第4話 水上都市セイレーン
愛理の雰囲気が一瞬で変わり、懐から抜いた細い身の拳銃で悠馬の頭を狙う。
空気が一変し、愛理の殺気が充満し息苦しくなる。
「私に引き金を引かせるなんてことはさせないで欲しいです。隊長がいなくなったら士気に関わりますから。ですがこれ以上踏み込んだ説明をなさるおつもりでしたら、射殺します」
冷酷で冷淡な声音。絶対零度の温度を秘めた、聞いているだけで肝が冷えるような鋭い声。もし声で人が殺せるなら今頃悠馬の首と胴体はバイバイしていただろう。
悠馬の額から冷や汗が流れ落ちる。少しでも下手な行動を取ったら間違いなく撃つ。短くない付き合いの二人だ。撃つか撃たないかわかるくらいに信頼はある。
海上都市開拓軍対”龍王”特化部隊副隊長立花愛理大尉。今の愛理は部隊でも恐れられる軍人の顔だ。
ついさっきまでの親しみやすい普通の少女ではなくなり、触れれば切れるような殺気を放っている。場の空気が凍りつき、悠馬は冷や汗を流す。ラルアはおびえた表情になり、できる限り距離を取ろうと後ずさる。
「……悪かった、立花大尉。猛省する。……それよりもいいのか、愛理? ラルアが怯えて落ちそうになってるぞ」
「え!? ああ、ごめんねラルアちゃん! ラルアちゃんが悪いんじゃなくてこの不甲斐ない悠馬が悪いんだから!」
必死に取り繕うがラルアの表情から怯えが消えない。
仕方がないとため息をつく悠馬が声をかける。
「ラルア、さっきの回答だが。俺たちエルピスは間違いなく”龍王”と戦うことはできる」
ちらりと悠馬は愛理に目を向ける。笑顔で見返すが目が一切笑っていない。
——最初からその説明にしろ。
間違いなくそう言っている。
悠馬はそれを見なかったことにしてラルアに目を向ける。
「俺からの質問だ。君のご両親は?」
酷な質問だとわかっていながらする。
悠馬の予想が正しければこれは必要な質問だからだ。
「え、っと……いない」
「デリカシーに欠ける質問をしない!」
「いや、多分最初からじゃないか? 両親を知ってるか?」
真剣な表情になった悠馬に自分の意見を引っ込める愛理。
「両親は、知らない……」
「……やっぱりか。わかった、これ以上の話は東京に戻ってからにしよう。なんとか海龍種を倒せたんだ、少し休む」
そのまま寝息を立て始めた悠馬に呆れ返る愛理。
愛理はラルアに優しい視線を向ける。
「ひっ!」
怯えきったラルアの表情を見て長い帰路になるなと嘆息する愛理だった。
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特筆すべき事がなかった帰路。途中で”龍の眷属”に襲われることもなく無事に東京湾まで来た。
海面から突き出ている風化し始めているビルを眺めながら愛理は重苦しい息を吐く。
(どうして私がこんな思いをしなきゃならいんだろう……)
頭の中ではこれからの業務と雑務、処理に追われることでいっぱいだった。
悠馬はまだ寝ているのも頭を悩ませる原因だろう。報告などをしなければいけないトップの人間がスヤスヤと寝ているのに納得いかない。
確かに海龍種との戦闘で制限解除により体がボロボロだ。だが、せめて一度くらい目を覚まして欲しいところだったのだろう。
(まず夏美のところに……。いや、医務室? それとも総督のところ? ああ! 考えることが多い! 部隊への帰還報告もあった! こういうのって中佐の悠馬がやることじゃないの!? もう、)「最悪……」
びくっ! と体を震わせるラルアが視界の隅に見えた。声に出てたと反省する。
ラルアも愛理の頭を悩ませる大きな原因の一つだろう。
このことも報告しなければいけない。書類の作成も必要になるだろう。悠馬がラルアの保護をするとしても、理論的な書類を作るのが苦手な悠馬に任せれば書類には「俺が保護する! 文句は俺のところまで!」とだけ書きそうで任せられない。
結局私の仕事が増えるだけなんだと愛理は再確認する。
見えてきた都市を指差してできる限り優しい声を意識してもう一度ラルアに声をかける。
「あそこが東京。海上都市セイレーン。今の日本の首都。
海上都市っていってるけど実は海面下にも街は広がってるんだ。そしてあそこに大きく浮かんでるのがセイレーンの中心街、海上都市開拓軍の本拠地だよ」
「……おっきい」
ラルアから返答が返ってきて少しテンションが上がる愛理。
「私たちの部屋はのセイレーンの中心地にあるんだ。多分、ラルアちゃんの部屋もそうなると思うよ。もしかしたら悠馬の部屋二人部屋なのに人いないから悠馬の部屋になるかも」
「…………」
「……ありゃ、聞いてない」
愛理はせっかくまともな会話が出来ると思ったのに、セイレーンに見とれてラルアが反応しなくなってしまいしょぼくれてしまう。
「……着いたみたいだな」
銀髪を揺らしながら起き上がる悠馬。
「体は大丈夫なの?」
「ああ、再生力には自信があるからな」
「それなら、いいんだけど……。無理はしないでね?」
頷き、赤い目でセイレーンを見つめる。
海上都市セイレーン。常に開発が進み、新しいものを作り上げ生活圏を広げている。
今も居住区拡大のために新しい建物を建てている。今の日本ではかなり大きい都市だ。人口は20万人を超える。形が残っているが、廃墟と化したビルの上階を使えるように改装したりしてきたが足りなくなっている。
