第3話 天塚ラルア


 『招来せよ! 我が呼び声に応じ、円環の理をこの手に! 失墜せよ! 虚空に浮かぶ虚無に座する王よ! ――覚醒せよ、無限龍の円環』


 制限解除。悠馬もこれを行える一人だ。だが、ESEを偵察用に調整した上にいつも使っている戦闘用は今回持ってきていない。所持の許可が下りなかったのもあるが、悠馬自身今回の任務には必要ないという慢心もなかったと言ったら嘘になる。

 実際戦闘用のESEを持ってきていたらこんな事態にならなかっただろうなと内心思う。


「そんなこと言っても始まんないな。……さて、始めるか」


 黒い光が晴れ、そこにいたのは間違いなく悠馬だった。だが、白いジャケットに赤い幾何学的な模様が入り背中で複雑な輪が浮かび上がる。

 直剣にも赤い模様が入り生物的になる。


「いくぞ!」


 叫びとともに弾丸のように飛び出る。

 足場は海面だけに収まらず、空中にも見えない足場を作り出し縦横無尽に飛び始める。

 白刃が閃く。

 海龍種が身を反らせて避ける。鱗をわずかに切り裂くにとどまる。


(ちょっと、出力が安定しないな)


 わずかに感覚のズレがあり、うまくいかない。

 試運転にしてはうまくできているが今のESEでは長く持たない。

 元々が偵察用だったため、制限解除を想定した作りになっていない。この出力を安定して続けることはできないだろう。

 短期決戦しかないと焦りも相まって太刀筋がわずかに狂う。

 それによって鱗で弾かれる。

 一度空間操作で足場を自分から押し出し後ろに飛ぶ。


「ふぅ、調整が難しいな」

『悠馬! 大丈夫!?』

「ああ、初めてのESEで制限解除はズレがひどいだけだ」

『やっぱ無茶だよ! ちゃんと調整してないESEで制限解除は!』

「大丈夫、この感じだったら次で決められる」

『ちょ、ちょっと!』


 愛理の通信を途中で飛び出し、空中に足場を作りつつ肉薄する。

 空間操作の応用で刃こぼれし始めた直剣の刃の周りの空間を固定して強化する。

 強化された身体能力により一瞬で距離を詰める。

 海龍種は最後の力を振り絞って口内に海水を圧縮し始める。

 成龍クラスから使えるようになる、龍種最大の攻撃である『ブレス』の準備に他ならない。

 これが雑種、稚龍、幼龍と成龍以上の成龍、古龍との大きな、決定的な差である。成龍と古龍は例外なく強力無比なブレスを放つ事が出来る。

 悠馬の刃はわずかに間に合わない。

 だが、銃声と同時に海龍種の顔がわずかにぶれる。


『悠馬!!』

「うおおぉぉぉぉぉぉ!!」


 叫びとともにわずかに加速する。

 顔と一緒に狙いがずれた圧縮された水のブレスが悠馬の左足を貫く。

 人類最盛期にあったウォーターカッターと同じ原理のブレスは全てを貫き、切り落とす。

 こんなものとより一層力を込める悠馬。

 貫かれた先からどんどん再生していく。

 長く感じられた一瞬の攻防。

 制したのは海龍種の頭を切り飛ばした悠馬だった。


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「無茶ばっかりして!」

「すまない、愛理。また迷惑をかける……」


 すでに制限解除の状態ではなくなった悠馬のところに、少女を乗せたボートで愛理が近寄ってくる。

 調整されていないESEで制限解除を行った悠馬は、反動で全身に傷を負った。

 そして戦いに耐えきれなかった直剣は刃が砕け、柄のみの無残な姿になり、悠馬は静かに鞘に収める。


「普通の剣と調整してないESEで制限解除なんて悠馬でも無茶だよ!」

「……ああ、そうだったみたいだな。反動でこのざま、今回は撤退だ」

「言われなくてももう撤退してる! もう、人間が無意識に抑えてる力を全部ESEは引き出すんだから! 悠馬が死んじゃったらどうするの!?」


 バツが悪そうに視線をそらす悠馬。

 視線を逸らした先で例の青髪の少女と視線がかち合う。

 悠馬は小さなボートに愛理と少女に挟まれるように寝かされていた。


「……あ」


 急いで目を逸らした青髪の少女に苦笑する悠馬。

 自分の体を軽く見てみるとひどい有様だった。白いジャケットが返り血と自分の血で元の色がわからない。水龍種のブレスで撃ち抜かれた左足のズボンは大きな穴が空き、赤黒く染まってしまっている。

