第13話 海中都市


 悠馬と志雄が意識を失いセイレーン唯一の病院へ運ばるところまで遡る。

 ラルアが処置室の出入り口付近にある椅子で膝を抱えていると愛理が心配そうに近寄ってくる。


「ラルアちゃん。落ち着いた?」

「…………」


 ラルアの反応がないことに苦笑した愛理は隣の椅子に座る。


「夏美が大丈夫って言ったんだから、大丈夫だよ。……それよりもラルアちゃん。悠馬のことを驚かせない?」

「……驚か、せる?」

「うん! 命に別状はないらしいし、悠馬はほっといても大丈夫なんだって。だから、起きた時にびっくりさせよう! ただ驚かせるんじゃなくて、喜ばせもしたいなぁ」


 楽しそうに話す愛理につられラルアの目もわずかに輝く。

 こんなに楽しそうにしているんだからきっと楽しいことなんだ。驚かせるのはよくないけど、喜ばせるならしてみたい。ラルアはそう思って頷く。


「よし! じゃあ、今日は私の部屋においで?」


 手を差し出した愛理を見上げて首をよくに振る。


「わ、わたし、の帰る、ところは……ゆうの、わた、しの部屋……だから、いけない」

「……そっか! じゃあ、明日私が起きたら迎えにいくね? セイレーンの紹介もするね!」


 満面の笑みの愛理を見てふと、ラルアは疑問に思う。


「あ、あいは、ゆうのこと、心配じゃないの?」


 ラルアの問いに愛理は一瞬、憂いを帯びた表情をしたが、すぐ顎に手を当てて言葉を選ぶように答える。


「んー、心配だよ。すっごく。でもね、昔優馬に言われたんだ。俺の心配をして何もしないより、笑いながら街の人の仕事を手伝えって。

 こんな時代でしょ? 荷物を運ぶのも一苦労。移動するにも大変だし。そんな人たちの仕事を手伝って少しでも、1日でも早くより良い都市を作ったほうがいいってそう言われたんだ」


 ラルアがよくわからず首をかしげる。

 愛理は「あやー、わかんないか」と呟いた後にラルアの前にしゃがみ視線を合わせる。


「明日、見てみたらわかるよ。それでもこの都市は発展しているほうなんだけどね」


 泣きはらした目で見上げられる愛理は曖昧な笑みを浮かべた。


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 悠馬と志雄の処置が終わり、その結果を聞いたラルアは安心してその場で寝てしまった。

