な部位をちぎり取っていく。
一瞬にして無限に感じる時間がすぎ、【天災】へ致命の一撃を届かせる。
『——……。やはり、美しいな。我は、人間が羨ましかった』
鎧が消え去り、全てむき出しにした『嫉妬』の”龍王”が静かに語り始めた。
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