第2話 制限解除

 人工浮島京都。”龍王”に襲われ壊滅した日本の都市。

 その京都の残骸から覗く青髪。愛理は視界に青髪が入った瞬間にボートの方向を変えて一直線に向かう。


「悠馬! 生存者かも!」

「……油断はするなよ。さっきのトカゲみたいに新種かもしれない」

「でも、人だった! 行かなきゃ!」


 真剣な顔で注意する悠馬をチラリとも見ずに愛理は声音を弾ませる。

 悠馬は腰に下げた直剣の柄にわずかに触れ警戒高める。

 徐々に近付き、叫ばずに声が届く位置まで来た。

 愛理は極力優しい話し方を意識して声を出す。


「そこに隠れてる子、出ておいで? 私たちは海上都市開拓軍の立花愛理と日本の”希望”輪龍悠馬。生存者を助けるために来たの」


 怯えさせないよう極力柔らかい声にわずかに微笑む愛理。

 その表情を瓦礫から覗き見た青髪の少女は安堵の色を人目に浮かべ、瓦礫からおずおずと出てくる。

 見た感じ12〜14歳ほどの両手首に黒いアクセサリーをつけた幼い少女だった。

 美しい青髪とサファイアのような碧眼。きめの細かい白い肌。神が作ったのかと見紛うほどの美少女だった。


「うわぁ……。可愛い……」

「愛理、見とれてる暇はない。すぐに保護して離脱しよう」


 少女に見とれている愛理を軽く小突いて促す。

 ボートをゆっくり近づけていく。


「あ、うん。おいで? すぐに安全なところに連れて行ってあげる」

「……ダメ」


 わずかに美しくも幼い声が聞こえたが、聞き取ることができなかった。

 うつむいた少女に一瞬愛理が返答を躊躇う。


「え?」

「愛理! 衝撃に備えろ!」

「来ちゃダメぇっ!」


 聞き返したのと同時に悠馬と少女の叫びが重なる。

 悠馬が愛理を間一髪”何か”から守ることに成功する。

 二人の頭上を通り過ぎる長く、太い”何か”。いや、それは龍だった。

 龍の伝承と比べると小さいが、それでも10mはある。十分人間には脅威になり得るサイズだ。


「なに!?」

「”龍の眷属”だ! しかもあれは成龍。……海龍種か!? ——てことは京都を襲ったのは、リヴァイアサン!?」

「リ、リヴァイアサン!? 嘘でしょ!?」

「海龍種がリヴァイアサンの直系だという記録がある。とりあえず今はその子の保護と撤退だけを考えるしかない! 今の装備じゃ海龍種の成龍クラスと戦うのは無理だ!」


 悠馬は腰の剣を抜き放ちながら海上に飛び出す。

 ボートの上では狙ってくれと言っているようなものだ。しかも相手は海龍種の成龍。

 最悪の状況。龍種の中でも血の気が多く、好戦的で、戦闘力も高い海龍種に狙われた。

 足止めは出来ても倒しきるのは不可能に近い。悠馬一人で攻勢に回ったらもしかしたらという程度。

 だが、状況は攻勢に回ることを許してくれない。愛理と少女を守りながら撤退するしかない。

 これが海龍種のような水中をテリトリーにするような龍種ではなかったら、沖に逃げればいいだけだった。

 そして、海龍種の特徴でもあるが奴らは何よりも、しつこいのだ。


『悠馬! サポートする!』


 愛理が通信越しに声を張り上げる。同時に重い銃声が聞こえる。高威力の弾丸に換装した愛理の狙撃銃は成龍にすらダメージを与えられるだろう。実際、海龍種の顔の横にしっかりと傷を残している。弱点は弾の数がそんなに多くないことだけだろう。

 だが、それを聞いた悠馬の顔が一瞬で青くなる。


「ダメだ! すぐに離脱しろ!」


 海龍種を探していた悠馬が振り返った瞬間。海中から鎌首をもたげ、ボートの上の二人に大きすぎる口を開いた海龍種が視界に飛び込んでくる。


「愛理ぃ!!」


 無駄だとわかっていながら手を伸ばし叫ぶ。この世の中誰がいつ死ぬかわからない。覚悟は決めていたはずだった。だが、悠馬はそれでもと、手を伸ばす。

 その瞬間、赤黒い光がボートから。いや、少女から発せられる。


『招来せよ。我が呼び声に応じ、かの暴虐龍の力をこの手に。失墜せよ、虚しい玉座についた王よ! ——覚醒せよ、暴虐王の剛爪』


 決して大きくない声だったが、少女の声が悠馬のところまで聞こえてくる。


「こ、これは! ESEの制限解除!?」


 ESEの制限解除とは、ESEの電気信号の制限を解除し身体能力、および、能力を増幅させ行使する力だ。

 ESEに付いているリミッターを解除し、普段使われていない筋力である95%以上を完全に引き出した上で、さらにその上まで数値をあげる。それはESE適合率が85%を超えなければ発動できない力でもある。


