第11話 開戦

 今この場で聞きたくなかった声が聞こえた。

 その声を聞いて反射的に悠馬は振り返る。

 そこには息を切らせたラルアと愛理がいた。その後ろには部隊の人間や市民も不安そうに見つめていた。


「どうしてここにいる!?」

『小僧、やはり隠していたな? 覚悟はできているだろうな?』


 リヴァイアサンが低く唸る。世界を埋め尽くすかのような存在感が広がっていく。

 これが”龍王”かとその場にいた人々は息を飲む。

 リヴァイアサンに睨まれた悠馬は足がすくむ思いだった。

 だが、背負うものがあると自分に言い聞かせることで耐える。


『先に貴様を殺す!』


 海面から飛び出る尾の薙ぎ払いがくる。

 悠馬は正面から受け止めることを覚悟する。『天羽々斬』を正眼に構える。


『招来せよ! 我が呼び声に応じ、円環の理をこの手に! 失墜せよ! 虚空に浮かぶ虚無に座する王よ! ——覚醒せよ、無限龍の円環』


 悠馬の制限解除により黒い輝きが漏れ出る。赤い幾何学模様が背中で円をかたどり、生物的な光を放つ。

 黒い光が晴れ切ると同時にリヴァイアサンの尾が悠馬を襲う。

 悠馬は下から切り上げるように剣を振る。渾身の力で振り切った『天羽々斬』はリヴァイアサンの尾を僅かにそらすことに成功する。

 リヴァイアサンの鱗には少しだけ傷が生まれる。

 その傷を認識した瞬間リヴァイアサンの雰囲気がさらに変わる。


『我に傷をつけたな、小僧……。殺す、絶対に殺す!!』


 存在感だけではなく、圧迫感まで増し、重く絡むような空気を纏う。

 ただでさえ巨大なリヴァイアサンが一回り大きく見えた瞬間。仕掛けようとしたリヴァイアサンの出だしを潰すため悠馬が前に出る。

 一つの踏み込みで一瞬でリヴァイアサンの眼前まで移動する悠馬。

 僅かに動揺するリヴァイアサンに対して『天羽々斬』を一閃。

 頭の近くに生えた腕が防ぎにくる。その腕の近くにある目玉と顔にある目玉の三つが同時に視線を向ける。

 一瞬見えた腕の近くにある眼球に黒目が複数あるのが見える。視界に入り思わず気圧されてしまう。

 それを見逃してくれるようなリヴァイアサンではない。

 腕で迎撃をしようと軌道を変えて押し返そうとする。悠馬は斬撃を中断できず、かすかに鱗にあたるが、腕に押し返されて海面に足場を作り着地する。


(肋骨にヒビかな、これは……)