 これは確かに目を逸らしたくもなるなと自分でも思ってしまう。


「君は、大丈夫だったか?」


 こんな状況でもこの少女には色々と聞かなければならない事がある。

 本当はもっと落ち着いた状況で聞きたいところだったが、海上都市開拓軍本部についたらかなり忙しくなるだろう。これでも悠馬は一部隊の長であり、愛理はその副官だ。

 どんな状況だろうと聞いておかなければならない事も立場上ある。


「……あ、ありがとう、ございました。でも……私がいたら、みんな危ない」


 何度も躊躇ってから声を絞り出す少女。短い青髪で精一杯目元を隠そうとする。


「どうして、みんなが危ないんだ?」

「わ、たしが……リヴァイアサンに、狙われてる……から」

「それは、どういう事だ?」

「ひっ……」


 一瞬真面目な顔をしたのが運の尽きだろう。悠馬の目つきはよくない。それは悠馬自身が認めるところだし、声も低く子供には怖く捕らえられてしまうかもしれない。

 だが、一番悪かったのはどうしようもないところなのを少女以外知らない。悠馬の銀色の髪と赤い瞳がおびえた原因だった。


「悠馬、脅しちゃダメでしょ! ほら、まずお名前教えて?」


 むっとした顔で愛理が割って入ってくる。


「……名前、名前はラルア。天塚ラルア」

「ラルア、ちゃん? よ、よっし! じゃあ、お姉さんの名前だ! 私は立花愛理。こっちのボロボロで寝てるのは輪龍悠馬!」


 一瞬和名ではないことに戸惑った愛理だったが流石の切り替えで自己紹介を終える。


「私たちは君を助けたいの。どうしてリヴァイアサンに狙われるか、話せる?」

「っ…………」


 息を詰まらせたラルアは首を勢いよく横に振る。

 どうやら話せない事柄のようだ。別の切り口で行こうと思案しながら愛理はは足を続けていく。


「ここで寝てる悠馬はね、こんなだらしないけど一応日本の”エルピス”なんだ。だから、リヴァイアサンなんてどんとこいさ!」

「おい、一応は余計だし、今来られたら一瞬も持たないぞ」

「怪我人は寝てて!」


 真新しいタオルで顔面を叩かれる。悠馬は抗議しようと思ったが真剣な色を瞳に浮かべている愛理の顔を見た瞬間だまる。


「えっと、ラルアちゃん。辛いと思うけどリヴァイアサンに襲われたときのことを聞いてもいい?」

「…………え、”エルピス”って何ですか?」

「!? ら、ラルアちゃんてどこに住んでたの?」


 狼狽しつつ質問する愛理。ラルアが指差す方向は人工浮島の残骸。京都にいたことはわかっているんだがと根気強く話そうとする愛理の出鼻を挫くように声を絞り出すライア。


「あ、あそこの下……」

「下? 人工浮島の?」

「うん、研究、室ってみんな……呼んでた」

「研究室……。まさか、旧時代の遺跡……?」

「あ、あの……立花、さん」

「——あ、ごめんごめん。堅苦しく呼ばずにフレンドリーに行こう!」

「え、あ、はい、ごめんなさい。で、では……あい、りさん……」

「んー、まあオッケー! 何だい少女よ!」


 だんだん楽しくなってきた愛理に悠馬はジト目を向けるが華麗にスルーされる。

 そのやりとりを一切見ていなかったラルアが意を決して顔を上げる。


「”エルピス”って何なんですか?」

「んー。まあ、いいや! ”エルピス”っていうのは戦闘能力がトップの人類に与えられる二つ名。ESEの適合率が95%を超えてかつ、強力な能力を手に入れたものがようやく候補に上がる程度。任務を達成したり、生活に貢献したりって色々条件はあるんだけど……。一番の条件は”龍王”と戦えるかどうかかな?

 勝てなくても足止めとか、一定以上の時間稼ぎができる人。……私はこの条件は捨て駒前提だから大っ嫌いだけどね」

「”龍王”と戦える……」

「ちょっとラルアちゃんに難しかったかな? 簡単に言っちゃうとすごい強い人だよ」


 俯いて呟いたラルアに愛理がざっくりすぎる説明をして微笑みかける。

 ラルアが顔を上げる。


「”龍王”と、戦え、るんですか?」


 ラルアの目には複雑な感情が浮かんでいた。それは絶望、怯えの負の感情であったり。疑いなどの疑惑。そして——希望。

 全てを見通すことができないが、強い感情が渦巻いているのはわかる。


「それは——」

「俺から話すよ。”龍王”への最後の対抗手段。人類最終防衛兵器とも呼ばれる、俺たち、識別名称——コード・エルピス——それが俺たち人類の希望を背負った人間の名称だ。

 研究所出身の君には辛いかもしれないが。俺たちコード・エルピスは例外なく——」

「輪龍隊長、それ以上は機密違反で銃殺刑になります。お控えください」


 仰向けに寝ていた悠馬の頭に拳銃が突きつけられた。

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