「彼女は、何者だ……?」


 悠馬のつぶやきとともに、少女が素手で海龍種の頭を殴りつけ間一髪逃れる。

 海に頭から潜っていく海龍種を追って少女が海に飛び込む。


「お、おい!」

『悠馬! 飛び込んじゃった!』


 一瞬焦った悠馬だったが一度落ち着く。制限解除ができる人間がそう簡単にやられるはずもない。

 いざとなったら悠馬が助けに行かなければならないと覚悟を決めて目を凝らす。

 海上からわずかに見える先頭に悠馬は目を見張る。

 少女が水を蹴れば渦が起こり、拳を振れば波が立つ。

 海龍種、それも成龍クラスが小さな少女に翻弄され、なすすべもなく逃げ惑っている。

 あの激しい戦闘を水中で行なっているのに少女が息継ぎをする様子を見せない。


『ねえ、あの子ってもしかして……』

「ああ、レア中もレア。多分、液体能力の究極系。液体支配かもな。水中で息できるほどだとイタリアにいるエルピスだけしかいなかったはずだがな……」

『あの子って何者なんだろう……』

「さあな。ただの女の子じゃないのは見てわかるが……。本部に戻ったら本郷さんに頼んで調べてもらおう」

『そうだね、夏美だったら調べられるかもだし。連絡は送っておく』

「ああ、頼む」


 手助けがあまり必要に見えず愛理のボートが止まる。

 悠馬も愛理のボートまで少女の戦闘から目を逸らさず近寄る。

 海面ギリギリまで海龍種が逃げてきたかと思うと少女が尾を掴んで深海へ引き摺り込む。

 決死の覚悟で何か大技を仕掛けようとする海龍種。少女が水を蹴り高速でその場を離脱し意味をなさない。

 少女は頭を鷲掴みにし牙をへし折る。たまらず逃げようとする海龍種の尾を掴み引き寄せ柔らかい目に拳をねじ込む。暴れまわる海龍種はかなり深いところにいるが海面まで波が立つほど力強く暴れる。

 細かいところまでは見えないがかなり一方的な戦いにしか見えない。

 決着がつくのも時間の問題。

 正直に言えば逃げようとする海龍種は捕まえないで戻ってきて欲しいと心から思う。

 海面付近まで少女がくる。先ほどよりもよく見えるようになった少女は悠馬とは別な方法で”海”を足場にしているように見えた。


「悠馬、撃った方がいいかな?」

「やめておけ、視界が悪い中の精密射撃は味方に当たる可能性がある」

「そう、だよね……了解」


 愛理が落ち着かないのか銃のグリップを強く握りしめる。


「落ち着け。ここまで一方的なんだ。恐らく大丈夫だ」

「……でも、あんな小さい子に戦闘を任せるなんて」

「この時代、戦える人間なら年齢は問われない……。気にするなとは言わない、それは愛理のいいところだからな。ただ、これからも戦場にいるなら覚悟した方がいい、こういう光景を何度も見ることになる」

「……うん。アメリカのエルピスも13歳なんだよね……」

「ああ、あそこは今でも友好国だ。きっと、戦場で見る機会がある。覚悟しておいた方がいい」


 目を伏せた愛理を横目で見てから少女の戦闘に目を向ける。

 すると、猛スピードで一匹と一人が海面に上がってくるところだった。

 ザァと大きな波を立てて海面に上がった一匹と一人は、最後の衝突とばかりに一瞬静寂に包まれる。目から血を流すが鱗には傷一つない海龍種。息の一つも切らさず表情を一切変えないでそれを見つめる少女。

 それを破ったのは少女だった。


『呼応せよ。我はかの”龍王”の生贄なり。刮目せよ。これは人類の闇なり。慟哭せよ。我らが咎はここにあり。——再来せよ、モード【サクリファイス】』


 少女が言葉を発する。それに呼応するように手首に巻かれた赤黒い”ESE”が光り始める。

 ESEが新たな形を取り始める。赤黒く光ったESEは禍々しい大剣に形を成す。

 どういう原理か悠馬たちもわからず混乱する。大剣自体はESEに適合したのなら普通に持てるだろう。しかし、ESEの質量を超えて顕現したのだ。

 どんな能力であっても物質の資料を超えて変形することはできない。これは変わらない世界の理である。

 だが、少女のESEはそれを今、成し遂げた。二人は混乱でうまく飲み込めない。

 それでも戦況は動く。少女の踏み込み一つ。首が切り飛んだ海龍種。勝敗は一瞬にしてついた。


「……モード【サクリファイス】」

「悠馬?」

「なんでもない。……本郷さんに依頼することが増えたな」


 悠馬のつぶやきは波風に攫われ、誰にも聞き取られず消えていく。


「愛理、あの子を保護してすぐさま撤退」

「了解!」


 ボートを走らせる愛理に走って横につく悠馬。

 一瞬こちらを見た少女の表情に絶望が見えた。


「だよな、だと思った!!」

「えっ!?」


 背後から”もう一匹の海龍種”が襲ってくる。

 悠馬は腰の直剣で居合を放ち海龍種の顔を叩き、そらす。


「どういうこと!?」

「さっきの海龍種の鱗に傷がなかった! 海龍種が再生するなんて聞いたことがない! もう一匹いる可能性を考えてた!」


 叫びながら足場を作りボートから離れるように横に飛ぶ。

 直剣を正眼に構えた悠馬は静かに深呼吸をする。


「さて、小さい女の子が頑張ったんだ。俺は小さい女の子にいいところを見せないとな。ま、こいつの試運転も兼ねてちょうどいい、次からはちゃんと”俺の”ESEを持ってきておいた方がいいこともわかったしな」


 悠馬が誰にでもなく話す。ヘッドホン型のESEを軽く叩いて見せた悠馬は獰猛に笑う。


『招来せよ! 我が呼び声に応じ、円環の理をこの手に! 失墜せよ! 虚空に浮かぶ虚無に座する王よ! ——覚醒せよ、無限龍の円環』


 悠馬のESEから黒い光が漏れ出る。やっぱりしっくりこないなと悠馬のつぶやきは誰にも聞こえず又しても消えていく。

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