 口に上がってきた血を吐き出しながら脇腹を抑える。


『以外にも頑丈だなっ!』


 尾を繰り出すリヴァイアサン。それを避けながら息を整える。

 尾が海面に叩きつけられ水しぶきが上がる。


『よく、避けるな矮小な存在のくせに』

「お褒めに預かりどうも!」

『なら、これならどうだ?』

「なッ!?」


 直後。リヴァイアサンと大きさの変わらない水の渦が昇り立つ。

 合計12の渦が出来上がり、上下左右から悠馬に襲いかかる。

 悠馬は『天羽々斬』での対処を断念し、回避に移る。

 隙間を見つけ、体をねじ込み、肉がえぐられる。


「フッ!!」


 鋭く息を吐き痛みに耐えながら回避を続ける。


『ククク! よくやりおる!! それが限界か?』


 海が荒れ、風が吹き、生き物が震え上がる【天災】が顕現する。

 渦が逃げ道を塞ぐように悠馬の周りを囲む。正面から3本同時に襲いくる。

 悠馬は咄嗟に空間を操作して歪みを生み出し軌道をずらそうと試みる。

 だが、悠馬の判断を嘲笑うかのように渦は歪みを物ともせず突き抜け、襲いかかる。

 最後の抵抗として『天羽々斬』を正眼に構え、防御を取ろうとする。

 ——悠馬の見る景色がゆっくりと流れ始める。

 走馬灯のように周りがはっきりと見える。

 人が入れないほどの僅かな隙間が耐えず生まれる渦の奥にラルアと愛理、セイレーンのみんなが見える。

 目の前には当たれば一瞬で粉々になるだろう暴威が迫り来る。

 僅かにリヴァイアサンが笑ったように見えた。

 その奥にかすかに見える人影。それを視界に収めた途端に時間が戻る。


「うおおおおおおおおおおおお!!」


 雄叫びをあげ、細胞を奮い立たせる。

 最後の頼み綱の超再生力に身を任せ『天羽々斬』を渦を断ち切るように振る。

 膨大な量の海水が巻き上げられた渦はだんだんと斬り伏せられる。

 悠馬の体も決して小さくない傷が生まれては消えていく。

 再生しきれず残る傷の上にさらに傷が生まれる。

 絶え間ない痛みが襲いくるが叫びで体を奮い立たせる。


『招来せよ! 我が呼び声に応じ、人類の禁忌をこの手に! 失墜せよ! 人の深淵を覗き超えるものよ! ——覚醒せよ! 明けの明星』


 リヴァイアサンの後ろに太陽が顕現する。

 白光を放つ志雄の制限解除。

 悠馬が現れるまで日本の光となった男の制限解除だった。

 制限解除の文言を言ってからは一瞬でリヴァイアサンの体の目玉を三つ潰す。

 ESEではない投げナイフを三本同時に投げる離れ業を一瞬で行うが、驚くところはそこではない。眼球とはいえ、生半可な攻撃では傷一つつかないリヴァイアサンの体に傷をつけたのだ。

 普通の投げナイフで、だ。

 リヴァイアサンはたまらず体を攀じる。体の捩りと一緒に渦の軌道がずれていく。退路を塞いでいた渦にも大きい隙間が生まれる。

 なけなしの力を振り絞ってその隙間に身体をねじ込み、港まで距離をとる。

 10mほどの距離だが、リヴァイアサンが悶えるせいで高い波が港を襲う。


『招来せよ。我が呼び声に応じ、かの暴虐龍の力をこの手に。失墜せよ、虚しい玉座についた王よ! ——覚醒せよ、暴虐王の剛爪』


 制限解除の文言が響く。ラルアの能力で波がある程度抑えられ膝ほどまでの浸水で治る。

 悠馬は『天羽々斬』を杖代わりに耐える。悠馬の後ろの人たちはラルアのおかげで浸水しなかった。


『グゥ、アアアアアアアア!! 殺す! 絶対に殺す! 許さん、許さんぞゴミども!!』


 暴れまわるリヴァイアサン。その体から逃げるように志雄が港へ帰ってくる。


「クソォ! いてぇじゃねぇかぁ!」

「志雄さん……無理は、すんな」

「ああ!? テメェに言われる筋合いはねぇ。死に損ないが」


 吐き捨てる志雄の顔には血色がない。ESEの負荷に体が耐えきれていないのか、体の至る所から血が滲んでいる。

 志雄はそれを鬱陶しそうに投げやりに拭き取り、悠馬を見る。


「まだ、時間かかんのか?」

「ああ、もう少しかかる……。だが、動ける。志雄さんはその体で無茶しないでくれ。部位欠損で制限解除は負担がでかいんだろ?」

「気にしてんじゃねぇクソガキ。いいからテメェは前だけを見ろ」


 静かに、しかしながら気迫のこもった声が悠馬の耳朶を打つ。

 リヴァイアサンを見るとだんだんと落ち着いたのか、荒い呼吸をしながら睨んでいる。


『貴様、貴様ぁ!! 殺す、殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す!!』


 恨みのこもった声で狂ったように繰り返すリヴァイアサン。

 全部の眼球が志雄と悠馬を見つめる中、ラルアが駆け出した。

 ラルアが触れた海水がうねりをあげてリヴァイアサンの近くに集まっていく。


『グッ、ガ……ッ! 貴様……。我の血を分けた貴様が、我に逆らうか!! グゥ!』


 リヴァイアサンの体は鋭くまとめ上げられた海水で貫かれている。

 赤い血を流し、目が血走る。

 まともな戦闘ができる状況には見えない。


『かな、らず……必ずまたくるぞ!! 矮小な者共よ!』


 大きな波を起こしながらリヴァイアサンは海の底へ潜って行った.

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