第12話 仲良し

 一瞬の静寂。膨れ上がるように歓声が響く。

 制限解除を消し、志雄と悠馬が崩れ落ちる。


「悠馬! 総督!」

「ゆう!」


 二人に駆け寄る愛理と悠馬を支えたラルアが叫ぶ。それを最後に悠馬は意識を手放した。


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「ゆう! 起きて!」


 血まみれの悠馬が崩れ落ちるのを支えたラルアは必死に呼びかけていた。

 目に涙を浮かべながら叫び続ける。

 駆け寄った愛理が志雄の応急処置を済ませて悠馬のところに来る。


「ラルアちゃん、落ち着いて。多分大丈夫だから」

「ご、ごめん、なさいっ……。わたしのせいで!」

「ううん、ラルアちゃんのせいじゃないよ。運が悪かったそれだけ」


 優しさの中に厳しさが混じる。

 昔、愛理も似たような経験があるからだ。悠馬の背中に隠れ続けた幼少期を思い出す。

 ずっと、昔も今でも悠馬の背中を見続ける愛理。自分を責め続けた。そして、悠馬とぶつかった。

 あんな思いをラルアにはしてほしくないと心を鬼にする。

 決して過去を乗り越えたわけじゃない愛理は、自分自身に言い聞かせるようにラルアを視線を合わせる。


「いい、ラルアちゃん。周りに守られるのは悪じゃないよ。本当にラルアちゃんのせいなのかもしれない。それで、生きているのも申し訳ないって思うかもしれない。迷惑をかけるくらいなら消えたほうがいいと思うかもしれない。でもね、ごめんなさいより、ありがとうって。消えたほうがいいより、ここにいたいって言ったほうが、悠馬も嬉しいと思うんだ」


 えへへ、と笑いかける愛理を涙で顔をぐちゃぐちゃにしたラルアがまっすぐにみる。

 愛理があー恥ずかしい! と顔を仰ぎながら手早く悠馬の容体を確認していく。


「うん、気を失っているだけだね。ちゃんと治療を受けたらすぐに起きると思う! 夏美呼んでくる!」


 誤魔化すように立ち上がってかけていく愛理を呆然と眺める。


「……せん、せい。わ、たし……生きてて。いいんだって……」


 悠馬の赤く染まったジャケットに涙を落としながら呟く。

 誰にも聞かれない、歓喜が込められたつぶやきを聞いているのは誰もいなかった。


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「絶対安静っ!! その状態で会議に行くなんてバカなの!?」


 昼の光が差し込む病室に夏美の怒声が響き渡る。

 丸二日間寝ていた悠馬が呆れ気味に笑う。白いベットに寝転んだまま諌めようとする。


「志雄さん、さすがに無茶だ。本郷さんのいうとおりにしたほうがいいと、流石の俺も思うぞ?」

「ああ!? テメェもさっき働こうとして怒られてただろうが!」

「そ、それは!」

「二人とも絶対安静って言ってるでしょ! 大きな声も出しちゃダメよ!!」

「「はい! すみません!!」」


 復旧作業に行こうとした悠馬を怒鳴りつけ、トップの会議に出ようとした志雄を縛り上げた夏美はこの瞬間、事実上トップだった。

 ESEは身体的な作用を引き起こすため、ESE研究者は皆医者としても活動している。

 ESE研究のトップクラスにいる夏美は、医者としての腕も一流。

 そんな夏美に逆らえる状態にない二人。だが、大人しくしようなんて微塵も考えていないから厄介だろう。


「悠馬は血が足りてない上に傷も塞がり切ってない! 総督は義足の接合部とESEの負荷に耐えられずに臓器がめちゃくちゃ! そんな状態であまりはしゃがないでもらえるかしら!」


 頭が上がらない二人はペコペコと頭を下げて謝る。頭を下げながら二人は視線で言い合いをしているのだから反省の色が全く見えない。


『志雄さんが悪い』

『テメェだろうが』


 視線で訴える二人にあきれ返る夏美。

 これくらいなら仕方がないと目を瞑る。


「これ以上はしゃぎ回ったらベッドに完全に固定するわね」


 絶対零度の視線を向けられた二人はぎこちなく笑う。

 控えめなノックが病室に響く。


「誰かしら? どうぞー」


 首を傾げた夏美が外に向かって声を投げる。

 恐る恐るといったように扉が開いていく。

 入ってきたのは12、3歳くらいの青髪碧眼の圧倒的美少女と発育の良い背が低い茶髪の美少女。

 二人は対照的な表情をしながら病室を覗き込む。


「し、しつれ、いします……」

「悠馬ー、総督ー。失礼しますねー!」


 不安そうにしながら部屋に入ってきたのがラルア。気の抜いた感じで入ってきたのが愛理だった。


「あら? ラルアちゃんと愛理じゃない。悠馬に会いにきたの?」

「は、はい……」

「そうだよシスター!!」

「なら、私は出ていくわね。絶対安静だからふざけたことしようとしたら私を呼んでちょうだい?」


 愛理がナヨっとした敬礼で返すと夏美は病室を出ていく。

 ラルアはペコっと可愛らしくお辞儀をしてから悠馬のそばまでとてとてと近ずく。


「ゆう、大丈夫……?」

「ああ、ちょっと血が足りないくらいだ」

「そんな包帯だらけの人に言われても説得力皆無だよ!」


 心配そうに病人が着る服を掴むラルアの頭を撫でてやる。すると、嬉しそうにはにかんだ。ちょっと驚いた悠馬だったが愛理に言われた一言でムッとする。


「これは本郷さんが大げさなだけだ。俺はもう動ける」

「おいおい! いいのか悠馬ぁ! 夏美のやつに言いつけるぞ!」


 楽しそうに茶化す志雄にイラっとする。

 言い返そうとした悠馬の袖を引いたラルアが声を出す。


「ゆうを、いじめ、ないでっ!」


 これには病室にいた三人が目を丸くした。

 プルプルと震えているのがわかるのがなんとも可愛らしく思ってしまう。

 悠馬は昔夏美に見せてもらった旧時代の映像。子犬が大きな犬に威嚇しているのを思い出した。


「はは、ありがとうラルア」

「う、うん!!」

「やったねラルアちゃん!」

「ありがとうあい!」


 今まで聞いたことがないくらいハキハキと喋るラルアを見てふと疑問に思う。


「俺が寝てる間何かあったのか?」

「あったよぉ! あったあった! それを話しにきたの! ていうか自慢しにきたの!!」


 うざったい笑顔を顔面に貼り付けた愛理が大きな胸を張る。

 一瞬その胸に目を奪われた悠馬だったが切り替えて話す姿勢をとる。

 愛理とラルアが嬉しそうに笑って目を合わせると話し始めた。


「聞いて驚け、悠馬さんや! 私とラルアちゃんはソウルメイトになったのだよ!」


 ずっこけた。聞き耳を立てていた志雄ですらずっこけた。何を話し始めるのかと思ったら、経過をすっ飛ばしたものだった。

 何があったか話す流れじゃなかったか!? などと志雄と悠馬の思考がシンクロする。


「あい、それじゃあ、ダメだよ。ちゃんと話さなきゃ」

「あ、そっか。ごめんごめん。それじゃあ聞きたまえ! 悠馬と総督がここに運び込まれるところから話そっか——」

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