第5話 生きるとは——
「——この子はおそらく、対”龍王”のために作られた研究体よ」
悠馬は納得したように頷く。愛理の表情は驚愕に染まり、ラルアは反応を示さない。
「ま、待ってよ夏美! その研究は中止になったんじゃなかったの!?」
「ええ、中止になり、今は違法とされてる。この時代でも幾ら何でも非人道的だからね。でも、その子は研究体の特徴に一致する。人と違う髪色と目の色。感情に乏しく表情があまり変わらない。そして、特殊なESEでの制限解除。ここまで揃っていたらどんな研究者でも答えにたどり着くわ」
「でも、それじゃあ!」
「そうね、この子は殺処分か幽閉。もしくは悠馬のように国に使われるか、かしらね」
「大丈夫です。俺が保護者として掛け合います。今まで積み重ねて得た地位だろうが捨ててみせます。俺を拾ったかつての総督のように」
夏美に詰め寄っていた愛理の横から割って入るように悠馬が言う。
愛理は悲痛に顔を歪め、夏美は目を伏せる。ラルアは無意識に悠馬の白とは言えなくなってしまったジャケットを掴む。
「俺は運が良かっただけです。でも、この子は運が悪かったで殺されてはいけない。今までひどい扱いを受けてきたはずです。そんな子に幸せを感じさせない人生の幕引きはさせない。何が何でも、誰が敵に回ってもです」
「国が相手でも?」
「はい」
「悠馬!」
「即答、ね。いいわ、私も擁護してあげる。愛理もそれでいいわね? いざとなったらあなたたちが結婚して養子にしてしまいなさい」
「夏美! ふざけないで!」
「何もふざけていないわ。なんだったら私が悠馬と結婚してこの子を養子にしてあげてもいいわね」
「そこまでしていただかなくても、国を追い出されるなら出て行きますよ」
一人ヒートアップしている愛理を置いて夏美と悠馬が冷静に話していく。
一人だけ置いてけぼりにされたことを悟った愛理は頬を膨らませて精一杯抗議する。
「もう! 雑務の処理私なんだから勘弁してよ!」
「……お姉ちゃん、は、わたしが嫌い?」
唐突に口を開いたラルアに面食らう愛理。戸惑いながら手を大きめな胸の前で全力で横に振る。
「私はラルアちゃんのこと好きだよ。でも、いろいろあるんだ。大人って面倒臭いんだよ?」
「……みんなは私のこと嫌い。だから、無理、しないで?」
「む、無理なんてしてないよ! 大丈夫、お姉さんたちに任せてたら何も問題ないから!」
「おと、なは。みんなわたしを、蹴ったりしてた。だから、わた、しは。いらない子」
表情を変えずそう言い切るラルアに胸を引き裂かれたように感じてしまう。良くも悪くも人に親身になれるのは愛理の長所であり短所だ。
「大丈夫だ。俺がラルアを必要とする。俺が困った時に助けてくれたんだ。それに愛理の命の恩人でもある。君はここにいていいんだ」
真剣にラルアの目を見てまっすぐに自分の意見を言い切る悠馬。
ラルアと視線を合わせるためにしゃがみ込み意を決して話し始める。
「識別名称——コード【輪廻】。それが俺の昔の名前だ。俺は日本の小笠原諸島の近くにある海底研究所で生まれ育った。俺を救ったのはその頃日本の”エルピス”だった、現在の総督、光羲志雄だ。俺を救う
俺を助けようとしたせいでその時准将っていうすごい地位にいたのにその地位を捨てた。違法な研究で生まれた忌み子を殺せって言われて、それでも俺に笑いかけてくれた。『お前は俺には必要だ。俺は国を守る器じゃねぇんだ。だから、俺にお前を守らせろ』元々怖い顔をもっと怖くしてそういったんだ。
俺はそんな人になりたい。誰よりも前を歩いて、誰よりも笑う。そして、誰よりも人に優しくできる。そんな人間に研究体だったからこそなりたいんだ」
誇らしそうに語る悠馬に誰も口をひらけない。
ここで喋ることができるのは語りかけられているラルアのみだという確信めいたものがみんなの胸にあった。
「わたしは、守られる、価値なんて……ない」
絞り出すような声。まっすぐに見つめる悠馬へ言った言葉なのに愛理と夏美の胸に刺さる。
「いいや、君には守られる義務がある」
悠馬が力強く否定する。
「わたしは忌み子」
世界の全てに恨まれて当然だという声音。
「ああ、俺もそうだ。それがなんだ」
それでも生きろと力を持った言葉。
「わたしは、いちゃ、いけない子」
悲しみに明け暮れ、誰にも言えなかった言葉
「そんな人間はいない。誰もが生きるために生きてんだ。いちゃいけないって言われたならそいつを俺が懲らしめる」
世界の理不尽への怒りを込めた声。
「わ、わたしは、人じゃ、ないっ」
不安を吐き出す、苦しげな声。
「それがなんだ。血が違う? 生まれが違う? そんなもの関係ない。全て同じ人間はいない。だから人間なんだ。自分は自分、君は人間だ」
諭すような柔らかな喋り。
「わたし、には、パパも、ママもいない!」
欲しいと願っていた。
「俺もそうさ! だから俺がお前の親になる!」
自分もそうだ、だから自分がと吠える。
「人に迷惑しか、かけられ、ないっ……」
罪悪感で押しつぶされそうになる。
「みんなそうだ! 人に迷惑をかけない人間がいるならそいつこそ人間じゃない!」
何を言う、それは当然だと噛み付く。
「わたしは……わたしはっ!」
涙が溢れかえる。
「ごちゃごちゃ言ってないで手を握ればいい! 親が、兄弟が、友達が、仲間が欲しいんだろ!? じゃあ、手を握れ!」
手を差し出す。ここにあるのが希望だと。明日を照らす光になると。強い覚悟が伝わる。
「……わたしは、生きてて……いいのっ?」
希望を見つけ、溢れ出た涙が止まらない。
「ああ、存分に生きろ。今の世の中いつ死ぬかわからないんだ。だから、誰よりも楽しく生きよう。俺も手伝うから。誰もが楽しむ権利を持ってる。使い潰されるだけの命は確かにあるかもしれない。でも、それを是とするそんな世界はクソ食らえだ!
そんな世界を変えるのも楽しそうじゃないか? 何かを目指そう、何かしたいことを見つけよう、何かできることを見つけよう。そうすれば、生きてることを楽しいと思える。そうすれば、生きていたいと思える。そうすれば、死ぬときにこれが自分の人生だって胸を張って最後まで生き抜ける。
そんな人生を送ろう。ラルア——君は生きてていいんだ」
悠馬の憧れであり、追いかけるべき背中。光羲志雄が語ったことを自分なりに言葉にする。
『悠馬ぁ! いつ死ぬかもわからねぇ世界でしょぼくれてんじゃねぇ! してぇこたぁ自分で見つけるもんだ。できることを見つけろ! テメェも誰も彼も楽しめるもんだ、人生ってのは! 最後まで胸張れる生き方をこの俺様に見せてみやがれ小僧!!』
(……志雄さん。これが俺の生き方です。最後の最後まで、胸を張って、あなたに言ってやります。『これが俺の生き方だ』って。志雄さんを超えたら、必ず)
志雄の言葉を反芻して憧れる未来に思いを馳せる。
泣きじゃくるラルアの青髪を優しく撫でてやりながら、心の中では覚悟を決めるのだった。
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