ビルとビルの間に橋が渡され、海中に沈んだ街を一部使えるようにした。上から下まで空間を最適に活用した都市だ。娯楽施設なんかも最近出来上がり賑わいを見せている。
人が協力し合い、こんな辛い環境でも笑いあって作り上げた都市。日本が今の世界で列強国と呼ばれる所以の一つでもある。
「まずは総督のところに行こう」
「わかった、このまま行くね」
「頼む」
周りをキョロキョロと眺め、近ずいてくる大きな建物を見つめていた、会話に置いていかれているラルア、が不安そうに二人を見上げる。
「そんな不安そうにしなくていい。身分の保証は俺がする。これでも意外と権力はあるんだぞ?」
「……意外」
「はは、なかなか素直だな」
「確かに悠馬は権力ありそうに見えないよね」
「……はは、な、なかなか素直だな」
「ほんっとうに悠馬は貫禄が足りないわ!」
ラルアの素直な意見に笑顔を見せ、愛理の素直な意見に苦笑を見せた悠馬。最後の素直な意見を言った人物にはぎょっとする。
声がしたのは斜め上から。仰々しい建物から白衣を着た黒髪ロングの女性が顔を出していた。ラルアはうつむき顔を隠す。
「本郷さん、その意見はとても辛いです!」
「男の子ならシャキッとしなさいよ! すぐに来て、ESEを調整するから!」
「夏美! ただいま!」
「愛理、お帰りなさい。あなたのお茶も用意するわね。ってその子供は誰? とうとう悠馬の子を産んだの?」
「そんなわけないじゃない! やめてよ! 京都の生存者で保護したの!」
「そう、それじゃその子も見るから入って。総督には私から言っておくわね」
颯爽と建物内部に戻っていく本郷夏美。相変わらず強引な人だと悠馬は苦笑いを浮かべる。
水路を進み夏美がいる建物——国立図書館に入る。
ここは研究所兼任で使われている建物で特殊な作りと特殊な建材で建てられていたらしくほぼ無事だった数少ない建物だ。
6階から中に入る。1階から6階をぶち抜きで作られたこの図書館は日本で最も蔵書量が多い。何度見ても圧巻だ。この中には国の許可なくして見れないようなものが多い。
ラルアは表情が乏しく忙しなく動く首で興奮しているのがわかる。
そんな一行のところに長身の黒髪美人が颯爽と歩み寄ってくる。
「おかえりなさい。ESEを外して。愛理も渡しなさい、調整しておくから」
「ありがとうございます本郷さん」
「ありがとう夏美!」
悠馬はヘッドホン型のESEを渡し、愛理は狙撃銃型のESEを渡す。
「それじゃ、そっちの子に私の自己紹介でもしようかしら? 私は本郷夏美大佐。ESE研究開発部の長を任されているわ。好きなものは小さな女の子。嫌いなものはおじさん。コンプレックスは高い身長。あと、目が悪いわ。あなたみたいな子はとても大好きで食べてしまいたいくらいだけど今は人の目もあるから抑えるわねお姉さんといいことしたかったらお姉さんにいつでも声をかけてちょうだい?」
最後一息で言い切る変態。これがESE研究・開発を一挙に任せられている日本の最高技術者だ。身長が高く、切れ長の目で、長い黒髪。すらりとした抜群のスタイル。万人が思い浮かべるかっこいい女性の典型だろう。絶世の美女だが中身は少女をドン引きさせる真性の変態。
「夏美! いきなりそれは怯えるから!」
「あら? 愛理、私の邪魔をするのね? 嫉妬? 嫉妬かしら? 嫉妬なのね。今晩私の部屋にいらっしゃい。これまで感じたことないくらいいい経験をさせてあげる」
「言い回しが卑猥! ただ料理を振る舞うだけでしょう!」
「あら、この子が真っ赤になってるから可愛くて、つい。私としては性的なものでもいいんだけどね?」
「変態!」
叫ばれた夏美は鼻歌を歌いながら背を向けて歩き出す。
ラルアは意外とそういう知識があるのか真っ赤になってしまっている。
奥の見えないところにある水力を使うエレベーターでさらに上に行く。
上は全て研究所として使われており、今はESEの研究がメインになっている。
失われた文明の復興をするために研究している。
「さて、その子はラルアちゃんでいいのかしら?」
ラルアが青髪を揺らして頷く。
「それじゃあラルアちゃん。あなたの血を抜くわね」
白衣のポケットから出した注射器をラルアに刺し血を抜く。微動だにしないラルアに不思議そうな顔をした夏美だったが気にせず予定の量を抜く。
「これを検査に出しておくわね。ん? これってESEよね?」
「……そう」
「すみません本郷さん。それについて報告しておきたいことがあります。この子は制限解除を行った」
手をあげて質問をする。悠馬の質問に目を見張った夏美は冷静にラルアを見つめる。
「青い髪と目。乏しい表情。そして、出身は研究所じゃないかしら?」
今度は愛理が目を見開く番だったが、愛理より早く悠馬が口を開く。
「そうです。そしてモード【サクリファイス】というものを使用しました」
「——そう」
一瞬の間に不思議に思う悠馬に夏美は目を伏せる。
「本郷さん、この子の正体とモード【サクリファイス】ってなんなんですか?」
悠馬本人は答えに辿り着いているが夏美の口から行ってもらった方が問題もない。
そのことを察して夏美は細い顎に手を当てて口を開く。
「…………愛理、他言はしないことを約束して。悠馬は総督からどう対処すればいいかこのあと聞いてちょうだいね。
——この子はおそらく、対”龍王”のために作られた研究体よ」
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