第14話 買い物
海に沈んだ街。その正面の大きな通路を愛理とラルアは手を繋ぎながら歩く。
「この先には色々あるんだ。セイレーンと同じかそれ以上にここは広いんだよ!」
元気な愛理を見上げる。
それからラルアは周りを見ながら歩いていたが違和感を感じる。
活気はあるが、人々の表情に陰があり、張り詰めている。笑顔もどこかぎこちなく見える。
「どう、して、みんな暗い顔をするの?」
「……リヴァイアサンに狙われたからだよ。ここは今までまともに”龍王”に狙われたことはなかったから。みんな不安なんだ。それに、トドメはさせていないから」
ラルアはわずかに視線を下に向ける。
「ごめ、んな――」
「ごめんなさいは言わなくていいんだよ。ラルアちゃんはリヴァイアサンを撃退した功労者の一人なんだから」
静かに、優しく声をかける。
愛理の声にラルアはハッと顔を上げる。
「そうそう、顔を上げて。明日を見よう! 顔を上げれば自然と元気が出るよ!」
愛理が手を上げながら声を大きくする。
周りの人たちはびっくりして愛理を見るが、いつものことなのか微笑ましいものを見たという表情をして通り過ぎていく。
みんなの反応でわずかに頬を赤くして小さく顔を仰ぐ。
「あやー、またやっちゃった。私おっきな声で喋っちゃうからみんな驚いちゃうんだよねー」
「あいは、元気……」
ラルアの呟きを聞き逃さなかった愛理はむふーっと自慢げに胸を張る。
「そりゃー私の取り柄は元気だけだから!」
「ふふ、元気、だけ、なんだね」
「待ってっ、今のなし! 元気も! 取り柄!」
焦ってバタバタと手を振る愛理にラルアはさらに笑い声を上げる。
ラルアの満面の笑みを見た愛理は満足そうに眉時を下げる。
束の間の休息を満喫していた。
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「萩原、今回の件はどうなっているかわかっているの?」
「いえ、全貌は見えてきませんね。本郷さんこそ予想は付いているのではないでしょうか?」
「ふんっ、相変わらずのたぬきね。確かに私はある程度の推測ができるわね。ただ、情報が足りなすぎるわ」
病院の一室。夏美と達也が真剣な顔で向き合う。
余裕のない表情をしている夏美と胡散臭い笑みを絶やさない達也。
夏美は昔から達也が嫌いだったりする。
「私の推測はこうよ。まずラルアちゃんが元いた研究所は人為的に破壊された。どこの組織化はわからないけど……。次に東京の人間が来ることは予測されていた。ラルアちゃんは殺されないという確証があったのかもしれないけど、ここの人間が来た時点でラルアちゃんが外に出るように計画されていた、と言ったところかしら?」
淀みなく自分の考えを言っていく夏美に達也は感心したように頷く。
夏美はその態度を見て嫌そうに顔をしかめる。
「ええ、俺の予測とほぼに一緒ですね」
「……”ほぼ”?」
違和感のある言い回しに苛立ったように言葉を返す。
「ええ。ほぼ、ですね。これは色々な情報がないとわからないことですが。一つ俺の予想と違うところは、”組織”側は天塚ラルアが東京に拾われることは予想外だった、です」
胡散臭い笑みを消した達也が前のめりになる。
「一つ、日本のエルピスは一人だけである。二つ、エルピスの定義。三つ、東京以外にいくには船にそれなりの時間乗船していなければならない。この三点が前提になります」
「どうして、その三点なの?」
「それはですね。まずエルピスが東京を拠点しており、迂闊に東京を離れられないこと。そして次にエルピスの定義は簡単に言えば【”龍王”達と交戦が可能である人物】。最後に船に長く乗っていればそれだけリヴァイアサンの格好の餌食になり、エルピスがいない都市は簡単に落とせるのですよ」
夏美はメガネをかけ直し考えを巡らせる。
その間もかまわず達也は続ける。
「つまり、東京以外は手薄である。この一点が最も大切なのです。そしてここからは極秘の情報なのですが」
声を潜めてグッと顔を近づける。嫌そうな夏美には何もかまわず囁く。
「――京都に”龍の刻印”が接触した記録があるようです」
「なっ!?」
「大きな声を出さないでくださいね? これは極秘です。まだ確証が持てない情報ではありますが、国家共同管理プログラム『天照』のデータを見て確認できました。流石にそれ以上は権限によりロックがかけられていましたが、歩哨に立っていた京都の部隊の記録です」
若干うざいドヤ顔をした達也を夏美が呆れたような目で見る。
「萩原、あんたどうやってみたの? 『天照』は私と総督。あとは悠馬くらいじゃないとみれないはずよ?」
「俺は光羲総督から代理人の許可をいただいていますので。流石に俺でも常時見れるわけではありませんよ」
「だから、自信満々だったのね……。
私情報通じゃないから”龍の刻印”のこと詳しく知らないわ」
ため息を吐きながら眉をしかめる夏美。
達也が腕を組んでメガネの奥にある夏美の目を覗き込む。
「どこまで知っていますか?」
「……”龍王”が世界を統べきだっていう連中でしょ? そのためならどんなことをする過激派、だったわよね?」
難しい顔の夏美に頷き趣向する達也。
「だいたいはあっています。細かく説明するのならば、人類は自分たちも含めて滅びるべきだという思想を持ち合わせている連中ですね」
息を飲む。
わずかな静寂がその場を包む。
「つまり、壮大な思想を持ち合わせた自殺願望者の集まりってことね」
「ことはそう簡単にいかないのですよ。連中にはエルピスと同等の力を持つものがいる可能性が高いです」
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「ラルアちゃん、ほしいものはない?」
「べ、別に……。あ、ま、枕が……ほしい」
愛理が大きな建物の前で仁王立ちする。
いつも活気に溢れる建物。
アクアシティお台場。昔そう呼ばれたショッピングモール。
そこは一部ヒビが入り、苔が生えている。大きな通路を抜けた先にあるその場所は、広く開けている。周りには船が行き来する港のような場所があり、絶えず人が行き交う。
潜水艦のような形のものもあり、軍も常駐している。
修繕された跡があるが、所々風化している。
ザラザラとしているコンクリートを歩いていく。
「悠馬と一緒の枕だもんね! 女の子は嫌だよね。それに、悠馬は血まみれで寝たりもするからベッドを二段にしよう! そうしよう!」
「べ、ベッドはい、いらない。ゆうと一緒……」
「むっ! ま、まあ、ラルアちゃんがそう言うなら……」
残念そうな愛理を見ないで歩くラルア。小さな声で「あやー」とつぶやいてアクアシティに入っていく。
中に入るとほぼ形が残っている。わずかに粉っぽい床、蔦が張り付いた窓。老朽化して使えなくなっているのか立ち入り禁止の看板。
全体的に古い印象を受けるが、それ以上に美しい。
「ここは色々あるんだよ! ご飯食べるところとか、物を買うところとか!」
両手を広げる愛理を横目にラルアが物珍しそうにキョロキョロと周りを見回す。
ラルアにはよくわからないぬいぐるみなどもあり釘付けになる。
「ぬいぐるみ、欲しいの?」
「……ううん、ぬ、ぬい、ぐるみ、は……ゆう、が、買ってくれる、って……」
「そっか! なら、悠馬に買ってもらおっか!」
笑顔の愛理にラルアが申し訳なくなる。
「それじゃあ、色々買いに行こ?」
繋いでいた手を引いてショッピングモールを歩いていく。
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