 寝ているうちに愛理が悠馬の部屋まで運び、唯一生活感のあるベッドにラルアを寝かせていた。

 朝の日差しで目が覚めたラルアは重たい体を起こす。

 誰もいない閑散とした部屋で思わず安心してしまう。

 誰かがいると緊張してしまうからだろう。真っ赤な目で部屋をしばらく見つめる。


「……そういえば、あいが来るって言ってた。準備しなきゃ」

「もう来てるよ」

「うひゃっ!」


 壁際に設置されたベッドの上で驚いたラルアは勢いよく壁にぶつかる。

 ベッドの横で寝転がりながら書類を書いていたらしい。どうりで見えないわけだと、驚きすぎて冷静になって納得してしまう。


「さ、ラルアちゃん。お出かけの準備をしよ?」

「え、あ……う、うん……」


 言われるがままにベッドから出る。まだ慣れない床の感触に違和感を感じつつ、愛理になされるがままになる。

 まだ寝ぼけている上に驚きから完全に抜け出していないため、愛理がこの隙にと寝癖のついた髪を整え、服を着せていく。

 ラルアの痩せた体を見た愛理は心の中で今日はご飯も食べさせようと決めたり、お出かけのプランを考えていた。


「あ、あい……。や、めて……。動き、づら、い」

「あ、ごめんね! ついはしゃいじゃった」


 ラルアを着せ替え人形のごとく飾り付けていた愛理が我に返る。

 いつの間にかひらひらの服を着せられ、左側の髪を耳にかけてヘアピンをつけられていた。その上アクセサリーもいくつか付けられ、服を殺さずにオシャレにされていた。

 ラルアも完全に頭が回ってきており、愛理の過剰と言えるほど着飾ろうとしていたのを止める。

 ラルアの好みとはかけ離れていたこともあり、脱ぎ始める。


「ああ! せっかく可愛かったのに……」

「わ、わたしは、動き、やすいのが好き」


 結局ラルアは愛理からもらっていた半袖と足をほぼ露出するホットパンツ。ニーハイを履いたラフな格好を選んだ。

 それを見た愛理がまた騒ぎ出しそうだったが、ラルアがさっさと外出しようとしたのでことなきを得た。


「ラルアちゃんは、意外と自己主張するんだね?」

「……ごめ、んなさ、い」

「違う違う! 攻めたわけじゃないよ! 悠馬はあんまり自己主張しなかったから。今はうるさいくらい自己主張してくるけどね」


 えへへと笑う愛理を見て首をかしげるラルア。


「どう、して?」


 悠馬の部屋を出て歩きながら愛理を見上げる。

 愛理は腕を組んで難しい顔をする。愛理の組んだ腕に胸が載っていることに驚いたラルアは、その驚きを胸にしまった。

 丁度水圧を使ったエレベーターに乗ったところで、興味をそっちに持って行かれたことも胸にしまった理由の一つだ。


「んーっとね……。悠馬は、研究所出身なんだけど。研究のために感情が芽生えないようにされてたんだって。だから、あんまり自己主張しなかったんだよね」

「……わた、しは逆の、プロジェクト。感情を芽生えさせたら、能力は、どうなる、かっていう……」


 悠馬の過去を垣間見たラルアは、話したほうがいいと判断する。

 唐突な話に面食らった愛理だったが静かに続きを待つ。


「結果、は、成功……あいも知ってる、けど。高水準な、能力の開花。”龍王”に、気に入られた」

「そっか……。それでリヴァイアサンがラルアちゃんを狙ってるってことなんだね?」


 愛理がそう聞くとラルアは首を横に振る。


「わた、しが狙われてる、のはわたし、がリヴァイアサンを、嫌ったから」


 この話を聞いた愛理は頭の中に叩き込んでいたリヴァイアサンの記録を思い浮かべる。


(確か、リヴァイアサンに狙われた都市は例外なく滅んでいる。そこに住んでいた人々も含めて……。一度狙われたら逃げられないとまで言われてる。逆に保護されている都市もあるって総督が言ってたはず……。それはこういうこと?)


 記録の少ない”龍王”の中ではまだ情報が多い方のリヴァイアサンで助かったと内心落ち着く。

 活発的に動く”龍王”のため、戦闘力なども想像だが、測れる。相手の傾向などもわかる分、作戦も比較的立てやすい。まあ、最初から狙われることが最悪なのだが。

 志雄と悠馬に話すことが増えたと頭の片隅で覚えておく。


「ラルアちゃん、お話はここまで! 見えてくるよ、海中都市が!」

「わぁっ……!」


 一階についたエレベーターの扉が開く。

 視界いっぱいにガラスで作られた大広間が広がる。海中にある都市。セイレーンのもう一つの側面だ。

 そこは海上から降り注ぐ太陽光が幻想的に差し込み、魚たちが泳いでいる。他の都市ではまず見れない、美しさを残しつつ実用的な場所。エレベータ正面には大きな通路がある。

 通路の脇にはボロボロの木材をつなげた露店を開いていたり、穴だらけの小屋があったりと雑多としていながら、活気にあふれている。


「ここが海中都市”東京”。もっとも落としずらいって言われている都市だよ。もっとも、リヴァイアサンは天敵なんだけどね。ここのガラスは特殊な素材で、海の中でしか存在できないものなんだけど、旧時代に作られたシェルターなんかよりよっぽど頑丈なんだ。ここのガラスは悠馬でも壊すのが大変そうだったよ」

「壊したの?」

「うん、試しに増設用に作っていた一枚をね」


 景観に目を奪われていたラルアが悠馬の名前に反応する。相当懐いているんだなぁと感心する愛理。


「ここは人類が大打撃を受ける前に建設が始められてたんだ。海面が上昇してきた時代だね。急激に上昇した海面に住処を奪われないように上昇した海面に合わせて建設されていったんだって。ここのエネルギーは水力、火力発電。それと、ESEの技術の応用で可能になった、電磁波を直接エネルギーに変えるもので補われてるんだ」


 バタバタとあたりを走っていく人を眺めながら、ラルアはこの都市の凄さの一端に触れる。

 通り過ぎる人たちは例外なく愛理に挨拶や会釈をしていく。


「あい、有名?」

「えへへ、ちょっと恥ずかしいな。でも、私ってば有名なんだ! 悠馬の方がもっとすごいよ。悠馬が来たら周りが人でいっぱいになるんだよ?」


 自慢げに胸を張る。そんな愛理を見てラルアも少し誇らしい気持ちになる。


「さて、ラルアちゃんや。通路の中心にある水路を船で進もう?」

「う、うん……」


 愛理とラルアは姉妹のように手を繋いで歩いていく。

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